遊園地
「凄~い!大きいね!」
あたしは、思わず感嘆の声を上げる。
東京の人の多さにびっくりしたけど、この遊園地も衝撃度では負けていない。
「国内最大級らしいな」
他人事のようにサラッと言う川越君は、まったく驚いていない様子。
「でも、全然タイっぽくないね」
「はっ?」
「タイランドって言う名前なのに」
そう言うと、川越君は得意の呆れ顔であたしを見た。
何か、変なこと言ったかな?
「おまえって、勉強できるんじゃなかったっけ?」
「まあ、苦手ではないけど…」
「英語は?」
「科目の中では、得意な方だよ」
「じゃあ、わかるだろ…」
「わからないよ~もしかして、食事する所でタイ料理が食べれるのかな?」
「そうかもな」
「あ~適当に言ってるでしょ?」
「その話、今は置いとこうぜ」
「えっ?」
「今は、遊園地を楽しむことに集中することのほうが大事だろ?」
「そうだね。どれから乗ろうかな~」
川越君の口ぶりからして、名前の由来を知っているらしい。
ちょっと気になるけど、川越君の言う通り、今は遊園地を楽しもう。
あたし達はゲートをくぐって、遊園地の中に入った。
まだオープン前ということもあって、おそらく、あたし達と同じように招待された人だけが来ていたため、どのアトラクションも待たなくても良さそうだ。
「あれに乗ろうよ!」
あたしが指差したのは、ジェットコースター。
やっぱり遊園地の定番といえば、ジェットコースターでしょ。
落差が結構あって、スリル満点で、凄く楽しそうだ。
「……」
川越君の反応が全くない。
「どうしたの?もしかしてジェットコースター苦手だったりする?」
「…そんなことねえ」
珍しく表情が顔に出ている。
苦手なのが丸分かりだ。
「フフッ」
「何で笑ってんだよ?」
「何でもないよ~」
いつもいじめられてばかりだから、仕返しのチャンス!
「じゃあ、乗ろっか」
「……」
ジェットコースターに向かうあたしに、無言で付いてくる川越君。
乗り場に着くと、ちょうど前の回の人達が行った所みたいで、誰も並んでいなかった。
「お疲れ様でした~」
しばらくして、前の回の人達が戻って来た。
[怖かったね!]
[ああ。俺、死んだかと思った…]
そんな会話を聞きながら、一番前の席に乗った。
「手すりに、しっかり捕まってて下さいね」
「は~い」
いよいよ、出発だ。
ちらっと川越君の方を見ると、手すりをがっちり掴んで、身動き一つしていない。
「フフッ」
貴重な川越君の姿に笑いながら、マシーンは頂上に向かっていく。
「ほら!川越君、見て!人が米粒みたいだね」
「そうだな」
川越君は、微動だにしないまま答えた。
絶対、下見てないでしょ…
そんなことを思いながら、やがてマシーンは頂上に到着した。
頂上で、数秒間平行に走った後…
「キャー」
皆の歓喜なのか恐怖なのか分からない悲鳴を聞きながら、マシーンは急降下していった。
何度かマシーンは上下を繰り返した後、無事に乗り場に戻ってきた。
従業員のお姉さんが、手すりを上げてくれて、自分でベルトをはずし、マシーンを降りた。
「川越君、大丈夫?」
その場から動こうとしない川越君に、声をかける。
「…平気だ」
そう言う川越君の表情は、少し引き攣っていた。
「立てる?」
あたしは、手を差し出した。
「悪いな」
川越君は、あたしの手を掴んで立ち上がった。
「ありがとうございました~」
従業員のお姉さんに見送られ、乗り場を後にした。
「川越君って、高い所が駄目なの?それとも、ジェットコースターが怖いの?」
次のアトラクションを探しながら、そう訪ねる。
「…高所恐怖症なんだよ」
「フフッ。またまた意外な一面だね」
「生まれつきだから、どうしようもねえ」
「確かにそうだね。次はどこ行こうか?」
「あそこなんていいんじゃね?」
「えっ?」
