光太
~光太Side~
俺と友菜は幼なじみで、物心がついた時には、すでに俺の隣には友菜がいた。
いつからかと言われると、正直はっきりとは覚えていない。
でも俺は、昔から友菜のことが好きだ。
しかし友菜は、俺のことを幼なじみ以上には見ていないと思う。
それでもいいと思っている自分と、これ以上の関係に進みたいという願望の狭間で、行ったり来たりしているのが現状だ。
実は小学校3年生の時に、告白したことがある。
「僕、友菜ちゃんのことが好きだよ」
「ほんと~!あたしも好き~」
そう言って軽く返されたことを、今でも鮮明に覚えている。
もちろん、俺の好きと友菜の好きは違う。
それは、この後の会話が物語っている。
「本当?」
「うん。お父さんもお母さんも光ちゃんも、皆大好き~」
こうして人生初告白は、無残に砕け散ったのである。
とにかく、昔から友菜には、振り回されっぱなしだ。
あれは確か、中学3年生の時だった。
ある日、家に帰ってくると、友菜の靴があった。
俺の部屋にいるのかと思って、2階に行ってドアを開けてみるが、友菜の姿はない。
しかしベットを見ると、不自然に膨れ上がっている。
まさかと思いながら布団をめくると、そこにはスヤスヤと寝息を立てて寝ている、友菜の姿があった。
布団をはぎとる。
「友菜、起きろ!」
理性を必死に保ちながら、声をかける。
「う~ん…」
起きない…
男の部屋で無防備に寝てるとか、襲われても文句言えないぞ…
しばらくして、友菜はようやく目を覚ました。
「あれ?ここどこ?」
「俺の部屋」
「光ちゃんの部屋?そっか、寝ちゃったんだ…」
大きく伸びをする友菜。
寝相が悪かったのか、スカートが少し乱れている。
おいおい、気付けよ…
そう思っても、鈍感な友菜が気付くはずがなかった。
「何で友菜は、俺の部屋にいるんだよ?」
「今日、うちの家が鍋だから、光ちゃんを誘って来てってお母さんに言われたの。でも光ちゃんがなかなか帰って来ないから、寝ちゃった」
「そんなこと、メールで伝えられるだろ?」
「いいじゃん。家が隣なんだし、それに、光ちゃんにも会いたかったし」
他意が無いことは、分かっている。
でも何で、そんなことをさらっと言うかな…
「ごちそうになるって、美雪さんに伝えといて」
美雪さんとは、友菜の母親のことだ。
おばさんと言うと怒られるので、そう呼んでいる。
「わかった。じゃあ、またご飯の時にね」
そう言って、友菜は去っていった。
この後、友菜に俺の部屋で寝るの禁止令が出たのは、言うまでもない。
始業式当日。
目を覚ましたら、友菜が俺の上に乗っていた。
布団がはぎとられているので、友菜の体温が直接伝わってくる。
「おはよう、光ちゃん」
「おはようじゃね~よ。早くどけろって」
「光ちゃんが起きてくれるまで、どけないもん!」
「分かった。起きるからどけろ」
「しょうがないな~」
「部屋に入って来るなって、いつも言ってるだろ」
言っても無駄だと思うけど、言わずにはいられない。
「光ちゃんが、起きないのが悪いんじゃん」
「じゃあ、外から声を掛ければいいだろ?」
「声を掛けたけど、起きなかったから、入ったの」
「まあいいや。まったく…無防備すぎんだろ…」
「んっ?なんか言った?」
「何も言ってねえよ。制服に着替えるから外出てろ」
「二度寝しちゃだめだよ?」
「分かってるっての」
制服に着替え、外に出る。
「下、行くぞ」
「ちょっと待ってよ~」
俺は寝起きが悪くて、目覚ましではほぼ起きないので、母さんには、毎朝起こしに来るように頼んである。
しかし、母さんは、俺が友菜のことが好きなことを知っているため、わざわざ友菜に起こしに来させるのだ。
家を出て、学校に向かう。
どうやら、友菜と一緒のクラスになることができたようだ。
友菜の手前かっこつけたが、シンプルに嬉しい。
今年はいろんな意味で、勝負の年になりそうだ。
HRが終わり、放課後になる。
智紀と部室に向かっていると、野球部の後輩達を見つけた。
何か話をしている。
「お前、何か妙に機嫌いいな」
「聞いてくれよ。さっき廊下で人とぶつかってさ、誰だよと思って見たら、坂本先輩だったんだよ」
