仲直り
~友菜Side~
色んな出来事があった夏休みが終わって、いよいよ新学期。
光ちゃんのこと、川越君のこと。
問題は山積みで、今の心境は期待半分、不安半分といったところだろうか。
今日はお母さんに起こしてもらうこともなく、自力で起きることができた。
朝食を食べて、久々の制服に袖を通す。
新学期が、いよいよ始まるんだなということを実感した。
「いってきま~す」
「いってらっしゃい」
いつものように、お母さんに挨拶をして家を出た。
ガチャ
「えっ…」
「よう」
玄関を開けた瞬間、光ちゃんの姿が、目に飛び込んできた。
1ケ月ぶりぐらいかな?
今まで、常にあたしのそばにいてくれた光ちゃん。
久々に見た光ちゃんは、心なしか痩せたようにも見える。
「ひ…久しぶりだね」
あたしは緊張して、光ちゃんの目が見れずに、うつむき加減でそう返すのが精いっぱいだった。
「学校行こうぜ」
「う…うん」
何事もなかったように、学校に向かって歩いていく光ちゃん。
「おい友菜、ボ~っとしてると置いてくぞ」
「ごめん…今行く」
どうしていいかわからなかったけど、いつもの習慣で、自然と光ちゃんの隣に並んだ。
それだけでも、内心凄くドキドキしている。
「あ…あの」
「友菜、俺のこと嫌いか?」
「そんなわけないじゃん!す…す…」
光ちゃんとの関係が崩れるきっかけになった"好き"という言葉を口にすることが出来ない。
光ちゃんはそんなあたしの微妙な心を読んでくれたみたいで、苦笑いを浮かべただけで、深くは追求してこなかった。
「じゃあ、俺と一緒にいて楽しいか?」
「もちろんだよ!あたしの楽しかった思い出は、ほとんど光ちゃんと一緒にいた時の思い出だよ」
「それで充分だ」
「えっ?」
「難しいことを考えるのは、やめようぜ」
「どういうこと?」
「俺はおまえといて、楽しいと思ってる」
「うん」
「おまえも、そう思ってくれてるんだろ?」
「もちろんだよ!」
「だから俺達は一緒にいる。友菜は何も考えなくていいんだよ」
「う…うん。わかった!」
1ケ月という時間で、心が整理されたのか、光ちゃんの言葉を、素直に受け入れることができた。
「そういえば、友菜、今年の高校野球見てたか?」
「う~ん…今年は、あまり見れてないんだ…」
「俺達と同じ公立高校が優勝したんだぜ。甲子園の決勝で、逆転満塁ホームランとか、マジ鳥肌立ったわ」
目を輝かせながら、今年の甲子園を振り返る、光ちゃん。
当然のことだけど、1ケ月経っても、野球小僧の光ちゃんは変わっていなかった。
楽しそうに話すその姿に、戻ってきた日常への喜びを、ひしひしと感じた。
「友菜、聞いてんのか?」
「えっ?」
「まあ考え事してるだけで、無視してるみたいじゃないから、いいけどよ」
「何で、あたしが無視するの?」
「これでもおまえが口を利いてくれるかどうか、内心ドキドキだったんだぜ。友菜が玄関から出てきた瞬間、地区予選の決勝より緊張したぜ…」
光ちゃんも、あたしと同じ気持ちだったことに安堵した。
「光ちゃん♪」
「何だよ?」
「何でもない。呼んでみただけ~」
自然と笑みがこぼれる。
「何にやけてんだよ。気持ち悪い」
「あ~ひどい!」
これが、あたし達の日常。
神様、今日だけは、浮かれることをお許しください。
「悔しかったら、追いついてみろよ」
「待て~」
逃げる光ちゃんと、追いかけるあたし。
端から見たら、凄く滑稽に映るだろう。
でも今のあたしには、関係のないことだった。
1ケ月前まで現役の高校球児だった光ちゃんに、あたしが追いつけるはずもなく、なんだかんだ優しい光ちゃんが、校門の前であたしを待ってくれていた。
「ハァ…ハァ…」
「友菜、運動不足なんじゃねえか?」
そう余裕の表情で言う光ちゃんは、息ひとつ切らしていない。
「ハァ…光ちゃんが…ハァ…体力ありすぎるんだよ」
「そんなこともねえぜ。ほら、あれ見てみろよ」
「ハァ…えっ?」
通学路を振り返ると、見覚えのある二人の姿。
「智紀!待ちなさいよ」
「本当のこと言っただけだから、俺は悪くねえ」
