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十三話 アスカ ASUKA the SUPER FICTION

 バッツとミリーは、昨晩と同じように焚火の近くで暖を取っていた。

 唯一違うのは、赤髪の少女――飛鳥がいないことか。

 彼らは二人きりということもあって、焚火を間に挟む形で向かい合っていた。


「アスカはまだ寝てるのか?」


 バッツが薪をくべながらぼそり。


「ええ。昨晩、寝てなかったこともあってぐっすりよ。見張りの時間になったら起こしてほしいとは言ってたけど……」

「……ミリーは先半分と後半分(・・・・・・・)、どっちがいいんだ?」

「……そうね。いつも通り先の方がいいわ。一度寝てしまうと、バッツは中々起きてくれないから」


 昨晩の見張りは最後まで飛鳥一人が務めてしまったが、実のところバッツとミリーは何度も途中交代を申し出ていた。

 決して信用していないからではなく、年下の少女に重労働を強いるのは心苦しいと考えたためである。


 だが、彼女は「眠れないので」とだけ答え、全て断った。

 一応、「疲れたら遠慮なく起こしてくれて構わない」とも伝えておいたのだが……。


 今晩、バッツたちはその意趣返しを行うつもりだった。


「あ、魔物や不審者(・・・)が現れたときは遠慮なく起こしてほしいって」

「……そりゃ、昼間みたいにワイバーンが出てきたらなぁ。俺たちじゃ太刀打ちできるわけがねえ。まあ、そんな事態に陥らないに越したことはねえんだが」


 それきり、お互いに沈黙してしまう。

 話し声が途切れてしまうと、夜の平原というものはやけに静かだ。


 時折聞こえてくる虫の音と、ぱちぱちと焼け爆ぜる薪の音。

 その二つだけが軽快なリズムを奏でていた。


 ミリーは沸かしておいた熱湯を茶葉の入れたポットに注ぐと、無言のまま器を振って軽くかき混ぜる。

 そして、二人分のカップに注いでいく。


「ねえ、あの子のこと、どう思う?」

「ん? ……まあ、悪い娘じゃないとは思うんだがなあ」

「……そうなのよね」


 手渡しながらミリーが尋ねてきたので、バッツは頬の傷跡をぽりぽりと掻きながら答えた。


 飛鳥とは出会ってからまだ一日しか経っていない。

 付き合いというには、あまりにも短すぎる時間だろう。


 だというのに、二人とも飛鳥への警戒心は消えてしまっていた。

 いや、初対面の時点でさほど抱いていなかったという方が正しいか。


 実力差を理解した今となっては考えただけでぞっとするような話だが――もし彼女が自分たちに危害を加えるつもりなのだとしたら、ゴブリン同様に永久の眠りについていたのは間違いない。


 しかし、実際は命を救われた。

 何の義理もなく加勢してくれたということは、飛鳥は紛うことなく自分たちの味方なのである。


 ……とはいえ、バッツの物言いは何処か含むものがあり、同意を示すミリーもそれを察しているのだろう。


 それもそのはず。

 飛鳥という少女、何かと不審な点が多すぎる。


「何者、なんだろうな」


 猫舌ということもあり、ちびちびと茶に口をつけながらバッツが呟いた。


「……見当もつかないわ」


 最初、二人は飛鳥のことを高貴な生まれの娘ではないかと推測していた。

 理由は、恵まれた容姿と身なりの良さ。


 よく手入れされた長髪は、あたかも艶やかに燃え盛る紅蓮の炎であり、見るもの全てを魅了する。

 手荒れが全くといっていいほど見受けられない白魚のような手。

 それは、彼女が水仕事などをする必要がない身分だという何よりの証左だった。


 そして身に纏っていたのは、上質な絹で縫われた、機能性より見た目を優先した衣である。

 冒険に出掛ける人間がわざわざ新品同然の衣服で出かけるはずもなく。

 旅慣れていないというのが火を見るよりも明らかだ。


 それに、あまりに世間慣れしていないのも大きいか。


 何せ、彼女は馬を実際(・・)に見たことすらないのだという。

 御者台に座っているとき、興奮しながらそう漏らしていた。


 馬は『ルフェリア』における最もありふれた交通手段である。

 そのため、余程交通の便が不自由な山奥の村でもない限り、馬車を見たことがない人間などいはしない。


 だというのに、馬を知らないというのだから、彼女はいたく大事に育てられてきた箱入り娘なのだ。

 魔術も、資質があったが故に護身目的で習得したに違いない。


 ……ここまでが、ワイバーンとの戦いを迎えるまでの二人の予想である。


 だが、翼竜との戦いで判明したのは、バッツたちの度肝を抜く真実だった。


 魔導剣士(ルーンナイト)――。

 剣と魔道の両方の才を持った者だけが、気が遠くなるほどの研鑽を重ね、ようやく辿り着ける境地。


 多くの冒険者が羨望を向け、そしてあえなく夢破れてきた。

 本人が語ったように、バッツもその内の一人である。


 ――そんな領域に、年若い少女が至れるなのだろうか?


 一度は挫折した夢だからこそ、バッツは疑問に感じた。


 いや、前例はある。

 急成長を遂げ、伝承(サーガ)に謳われるまで上り詰めた、『ヴェルダー』と呼ばれる三人の冒険者たち。


 とはいえ、あれ(・・)が特別な事例であるのも間違いない。

 彼らは神の加護を受けているのではないか。

 そんな噂すら実しやかに囁かれているのだから。


 歴戦の勇士たる彼らと比べた場合、――実力の面ではなく知識面で――飛鳥は幼いように感じられる。

 先の馬に関してもそうだが、一般常識が欠けているのは明らかで、ましてや、魔法を使うのに資質が必要なことすら知らないのだ。


 魔術の基礎中の基礎を知らないなんて、真っ当に魔術を学んでいればあり得るはずがない。

 まるで、いきなりぽんと強大な力を与えられたような――。 


「王都に急いで向かいたい……なんて言っていたけど、何が目的なのかしらね」


 カップの中身を飲み干して手持無沙汰になったバッツが、薪を投げ入れながら思考していたところ、ミリーの呟きに遮られた。


「さあな。だが、物見遊山ではないのは確かだろうよ」

「……もし、アスカの用事が済んだ時、私たちが王都に居残っていたら、一緒に旅をしないって誘ってみてもいいかしら?」


 篝火に照らされるのは長年連れ添った女性の横顔。

 恐らく、飛鳥が身寄りがないと告げたこともあり、情が移ってしまっているのだろう。


 バッツにはすぐに理解できた。

 何故なら、彼も同じ気持ちだったから。


 飛鳥が警戒しつつも無防備(・・・・・・・・・)という矛盾した行動をとることもあるが、ふとした瞬間、どこか懐かしいような感覚を覚えてしまうのだ。

 あたかも、在りし日の旧友に出くわしたかのような――。


「俺は構わねえが、あいつ次第だろ」

「そうね……私はもう寝るわ。また、起こしてちょうだい」


 錯覚を振り払うが如く、あえてぶっきらぼうに返せば、納得したようにミリーが答えた。


 ……こうして、また夜は更けていく。

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