九話 ルフェリア探偵倶楽部 消えた冒険者
「へえ、バッツさんとミリーさんは運び屋をやっているんですね」
お椀に入ったスープを一口すすり、飛鳥が言った。
現在、飛鳥たち三人は焚火を囲んでの食事中。
ゆっくりとだが数十分ほど荷馬車を走らせ、戦場から大きく距離を取ったころ。
助けてもらったお礼にご馳走するとミリーが言い出したのだ。
もしかしたら、飛鳥のお腹が可愛らしい鳴き声を上げたのも関係しているのかもしれない。
五日も寝ていた上、目覚めてから何も口にしていなかったため、限界が来たのだろう。
飛鳥は羞恥に頬を赤く染めつつも、ご相伴に与れるなら断る理由もないと考え、有難く好意を受け取ることにした。
さて、肝心の食事の内容だが、かなり堅めの黒パンにスープ、最後に一欠けらのチーズとソーセージという全体的に保存性を優先した構成。
スープは固形の食糧をお湯で解いただけの簡単なものだが、味自体は素朴な塩味で可もなく不可もなく。
長持ちするように獣の脂がふんだんに使われていて、それ故に獣臭さがつんと来るのが好みの分かれるところか。
それでも空腹を満たすには十分だ。
元来、飛鳥という人間は食への拘りが薄いのである。
一方、バッツたち提供してもらったチーズとソーセージは絶品で、特にチーズは串に刺して炙ったため、トロトロに蕩けている。
芳醇な香りが食欲をそそってくるので黒パンに乗せて頂くことにした。
「ええ。ひょんなことから、中古の馬車を譲ってもらったの。折角だからそれを活かした商売が出来ないかなと思ってたら、いつの間にかこの馬鹿と組むことになってたわ」
「馬鹿ってひでえなあ……」
ミリーの軽口にバッツが顔を顰める。
とはいえ、不快そうな様子はない。
恐らく、これが彼らの普段からのやりとりなのだろう。
しかし、飛鳥の関心はもっと別にあった。
先の経緯、どこかで聞いたような――。
――あっ!
ソーセージを咀嚼し、飲み込んだタイミングでようやく思い出す。
バッツとミリー。
彼らは、『メイク・ワールド』をプレイし始めた最初の頃――つまりは、『ヴェルダー』が駆け出しの頃の馬車護衛クエスト、ないしはそれに伴う失踪事件に飛鳥が登場させたNPCである。
一見、思わせぶりな行動ばかりするのだが、実際はミスリード。
単なるお節介な冒険者コンビであり、真一たちプレイヤーは面白いほど攪乱されてくれた。
そのクエストは、最終的に乗り手のいなくなった荷馬車が報酬として追加されたのだが、それを受け取ったのが彼らだった。
本来ならば『ヴェルダー』が受け取るはずだったところを、場のノリもあって――あまりにオンボロすぎて扱いに困ったともいう――譲られたのだ。
どうやら、それが切欠で冒険者から運び屋に転身したらしい。
「……運び屋になったことに、後悔はありませんか?」
ふと、気になって飛鳥は尋ねてみた。
「え、どうしたのかしら? ……そうねえ。冒険者よりかは、性に合ってると思うけど」
「まあ、何かとトラブルに巻き込まれがちなのが問題だがな。『期日中に間に合わなきゃ報酬を払わない』……なんて期限ギリギリで言って来たり、魔物と変わらねえようなやつもいる。だが、それでも楽しくやってるさ」
「……そう、ですか」
その答えに飛鳥はほっと安堵の息を漏らす。
だが、二人は食事に意識を傾けているためか、そんな仕草に気づかず会話を続けていく。
「今回も、そろそろ野宿しようかなと思ったタイミングでゴブリンが襲ってくるんだもの。嫌になっちゃうわ」
「本当、アスカが来てくれて助かったぜ。戦いの女神様! ――なんてな」
「……いえ、私もたまたま通りかかっただけですので」
神というのもあながち間違っていないのだが、あくまで邪神である。
どうにも居心地の悪いもの感じ、飛鳥は慌てて話題を変える。
「それにしても、どうしてこのような人里離れたところに?」
「勿論仕事だ。すぐ近くの村にたまたま立ち寄ったんだが、そこで王都に荷物を届けて欲しいって依頼を受けてな。その最短ルートがこの街道を通る道ってわけだ」
「その依頼人が、さっき言ってたみたいに偏屈なやつでね。『遅れたりしたら後悔することになる』なんて脅してくるのよ。だから、こんな真夜中でもギリギリまで馬車を走らせてたの。金払いがいいから引き受けたけど、そうじゃなかったらお断りね」
彼らの表情に疲労の色が浮かんでいるのは激戦の影響だけではないのだろう。
すぐにでも休んでしまいたい――そんな印象を受ける。
