雨
坂本が帰ってくるまですることが無いので、窓を開けて外を見る。
相変わらずの土砂降りで、坂本と学校で一緒に見た時のような星は見えそうにも無かった。
雨は、憂鬱な気分になる。
ふと過去の記憶が、よみがえってきた。
……
~過去~
「心音、話がある」
「何?和君。お姉さんに何でも話してみなさい」
今から俺の彼女、心音に重大な発表をしなければならない。
「突然だけど、俺、引っ越すから」
「嘘でしょ…」
心音は、驚きの表情でこっちを見ている。
「本当だ」
「どこに引っ越すの?」
「京都」
「そんな…今でさえ、あたしの仕事が忙しくて、たまにしか会えないのに…」
「悪い…」
「悪いって思うなら、引越ししないでよ…」
「俺にも、色々事情があるんだよ」
「事情って何?あたしのことはどうでも良くなったの?」
「そんなこと言ってねえだろ。心音と別れるつもりはねえから」
「別れるつもりはなくても、遠距離になっちゃうんでしょ?」
「ああ」
「あたし、寂しくて耐えられない!」
「おい!待てよ」
俺の部屋から出て行く心音を、慌てて追いかける。
大雨の中、心音は傘もささずに家を飛び出した。
しかし厚底ブーツが邪魔をして、速く走る事が出来ていない。
俺はすぐに追いついて、心音の腕を掴んだ。
「嫌だ!離して!」
心音は俺の手から逃れようと、必死に抵抗している。
「離さねえ」
「和君が悪いんじゃん!急に引っ越すとか言うから。あたしだって別れるとか考えたくないけど、遠距離とか無理だよ…」
「じゃあ、別れなきゃいいだろ」
「そういう問題じゃなくて…」
「心音、好きだ」
「えっ?」
「俺は心音の事が好き。何か問題でもあるか?」
「ずるいよ、和君…普段は好きって言ってくれないのに…」
「俺の気持ち、伝わっただろ?」
「うん…あたしも和君の事が好きだよ」
「じゃあ、別れる必要はねえよな?」
「まったく和君は強引なんだから…こんなワガママな和君の面倒を見れるのは、あたししかいないし、これまで通り、恋人ってことでいいよ」
「上から目線なのが、ムカつく」
「でも別れないで済んだから、内心は嬉しいでしょ?」
「まあな」
「これからも、今まで通り仲良くしようね」
「ああ」
この時の俺は、心音との未来を真剣に考えていた。
しかし、一週間後に事件は起こった。
俺の目の前には、心音がいる。
ただ実物ではなく、ブラウン管の向こうの話だ。
[人気モデルの新田心音、熱愛発覚!]というテロップが流れている。
もちろん相手は俺では無く、月9で主演をしている俳優だった。
内容はその俳優の家で一晩を過ごし、仲良く2人で出て来たというものだ。
まあテレビの情報なんてアテにしてねえけど、気分のいいものではない。
学校でも、心音の話題で持ちきりだった。
心音と俺の関係を知っている奴らは、俺に色々なことを聞いてくる。
めんどくせえ…
俺は学校を後にして、家に帰った。
「和馬様、早かったですね」
秘書の服部に話しかけられたのを無視して、部屋に向かう。
コンコン
「……」
「入りますよ、和馬様」
ガチャ
「何の用だ?」
「心音様からお電話がありまして、夜にゆっくりお話がしたいとのことでした」
「ああ」
「それでは失礼します」
気分が落ち着かないまま夜を迎えたが、心音からの連絡は全くない。
心音から電話がかかってきたのは、日付が変わる頃だった。
「もしもし」
「もしもし、和君?ごめんね、遅くなっちゃって」
「ああ」
「テレビ見た?」
「見た。どうせマスコミが作った、デマ情報なんだろ?」
「……」
「まさか本当なのか?」
「…うん。家に行ったのは本当だよ」
嘘じゃなかったのか…
俺は深いショックを受けた。
