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アメジストセージ

彼女視点。

番外編になります。

「花」

 あそこにいた頃、私はそう呼ばれていた。

 その度に私はこそばゆい気持ちになるのだった。

 優しげで不思議な、綺麗な音を今もまだ覚えてる。




*****




「花」

 名前を呼ばれ、顔を上げると彼がいた。

 途端にふわふわと心が浮き始めたのがわかった。

 こういう時、感情が伝わりにくい顔でよかったと思う。

 ここにいる人達には私の顔は冷たく見え、何を考えているのかわからないらしい。

 おかげで勘違いされたり避けられたりしたが、今はこの顔が有難い。

 この気持ちは誰にも知られたくないものだから。




「どうかした?何か嬉しそうだね」

 いつもと変わらない顔をしていたつもりだが、どうやら笑顔になってしまったらしい。

 でも、これくらいは許してほしい。

 誰だって感情を全て抑えることはできないのだ。

 彼は不思議そうな顔していたが、私が何も答えないでいると話を変えてくれた。




「これなんだけどさ」

 彼が差し出したスマホには、花が写っていた。紫色の小さな花が鈴なりに咲いている。

 家の庭に咲いている花で、家族の誰も知らないのだと言う。

「花なら、知ってると思って」

 彼は真っ直ぐ私を見て言った。

 その瞬間の嬉しさをどう表現したらいいだろう。

 彼が私を頼ってくれた。

 ただそれだけのことがとても嬉しい。

 私は満面の笑みを浮かべているだろう顔を写真を覗き込むことで隠した。




「これは、サルビア・レウカンサ。別名はアメジストセージ」

「アメジスト?」

「うん、アメジストセージ。色が紫水晶みたいだからこの名前が付いたの。夏から秋にかけて咲く花で、ハーブの一種だよ。因みに花言葉は『家族愛』。いい花だね」

「へえ、アメジストセージ、か。初めて知ったよ。ありがとう、花」

 感心したように何度も頷く彼に、じわじわと喜びがこみ上げてきた。

 彼の役に立てたこともそうだけど、彼が花に興味を持ってくれたことが一番嬉しい。

 それが私から影響を受けたのだと思うと、もう駄目だ。

「ふふふ」

「本当に何かあった?すごい笑顔だけど」

 笑顔が抑えることができない。

「うん、とってもいいことがあったの」

 隠さずに笑うと、彼も嬉しそうに笑った。

「それはよかった」

 優しい笑顔に、さらに私は嬉しくなって笑顔になる。

 彼も私も笑って、とても温かくて幸せなひと時だった。




*****




「ハンナ?ねえ、ハンナってば。何ぼんやりしてるの?」

 はっと我に帰ると、友達が目の前で手を振っていた。

 昔の思い出に浸っていたようだ。

「ああ、あの花がちょっとね」

「あの紫の?」

「ええ」

「あれは、アメジストセージだっけ」

「そうよ。とても綺麗ね」

 じっと花を見つめていると、友達もまた静かに眺めていた。




 あそこにいた頃は『花』だった『ハンナ』。

 随分と長いこと、優しげで不思議な、あの綺麗な音では呼ばれていない。

 でも、今でも覚えている。

 温かい声で呼んでくれた彼のことも。

 彼と過ごした日々のことも。

 彼の家にはまだあの花は咲いているのだろうか。




「ハンナ、やっぱり変わったわね。あ、良い方によ」

 大人になったねと微笑む友達に、貴女もねと返して笑い合う。

 ずっとあのままではいられないのだ。

 誰だって。

 それが少し寂しいのは、きっとこの友達も誰でも感じていることだった。


これで『ミモザの恋』はおしまいです。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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