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mimosa

 ミモザの鮮やかな黄色を見ると、切ない気持ちを思い出す。

 フランスと日本のハーフの私は臆病だった。

 どっちでもない中途半端な自分に引け目を感じて、おどおどした子だった。

 それでも仲の良い友達はいて、それなりに充実した毎日を送っていた。

 それが変わったのは十七の時。

 お父さんの仕事の都合で日本の学校に通うことになった時だった。




 転入初日、周りに人がたくさんやってきて矢継ぎ早に質問してきたり、やたらフランス語で話させようとしてきたりした。

 私はどうしたらいいのかわからず、固まることしかできなかった。

 それからも話しかけてくれたのに私は上手く返すことができなくて、段々周りから人が減っていった。

 そして、私は一人になった。




 最初はこれでいいと思った。

 私は半年しかここにいない。

 たった半年経てば、仲良くなってもお別れしなければいけない。

 なら、仲良くならなくていい。フランスに戻れば友達はいるから半年我慢すればいい。

 そう思っていた。

 でも一人は寂しかった。

 考えてみればフランスにいる時は友達がいつでも隣にいてくれた。

 一人になんてなったことがなかった。

 ただ一人でいることが、こんなにも辛いものだと知らなかった。

 でも私は別れの辛さが怖いままで、仲良くなる勇気がどうしても出なかった。

 そして、そんな臆病な自分を知られたくなくて、私は一人でいることしかできなかった。




 ひとりぼっちな私の慰めは花だった。

 放課後になると近くの公園に入り浸っていた。

 大好きな花を見ていれば、私は一人ではないと思えた。

 花は私を拒むことはないのだ。

 ただ受け入れることもしないだけで。

「ねえ、私はどうしたらいいのかな……」

 花に問いかけても、風に吹かれているだけで答えてくれなかった。




 ある日の放課後、私は教室に忘れ物を取りに戻って、扉の前で固まっていた。

 クラスメイトが話す『私』を聞いて、違うと叫ぶこともその場から逃げ出すこともできなかった。

 心臓は煩いのに指先は冷たく、足が少しも動かない。

 目の前が真っ暗で息の仕方がわからない。




「あのさ、それは違うと思う」

 でもその時一人の声がして、

「多分まだ日本に慣れてないんだよ。今までフランスにいたらしいから、こっちに友達とかいなさそうだしさ。……あと、彼女一人が寂しそうで、話しかけられると嬉しそうにしてたよ。皆色んなこと言うけど、ちゃんと彼女のこと見てた?皆がどう思ってるか知らないけど、僕は彼女と仲良くなりたいよ。短い間でも一緒にいるなら、友達になりたい」

 彼が話し終わると、空気が変わっていた。




 私は呆然と立ったまま、喜ぶより驚いていた。

 周りに流されていればいいのに。

 誰だって周りに合わせている方が楽だ。

 でも彼は自分の意見を堂々と言って、さらに周りの皆も変えた。

 それに、『短い間でも一緒にいるなら友達になりたい』なんて、私には思えなかったことだ。

 別れが嫌だと、痛みを感じたくないと逃げていた私と違って、勇気がある人だと思った。




 それからの学校生活は変わった。

 クラスの皆と話し合って、お互いを知ろうとした。

 放課後は皆と文化祭の準備をして過ごし、気がついたらもう友達になっていた。

 あの彼とも友達になって、彼は私が思うような、特別勇気がある人ではないと知った。

 でもよく人を見ていて、そんなに多く話さないけど大事なことはちゃんと言うことができる、そんな人だった。

 彼の傍は居心地が良くて、自然と温かい気持ちになれた。

 もう公園には行かなくなっていた。




 私たちは半年間でたくさんの思い出を作った。

 文化祭、体育祭、テスト勉強、遊園地にカラオケ。ただ皆と喋るだけの時間も全て宝物になった。

 皆と仲良くなってよかったと思う。

 今でも別れの辛さは怖い。悲しいのは嫌だ。

 でも皆と友達になれた嬉しさの方が大きくて、逃げたいとは思わない。

 だけど心の隅が痛くてしょうがなかった。

 彼と離れるのはどうしようもなく悲しくて辛く、彼と仲良くなる前に戻りたいと何度も思った。




 三学期の終業式が皆と過ごす最後の日だった。

 私は皆にミモザの花束を渡した。

 花言葉は『友情』。

 皆との友情を忘れないという意味を込めた。

 でも、一つだけ、彼のだけ違う。

 花言葉というのは一つの花にいくつもあって、花の色、国が変われば意味も変わる。

 『友情』は日本の花言葉で、フランスではまた違う花言葉がある。

 彼に渡したのはフランスの花言葉の方だ。

 きっと誰も気づかないことだけど、彼がミモザを受け取ってくれただけで満足だった。




 今になって思うと、私は怖かったのだと思う。

 自分の気持ちを伝えることも、彼の気持ちを知ることも。

 ミモザの花言葉が私のできる精一杯のことだった。

 もし彼にちゃんと言っていたら何か変わっていたかもしれない。

 でももう昔の話。

「Personne ne sais que je vous

 aime……」

 私が彼に告げなかったのは変えようがないことで、もう散ってしまった恋だ。




 『私があなたを愛していることは誰も知りません』

 私がひた隠しにしたから。

 日本で少しは成長したけど私は臆病なままだったから。そして今も。

 溜息を一つ残して、私はミモザから目を離して歩き始めた。

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