「撮影帰りで終電を逃しちゃったから、泊めてもらっただけで、別にあの人とは何の関係もないから。信じて和君…」
「信じられるかよ。独身の男の家に一晩泊まるとか、マジありえねえよ…」
「和君、聞いて。ドラマの主演同士は、お互いのことを知ることも仕事のうちなんだよ」
「だからって彼氏に内緒で、男の家に泊まっていいのかよ?」
「和君だって、内緒にしてたくせに」
「はっ?」
「引越しのこと、一言も教えてくれなかったじゃん!」
「今はその話関係ねえだろ?」
「和君が信じてくれないって言うなら、あたしにはどうすることも出来ないよ…」
心音を信じたいという心と、許せないという心。
俺がもう少し大人だったら、運命は代わっていたのかもしれない。
「本当は、俺と別れたいんだろ?」
「何でそんなこと言うの…」
「遠くに行ってしまう男より、同じ芸能界の人間で、地位もあって、自分の事を理解してくれる男のほうがいいんだろ」
「和君ひどいよ…もういい」
ガチャ
電話を切られた。
「くそっ!」
どうしてうまくいかねえんだ…
しばらく経って冷静になると、後悔の念がこみ上げて来た。
悪かったって謝ったら、俺達は元通りに戻れるのだろうか?
しかしその期待は、早々に打ち砕かれた。
数日後
一件のメールが俺に届いた。
From 花梨
和君のこと、本当に大好きだよ!
でも今は、仕事も同じぐらい大切なの…
だから、それをわかってくれない和君とは、付き合えない…
わがまま言って、ごめん…
俺はそのメールに返信することなく、今に至る。
俺は携帯番号を変えて、心音との連絡を完全に断った。
心音は月9での演技が評価され、CMや映画に引っ張りだこの状態だ。
まあ俺には関係のない話だけど…
「…越君」
何でこんなこと思い出しちまったんだろうな…
「川越君!」
「えっ?」
声のする方を見ると、パジャマ姿の坂本がいた。
「どうしたの?」
「何が?」
「今、川越君、昔の冷たい目に戻ってるよ」
「そうなのか?ちょっと昔のことを思い出してただけだ」
「川越君の昔話、聞きたいな」
「話を聞いたら、たぶん幻滅するぜ。それでもいいのか?」
「大丈夫だよ!」
坂本の"大丈夫"は俺に勇気を与えてくれる。
俺は心音との出来事を、話し始めた。
……
「幻滅しただろ?」
話が終わり、坂本に話しかけた。
「ヒック…」
「何で泣いてるんだよ…」
「だって…川越君も心音さんも両方悪くないのに、ちょっとしたすれ違いから別れてしまうなんて、残酷すぎるよ…」
同情されるのはあまり好きじゃないが、俺のことだけじゃなくて、心音のことも悪くないと言ってくれたことが、すげえ嬉しかった。
「あの時、心音のことを許せなかったのは事実だ。でも心音のことを信じれない自分が、一番許せねえんだよ」
「川越君…」
「あいつは今や人気女優だ。仕事もうまくいってるみてえだし、俺みたいなダメ人間と縁を切れて、良かったのかも知れねえな…」
パンッ
「はっ?」
頬に痛みが走る。
俺は一瞬何が起こったのか、理解ができなかった。
「川越君!」
「な…何だよ」
坂本は涙を浮かべながら、圧倒的な威圧感で俺を見据える。
「神崎君、あたしに言ってくれたよね?自分のことを否定することは、親のことを否定することになるんだって」
「……」
「自分のことを、ダメ人間とか言っちゃダメ!さっきも言ったけど、川越君は何も悪くないの。わかった?」
「ああ…」
「あっ…」
坂本は、無意識の内に俺を殴っていたことに、今更気がついたようで、自分の手のひらを見て、青ざめている。
目から威圧感が消え、元の坂本に戻った。
「あたし、何てことを…本当にごめんなさい…」
坂本は熱を持った俺の頬に触れ、申し訳なさそうな顔をしている。
俺は、右手を振り上げる。
