夏休み
~友菜Side~
8月
夏真っ盛り。
夏は暑く、冬は寒いという両極端な舞亀市。
あたしの家の冷房は、絶賛フル稼動中だ。
例年の夏休みは、皆でプールに行ったり、花火をしたりしていた。
だけど、今年に限っては、あたしと光ちゃんのことや、受験のこともあって、8月に入った今でも、皆で集まることはなかった。
大ちゃんは、野球の強い大学に一般入試で入るために、猛勉強中らしい。
「友菜、ご飯よ」
「は~い」
今は勉強を中断して、昼食を食べようとしている所。
ピッ
何気なしにテレビを付けると、高校野球がやっていた。
つい先日まで、光ちゃん達もここに立ってたんだよね。
そう思うと、あらためて凄いことを成し遂げたんだなと思った。
光ちゃんも、おそらくこの試合を見ているのだろう。
去年までは、よく一緒に見てたのにな…
少しむなしい気分になって、チャンネルを変えた。
「高校野球、見ないの?」
「見始めると、ずっと見たくなっちゃうから」
「そっか。一応、受験生の自覚はあるのね」
「当たり前でしょ」
少し寂しい気持ちを抱えながら、昼食を取った。
「ごちそうさま」
食べ終えて食器を洗い、少しくつろぐことにした。
「今年はずっと家にいるわね。勉強するのはいいことだけど、たまには息抜きしないと気が滅入るわよ?」
「分かってるよ…」
その時、携帯が鳴った。
着信:唯香
「もしもし」
「もしもし。受験勉強、はかどってる?」
「うーん、ぼちぼちかな」
「そっか」
「唯香はどう?」
「あたしもぼちぼちかな」
唯香はファッションデザイナーを目指して、ファッション関係の専門学校に行くらしい。
「突然だけど、息抜きにどっか遊びに行かない?」
「いいよ。ちょうどあたしも遊びに行きたいと思ってたからさ。どこ行く?」
「新しく出来た雑貨屋さんに行ってみない?」
「そういえば、前から行きたいって言ってたけど、行けてなかったよね。じゃあそうしよっか」
「うん。じゃあ、あたしが唯香の家に行くね」
「分かった。待ってるね」
「それじゃ、またあとで」
「ばいばい」
ピッ
「唯香ちゃん?」
「うん。これから、新しく出来た雑貨屋さんに行くことになったんだ」
「お母さんは今日夜勤だから、カギを持って行ってね」
「今日も仕事?最近忙しすぎない?」
「1人辞めちゃったから、人手が足りないのよ」
お母さんは看護師として働いている。
夜勤もあって、生活が不規則になりがちだ。
でもあたしを養うために、頑張って働いてくれている。
いつか、ちゃんとした形で親孝行をして、恩返ししなきゃ。
そんなことを考えながら、陽菜の家に向かった。
ピーンポーン
「は~い」
中から、声が聞こえて来た。
ガチャ
「友菜ちゃん、いらっしゃい」
「こんにちは」
唯香のお母さんが、あたしを出迎えてくれた。
「ごめんね、友菜ちゃん。唯香、まだ準備が出来てないみたいなの」
「分かりました」
少しの間、玄関先で待つことになった。
「唯香~早くしなさい。友菜ちゃん来てるわよ」
「今行く~」
ダッダッダッ
凄い勢いで階段を下りる音がしたかと思うと、唯香がやって来た。
「階段はゆっくり降りなさいって、言ってるでしょ?」
「はいはい。ごめんね、待たせちゃって」
「大丈夫だよ」
「いってくる」
「いってきます」
「いってらっしゃい。早く帰ってくるのよ」
「はいはい」
唯香の家を出た。
「なんか今日の服装、気合が入ってるね」
今日の陽菜は、ピンクのキャミソールに白のミニスカートという格好だった。
「当たり前じゃん。友菜と、久々のデートなんだから」
「ハハッ…それにしても、そのスカート短くない?」
「これぐらい普通でしょ。女性は見られることを意識することで、綺麗になれるの」
「なるほど~勉強になります」
そんな話をしながら、雑貨屋さんに向かった。
近くに自転車を止めて、店の中に入る。