川越君が指を差したのは、見るからに怪しい雰囲気が漂っているお化け屋敷。
遊園地の定番といえば、定番なんだけど…
「ほ…他のにしない?」
「何でだ?」
「あんまり面白くなさそうだな~なんて…」
「ふ~ん」
そう言う川越君の目に、光が戻った。
やばい…
これは、獲物を見つけた時の目だ。
「さっきはお前の行きたい所に行ったんだから、次は俺の番だろ?」
「そうだね…」
「ここのお化け屋敷はすげ~怖いらしいから、どんなもんか見てみてえんだけどな」
「す…凄く怖いの?」
「それは、行ってからのお楽しみだな」
そう言うと、川越君はお化け屋敷の方に向かって歩き始めた。
「うう…いじわる~」
「別に、いじめてるつもりはねえけど?」
「あたしが、お化け屋敷を苦手なの知ってて、行こうって言ってるんでしょ?」
「苦手なんて聞いた覚えはねえけど?」
「あっ…」
「面白くなさそうじゃなかったのか?」
「川越君って、時々いじわるだよね」
「そんなことねえよ」
「あたしにいじわるして、楽しい?」
「楽しい」
即答した川越君。
「もういい。早く行って、さっさと出よう」
「フッ…やけくそだな」
「……」
あたしは川越君を追い抜いて、お化け屋敷に向かった。
お化け屋敷の前に立つと、中から子供が泣きながら出てきた。
その様子を見て、あたしの足は一歩も前に進まなくなった。
「子供が泣いてるのを見て、おじけづいたか?」
「そ…そんなことない」
「高3にもなって、お化け屋敷で泣いたら、恥ずかしいよな」
「子供じゃないから、泣かないもん!」
「楽しみだな」
あたし達は、お化け屋敷の建物内に足を踏み入れた。
「いらっしゃ~い」
ゾンビ?の格好をした人が、あたし達を迎えてくれた。
もう既に怖い。
「ごゆっくり~」
あたしは覚悟を決めて、暗闇に飛び込んだ。
「川越君、離れないでね」
「ビビリ過ぎ」
「だって~」
あたしは川越君の服の袖をつかみながら、慎重に歩を進めている。
「子供の人形がこっち見てるよ~」
「別にあんなの怖くねえだろ」
「怖いよ~もう嫌だ~」
スタートから1分ほどで、あたしはすでに瀕死状態だ。
ペチッ
「キャー」
いきなり頬に冷たい感触が走った。
「こんにゃくじゃねえか…っておい!待てよ」
あたしは早く出たい一心で、無意識の内にゴールに向かって走り出した。
気づいた時には、当然のことながら川越君はいなくて、一人ぼっちになっていた。
「怖いよ、川越君…」
あたしは涙目のまま、その場に座り込んだ。
しばらく経っても川越君は現れない。
もうダメだ…
諦めかけたその時!
「坂本か?」
あたしが今一番待ち望んでいた人の声。
「川越君」
「何、座り込んでんだよ…」
「怖かったよ~」
あたしは立ち上がり、川越君に抱きついた。
「ちょ…」
「寂しかった!」
「おまえが走って行ったんだろ…」
「寂しかったの!」
「分かったから、ちょっと落ち着け」
川越君はあたしの背中をさすってくれた。
「ヒック…」
あたしは安心感から、涙が溢れて来てしまった。
「マジで泣きやがった…」
「ヒック…」
「悪かったよ…」
「うん…」
「目つぶってろ」
「わかった…」
川越君は途中でリタイアする事の出来る扉まで、手を引いてくれた。
「もう目を開けていいぞ」
あたしはおそるおそる目を開くと、もう外に出てきていた。
「歩けるか?」
「うん…」
「とりあえず、ベンチに座ろうぜ」
あたし達は近くにあったベンチに腰掛けた。
しばらくすると、気分が落ち着いてきた。
「泣いちゃってゴメンね。川越君の服、濡らしちゃった…」
「別にいい。それより、何か飲むか?」
「自分で歩けるよ」
「いいから座ってろ」
「ありがとう。じゃあ、暖かい飲み物が飲みたいな。ちょっと冷えてきたし」
「ココアでいいか?」
「うん。お願いします」
泣かせてしまって、悪いと思ったのかな?
