けじめ
~光太Side~
「これからも、ずっとお前のそばにいてやる」
「ありがとう」
友菜の必殺技である鈍感スルー能力は、今日も健在のようだ。
これでも、結構踏み込んだつもりだったんだが…
仲直りの勢いで、告白まがいのことを言ってみたが、失敗に終わった…
友菜に気持ちを伝えるには、好きって言って抱きしめるか、キスでもしないと気付かないんだろうな…
恋愛は、タイミングが命だとよく言われる。
あるタイミングではお互いを好きあっていても、様々な人間関係の中で、気持ちが変わってしまうことがあるという意味だろう。
普段から俺達は一緒にいて、良い雰囲気のシチュエーションになりにくいから、告白のタイミングは難しい。
いつチャンスが訪れるのだろうか。
まずは喧嘩の原因になった清水のことに、明日けじめをつける。
はっきり言うことが、お互いのためになると俺は思うから。
この問題をすっきり解決してから、次こそはっきりと好きだって伝える。
でも正直怖い気持ちもある。
告白したら、どっちに転んだとしても、今のままの関係ではいられなくなる。
例え付き合えたとしても、もし別れてしまったら、もう幼なじみとしてもいられなくなる。
それなら、友菜の1番の男でいられればいいと思う時期が、ずっと続いてきた。
でも俺は、東京の大学に行く。
そうすると、もう今みたいに頻繁に会うことができなくなる。
だから、今年中に決着をつけなければならない。
翌日
プルルルル…
「もしもし、光太先輩から電話を掛けてきてくれるなんて、初めてですね。もしかして、デートのお誘いですか?」
「いや。ちょっと話がある」
「へぇ~あたしにとって、良い話ですか?」
「……」
「悪い話ですか?」
「さあな」
「いいですよ。何にしても、光太先輩に誘われたら、断る理由はありませんし」
「15時にイオンの中にある、マックに集合でいいか?」
「15時にマックですね。わかりました。それでは失礼します」
翌日
マックに到着すると、すでに清水は来ていた。
「先輩、女の子を待たせるなんてダメですよ」
「悪い」
「とりあえず、なんか頼みましょうか」
「ああ。今日は、俺が金出すから」
「優しいんですね。普通の女の子なら、勘違いしちゃいますよ」
「俺が誘ったんだから、俺が金を出すのは、当たり前だろ?」
「じゃあお言葉に甘えて、おごってもらいますね。アップルパイと、オレンジジュースでお願いします」
「わかった。先に席取っておいてくれ」
「了解で~す」
清水に席を取らせ、列に並んだ。
お金を払って、商品を持ち、清水の元に向かう。
「お待たせ」
「ありがとうございます」
席に着く。
「それで、先輩のお話って何ですか?」
「何で、俺なんだ?」
「へっ?」
「毎日練習が終わるたびに、話しかけてくるだろ」
「そんなの、光太先輩が好きだからに決まってるからじゃないですか」
「その気持ちは、1人の人間としては、すごくありがたいことだ。でもその思いは決して報われることはない」
「…坂本先輩のことが好きなんですか?」
「そう。俺は物心ついた時から、ずっと友菜のことが好きだ。だから、清水の気持ちに答えることはできない」
「そんなの、今は好きでも、気持ちが変わるかもしれないじゃないですか?そうしたら、あたしにもまだチャンスがあるってことですよね?」
「絶対に気持ちが変わることはない。俺は友菜のことしか見えてねえから」
「でも坂本先輩は、光太先輩のことを、1人の男としては見ていないと思いますよ?」
「だから、近々告白しようと思ってる」
「そんな確率の低い賭けに出るんですか?」
「たとえその場ではフラれたとしても、俺を異性として意識させることで、気持ちが変化する可能性があると思ってるから」
「へ~ずいぶん強気なんですね」
「まあな。俺は絶対友菜と付き合いたいって思ってるから」
「光太先輩の気持ちはよくわかりました。でもあたしだって、光太先輩を運命の相手だと思ってるんで」
「どういうことだ?」
「それは言えません。とりあえず今日の所は引き下がりますけど、まだ光太先輩をあきらめた訳じゃないですから」
「ちょっと待てよ。まだ話は終わってねえぞ」
「おごっていただいてありがとうございます。失礼します」
清水は一方的に話を切り上げて、この場から立ち去った。
俺の気持ちはわかったと言っていたが、納得している様子ではなかった。
もうどうすればいいか、俺にはわからねえ…
「あれ?光太君?」
「唯香ちゃん。どうしてここに?」
「お母さんと一緒に買い物に来てたの。光太君こそどうしたの?」
「清水とマックで話をしてた。友菜のことが好きだから、清水とは付き合えないっていう話をしてたんだけど、逃げられちまった…」
「そうなんだ…でもあの子には何言っても無駄だと思うよ」
結局、清水を説得することは出来なかった。
もし無理やり説得して、俺と清水の関係が悪化したら、個人の問題だけではなく、野球部の皆にも迷惑がかかってしまう。
なぜなら上級生のマネージャーが卒業してしまって、今は清水が1人でマネージャーをやっているからだ。
もし清水がマネージャーを辞めるなんてことになってしまったら、マネージャー不在のまま、練習を続けていくことになってしまう。
そうなることだけは、絶対に避けなければならない。
せっかく府大会ベスト4まで行って、皆のやる気が出てきているのに…
ここで俺は、1つの決断を下すことにした。
最後の夏の大会は、勝ち進んだとしても、8月には終わる。
8月までは野球に集中し、友菜への想いは封印しようと思う。
俺個人の問題と、チーム全体の問題。
どっちが大事かなんて、わかりきっていることだ。
今はキャプテンとして、チームを甲子園に導くことが最も重要なこと。
「そうだな…今は野球に集中することにする」
「うん。あたしもそれがベストだと思う。そういえば、友菜と喧嘩したんだよね?」
「ああ。ちょっと清水のことで…」
「やっぱり…でも友菜には悪気がないと思うから、許してあげてね」
「分かってる」
「ところで、勇気君がこっちに帰って来たの知ってる?」
「ああ。生徒会の会計してるらしいな」
「あたしの勘では、勇気君は友菜のことが好きだと思うんだけど…」
「唯香ちゃんから見て、そう見えたんなら間違いないな…昔からずっと友菜のことが好きだったし」
「ライバル出現だね」
「俺の方が友菜と長い間一緒にいるんだから、絶対渡さねえけどな」
「友菜は、光太君のこと好きだから、大丈夫だよ」
「でもその好きは、俺の好きとは違うんだけどな…」
「同じ好きでもLoveとLikeだからね…」
「唯香ちゃんこそ、智紀とはどうなの?」
「智紀?」
「智紀と出会って5年だろ?そろそろ関係が進展してもいいんじゃねえかなって思うんだけど」
「智紀のこと、友達としては好きだけど、恋愛対象には見れないんだよね。今の関係が心地いいし」
ドンマイ、智紀…
「そう言えば、唯香ちゃん、だいぶ長話してるけど、時間大丈夫?」
「やばい!お母さんのこと待たせてるんだった。じゃああたし、そろそろ行くね。あたしは、友菜と光太君がくっついてくれることを、願ってるから」
「サンキュー」
「ばいば~い」
友菜への想いを、一時封印することに決めた光太。
しかし光太はこの決断を、後に後悔することになる。
タイムリミットは、もうすぐそこまで迫っていたのである。