「いらっしゃいませ~」
アルバイトらしき高校生ぐらいの女の子が、あたし達を迎えてくれた。
「これ、可愛い~」
唯香が花柄のヘアピンを手に取りながら、声をあげた。
他にも店内には、女の子向けの可愛い小物から、日用品まで、色々揃っている。
一通り見て回り、あたしはハート形の携帯ストラップを購入した。
光ちゃんと距離を置くって決めた時に、ボーリング場でもらった織姫の携帯ストラップは外してしまったから、その代役だ。
もし光ちゃんと仲直りが出来たら、もう1回、織姫のストラップを付けようと思っているけど、今はお休み。
一方の唯香は、買い物かごいっぱいに、たくさんの物を入れている。
レジで商品を購入して、店を後にした。
「大量に買ったね」
「重い~」
「片方持ってあげるよ」
「ありがと~」
袋を片方ずつ持ちながら、自転車置き場まで歩いた。
帰り道
「あっ」
河川敷の横を通り過ぎようとした時、声を上げながらいきなり唯香が急ブレーキを掛けた。
あたしも慌てて急ブレーキをかける。
「いきなり止まったりしたら、危ないよ」
「ごめんごめん」
「どうかしたの?」
「ほら!あそこにいる人を見て。もしかして、川越君じゃない?」
えっ…川越君?
唯香の指差す方を見ると、男の人が猫を連れて歩いている。
川越君かどうか確信は持てなかったけど、連れている猫を見てピンと来た。
「ちび太だ!」
「ちび太?それって確か川越君の飼い猫の名前だよね?てことは、やっぱり川越君なんだね」
「うん。おそらく」
「川越君と猫ってミスマッチだけど、そこがまたいい」
「どうする?神崎君に声を掛けてみる?」
「あ…あたしは遠くから見てるだけで、充分だから」
「せっかく会えたんだし、あたしが声掛けて来る。川越君、別に怖くないよ」
最近あまり話せてなかったから、このまま帰るのも何かもったいない気がした。
「怖いとかじゃなくて…」
「それじゃあ行って来る。お~い、川越君」
「待ってよ~」
階段を降りて、川越君の所に向かった。
あたしの声に気づいて、川越君がこっちを見た。
川越君は、びっくりしたような表情を浮かべている。
「こ…こんにちは」
「こんな所で、何してるんだよ?」
「買い物帰りに川越君を見つけたから、降りて来たんだよ。川越君こそこんな所で何してるの?」
「見て分かんねえのかよ。こいつの散歩だよ」
「猫の散歩って珍しいね」
「食い過ぎですぐ太るから、定期的に散歩させないと、ダメなんだよ」
「そっか。リードとか付けなくて大丈夫なの?」
「こいつ人見知りで、ずっと俺の後を付いてくるから問題ない」
「なるほどね~」
確かに川越君の家に行った時、あたしも最初は警戒されてたもんね。
その時のことを覚えててくれたのか、しばらくするとあたしの足元にすり寄って来た。
あたしがちび太に触ろうとかがむと、唯香もあたしに合わせるようにかがんだ。
川越君と話を始めてから、唯香はずっとあたしの影に隠れている。
何か、話すきっかけを作ってあげたいな。
「紹介したことなかったよね。同じクラスの藤村唯香ちゃん。あたしの親友だよ」
あたしは唯香を立たせて、川越君の前に押し出した。
「ちょ…ちょっと、友菜…」
唯香はあたしを振り返りながら、困惑の表情を浮かべている。
そんな唯香に、あたしは拳を握って頑張れという意志を伝えた。
そうすると、仕方なくといった感じで、唯香が再び川越君の方を見た。
「……」
「……」
会話が無い…
[唯香。何か喋りなよ]
[無理だよ…川越君、あたしのこと睨んでるし]
[そう見えてるだけだから、大丈夫だって]
[うん…]
あたしが励ますと、唯香は一回息を吐いた。
そして…
「は…初めまして。藤村唯香と申します。よろしくお願いします」
なぜか、深く頭を下げながら言った。
「初めましてじゃねえだろ」
「もしかして、ぶつかった時のこと覚えてくれてたんですか?」