おあいこだから、気を使わなくてもいいのに…
しばらくベンチで座っていると…
「そこの可愛い君~」
「へっ?」
いきなり声を掛けられた。
あたしの前に男の子が立っている。
「1人でどうしたの?」
「えっと…飲み物を買いに行ってくれた友達を、待ってるんです」
「そんな友達なんか放っておいて、俺と遊びに行こうよ」
男の子があたしの腕を掴んだ。
「こ…困ります」
あたしは必死で抵抗する。
「いいから来いって」
男の子の力にかなうはずもなく、あたしは引っ張られて行った。
「おい、何やってんだよ」
「川越君!」
「友達って男かよ。この子が俺と遊びたいんだって」
「ちが…」
「俺の女に手を出すんじゃねえよ」
川越君は、あたしの腕を掴んでいた男の子の腕を凄い力で捻った。
「ちっ…」
男の子は川越君の手を振り払い、舌打ちをすると、去って行った。
「怪我、無かったか?」
「う…うん。助けてくれてありがとう」
「ああ。ココア買ってきた」
「ありがとう!それより…」
「何だ?」
「俺の女って言うのは…」
そう言いながら、自分の顔が赤くなるのを感じた。
「そう言ったほうが、手っ取り早く済むと思っただけだ」
「そ…そうだよね…」
「それとも、本当に俺の女になるか?」
「ちょ…え…あ…」
「冗談だ。小林の事が好きなんだろ?」
「光ちゃん?」
「ああ。違うのか?」
「違うよ…」
「そうか」
「川越君は…」
「何だ?」
「心音さんのことが、好き…なんでしょ?」
「それは過去の話だ。今は好きじゃねえよ」
そう言った川越君は、吹っ切れた表情をしていて、嘘をついているようには見えなかった。
2人でベンチに座って飲み物を飲んだ後、あたし達は再び歩き始めた。
「暗くなってきたね…」
「そうだな」
秋の日没は早い。
すでに太陽は、西に傾き始めていた。
遊園地の営業時間を考えても、乗れるのはあと1アトラクションくらいかな。
「川越君」
「何だ?」
「最後、あれに乗ろうよ」
「ああ」
観覧車を指差す。
あたしが描いたシナリオの、最終目的地だ。
告白といえば、観覧車。
ベタだけど、2人きりになれるシチュエーションを考えた時、最適の場所だ。
観覧車の乗り場に着くと、誰も並んでいなかった為、あっさり乗る事が出来た。
「いってらっしゃ~い」
従業員のお兄さんに見送られ、出発した。
ゆっくりと上がっていく観覧車の中で、あたしは話をどう切り出すか、ずっと考えていた。
緊張であたしの心臓は壊れそうだ。
「川越君!」
「坂本」
見事なまでに被った…
「先に言えよ」
「ううん。大事な話だから、川越君が先に話をして」
「わかった」
どんな話なのかな?
川越君が、真剣な表情であたしを見据える。
ドキドキ
「タイランドの意味、教えてやろうか?」
ガタッ
あたしは思わず、ずっこけた。
せっかくの雰囲気が台無しだ。
「もうちょっと、大事な話だと思ってたのに…」
「おまえが、勝手に勘違いしただけだろ」
「それで、どういう意味なの?」
「ネクタイの英訳ってわかるか?」
「Neck(首)とTie(結ぶ)でネクタイでしょ?」
「そうだ。タイランドのタイは国じゃなくて、ネクタイのタイと同じ結ぶという意味で使われている」
「なるほど~」
「これってどういう意味か分かるか?」
「ランドは土地だから…土地を結ぶ?どういう意味なんだろ…」
「さすが鈍感女」
「ひどい!真剣に考えてるのに…」
「タイランドは、デートに来た男女が、結ばれますようにと願いを込めて付けられた名前なんだよ」
「!!」
一瞬、時が止まった気がした。
タイランドという名前に、そんな意味が込められていたなんて、知らなかった…
「それで、おまえの話って何だ?」
「川越君の話にびっくりして、今まで考えてたこと全部忘れちゃった」
「フッ…何だよ、それは…」
少しの沈黙の後、あたしは意を決して言葉を切り出した。
「川越君」
「何だ?」
「あたし達が、タイランド神話の、記念すべき第1号になろっか」
「はっ?どういう…」
「川越君のことが好きです。あたしと付き合ってください」
あたしはそう言うと、川越君の唇にそっとキスを落とした。
「……」
「えっと…」
「……」
「何か反応をしてくれないと、困るんですけど…」
「…わかった」
川越君はそう言うと、あたしの唇にキスを落とした。
「あ…え…」
「俺も、おまえのことが好きだ」
「!!」
川越君が、今まで見たことがないような穏やかな表情で、あたしを見る。
あたしは驚きのあまり、言葉が出てこなかった。
