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十六話 酒の席での物語

 宿を取ると決めた飛鳥がまず向かったのは『幸せの青い小鳥』亭。

 『ヴェルダー』の拠点として、飛鳥たちが最初に転移した場所だった。


 一階は酒場で二階は宿屋。

 ファンタジー系のTRPGにありがちな、オーソドックスなタイプのお店である。


 店に入った途端、客たちが一斉に不躾な視線を飛鳥へと向けてきた。


 ――まあ、あれだけ派手なことしたら仕方ないよね。


 一週間前、古代魔法を使ってまで真一たちから逃げ出してしまったのは記憶に新しい。

 恐らくこの場にいる客たちは殆どが馴染の者たちで、飛鳥の奇行を覚えているのだろう。


 飛鳥は自分を納得させると、カウンターにもたれ掛かっている店主へと声をかけた。


「あの、お尋ねしたいのですが」

「ん? お前さん、確か一週間前の……」

「はい。『ヴェルダー』に依頼をしようとした……イナンナ(・・・・)といいます」 


 やはり、顔を覚えられていたらしい。


「……何の用だ?」


 四十過ぎぐらいだろうか。

 壮年の店主は、顎鬚を撫でながら飛鳥をギロリ。

 強面ということもあり、中々の迫力がある。


 流石に怖気づいたりはしないものの、明確な敵意を感じて、飛鳥は面食らってしまった。

 だが、すぐにその理由を推察する。

 