坂本は殴り返されると思ったのか、目をきつく縛った。
相変わらず、素直だな。
ポンッ
「えっ?」
俺の手は頬ではなく、坂本の頭の上にそっと着地した。
坂本はこれでもかってぐらい目を大きく見開き、驚きの表情のまま固まっている。
「ありがとな」
「……」
坂本は顔を真っ赤にして、声も出さずに、ただ首を縦に振っていた。
しばらくして動かなくなったかと思うと、上目遣いで俺の表情を窺う。
ヤバい…
理性が崩れそうになるのを感じた。
だから俺は、自分から距離を取った。
「えっ…」
「風呂入ってくる。悪いけど、着替え貸してもらえねえか?」
「えっ…えっと…お父さんのパジャマを、借りて置いておくよ」
「すまんな。それで、風呂場はどこだ?」
「えっと…一階に降りて、左に曲がってまっすぐ進んだ所の突きあたりだよ」
「わかった。じゃあ行ってくる」
「うん。いってらっしゃい」
俺はもう一度、坂本の頭に手を置いた後、風呂場に向かった。
……
~友菜Side~
川越君が部屋を出て言った後、あたしは放心状態のまま、しばらく固まっていた。
体が熱い。
「あ~」
泣き顔を見られてしまったことの恥ずかしさや、頭をポンッとされた嬉しさなど、様々な感情が入り混じってあたしの頭は混乱状態に陥っている。
でもお風呂に向かって行く時の川越君の目は、光を取り戻していた。
何よりそのことが、あたしの中では一番嬉しかった。
でも川越君の元カノが、人気女優の新田心音さんだったとは驚きだ。
心音さんの話をする川越君を見て、少し心が痛んだのは事実だけど、川越君が自分をさらけ出してくれたことが凄く嬉しかった。
川越君は、心音さんのことをきっと完全には忘れられていないのだろう。
でもあたしはあきらめない。
もし川越君が東京に行っちゃうのなら、あたしにあまり時間は残されていない。
よし!決めた!
川越君に告白する!
「よ~し。頑張るぞ~」
「何を頑張るんだ?」
「えっ?キャ~」
川越君が目の前にいきなりパンツ1枚で現れた。
引き締まったイイ体だな~
なんて考える余裕もなく、あたしは顔を真っ赤にしながら、目線を下に向けた。
「着替えが置いてなかったんだけど?」
「ごめん!取って来る」
あたしは大急ぎで自分の部屋を出て、お父さんの部屋からパジャマを持ってきた。
「お待たせ」
あたしはドアを開け、目をつぶりながら、川越君にパジャマを手渡した。
「悪いな」
神崎君があたしからパジャマを受け取って、着替え始めた。
「いつまで目をつぶってんだよ」
「えっ?」
目を開けると、川越君が思いのほか近くにいて驚いた。
川越君に告白しようと決めたからか、緊張して、川越君のことを直視することができない。
「震えてるぞ」
「えっ?」
「寒いんだろ?パジャマのままでウロチョロしたら、風邪引くぞ」
「うん…」
違うよ…
寒くて震えてるんじゃなくて、緊張して震えてるんだよ…
「あの!」
コンコン
ガチャ
「川越君、お布団用意できたわよ。ベットじゃなくてごめんね」
「いえ。ありがとうございます」
「あら~お邪魔だったかしら?」
「そんなことないですよ。じゃあ俺は部屋に行くから」
「うん…おやすみなさい」
「おやすみ」
川越君は部屋から出て行った。
「友菜も早く寝るのよ」
「は~い…おやすみなさい」
「おやすみ」
あたしは電気を消して、ベットに入った。
告白できなかった…
悪気があった訳ではないだろうし、お母さんを恨んでも仕方ないよね…
そうだ!
遊園地!
遊園地で告白しよう。
女の子にとって、これ以上の告白シチュエーションは無い。
夜景の見える観覧車の中で、夕日を背に甘い口づけを…
自分のした妄想で、顔を赤くしながら、あたしは夢の世界に突入していった。