「じゃあなんで逃げるのよ?」
「おまえが追いかけて来るからだろ!」
「智紀が逃げるから追いかけてんの!」
「おっ!光太と友菜ちゃん。助けてくれ」
智紀君は光ちゃんの背中に隠れた。
二人とも息ひとつ切らしていない。
智紀君はともかく、唯香も底なしの体力の持ち主だ。
「友菜と光太君、おはよう。仲直りしたんだね!良かった~」
「うん。ありがとう」
「まったく違和感無さ過ぎて、仲違いしてたのをすっかり忘れてたぜ…」
「それで朝から何も揉めてんだよ?どうせおまえがいらんことしたか、言ったかだろうけど」
「光太君、聞いてよ!智紀があたしの前髪が変とか言うんだよ。前髪は女の命なのに~」
確かに祭りで会った時より、前髪が短くなっている。
でも普通の男の子なら気付かないと思うし、智紀君はある意味凄いかも。
あまり詳しくないけど、いわゆるおでこぱっつんという髪型だ。
「別に変じゃないと思うけど」
「あたしも似合ってると思うよ」
「でしょ~」
「どうせ流行ってるからって、やってみただけだろ?」
「悪い?」
「どう見ても切りすぎだろ?子供にしか見えねえ」
「た…確かに思ったよりバッサリ行っちゃったけど…友菜、本当のこと言ってもいいんだよ?」
「本当に可愛いよ!」
「ありがとう。美雪、大好き」
「おっとっと」
唯香が抱きついてくる。
これが、あたし達4人の日常。
光ちゃんとの日常が戻ってきたことも嬉しいけど、こうしてまた、4人の日常が返ってきたことも嬉しかった。
教室に行く間も、戦闘モードの二人を両端に置いて、間にあたしと光ちゃんが入る形で、久々の4人でのトークを満喫した。
新学期初日から、いいスタートだ。
そうこうしている内に、あっという間に教室に到着した。
「何か久々の教室って、ドキドキするよね」
「そうだね。もしかして夏休み中にクラス内で、カップルが出来てるかもよ?」
「そんなのありえねえし」
ガラガラ
教室に入ると、いつもと変わらない教室の風景が広がっていた。
どうやら、クラス内で成立したカップルはいないようだ。
皆、受験モードなのか、夏休み明けの浮ついた様子もなく、落ち着いた雰囲気が感じられた。
ガラガラ
でもあたし達の後に入ってきた意外な人物に、皆が少しざわめき始めた。
意外な人物こと川越君は、教室に入ってきたかと思うと、すぐに机に寝そべった。
「おはよう、川越君」
真っ先に唯香が声をかける。
川越君は少しだけ体を起こすと…
「ああ」
とだけ言って、再び机に寝そべった。
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴る。
「皆さん、お久しぶりですね。夏休みはどうでしたか?」
渡辺先生が、教室にやってきて話し始めた。
「渡辺先生は?」
「彼氏とデートした?」
「あたしのことは、どうでもいいのよ~」
渡辺先生は、相変わらず生徒にからかわれているようだ。
HRが終わり、いよいよ始業式。
先生達の所で校歌を歌い、出番を待った。
「生徒代表挨拶。生徒代表、坂本友菜」
「はい」
独特の緊張感に包まれながら壇上に上がった。
「皆さんこんにちは、生徒会長の坂本友菜です。
夏休みも明けていよいよ新学期が始まりました。皆それぞれ色んな思いを持って今日この日を迎えたことと思います。
1年生の皆さんにとっては、高校生活初めての夏休みでしたね。
新しく出来た友達、これまで仲良くしていた友達とたくさん遊んだ夏だったと思います。
2年生の皆さんにとっては、クラブ活動において上級生が抜け、自分たちがこれからクラブを引っ張っていくんだという意識が芽生え始めた夏だったと思います。
3年生の皆さんにとっては、ほとんどの方がクラブ活動を終え、それぞれの進路に向けて歩み始めた夏だったと思います。
皆さんそれぞれの夏を過ごされたかと思いますが、その一つ一つがきっと将来への財産となるでしょう。
だからこそ皆一人一人目標は違っても、それぞれの目標に向かってゆっくりでも確実に歩き続けてほしいと思います。
最後になりましたが、まだまだ暑い日が続きます。