「ああ」
「大丈夫?って声かけてくれてさ、初めて至近距離で見たけど、めっちゃ美人だったぜ」
「いいな~」
「しかも、俺が野球部の部員ってこと知ってくれてて、超嬉しかったし。距離が近くて目が合わせられないし、テンパって逃げてきちまったけど」
「もしかして坂本先輩に惚れた?」
「そりゃ、あんな美人に優しくされたら、誰だって好きになるって。でも坂本先輩の彼女だし、見てるだけで満足って感じだな」
「別に友菜は、俺の彼女じゃねえよ」
思わず、後輩の話に口を挟んでしまった。
「光太先輩、今の話聞いてましたか?」
「ああ」
「さっきも言った通り、俺達は坂本先輩に憧れてるって感じなので、気にしないでくださいね」
「そうか。ほら無駄話してないで、部室行くぞ」
「「わかりました」」
友菜は、自分がモテないと思っている。
それはなぜか知らないけど、友菜は俺の彼女っていううわさが学校中に流れていて、告白されないからだ。
後輩も言っていたように、幼馴染の贔屓目無しに見ても、この学校でトップクラスの美人だと思う。
昔から美人だと思っていたが、最近ますます磨きがかかってきているような気がする。
もちろん本人は、全く自覚していないけど…
「はぁ~」
「光太く~ん、何ため息ついてんの?」
智紀が俺の腕をつつきながら、話しかけて来る。
「友菜だよ、友菜。いったい、いつまで俺を振り回せば気が済むんだろな…」
「さっきの話?」
「それもあるけどさ、今日なんて朝起きたら、俺の上に馬乗りになってたんだぜ」
「うらやましいぜ~この野郎!でも、友菜ちゃんらしいな。ホント面白い」
「こっちの気持ちも、少しは考えろっての」
「それも含めて、友菜ちゃんなんだから。惚れたほうが負けってことだな」
「まあな」
練習が始まった。
野球は、チームスポーツだ。
俺1人が頑張っても、勝てるものではない。
私立を蹴ってここを選んだのは、地元の仲間達と野球がしたかったからで、ここに来たことを、まったく後悔していない。
このメンバーで甲子園に行くために、俺は頑張りたいと思う。
「集合~」
部員を集め、ミーティングを始める。
「今日から学校も始まって、勉強もしなきゃならないから大変だろうけど、新たな気持ちで、甲子園目指して、一緒に頑張っていこうな。それじゃ、解散!」
うちの野球部は、3年生にしか部室が無くて、ユニホームのまま帰る部員が多い。
その習慣が染みついてしまったのか、今でも俺は、ユニホーム姿で帰路につくことがほとんどだ。
友菜の奴、もう来てるかな?
そう思って、周りを見渡そうとした時…
「光太先輩!お疲れ様です!」
横から声がかかる。
またこいつか…
野球部のマネージャー、清水飛鳥は、練習が終わると、毎日のように話しかけてくるのだ。
俺は友菜ほど鈍感じゃないから、清水が好意を持ってくれていることは、うすうす感づいている。
だから、そろそろはっきり言わねえといけないと思う。
友菜が好きだって。
「何の用だ?」
「野球のルールでわからないことがあるんですけど…」
出来れば避けたいのだが、避けられない理由がある。
清水は、本気で野球に興味があるらしく、野球のことについてよく質問をされる。
これは野球人としては、無下に出来ないことだから、避けることが出来ないのだ。
しばらく真面目に野球のことについて話をした。
「じゃあ、俺はこれで」
立ち去ろうとすると、清水に腕を掴まれた。
「あたしの話は、まだ終わってませんよ。今週の日曜日なんですけど、光太先輩の予定は空いてますか?」
そして、こうやって変な方向に持っていかれてしまう。
「お~い、光太君~」
今日はどうやって清水をかわそうか考えていた時、唯香ちゃんの声が聞こえてきた。
「悪い。呼ばれてるから、その話はまた今度な」
「ちょっと待ってくださいよ~」
何とか、清水から逃げ出すことができた。
「光ちゃん、お疲れ様~話の途中みたいだったけど、良かったの?」
「別にたいした話じゃねえから」
そう言ったものの、友菜は何か言いたそうにこちらを見ている。
帰り道
いつもの場所で、唯香ちゃんと智紀と別れ、今は2人きりだ。
