十二話 ワイバーンスレイヤー
「ワイバーンの鱗や尻尾なんかを剥いでもらえねえか?」
バッツの願いとは、飛鳥が拍子抜けしてしまうほど簡単なものだった。
空中で一刀のもとに切り捨てた彼女である。
解体など造作もないだろう。
だが理由が気になるのも確か。
疑っているというわけではないが、飛鳥は質問をぶつけてみた。
「どうしてです?」
「竜ってのはべらぼうに高く売れるんだよ。殆どは駄目になっちまってるが、使えそうな部位はそれなりにある。――特に、切断された頭とかな。運び屋といえど商売人である以上、みすみす見逃す理由もないってわけだ」
更に詳しく聞いてみたところ、翼竜に限らず竜の素材は非常に希少であり、それ故に高額で取引されるのだという。
竜が強大な力を有しているのはもちろんのこと、彼らの体躯は極めて堅牢である。
死してなお――いや、むしろ強靭さを増していくのだとか。
そんな死骸を解体するのは生半可な腕力では叶わない。
よって、彼は飛鳥に要請したというわけだ。
「……それなら、王都にたどり着いてから、専門の業者を連れてきた方がいいんじゃないでしょうか?」
時間のロスは避けたいこともあり、疑問を口にする飛鳥。
しかし、バッツは首を横にする。
「竜みたいな化け物の場合、死骸を放置しとくと往復してる間に不死者になりかねえねえからな。とっとと焼いて葬り去らねえと」
「……ドラゴンゾンビですか」
飛鳥には心当たりがあり、ぼそり。
不死者。
一定以上の魔力を有していた生物が不慮の死を遂げた際、死を超越し蘇る現象である。
生前の意思は失われ、生者を執拗に狙う獣に成り下がるものの、厄介なことに能力は依然変わらない。
――ドラゴンゾンビになると防御点が上がるのって、もしかして死んで鱗が固くなるからなのかな?
『メイク・ワールド』において、不死者は大抵元になった魔物より柔らかいのだが、ドラゴンゾンビだけはやけに防御のステータスが高かった。
その理由が、まさか死後の変化だったとは。
予想だにしない原因であり、飛鳥は少しだけ驚いた。
閑話休題。
説明を受けた飛鳥の結論はこうだ。
――まあ、すぐ終わりそうだしいいかな。
世話になった彼らに心配をかけてしまったことだし、彼女としては喜んでもらえるのなら吝かではない。
納得すると、手始めにナイフを肉と鱗の間に沿わせ、力を込めつつも丁寧に削ぎ落としていく。
結局、一行が再出発したのは三十分後。
解体した部位を回収し、死骸を焼き払ってからのことだった。
◆
もうそろそろ日が落ち始める時間帯。
飛鳥は荷台の後方から、御者台にいるバッツとミリーをちらりと見た。
夕日に照らされた横顔は、臨時収入もあってかどこか上機嫌である。
――同行させてもらっているお礼にはなったかな?
飛鳥が心の中でそう考えていると、視線に気づいたバッツが彼女を一瞥する。
「にしても、生きているうちに魔導剣士にお目にかかれるとは思ってもみなかったぜ。こりゃ、王都についたら酒場で若い連中に自慢してやらねえと」
陽気な一言。
興味を惹かれ、飛鳥が問い返す。
「……そんなに魔導剣士というのは高名な職業なんでしょうか?」
すると、二人は顔を見合わせて一瞬だけ驚いた顔をした。
そして、バッツが――馬を手綱で操りながら器用に――身振り手振りを交えながら解説する。
「魔導剣士ってのは冒険者の憧れだからな。唸る雷撃と共に振り下ろされる剣――! 男なら誰もがその格好良さに憧れるってもんだぜ」
「――実は、バッツもその一人なのよ。もっとも魔法が使えないことに気づいてすぐ挫折したんだけど」
バッツは嬉々として語るのだが、ミリーがすかさず水を差す。
見慣れた光景ではあるが、飛鳥は驚きと共に身を乗り出した。
「ええっと……初耳なんですけど、魔法に才能がいるんですか?」
ゲームの場合、ステータス面で向き不向きはあれど、経験点さえ支払えば瞬時に習得出来たはず。
その上、シアが平然と呪文を唱えていたこともあり、飛鳥は資質が必要だとは考えもしなかった。
