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一話 テーブルトーク物語 女神転生

 飛鳥が目を開けると、そこにはただただ真っ白な空間が広がっていた。


「え? ここは……?」


 慌てて辺りを見渡すのだが、どう見ても学校という雰囲気ではない。 

 何処か厳かな空気すら漂っていて、現実なのかすら怪しいほどだ。


 そもそも、自分はほんの少し前まで友人とTRPGをプレイしていたはずである。

 白昼夢でも見ているのだろうか。


 彼はそう考え、頬をつねろうとするのだが――


「止めた方がいいですよ。ただ痛いだけですから」


 おっとりとした声で嗜められ、手を伸ばしたところで止めた。


「こんにちは」

「こ、こんにちは……?」


 挨拶に応じ、振り返ったところで飛鳥は口をぽかんと開けてしまう。

 虚空からすたすたと足音を立て、一人の女性が現れたのが原因である。


 いや、彼にとっては何故自分がここにいるのかすらわからない状況だ。

 誰であれ、手掛かりが現れたのは有難い。


 だというのに呆気にとられてしまったのは、その女性が人間離れした美貌だったからだ。

 後光が差す……とでもいうのだろうか。

 何もない空間でも際立つほど、黄金の髪は煌めき続けている。

 すらりとしていながらも、柔らかさを醸し出すシルエット。


 ――まるで女神様みたいだ。


 飛鳥はお世辞ではなく、心の底からそう思った。

 

「如月飛鳥さんですね?」

「は、はい」


 ドギマギしつつ返事をすれば、彼女の物腰は柔らかかった。

 飛鳥に向けて微笑むと、ぺこりとお辞儀をする。


「はじめまして。私はこの世界――人間界の管理者です。女神みたいなものですね」


 ……本当に女神だったらしい。


「女神様、ですか? じゃあ、ここは一体……」

「一言でいえば世界と世界の狭間です。普通は人間の立ち入れるところではないのですが、今回ばかりは特別に……ですね。とはいえ、あまりこの世界にいられる時間も長くないので、世間話もここまでにして本題に入らせてもらいます」


 それだけ言うと、女神は口を真一文字にして飛鳥の方を見据えてきた。

 金の瞳と視線が合い、美しさも相まってついつい飛鳥も息を飲む。


「飛鳥さん。あなたは死にました。覚えていませんか? つい先ほどの出来事なのですが」

「え……?」


 ――死んだ? じゃあ、ここは死後の世界ってこと?


 女神の言葉を聞いた途端、記憶がフラッシュバックする。


 突如、一階の校舎に猛スピードのトラックが突っ込んできた。

 椅子に座っていた飛鳥が逃れられるはずもなく、重量級の鉄の塊にひき潰され即死だった。

 痛みもなく逝けただけ幸運……なんて楽観的に考えるべきなのだろうか。


 ――でも、なんであんなところにトラックが……?


 そもそも、あのトラックには誰も乗っていなかったように見えた。

 常識では考えられない事象であり、飛鳥は首を傾げてしまう。


 すると、女神が説明してくれる。


「その原因は、あなたの所持していた『メイク・ワールド』です。……聞き覚えがありますよね?」


 こくりと頷く飛鳥。

 ほんの少し前までプレイしていたのだから当然だ。

 とはいえ、言ってる意味が分からない。


 『メイク・ワールド』はただのTRPGでしかないはずで、暴走トラックと一体何の関係があるというのか。


「ピンときませんか。では、説明しましょう。あれは単なるゲームのルールブックではありません。適性を持つ人間を探し求め、魂を喰らう一種の魔道書なのです。今回の場合、あなたという持ち主に合わせ、TRPGへと姿を変えたのでしょう」

「……はあ」

「信じていませんね? まあ、別にいいですけど。兎に角、『メイク・ワールド』はあなたを喰らうために殺そうとし、わざわざトラックなんてものを持ち出したわけです」


 ……実に信じがたい話ではあるが、彼女の言葉が正しければ、飛鳥は魔本に殺されてしまったということになる。

 だが、女神は先ほど、ここは世界の狭間だと語った。


 つまり、魂を喰われるのだけは避けられたらしい。


 ――結局死んだんじゃ、何の意味もない気がするけど。


 感情を表に出さないよう心がけ、飛鳥は自嘲する。

 だが、女神からすればお見通しのようだった。


「お察しのとおり、『メイク・ワールド』の封印には成功しましたが、あなたの命を救うのは間に合いませんでした。これは私の不徳の致すところです」

「……なら、生き返らせてもらうのは無理なんでしょうか?」


 申し訳ないと考えているのなら――。

 そんな淡い希望を託しての一言。

 対して彼女は首を横にする。


「私の力を使えば可能ですが、今のあなたに人間界で暮らして頂くわけにはまいりません。魔道書に触れることで所有者の魂は穢れ、人間界に悪影響を及ぼす歪なものに変化しているのです。何より、あなたには責任を取って頂く必要があります」