「そういえば、会計の奴は、どうだった?」
そう聞いた瞬間、友菜の表情が、まるで花が咲いたようにパッと明るくなった。
「聞いてよ~昔近所に、松島勇気君っていたでしょ?」
「松島勇気?ああ良く一緒に遊んでたな」
「なんとその勇気君が会計だったの!びっくりしたよ!」
マジかよ…
「あいつ、こっちに帰ってきてたのか?」
「今年の1月に帰ってきてたみたい」
「そうか。でも1回も勇気の姿見てねえな」
「今は違うところに住んでいるから、会わなかったみたい。でもまた3人で遊ぼうね」
「そうだな」
「良かったよ。光ちゃんが心配したような変な人じゃなくて」
「まだわかんねえだろ。あいつが引っ越してから7年もたってるんだし」
周りの環境で、人は大きく変化するもんだからな。
「メガネ掛けてたから、見た目は少しおしゃれになってたけど、優しい雰囲気は、昔と全然変わらなかったよ」
「雰囲気だけじゃなくて、7年前と気持ちも変わってなかったとしたら、俺としては見知らぬやつよりも、タチが悪いかもな」
「気持ち?」
「お前は気にしなくていいんだよ」
ずっと3人で遊んでいたから、勇気の気持ちも手に取るように分かる。
勇気も俺と同じで、昔から友菜のことが好きだった。
お互い、友菜が好きなことを分かっていて、子供ながらに意識をしていた。
しかしこの対決は、勇気の引っ越しという呆気ない幕切れを迎えた。
この時、勇気に言われたことが、今でも頭に残っている。
「光太君、僕引っ越すことになったんだ」
「そうなんだ…寂しくなるね」
「友菜ちゃんには、引越しのこと言わないでね?」
「何で?」
「もし友菜ちゃんに引き留められたら、親にわがまま言っちゃいそうだから…」
「友菜ちゃんに、気持ち伝えなくてもいいの?」
「うん。今告白しても、友菜ちゃんを困らせちゃうし」
「そっか…」
「光太君も、友菜ちゃんのこと好きなんでしょ?」
「うん」
「そうだよね…僕は引っ越しちゃうから、僕の代わりに、光太君が友菜ちゃんを幸せにしてあげてね」
「うん。約束するよ」
「でもいつか戻ってきた時に、光太君と友菜ちゃんの関係が変わってなかったら、僕が友菜ちゃんをもらっちゃうからね」
「わかった。帰ってきたら、また遊ぼうね」
「うん。ばいばい」
そう言って、勇気はこの町を去った。
あれから7年…
当然、俺達の関係は変わっていない。
勇気は、まだ友菜のことを、好きなのだろうか…
「そういえば、野球部のマネージャーさん、清水さんって言うんだね」
「ああ」
やはり友菜は、清水のことが気になっているようだ。
「清水さんっていい子だよね?」
「まあ野球のことをちゃんとわかってマネージャーやってくれてるから、そういう意味ではいい子なんじゃねえの」
「そうだよね。何で唯香は、あんなに悪く言うんだろうね?」
「さあな」
唯香ちゃんは、清水みたいに計算高い女は嫌いなんだろう。
「光ちゃんと清水さんは仲良いの?」
「別にそうでもねえよ」
「もし清水さんに告白されたら、付き合っちゃうの?」
いつもなら、友菜の鈍感と思いながら、軽く流すのだが、勇気の登場に動揺していた俺は、おもわず冷たく返してしまった。
「おまえには、関係のない話だろ」
「関係ないってひどいよ…そんな言い方をしなくてもいいじゃん!」
涙目で俺の方を見てくる友菜に対して、素直に謝れば良かったのだが、意地っ張りな俺は、引くに引けなくなってしまった。
「そんな話はしたくねえんだよ。じゃあな」
そう言って、家の中に入ってしまった。
バタン
「はぁ…俺、何やってんだろう…」
喧嘩なんて、したくなかったのに…
「ただいま」
「おかえり、光太。今年は友菜ちゃんと一緒のクラスになれた?」
「ああ」
「ちょっと、光太。どうしたのよ?」
母さんの声を無視して、自分の部屋に戻った。
さっきのは、どう考えても俺が悪い。
友菜は、俺が何で怒ったのか分かってないだろうな…
唯香ちゃん、智紀、母さんまでもが、俺の恋を応援してくれている。
必ず恋を実らせてみせる。
友菜にきちんと謝って、清水には友菜が好きだって気持ちをちゃんと伝える。
そう決意した1日だった。