「……やっぱり世間知らずのお嬢様なんだな、アスカは。というか魔法なんて使える方が少数派だぜ。しかも、才能のある連中はもやし野郎が多い。だから魔導剣士の数は少ねえんだ」
「……そうなんですか」
魔導剣士が珍しいのは『ルフェリア』でも同じ。
しかし、弱いから選ばれないゲームとは異なり、こちらでは前提条件の困難さが原因のようだった。
――もっとも、頑張ってもそんなに強くないんだけど。
知らぬが華であり、夢を壊すのはよろしくない。
そう考えて飛鳥は口にはしなかった。
「あ、ついでに質問があるわ。アスカは一体どうやってワイバーンを一撃で仕留めたのかしら? ナイフで鱗を剥がす時もやけにあっさりだったけど……」
「それなら『魔力剣』といって、魔力を刃に纏わせたんです。消耗は激しいんですけど――兎に角威力が上がります」
『魔力剣』。
魔導剣士が習得できるスキルの中で唯一実用に耐えるものであり、生命線といっても過言ではない。
具体的にいうと、魔力の消費量に応じてダメージとクリティカル率にプラス修正が加えられるのだ。
強力な魔法が使用できない魔導剣士にとっては、――劣悪な燃費さえ無視すれば――魔法よりこちらで殴っている方が断然ダメージが出るのはご愛嬌。
その上、発動中は攻撃が物理・魔法の両属性を纏うようになり、相性の良い方の属性でダメージ判定が行われるようになる。
今回の場合、魔法抵抗の高いワイバーンに痛烈な物理ダメージを与えた形となる。
しかし、これはあくまでゲームの話。
ダメージ倍率やクリティカル率など懇切丁寧に説明しても無駄だろうと判断し、飛鳥は漠然とした表現にとどめておく。
「それにしては、あんまり疲れてないみたいだけど」
「……多分、慣れてるからでしょうか」
ミリーのツッコミに、飛鳥はいけしゃあしゃあと真っ赤な嘘で応える。
実は、飛鳥がイナンナというキャラクターを作る上で意識したことが一つある。
それは、強い魔導剣士を創ろうという一点。
燃費が悪いスキルを使いこなすにはどうすればいいか?
答えは簡単。
それを上回るだけの潤沢な魔力を保有させればいい。
そんな、あまりにも単純明快なコンセプトでキャラメイクされたのがイナンナというボスなのだ。
「なるほどなぁ……。若いのにその域まで上り詰めるとは、苦労したんだろうな」
「……そういうわけじゃないんですけど」
元々この身体は他人に憑依したものだし、もっと言えば友人たちのキャラクターのように愛着を抱いて育てあげたわけでもない。
数値を設定し、当てはめただけ。
誉めそやされるのは適当ではない。
なんだか居心地の悪いものを感じてしまい、飛鳥は話題を変えることにした。
「あの……バッツさんもミリーさんも、初めて冒険者になったときからずっと一緒に?」
そんな彼女が着目したのは二人のなれ初めである。
ゲームマスターとして世界に介入してきた飛鳥ではあるが、関与していたのはゲームに登場している間のみ。
それ以外の殆どが預かり知らぬ出来事だ。
だから、ちょっとした興味本位で聞いてみた。
「そうね。昔からの腐れ縁ではあったんだけど、たまたま初仕事が一緒になってバッツが失敗して……」
「ちょっと待て。それはお前が初めて戦ったコボルト相手に半泣きになってたからだろ?」
「そりゃ、あんな取っ組み合いになったのは初めてだったし……でも、あなたもあなたで、夜飛び起きたりしてたじゃない」
「あれは夜の見張りとしてだな……」
口調は喧嘩に近いが、その実、和気藹々と思い出話に花が咲く。
何処かじゃれ合うようで微笑ましいはずの光景だが、それを見る飛鳥の顔はどこか青白い。
「どうしたんだ、アスカ。顔が蒼いぞ? まさか、魔導剣士ともあろうものが馬車酔いしたってのか?」
「……いえ、なんでもないです。昨晩寝てなかったこともあって眠くなってきたので横になりますね」
飛鳥は心配をかけないよう、わざとらしいほど明るくそう答えた。
「夕食はいらないので、見張りの交代時間になったら起こしてください」
それだけ言って布団に包まると、飛鳥はこみ上げる不快感から自分の身体を掻き抱くのだった。
5/11 ワイバーンの死骸の顛末を追加