「せ、責任ですか……?」


 飛鳥は、自分はてっきり被害者なのだと思い込んでいた。

 だが、『責任』とは加害者だと宣言されたようなものだ。


 それが何なのかは皆目見当がつかないものの、身構えてしまう。


「『メイク・ワールド』は何のために作られたと思います?」

「……わかりません」

「あれは元々、ある目的をもって異世界に介入するための魔道書なんです。その名も『ルフェリア』――勿論、聞いたことはあるでしょう? あなたの慣れ親しんだあの世界は実在して、ゲームを通じて行った出来事が実際に影響を及ぼしているんです」


 あまりにファンタジーすぎて、にわかには信じがたい台詞である。

 常人ならば耳を疑うほかないだろう。


 しかし、飛鳥はもう信じる他ないと考える。

 元はといえば、今ここにいること自体がファンタジーなのだ。

 一々、疑っていても話が始まらない。


「例えば、あなたは『邪神の復活を企てる教団が存在している』というシナリオを作りましたね?」

「……たった今、遊ぼうとしていたところですね」

「そのせいで、『ルフェリア』では陰謀が動き出しつつあります。無論、表立ってではなく水面下の出来事ですが、このままではじきに邪神が復活してしまうことになるでしょう。なので、あなたには責任を取ってその解決をお願いしたいのです」

「でも、僕は死んだ。そう仰ったのは貴女では?」


 呟かれたのは素朴な疑問。

 だが、女神が意に介した様子はない。


「これからあなたには、『ルフェリア』に転生していただきます」


 一方、面食らったのは飛鳥である。


「もしかして、僕に邪神を倒せと……? そんな、ファンタジーみたいな無茶振りは止めてくださいよ? 僕はただの男子高校生なんですから、一人でそんなこと無理に決まってます」

「いえいえ。邪神の復活にさえ加担しなければ、どのように暮らして頂いても結構ですよ。隠遁者として人里離れたところで生活するのも、ゲームと同じように冒険者として旅するのも。全てあなたの気が向くまま、自由にしてくれて構いません」

「えぇ……」


 ――なら、わざわざ転生させる意味あるんだろうか?


 飛鳥は違和感を覚えたが、折角命を与えてもらえるのならと口を噤むことにする。


 元より、飛鳥という人間に家族はいない。

 両親は幼いころの交通事故で死んでしまったし、親戚とは途絶と言い換えてもいいほど疎遠である。

 だから、異世界に行けと言われても全くといっていいほど忌避感を覚えなかった。


 無論、理不尽に命を奪われたのは納得しがたい。

 それでも異世界でやり直しがきくのだから、まだ許容出来る範囲だった。


 唯一残念なのは、親友たちと二度と会えない点か。

 彼らには別れを言うことすらできなかった。


 寂しさが沸々と湧いてきて、無意識にため息をつく。

 

「ああ。安心してください。彼らとも向こうで会えますよ?」


 すると、心を読んだのか、女神が何気なく言った。

 あたかも世間話でもするような一言。

 だが、飛鳥にとっては聞き捨てならないものだった。


 嫌な予感が背筋を伝い、一縷の望みから否定を求め問い返す。


「……どういうことです?」

「考えてもみてください。あの状況でトラックがぶつかって来たんです。あなた一人だけが死ぬわけがないでしょう? あなたが転生した後、友人たちにも同じように説明をする予定なんです」


 飛鳥は、容赦のない答えに息を飲む。

 胸元へと拳をやり、服をぎゅっと握りしめた。

 これは、飛鳥が大きなショックを受けたり、酷く緊張しているときの癖である。


 女神の言葉は、要するに自分の巻き添えで親友たちも命を奪われたことに他ならないのだ。

 唖然としてしまい、考えが纏まらない。


 結果、飛鳥が平静を取り戻すには、長い時間を要した。


「……どうにか出来ないんですか? 生き返らせてもらうとか……僕の友達――真一たちは、何の関係もないはずです」

「残念ながら。彼らも『メイク・ワールド』の一端には触れていますからね……魂は若干ですが穢れを帯びてしまっています」


 申し訳なさそうではあるが、毅然として女神が告げる。

 かといって、飛鳥も食い下がるわけにはいかない。


 友人たちには家族がいる。

 自分とは違うのだ。


 そんな想いである。


 だが、女神は頑なであり、一方的な要求を呑んでくれることはないだろう。


 ――何か、交換条件を出さねば。


 ゲームマスターとしての経験から、飛鳥は頭をフル回転させる。


 ……女神は、何か矛盾したことを口にしていないだろうか。

 もし、それが一つでもあるのなら、要求を通すための手がかりなのは間違いない。


 そうして、じっくりと熟慮を重ねた末の結論はこうだった。


「……なら、僕は向こうの世界で邪神を復活させます」

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