花火大会
それからは勉強漬けの毎日になった。
受験勉強と合わせて、看護師になるための専門知識をお母さんに教えてもらいながら、日々を過ごした。
唯香と智紀君には、看護師を目指して勉強中だということは伝えてある。
2人とも反応は良好で、頑張ってねと言ってくれた。
でも光ちゃんにはメールを送る勇気がなくて、智紀君に伝言を頼んでおく形になってしまっていた。
そして8月も半ばに差し掛かったある日、いつものように勉強をして時間を確認しようと何気なく携帯を見ると、携帯が鳴った。
「もしもし、唯香?どうしたの?」
「うん。今年の花火大会は、どうするのかなと思って」
もうそんな時期か。
この時期には、近くで大きな花火大会があって、毎年4人で行くのが恒例行事になっていた。
「どうしようかな…」
「もしかして、光太君?」
「うん…」
「光太君誘いづらいなら、2人で行こうよ」
「智紀君はどうするの?」
「光太君が行かなかったら、智紀も来ないと思うよ」
「そっか…じゃあ光ちゃんと智紀君には悪いけど、2人で行こっか」
「わかった。じゃあ7時に、神社の前に集合ね」
「うん。じゃあね」
「ばいばい」
ピッ
唯香と2人で花火大会に行くことになった。
そしてあっという間に、花火大会当日。
「いってきま~す」
お母さんに浴衣を着付けてもらって、家を出た。
集合場所の神社に着くと、唯香が既に来ていた。
「お待たせ~」
「うん。友菜、浴衣似合ってるね」
「ありがとう。唯香も似合ってるよ」
「ありがとう。それにしてもお腹すいたな~いっぱいありすぎて、どれにするか迷っちゃうよ」
「そうだね。歩きながら、考えよっか」
「うん」
境内に入ると、予想通り凄い人で溢れていた。
「はぐれちゃいそうだね」
「じゃあ手でも繋ぐ?」
「それは恥ずかしいよ…」
「いいじゃん。女の子同士なんだし」
しばらく手を繋いで歩いていると、唯香が急に立ち止まった。
「りんご飴買ってきていい?」
「うん。あたしも買おうかな」
「じゃあ友菜の分も買ってくるから、待ってて」
そう言うと、唯香はりんご飴の屋台の方へ歩いて行った。
しばらくして、りんご飴を2本持った唯香が、戻って来た。
「お待たせ~はい。友菜の分」
「ありがとう」
唯香から、りんご飴を受け取る。
「どうしよう?こんな人混みじゃ、食べづらいね」
「りんご飴はねばねばするし、誰かに当たっちゃうと、大変なことになるもんね…」
「とりあえず、人の少ない所に移動しよっか」
「うん」
りんご飴が人に当たらないように、気を付けながら歩く。
本道から逸れて脇道の方に出ると、お店もあまり無くて、人もだいぶ少なくなって来た。
「とりあえず、この辺で休憩しよっか」
「そうだね」
人の通り道からはずれた所で、立ち止まった。
「りんご飴って甘くておいしいよね~」
「うん。でもあまり市販では売ってないよね?」
「そうだね。お店で気軽に買えるようになるといいんだけど…」
「りんご飴ってさ、何か子供の時のことが思い出されるよね」
「確かに。子供の時、友菜はりんご飴を食べるたびにいつも子供みたいに口の周りをべたべたにしてさ、光太君に拭いてもらってたよね。あ…」
光ちゃんの名前が出た途端、唯香の話がいきなり止まった。
そして少し気まずそうな顔になっている。
「そんなこともあったね~懐かしいな~」
気付かないふりをして、わざと明るい声を出す。
「ごめん…」
「ううん。こっちこそ、気を遣わせてごめん。来年は4人で来ようね」
「うん!でも智紀はいらないから、3人がいいな」
「そんなこと言ったら、智紀君が悲しむよ?」
「いいの!毎年勝負しようとか言ってくるから、面倒くさいんだよね」
「見てる方は、面白いんだけどな」
金魚すくい、スーパーボールすくい、射的etc…
ここには、智紀君の大好きな勝負事が、たくさんある。
口では面倒くさいとか言ってるけど、今年も勝負をやりたかったんだろうな。
歩いている時、視線が金魚すくいとか、スーパーボールの所に向いてたし。
そんな素直じゃない唯香を可愛いなと思いつつ、りんご飴を食べていると、何か言い合いをしている男の子達の姿を見つけた。
「和馬~お願いだってば」