「フッ…顔、真っ赤だぞ」
そう言う川越君の頬も、心なしか赤く染まっているように見えた。
「あ!」
「何だ?」
「後ろを振り返ってみてよ!」
「窓の外なんて、見たくねえ」
そういえば、川越君、高い所苦手だった…
「さっきまで、普通だったじゃん」
「ずっと、おまえの顔を見てたんだよ」
恥ずかしげなことを、あっさり言う川越君。
「そ…それは嬉しいんだけど…とにかく後ろ見てみてよ」
あたしは川越君の顔を掴むと、無理やり後ろに向けた。
「いて~よ。わかったから」
仕方なくといった感じで、川越君は体を後ろに向ける。
「綺麗だね~」
「そうだな」
西の空に浮かぶ夕日。
秋の夕日は、特に芸術的な美しさがある。
あたし達はしばらくの間、夕日に見入っていた。
「名前の由来通り、この遊園地でたくさんのカップルが誕生するといいね」
「ああ」
「そうしたら、皆に自慢できるよ。[あたし達、この遊園地で誕生した初めてのカップルなんです!]ってね」
「フッ、そうだな」
観覧車は、頂上に到着する。
夕日を背に、今度はどちらからともなく、キスを交わした。
やがて観覧車は地上に戻ってきた。
「楽しかったね~」
「そうだな」
「ここが、あたし達の思い出の地になるんだよ」
「ああ」
「あたし達、出会ってまだ半年しか経って無いから、お互い知らない所もまだまだ沢山あるけど、少しずつお互いを知っていこうね」
「ああ。俺も友菜のことが知っていきたいって思ってる」
「ゆ…ゆ…友菜~!」
「あれ?おまえの下の名前って、友菜じゃなかったっけ」
「そ…そうだけど…いきなり友菜って呼ばれたら、普通ビックリするよ」
「恋人なんだから、下の名前で呼ぶのは当然だろ?」
「は…恥ずかしいよ…」
「小林には、友菜って呼ばれてるじゃねえかよ」
「もしかして、川越君って光ちゃんに対抗意識抱いてる?」
「そんなことねえよ。それより友菜」
「は…はい!」
川越君に、友菜と呼ばれることに慣れていなくて、なぜか体が固まってしまう。
「俺はおまえのことを、友菜って呼んでるのに、おまえが俺のことを、川越君って呼ぶのはおかしくないか?」
「べ…別におかしくないと思うけど…」
「下の名前で、呼んでみろよ」
「えっ…」
「まさか、俺の下の名前を知らねえのか?」
「し…知ってるよ!」
「じゃあ、呼べるだろ?」
「ドS…」
「……」
立ち止まり、無言であたしを見据える、川越君。
言うしかないよね…
「か…か…」
「か?」
「か…そんなに見られると、恥ずかしいよ~」
「言ったら、視線をはずしてやるよ」
「か…か…かわごえかずまくん」
「何でフルネームなんだよ…下の名前だけでいい」
「頑張ったのに…か…か…和馬君…」
あたしは最後の力を振り絞り、言葉を発した。
「言えるじゃねえか」
かん…和馬君はそう言って、あたしの頭を撫でてくれた。
嬉し恥ずかしの、何とも言いがたい気分だ。
「あたし達の周り、誰もいないね」
「誰か見てる所で、頭撫でられっかよ…」
「ん?何か言った?」
「何も。閉園時間が近いから、客がいなくてもおかしくねえって言ったんだ」
「だ~れも触れない、ふ~たりだけの国だね」
「はっ?」
「スピリッツだよ~もしかして、分かんないの?」
「ロビンソンだろ?」
「うん」
「続きは?」
「続き?」
「こういうこと」
「えっ?」
ギュ
和馬君はそう言うと、あたしの手をそっと握った。
「!!」
「君の手を離さぬように…だろ?」
「うん…」
和馬君の意外な行動に、顔は真っ赤。頭はショート寸前だ。
和馬君って恋人に対して意外と甘々な行動を取ることに驚いた。
そういえば、和馬君の家に初めて行った時、まったく女の子扱いされなかったことを思い出した。
でも今思えば、あの時、初めてあたしに心を開いてくれたんだと思う。
和馬君の家に行くきっかけを与えてくれたちび太は、恋のキューピットだね。
ありがとう、ちび太。
あたし達は手を繋いだまま、タイランドを後にした。
その後、東京駅に戻り、夜行バスに乗った。
眠い目をこすりながら、目的の一つだったご当地パーキングエリアで、お土産をたくさん買った。
道中は他愛の無い会話がほとんどだっだけど、和馬君が隣にいてくれて話をするだけで、幸せを感じた。
東京にいけたこと自体も嬉しかったし、遊園地の乗り物も凄く楽しかった。
でも和馬君と恋人になれたことが、一番の思い出として記憶に残るだろう。
「ありがとう」
「何のありがとうだ?」
「フフッ」
「まあいいか」
もうすぐ舞亀市だ。