「あの時は悪かったな」
「とんでもないです。こちらこそ、ごめんなさい」
唯香は終始低姿勢で、川越君と接している。
いつもツンツンしてる唯香も可愛いけど、おしとやかな唯香も可愛いな。
智紀君に、見せてあげたいぐらいだよ。
「同い年なのに、敬語とかうっとうしいから辞めろ」
「わかり…わかったです」
「……」
「分かった」
「フフッ」
「なに笑ってんだよ?」
「そうだよ。人がいっぱいいっぱいだってのに、笑うなんてひどいよ」
「ごめんごめん。普段の唯香とあまりにも違うから、何か面白くて」
「そうなのか?」
「うん。普段の唯香は、強気なキャラなんだよ」
「ふーん」
「ちょっと友菜!川越君に本性バラさなくてもいいでしょ?」
「でも仲良くなっていくためには、素の自分で人と接することが重要なんだよ」
「そうだけど…」
「そういうおまえは、どうなんだよ?」
「えっ?」
「素の自分で人と接してるのか?」
「うーん…」
あらためて、そう言われてみると難しい。
光ちゃん相手だと、何でも頼りきりで甘えてしまう所があって、どちらかというと受け身だ。
川越君相手だと、川越君が無口なこともあるけど、どちらかというとこっちから自発的に、行動を起こしている。
どっちが本当の自分?
そう自問してみたけど、答えは見つからなかった。
その後もちび太と遊びながら、色んな話をした。
ちび太は、なぜか唯香にはあまりなつかなかったんだけど…
初めは緊張していた唯香も、あたしが間に入りながら、話をしているうちに、少しずつ川越君と話せるようになっていった。
しばらく話した後、川越君は帰って行った。
「川越君と、初めてまともに話せたよ!感動したよ~」
唯香が興奮気味に、あたしに話しかけて来る。
「良かったね」
「うん!」
その後、唯香の家にお邪魔して、遊ぶことになった。
唯香は終始ハイテンションで、ずっと川越君の話をしていた。
「ばいばい」
「また誘ってね」
「うん」
こうして唯香の家を後にした。
「ただいま~」
「……」
そういえば、お母さんは夜勤だったことを忘れていた。
部屋で雑誌を読みながら、お父さんの帰りを待った。
……
「ただいま」
「おかえり」
7時を少し過ぎた頃、お父さんが仕事から帰って来た。
帰ってくるなり、テレビを付けて野球を見始めた。
あたしも、お父さんと一緒にご飯を食べながら、野球を見ていると、突然家の電話が鳴った。
どうせまた塾関係の営業電話だろうな。
3年生になってから、急にかかってくるようになった。
あの人達は、いったいどうやって電話番号を見つけて来るのだろうか…
「もしもし。坂本さんのお宅ですか?」
「はい」
やっぱり塾関係かな…
しかし次に出てきた言葉は意外な言葉だった。
「私、舞亀市民病院の小谷と言いますが、美雪さんの娘さんですか?」
お母さんが働いてる病院からの電話だった。
「はい。友菜です」
「落ち着いて聞いてね。友菜ちゃんのお母さんが、倒れちゃったの」
思いもよらぬ事態に、頭が真っ白になった。
「えっ…お母さんは大丈夫なんですか?」
「うん。検査したけど異常は見つからなかったから、2~3日もすれば良くなると思うよ」
「良かった…」
「でも念のため入院してもらうことになったから、着替えとか持ってきてもらえるとありがたいんだけど、大丈夫かな?」
「はい。すぐに伺います」
「それじゃ待ってるわね」
「失礼します」
ガチャ
「誰からだったんだ?」
お父さんはあたしの様子が気になったようで、テレビから視線をはずして話しかけて来た。
「お母さんの病院の人だった。お母さんが、倒れちゃんだって。でも検査で異常はなかったみたいだし、大丈夫みたいだよ」
「そうか。不幸中の幸いだな」
「うん。でも念のため入院するらしいから、今から病院に行こうよ」
「ああ」
お母さんの着替えを準備して、車で病院に向かった。