「面倒くせえって言ってんだろ」
「和馬がいたら、女の子が寄って来てくれるんだよ」
「なおさら無理」
その2人は、川越君と石原君だった。
「石原君、何してるの?」
「おお、坂本と藤村じゃん。おまえらも来てたのか。聞いてくれよ!ライブ帰りに花火大会に寄るって約束してたのに、今になって行かないとか言い出すんだぜ」
「おまえが勝手に約束しただけだろ。俺は行きたいなんて言ってない」
「まあまあ。せっかくここまで来たんだし、良かったらあたし達と回ろうよ。いいでしょ、唯香?」
「うん」
「ねえ川越君、一緒に行こう」
唯香が川越君の腕をちょこっとつかんで、そう言った。
今日の唯香は、何か積極的だな。
もう川越君と話すことに、緊張している様子もなかった。
「ちっ…分かったよ」
3人に促され、川越君は、抵抗することをあきらめたようだ。
「それじゃ、行こう。川越君」
唯香は川越君と並んで、歩き出した。
「待ってよ~」
あたし達も慌てて追いかける。
「ライブ楽しかった?」
「おう。和馬も楽しそうだったし、やっぱり趣味が合うっていいよな」
「誰のライブに行ったの?」
「スピリッツ」
「いいな~あたしもスピリッツ大好きなんだよね。受験が無かったら、行きたかったな」
「まあ俺は就職組だからな」
「就職するにしても、勉強しなきゃダメだよ」
「分かってるっての。そういえば、小林と杉山はどうしたんだ?」
「ちょっと事情があって…」
「事情?」
「実は…」
あたしは光ちゃんに告白されたことから、距離を置こうと決めた所までを、石原君に話した。
「なるほどな。最近おまえらがしゃべらないから、おかしいと思ってたんだよな」
「ハハッ…」
「それよりも、藤村と和馬ってあんなに仲良かったっけ?」
「最近、仲良くなったんだよ」
「へ~それで坂本は、このままでいいのか?」
「へっ?」
「小林を振ったってことは、和馬が本命なんだろ?」
「別に振ったわけじゃ…それに川越君は関係ないよ」
「じゃあ前の2人を見て、どうも思わないのか?」
前の2人を見る。
唯香が、笑顔で川越君に話しかけている。
川越君も表情は見えないけど、何か話している様子が窺える。
ズキッ
なぜか心が痛くて、2人から目を背けた。
「まあ俺には関係の無い話だけどな。お~い、和馬」
石原君は、川越君の名前を呼びながら、前に走って行ってしまった。
あたしも、後を追う。
「和馬~金魚すくいで、どっちが多くすくえるか勝負しようぜ」
石原君が空気を読まず、2人の間に割って入った。
「はっ?やらねえよ」
「え~歩いてるだけじゃ、つまらないし…」
「石原って、金魚すくい得意なの?」
「おうよ。この町の金魚すくいの腕で、俺に勝てるやつはいないね」
「それは、聞き捨てならないね。だって、この町の金魚すくいの腕で、あたしに並び立つ者はいないと思ってるから」
唯香が少し不満そうに、石原君を見る。
「その発言は、俺に対する宣戦布告か?」
「売られたケンカは買うのが、男の性ってものよ」
「唯香は、男の子じゃないけど…」
「そんなことはどうでもいいの。とにかく勝負よ」
「望むところだぜ」
2人は人込みをかき分けながら、走って行った。
当然あたしと川越君が、この場に取り残される。
[小林を振ったってことは、和馬が本命なんだろ?]
さっきの石原君とのやり取りが頭に残って、川越君のことを妙に意識してしまう。
「この年になって金魚すくいとか、あいつら、子供かよ」
「へっ?」
「何でおまえは、そんなにビビってんだよ?」
「べ…別に普通だよ」
「ふ~ん…明らかに、挙動不審だけど」
そう言いながら、不審そうな顔でこっちを見ている。
どうしよう…
とにかく、普通にしなくちゃ。
「それで、これからどうすんだよ?」
「えっ?」
「えっ?じゃねえよ。こんなところで突っ立ってても、仕方ねえだろ」
「そ…そうだね。川越君はどうしたい?」
「お前が決めれば?」
「う~ん…川越君、ご飯食べた?」
「食ってねえけど」
「そっか。あたしも食べてないから、一緒に屋台回らない?」
「……」
無反応…
そういえば、祭りなんか行きたくないって言ってたし、帰りたいのかな…
それとも、あたしと一緒じゃ、嫌ってこと?
