見知らぬ天井
俺の趣味はネット小説サイトの巡回。
いわゆるところの読み専というヤツだ。
ネット小説サイトに掲載されている作品の数は30万を超え、サイトの登録者数は70万人
俺は今日もいつものように日間ランキングに上がった作品を読んでいた。
「なんだ、また見知らぬ天井か」
俺はため息をついた。
気を失った主人公が目を覚ました際の最初の台詞が「知らない天井だ……」だったのである。
馬鹿の二つ覚えのようにどの作者も作品内で主人公が目を覚ました際に「知らない天井だ……」という台詞を使うのだ。
この「知らない天井」の元ネタは有名人気アニメの主人公が下宿先の家で目を覚ました際の台詞である。
しかし、あまりにも台詞が有名になり過ぎて今では元ネタを知らなくても作品内で使うようになっている。
もはや様式美とさえ言えるだろう。
元ネタは別にギャグでも何でもないのだが、ネット小説サイトの作品内ではお決まりの台詞になっており、ギャグとして使用されることが多い。
「面白いと思っているのか?」
俺はブラウザバックして別の日間ランキングの作品を開いた。
異世界転移モノの冒険ファンタジー作品のようだ。
プロローグにて魔法陣の光に包まれた主人公は気を失い――
あー、なんか嫌な予感がするな。
主人公が目を覚まして最初の描写は――
『目を覚ますとそこは知らない天井だった。』
ん? なんか文章がおかしいな。
「そこ」というのは場所を表す言葉でありこの文章だと主人公は天井で目を覚ましたことになる。
どんな状態だ?
天井に張り付いているのか?
それを言うなら『目を覚ますと最初に視界に映ったのは知らない天井だった』だろう。
俺は感想欄を開くと――
>目を覚ますとそこは知らない天井だった
この描写おかしくないですか?
――と書き込んだ。
返信はすぐに書き込まれ「指摘ありがとうございます。修正しておきます」とのことだった。
うん、俺は作品を読んでいて誤字脱字があったりすると、それが気になって物語の世界に入り込めなくなる。
修正してくれれば気にせず先を読み進めることが出来る。
主人公が目を覚ましたところまで戻ると――
『目を覚ますと知らない天井だった。』
いやいや、修正されてないでしょ。むしろ悪化してる。
これだと主人公が天井に転生しちゃってるよ。
俺は再び感想欄を開いて書き込みをする。
>目を覚ますと知らない天井だった
これだと主人公が天井になってますよ。
主人公は天井ではないですよね?
――よし、これで大丈夫だろう。
すると再び返信があり「指摘ありがとうございます。たしかにこれだと主人公が天井に埋まってるみたいですね。修正しておきます」とのことだった。
俺は再び作品を開く――
『目を覚ますと最初に視界に映ったのは知らない天丼だった。』
惜しい! 実に惜しい!
天井が天丼になっている。
どうしたらそんな誤字が起こり得るのか?
目を覚まして目の前に天丼があったらおかしいでしょ!
この作品は異世界冒険ファンタジーだったよね?
現代の料理モノじゃないよね?
俺は小説情報タグを見直した。
うん。間違いない。これは異世界冒険ファンタジーだ。
まあいい。話が進まないので俺は誤字を気にせずに読み進めることにした。
『俺は箸に手を伸ばすとあっという間に天丼を平らげた。』
ええー? 食べちゃったよ?
というか誤字じゃなくて本当に天丼かよ。
そもそも目を覚まして目の前に天丼あったら驚くだろ。
もっと警戒しろよ!
毒でも入っていたらどうすんだよ!
俺はイライラしつつ再び感想を書き込む。
目を覚まして目の前に誰が作ったかも分からない天丼があるのはどう考えてもおかしいですよね。
それを食べる主人公の行動もおかしいですよね。
俺が感想を書き込むと同じようにすぐに返信があった。
内容を読むと「度々申し訳ございません。読者様が納得出来るように修正いたしました」とのことだった。
なんか自分が毒者になった気分だ。
俺は別にそんなつもりはないんだが――
まあいい。ここまで来たらどう修正したのか確認してやる。
俺は作品を開いた。
『天井の前に目を覚ましたばかりの人間がいた。』
『人間は「知らない天井だ……」なんて虚ろな表情で呟いている。』
『それが人間の最後の言葉になった。』
まさかの天井視点?
おおーい。人間に何があった?
続きが気になる。
しかし続きは削除されてしまっておりそこで話は終わってしまっていた。
どういうことだと思って作者の活動報告を見ると……
一度作品の設定を練り直して改稿するとのことであった。
その後、その作品は投稿を再開し――
見知らぬ天井視点の物語は大人気となり、書籍化して、アニメ化もした。