――王都、か。
目的地は同じだった。
飛鳥は、飲み終えたスープ器をことりと置いて、二人と目を合わせた。
そして、頭を下げて頼み込む。
「私も王都に向かいたいんです。一緒に乗せてもらえないでしょうか? といっても、持ち合わせがないんですけど……」
不躾なのは重々承知の上。
相手はプロの運び屋なのだし、運んでもらいたいというなら謝礼を支払うべきだ。
だが、生憎と今の飛鳥は金目のものを持ち合わせていなかった。
――こんなことなら、神殿の宝物庫から宝石の一つでも持ってくるべきだったかな……。
頭を過るのはそんな考え。
あの時は良心が咎め、必需品だけに留めておいたのだ。
「あら。大歓迎よ?」
しかし、ミリーは呆気ないほどあっさりと快諾してくれた。
むしろ当然と言った雰囲気。
「いいんですか?」
「こっちがお願いしたいくらいよ。私たちのパーティは前衛しかいないから、さっきみたいに襲われたとき、魔道士の貴女がいてくれるに越したことはないわ」
「全速力で飛ばすから三日もしないで王都にはつくはずだぜ。その間、飯も出す。代わりに見張りに参加してもらうが、正直、命の代金としては安いぐらいじゃねえか?」
「ありがとうございますっ!」
二人の好意を受け、飛鳥は頬を綻ばせる。
華奢な少女ではあるが、どこか少年らしさを含んだ無防備で中性的な笑み。
その表情を見てミリーは頭を押さえる。
「……同性でもちょっとくらっと来るわね」
若干いかがわしい一言が漏れていたのだが、幸い飛鳥の耳には届かなかった。
コホン。
バッツが咳払いをし、相方へキツイ視線を送ってから、口を開く。
「……代わりといってはなんだが、一つ聞かせてくれねえか? 逆に、どうしてアスカはこんなところにいたんだ?」
「それは……」
思わぬバッツの返しに、飛鳥は一瞬だけ言葉に詰まってしまった。
だが、すぐに適当な言い訳を繋いでいく。
「この山には強い魔物が出ると聞いていて、修業の旅をしていたんです。でも、出会えずじまいでした。そろそろ帰ろうと思ったんですが、道に迷ってしまって」
このあたり、ゲームマスターとしての経験が生きている。
TRPGとは一種のアドリブ勝負である。
いきなりプレイヤーから核心に迫る質問を受けることもしばしばで、その度に適当に誤魔化さなければならないのだ。
それに、全てが嘘というわけではない。
「確かに、さっきの魔法の腕を見たらなあ……」
「でも、まだまだ若いんだから一人旅なんて無茶しなくてもいい気がするけどね。もしかしたら、年が近い『ヴェルダー』に憧れてるのかもしれないけど、あんなのは規格外よ? あの子たち、たった三人でドラゴンを狩ったりする化け物なんだから」
納得した様子を見せるバッツと、それでも心配をやめないミリー。
親戚のおじさんやおばさん――女性相手に失礼か?――がいたらこんな感覚なのだろうか。
会ってまだしもない彼らだが、飛鳥は何処か親近感を覚えていた。
「お父さんやお母さんも心配しているんじゃない?」
「……いえ、家族は幼いころに亡くなりました」
「それは……ごめんなさいね……」
「気にしないでください。……それに、『ヴェルダー』の彼らが憧れっていうのは間違いじゃないですし」
もっとも、プレイヤーキャラクターではなく中の人の方。
真一、美紀、健斗の三人は、天涯孤独の身だった飛鳥に何かと手を尽くしてくれた。
頼れる相手のいなかった飛鳥にとっては、掛け替えのない友人なのは紛れもない事実である。
「……ここだけの話、私達、『ヴェルダー』と一緒に仕事したこともあるのよ?」
今の答えを受けてか、声を潜めてミリーが自慢げに言う。
本当に嬉しそうなので、飛鳥はなんだかほっこりしてしまう。
……しかし、それは長くは続かなかった。
「……でも、『ヴェルダー』も喧嘩別れしちまったんだろ?」
バッツの言葉が原因だ。
「え……? そ、それ、詳しく聞かせて頂けませんか!?」
突然の豹変にバッツたちは呆気にとられた様子だが、飛鳥があまりに急かすのでぽつぽつと語り始めた。
「え……いや、俺も詳しく知ってるわけじゃねえんだ。村を立つ前にちらっと噂を耳にしただけで。……なんでも、依頼に失敗したせいで仲違いしたとかなんとか」
……結局、大した情報は得られなかった。
その晩、飛鳥は――勿論、五日間寝ていて起きたばかりということもあるのだが――悶々として寝ることが出来ず、寝ずの番を買って出たのだった。