もしそうだったとしたら、ショックだな…
あたしがネガティブ思考に陥っている間に、川越君は歩き出した。
やっぱり、このまま帰っちゃうのか…
「何をぼ~っとしてんだよ。ついてこないと、置いていくぞ」
「へっ?待って~」
急いでダッシュして、川越君の隣に並んだ。
「川越君、何食べたい?」
「肉」
「ハハッ」
「そこ、笑うところじゃねえぞ」
「だって、見た目のまんまなんだもん」
「意味わからん…」
「あっ!唐揚げが売ってるよ。買ってくるね」
「おい!待てって」
あたしは人込みをかき分け、前方にあった唐揚げの屋台の列に並んだ。
しばらくして、屋台の前まで歩を進めた。
「いらっしゃい!」
やけに威勢のいいおじさんが、あたしを迎えてくれた。
唐揚げの香ばしい匂いが食欲をそそっている。
川越君は辛いものが好きそうという勝手なイメージで、ピリ辛唐揚げと、自分用にノーマルな唐揚げを買った。
「まいどあり~」
おじさんに見送られ、唐揚げの屋台を後にした。
さてと川越君は…
あれ?いない…
行き先は言ったから、来てくれてると思ったんだけど…
周りを見渡しても人込みが凄くて、探すこともままならなかった。
ドン
「キャッ」
「すいません…」
「こちらこそ、すいません…」
慣れない下駄でバランスを崩して、人とぶつかってしまった。
どうしよう…
完全にはぐれちゃったよ…
グイッ
「キャッ」
いきなり、体が何者かによって、引っ張られた。
「お前、何やってんだよ…」
「か…川越君!」
「目の前にいるのに気づけよ…」
「ごめん…」
「まったく…」
会話をしながら、引っ張られたことによって握られている腕に意識は向いていた。
ち…近いよ
ドクン
あたしの心臓の鼓動が、高鳴っている。
川越君はやれやれという顔をしていて、あたしのことを意識している様子は全くない。
その後、人込みはうっとうしいという川越君の意向もあって、近くの公園のベンチに2人で腰を下ろした。
「ふ~疲れた…」
「腹減った」
「そうだね。それじゃさっそく食べよっか。はい、これ川越君の分」
袋から唐揚げを取り出して、川越君に手渡した。
「これ、何味だ?」
「ピリ辛味って書いてあったよ」
「マジかよ…俺辛いのあまり得意じゃねえんだけど…」
「え~!意外すぎる。川越君は絶対辛いもの好きだと思ってたのに…」
「お前の中での俺は、いったいどんなイメージなんだよ…」
「う~ん…例えるなら、うどんの中が、七味で表面が見えなくなるぐらいかけて食べるイメージ?」
「そんなの、ありえねえだろ…お前の分も同じやつなのか?」
「ううん。あたしのは、ノーマルな奴だよ」
「じゃあ、俺がそっち食うから、おまえ辛い方食えよ」
「え~あたしも、辛いの苦手だよ~カレーはいつもあたしの分だけ、甘口にしてもらってるぐらいだもん」
「は~…じゃあ、俺が辛いほう食ってやるよ」
「そんなの悪いよ…あたしが我慢して食べるから」
「いいから、渡せって。腹減ってるんだよ」
川越君が、無理矢理あたしの手から、ピリ辛唐揚げの入っている袋を取ろうとする。
「いいって言ってるじゃん」
あたしも取られまいと、力を入れる。
しかし、男の子の力にかなうはずもなく…
「うわぁ」
「おっと…危ねえ」
気づいた時には、体ごと川越君に支えられる形になってしまっていた。
本日、2度目の急接近。
しばらくフリーズした後…
「ごめん!」
我に返ったあたしは、あわてて川越君から離れた。
どうしよう…
思い切り乗っかっちゃったよ…
重いとか思われなかったかな?