皆さん体調管理にはくれぐれも気を付けてください。
それでは簡単ではありますが、スピーチを終わらせていただきたいと思います。
ありがとうございました」
平成19年8月28日 東舞高校生徒会長 坂本友菜
パチパチパチ
大きな拍手が起き、あたしは壇上から降りた。
「友菜ちゃん、良かったよ~」
「さすが、坂本さんだな」
教室に帰って、クラスメイトからお褒めの言葉をいただき、あたしの気分はますます最高潮。
さらに3年になって、初めて行われた席替え。
残念ながら、光ちゃんと智紀君とは席が離れてしまったけど…
「一番後ろの窓際なんて、超ラッキー♪」
左には絶好の席をゲットして、ご機嫌の唯香。
そして右には…
「……」
相変わらず睡眠モードの川越君。
そんな川越君を横目で見ながら、終始ご機嫌のあたしであった。
今日はまだ授業が無いので、夏休みの宿題などを提出した後、あっという間に放課後を迎えた。
生徒会活動があるので、生徒会室に向かう。
唯香は掃除当番らしく、後から来るらしい。
生徒会室に着くと、すでに勇気君は来ていて、ドアに背を向け自分の席に座っていた。
「だ~れだ」
あたしの存在に気づいていない勇気君に、そっと近づいて目隠しをした。
勇気君は驚いたのか、体をびくっとさせた。
「ゆ、友菜先輩ですか?」
「違うよ、唯香だよ~」
ちょっと声を変えて、話してみる。
「バレバレですよ…」
しかしあたしの迫真の演技は、あっさり見破られてしまった。
「鋭いね~勇気君」
「友菜先輩…心臓に悪いから、変なイタズラはやめてくださいよ…」
「別にいいじゃん。勇気君、久しぶりだね」
「はい、お久しぶりです。何か友菜先輩、ご機嫌ですね」
「そんなことないよ~」
「何か、いいことでも、あったんですか?」
「フフッ、まあ、あたしのことは、どうでもいいじゃん。勇気君は夏休みどうだった?」
「秋の合唱コンクールに向けて、ずっと部活でしたね」
「そうなんだ。旅行とかは、行かなかったの?」
「旅行は行けなかったですけど、プールには行きましたよ」
「プールか。いいな~部活にプ~ル、まさに青春だね」
「友菜先輩は、どうだったんですか?」
「あたしは、毎日勉強漬けだよ~」
「看護師を目指してるんですよね?」
「うん。推薦入試も近いし、頑張らないとね」
「応援してるんで、頑張ってください」
「ありがとね」
ガラガラ
ドアが開き、唯香が姿を現した。
「勇気君、おひさ~」
「お久しぶりです。藤村先輩」
「何の話してたの?」
「夏休みの話。勇気君、プールに行ったんだって」
「へ~誰と行ったの?」
「クラスメイトと…」
「男?女?」
唯香は興味津々といった様子だ。
「お…男ですよ」
「あ!目逸らした~勇気君、隠しても無駄だよ。真面目そうな顔してやるね~この色男」
「……」
勇気君はうつむき加減で、何も言葉を発さなくなった。
「な~んだ。勇気君の本命は、友菜じゃないのか」
「ちょっと、藤村先輩!」
「本命?」
「何でもないですよ。それよりちゃんと生徒会の仕事しないと…」
「そうだね。トークが楽しくて、本来の目的を忘れるところだったよ」
「せっかくいい所だったのにな…」
その後は真面目に話をして、この日の生徒会活動は終了した。
勇気君は部活に行ってしまったので、今は唯香と帰り道を歩いている。
「どんなのがいいかな?」
「う~ん。無難に恋愛物とか?」
今、10月にある、文化祭のことについて話している。
1年は合唱、2年は展示、3年は演劇と決められていて、クラス単位で争われる。
毎年かなりの盛り上がりを見せる、うちの高校の目玉イベントの一つだ。
「恋愛物か~例えば?」
「ロミオとジュリエットとか?」
「面白そうだね。[ああ、ロミオ。あなたはどうしてロミオなの?]って言葉は有名だけど、ストーリー自体は知らない人が多いよね。友菜は知ってる?」
「あたしもあんまりわかんないや」
「そっか。どんな劇をするにしても、いい思い出になるといいね」
「そうだね」
この日は、文化祭談議に花を咲かせたのである。