 『ヴェルダー』に真一たちが乗り移り、そして不審な行動を取り始めたというのはイナンナが現れたタイミング。

 店主はきっと、喧嘩別れの原因を飛鳥だと考えているのだ。


 もっとも、その予想は限りなく正解に近い。

 飛鳥の豊満な胸は、申し訳ない気分で一杯になりそうだ。


 しかし、友人たちに埋め話わせをするためにも訊かなければならないことがある。

 飛鳥は、無礼を重々承知で問いかけた。


「あの時は本当にすみませんでした。ですが、『ヴェルダー』の方々がどこに行ったのか、ご存じありませんか?」

「……知らん」


 返答はけんもほろろ。

 それどころか、ぶすっとした顔で飛鳥は睨み付けられてしまった。


 国一番の冒険者パーティがご贔屓にしているとなれば、かなりの宣伝効果を生むに違いない。

 そんな蜜月を、小娘一人に壊されてしまった。

 怒りが向くのは当然で、寄りつく島がないのは無理もないことなのだろう。


 ――これは教えてもらえそうにないなあ……。


 となれば、どれだけ食い下がっても無理そうだ。

 宿泊などはもっての外。


 真一たちのことはバイモン教徒と並行して探すとして、当面は別の宿を探した方が賢明と思われた。


「……また来ます」


 飛鳥はぺこりと会釈をすると、『幸せの青い小鳥』亭を後にした。





 バッツとミリーが『幸せの青い小鳥』亭を訪れたのは、飛鳥が来店し追い返された数時間後のことだった。

 もう日は沈んでしまっていて、酒場の混雑が極まる時間帯。


 とはいえ、二人にとって、この時間帯に来店するのは本意ではなかった。

 当初の予定ならば、もっと早くにチェックインして、空いている時間にゆっくりと――なんて心づもりだったのだが。


 普段陽気なバッツが口をへの字にしているあたりが何よりの証拠といえるだろう。


「エールにツマミの盛り合わせ。適当に頼むぜ」

「勿論二人分ね」


 椅子に荒々しく腰かけるバッツ。

 彼がウェイトレスへと注文を口にすると、すかさずミリーが補足した。


 彼らの不機嫌の元凶。


 それは、配達先の態度だった。

 何せ、指定の時刻になっても現れない。 


 ――前金は十分に受け取ってるとはいえ、急いだ結果がこれじゃ報われねえぜ。


 不快感は拭えずに心の中で悪態を漏らす。

 一応、明日にはもう一度向かってみるつもりだが、何ともやりきれないものがある。

 翼竜の素材を市場で換金できたのが唯一の救いか。


「……バッツにミリーか。くたばったかと思ったんだがな」


 そんな彼らに店主が話しかけてきた。

 手には盆とエールのジョッキ。

 配膳も兼ね、バッツたちに話しかけにきたらしい。


「馬鹿、俺たちが死ぬわけねえだろうが」

「縁起でもないこと言わないで欲しいわ。……今回ばかりは本当に危なかったんだから」


 旧友との再会に、バッツの苛立ちが和らいだ。

 手渡されたジョッキで喉を潤すと、軽口で応える。


 寡黙で強面。

 客相手に平然と威圧するような態度を取ってしまう。

 それがこの店の店主の特徴だ。


 よくこれで客商売が成り立つものだと思うが、常連客のおかげもあるのだろう。

 とっつきづらいものの、一度打ち解けてしまえばとても面倒見の良い人物である。


 事実、二人は冒険者時代から良くしてもらっていて、引退した今でも何かと便宜を図ってもらっていた。


 それに、この店を贔屓にしている有名冒険者もいる。

 『ヴェルダー』である。


 何故か、彼らはこの店以外には泊まろうとしない。

 そのため、国一番の冒険者にあやかろうと、この店を利用する若手冒険者も非常に多いのだ。


 だが、以前訪れた際に比べると客が減っているように思われた。

 やはり、噂の喧嘩別れとやらが関係しているのだろうか。


 バッツが、その件について店主に尋ねようとした瞬間のこと。


「まーた、オークにでもやられそうになったのか?」


 別の卓からヤジが飛んできた。


 水をさされたバッツは苦笑い。

 オークと二人には浅からぬ縁があり、そのことを揶揄しているのだろう。


 バッツたちが引退を決意した荷馬車の失踪事件。

 その主犯はオークであり、二人はあえなく返り討ちにされてしまった。

 死を覚悟した瞬間、駆けつけたのが幼き冒険者の一団――『ヴェルダー』で、おかげで命からがら生き延びることが出来たのだ。


 しかし、今回ばかりはわけが違う。


「そんなちゃちな魔物じゃねえよ」


 とだけ答え、一笑に付した。


「……一体、何があったんだ?」


 すると、店主が食いついてきたので、バッツはちっちっと舌打ちし、口の前で指を振った。


 彼としては、仕事の途中で偶然出会った少女について、自慢したくてたまらなかったのだ。

 とはいえ、ワイバーンの脅威度を考えれば、大っぴらに話すのは憚られる。

 酔ってはいてもその程度の分別はあり、相手を選ぶ必要があった。


「翼竜――ワイバーンだ。あれに、俺たちは襲われたんだよ」

「……冗談が過ぎるぞ?」


 だが、店主は動じずに一言。


 彼はまるで信じていないのだろう。

 呆れたように眉を顰め、バッツに視線を向けてきた。


「……そんなものに出くわしていたら、まずお前たちがここにいるはずがない」


 そして、すぐさま矛盾点を突いてくる。

 高速で飛行するワイバーンを馬車程度で振り払えるわけがないのだから、着眼点としては妥当だろう。 


「いや、嘘じゃないぜ? ワイバーンが返り討ちにあった、ってだけの簡単な話だ。もっとも、俺たちが倒したわけじゃねえけどな」

「……どういうことだ?」


 しかし、指摘されてもバッツの笑みは崩れない。

 堂々とフォークに突き刺したソーセージに噛り付き、エールで流し込む。


「女の子が助けてくれたんだよ。聞いて驚くなよ? それも、とびきりの美少女だ。……思わず、女神様かと勘違いしそうになったぜ」

「……それ、ゴブリン相手のときじゃなかったかしら」


 ぼそっとミリー。

 だが、バッツは相方のツッコミを無視し、朗々と――一応は小声を心がけて――語り始めた。





「……魔導剣士(ルーンナイト)の少女が、ワイバーンを切り捨てた……と? ……信じられんな。夢でも見たんじゃないか?」


 バッツが話し終えると、店主は益々呆れた様な表情になった。

 信じて欲しいなら証拠を見せろとでも言いたげである。


「……まあ、普通は信じられねえよな。ほら、これが証拠だ」


 それを受け、バッツは背嚢から何か取り出して、机の上にことりと置く。


 そこにあったのは、子供の腕ほどの太さの、軽く反った円錐型。

 つまり、翼竜の牙である。

 落下の衝撃でに耐え切れず圧し折れてしまっていて、太さに反して長さはさほどでもない。

 結果、商品としての価値はなく、バッツは記念にとっておいたのだった。


「……これは」


 店主が目を見張ったのを理解し、バッツはニヤリとほくそ笑む。


 冒険者の宿屋の店主といえど、一目見ただけでワイバーンか否かまで判別するのは難しいだろう。

 しかし、高位の魔獣のそれであることは明らかだ。


 わざわざ、そんなものを用意してまで謀る必要はなく、となれば十二分に信頼に値する証拠となる。


「……魔導剣士(ルーンナイト)のアスカか。……燃えるような赤髪が特徴……まさか、な。」


 店主がぼそりと呟いた。

 誰に向けたわけでもない、ただの独り言。


「あんたたち、今、飛鳥って……」


 すると、一人の少年が割り込んでくる。

 バッツにとっては見覚えのある顔であり、相貌を綻ばせた。


 だが、少年のバッツに対する反応は薄い。

 まるで、初対面に対するような――。


「……マスターとそこの人、悪いけど、その話、詳しく聞かせて貰えないか?」

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