「おまえって、見かけによらず、頑固だよな」
川越君は何事もなかったように、話しかけてくる。
たぶん猫が飛び込んできたぐらいにしか、思ってないんだろな…
「か…川越君こそ辛い物食べれないとか、見かけ倒れだよ」
「知らねえよ。もう争うのめんどくせえから、半分ずつ食おうぜ」
「わかった」
その後、二人で仲良く?ピリ辛唐揚げを食べた。
今日もまた、川越君の意外な一面を知ることが出来たことが嬉しかった。
もっと知りたい。
素直にそう思った。
「質問タ~イム」
「はっ?」
川越君は、[こいつ何を言ってるんだ]と言わんばかりの表情で、あたしを見ている。
「あなたのお名前は?」
「知ってるだろ…」
「知ってるけど、自己紹介の基本は名前からだよ!」
「川越和馬」
「和馬くんか。いい名前だね」
「あっそ」
「誕生日は?」
「3月21日」
「あたしは11月28日だよ~」
「聞いてねえし…」
「あたしのほうが誕生日早いんだから、もっと尊敬してよね」
「意味わからん…」
「じゃあ血液型は?」
「B」
「そうなんだ。ちなみにあたしはAだよ」
神崎君はB型か~
AとBって、あまり相性が良くないって聞いたことあるな…
「何で落ち込んでんだよ?」
「ううん。何でもない」
「ふ~ん。おまえっていちいち表情が変わるから、面白いな」
川越君が軽く笑っている。
めったに笑わない川越君が、笑っていることが嬉しい。
「面白いって褒め言葉なの?」
「一応」
「じゃあそういうことにしておこう。じゃあ次は…」
ヒュ~
バン
次の質問をしようとした時、大きな音と共に、花火が夜空に打ち上がった。
「綺麗~」
「そうだな」
成り行きとはいえ、男女が2人で花火を見るなんて、何かロマンチックだな~
花火の打ち上げが終わる10分くらいの間、お互い何もしゃべらず花火に見入っていた。
やがて打ち上げが終わり、空は静寂に包まれた。
「終わったね~ずっと上を見てたから、首が痛いよ~」
少しの間余韻に浸った後、川越君のほうを見ると、口を大きく開けてあくびをしていた。
ガタッ
思わず、ベンチから落ちそうになった。
「ねむ…」
「せっかくいいムードだったのに、ムードを壊すようなこと言わないでよ…」
川越君は、どこまでもマイペースだった。
「あ~いた!」
「えっ?」
いきなり聞き覚えのある声がしたかと思うと、唯香と石原君があたしたちの方に向かって歩いて来ていた。
「友菜~探したよ!」
「ごめん…ってあれ?唯香達が勝手にいなくなったような…」
「ハハッ、そうだったね。そうだ、聞いてよ友菜!石原やつ、超ショボかったんだよ。完全勝利〜」
「所詮俺は、井の中の蛙だったってことだよ…」
石原君の様子からして、金魚すくい対決は唯香の完勝に終わったようだ。
「そっちは、どうだった?」
唯香が急にしおらしく、あたしに訪ねてきた。
「どうって言われても…川越君とお話して花火を見てただけだよ」
「そっか。こんな時に金魚すくいなんてどうでもいいのよ…あたしのバカ…」
「えっ?何か言った?」
「何でもないよ~それでこれからどうしようか?」
「眠いから帰る」
珍しく川越君が真っ先に反応した。
よほど眠いのだろう。
「俺も帰ろうかな…」
石原君は金魚すくいショックからまだ立ち直っていないようだ。
「じゃあここで解散にしよっか。それじゃあ川越君、石原、また学校でね」
「ばいばい」
川越君と石原君は、帰って行った。
「さてあたし達も帰りますか。明日も勉強しなくちゃならないし」
「うん」
「お腹がすいたから、何か買って帰っていい?」
「あれ?何も食べてなかったの?」
「勝負に夢中になってて、食べれなかったの。友菜は何か食べた?」
「うん、唐揚げ食べたよ。そうそう、唯香聞いてよ~川越君って辛いものダメらしいよ。ちょっと意外な感じしない?」
「ハハッ、確かに」
「でしょ~やっぱりあたしの目は節穴じゃなかったんだね」
唯香が同意してくれたことで、自然とテンションが上がる。
「それでさ~川越君ってば、花火が終わっていいムードの時に、あくびしたんだよ。ひどいよね~」
「なんか友菜、楽しそうだね」
「えっ?」
「川越君の話をしてる時の友菜、凄く生き生きしてる」
「そうなのかな?」
「まあ、鈍感な友菜が気づくはずもないか…」
鈍感なあたしでも自分自身で気づき始めていた。
川越君に対する気持ちが、ただの興味ではなく、徐々に惹かれ始めていることに。
ただ唯香の情報によると、川越君には年上彼女がいるかもしれないらしい。
でも川越君は、女の子のことが信じられないって言ってた。
どっちが本当?
川越君に直接聞いてみる?
いやいや。そんなこと、出来るはずもないし…
あたしは、いったいどうすればいいの…
唯香と帰り道を一緒に歩きながら、川越君のことで頭の中がいっぱいだった。
「あたしも友菜に負けないように頑張るから。じゃあ、また学校でね」
「うん。ばいばい」
何を頑張るか唯香は言わなかったけど、何と無く察しがついた。
きっと、川越君のことだろう。
「ただいま」
「おかえり、友菜。お祭りは楽しめた?」
「楽しかったよ。花火も、すごく綺麗だったし」
「いいリフレッシュになったみたいで、良かったね」
「うん」
花火大会も終わり、いよいよ新学期が始まる。




