急展開
しばらく待っていると、智紀君だけが姿を現した。
「あれ?光ちゃんは?」
「すぐ行くから、先に行けって言われたよ。様子が気になって、しばらくして振り返ったら、清水と一緒に、校舎の方に歩いて行ったみたい」
「そっか。清水さんと一緒なんだ…唯香と智紀君は先に帰っていいよ。あたしは光ちゃんを待ってるし」
「あたし達だけ、先に帰る訳には行かないから待ってるよ。いいでしょ、智紀?」
「おう。それにしてもこんな時に、光太は何をしているんだろうな」
「マジあの女、腹立つわ…」
「ちょっと、あたし様子見て来るよ」
「あたし達も行くよ」
「大丈夫。唯香と智紀君はここで待ってて。すぐに、戻ってくるから…」
この時、光ちゃんを探しに行かなければ、運命は変わっていたのかもしれない。
人生のターニングポイントは、唐突にやって来る。
光ちゃんのげた箱を確認すると、上履きがあったから、どうやら外にいるようだ。
一旦外に出て、校舎の周りを探してみることにした。
しばらく歩いていると、裏庭に来たところで、人の声が聞こえて来た。
足音をたてないようにそっと歩いて、校舎の影に隠れながら、ちらっと覗いてみると、光ちゃんと清水さんの姿が見えた。
一体こんな所で、何の話をしているのだろう?
とりあえず、話が終わるのを待つしかないのかな…
「別にいいじゃないですか~ケチな男は嫌われますよ?」
途中からなので、話の内容は良く分からないけど、清水さんが、光ちゃんを説得しているようだ。
「だから無理だって言ってんだろ。しつこいぞ」
光ちゃんはあたしに背を向けているので、表情は伺えないけど、語気からして、少しイライラしている様子が垣間見えた。
どうしよう…
こんな状況じゃ、声をかけられないよね…
でも今日は、どうしても一緒に帰りたいんだけどな…
あたふたしていると、不意に清水さんと目があった気がした。
あわてて首を引っ込める。
気づかれちゃったかな?
どうせ気付かれたのなら、堂々と声を掛けた方がいいよね。
別に、やましいことをしているわけじゃないんだし。
一回深呼吸をする。
よし!
「光ちゃ…」
声を掛けようと、校舎の影から出て、裏庭に足を踏み入れた。
「えっ…」
そこには、思いもよらぬ光景が広がっていた。
光ちゃんの体と、清水さんの体がぴったりくっついて、唇が重なっていた。
清水さんは、こっちを見ながらにやりと笑っている。
あたしはパニックに陥り、踵を返して、無意識の内に走り始めた。
……
~光太Side~
「光太先輩」
野球道具を倉庫にしまって、いざ帰ろうとした時、清水にいきなり声をかけられた。
「何だよ?」
「ちょっと話があるんですけど、あたしについてきてもらえませんか?」
「はっ?」
「光太~先に行っとくぞ」
「悪い。すぐ行くから」
清水の表情からして、嫌な予感がする。
「俺はおまえについていく義理なんてないから。それじゃ」
一方的にそう告げて、その場を後にしようとした。
「へ~そんな態度とってもいいんですか?これがどうなっても知りませんよ?」
妙な物言いに思わず振り返ると、清水の手に、友菜からもらったお守りがあるのが見えた。
「何でおまえが、それを持ってるんだよ?」
「グラウンドに落ちてたらしくて、グラウンド整備をしていた人が届けてくれたんですよ」
きっとホームベース上で皆と抱き合っている時に落としたのだろう。
あの時は興奮しすぎて、無我夢中で喜んでいたから、全く気がつかなかった。
「それは大事な物なんだ。返してくれ」
「試合している時、何かあるたびにこれを握りしめてましたもんね?どうせ坂本先輩にもらった物なんでしょ?」
「そうだよ」
「返して欲しかったら、あたしについてきてください」
「…分かった」
清水のことだから、何をしでかすか分からない。
ここで怒らせたら、お守りを、引きちぎられる可能性だってある。
そう考えると、俺に選択肢は無かった。
清水は、学校の裏庭までやって来た所で、ようやく足を止めた。
「こんな所まで、来る必要あったのか?」
「2人きりになりたかったんですよ。そんな乙女心も分かんないんですか?」
「分かんねえよ…それで、話って何だよ?」
「まだあたしと付き合う気になれませんか?」
「はっ?」
「あたしモテるんですよ?このまま放っておいたら、他の人と付き合っちゃいますよ」
「勝手にしろ」
「そうですか。じゃああたしとデートしてください。デートくらいならいいですよね?減るもんじゃないですし。デートしてくれたらお守りを返しますよ」
「前にも言っただろ?俺は友菜のことが好きだから、他の奴とデートなんて出来ねえよ」
「別にいいじゃないですか~ケチな男は嫌われますよ?」
「だから無理だって言ってんだろ。しつこいぞ」
弱みに付け込んで、無茶な要求をしてくる清水に、俺の怒りはピークに達していた。
その時、清水の表情がびっくりしたような顔になったかと思うと、不気味な笑みを浮かべ始めた。
何か、良からぬことを思いついたのだろうか?
ガサゴソ
その時、後ろで、何か物音がした。
誰かいるのか?
物音に気を取られ、清水が近づいて来ていることに気づくのが一歩遅れた。
気付いた時には、俺と清水の唇が重なっていた。
「光ちゃ…」
その時、ここにいるはずの無い人物の声が、聞こえて来た。
俺のことを、光ちゃんと呼ぶ人間は一人しかない。
それ以前に、好きな人の声を聞き間違えるはずがない。
でも今だけは、勘違いであって欲しかった。
慌てて清水を引き剥がし、振りかえる。
そこには、この場を立ち去ろうと走り出した、友菜の後ろ姿が見えた。
「あ~あ、あたし達のこと、勘違いされちゃいましたかね~」
清水は含み笑いをしながら言った。
清水に、言いたいことは山ほどあったけど、今は清水の相手をしている場合ではない。
一度睨みつけてから、無言でこの場を立ち去った。
……
~友菜Side~
「待てよ、友菜!」
頭が真っ白なまま走っていると、後ろから、あたしの名前を呼びながら追いかけて来る光ちゃんの姿が見えた。
「……」
現実を受け入れられなくて、光ちゃんの呼びかけに応えることも無く、ただひたすら走り続ける。
だけど運動音痴のあたしが、光ちゃんのスピードにかなうはずもなく、すぐに追いつかれた。
ガシッ
光ちゃんに腕を掴まれる。
「やだ!離して!」
「落ち着けよ!俺の話を、ちゃんと聞いてくれ!」
「嫌だ!あたし達を待たせておいて、あんな人気のない所で2人きりで会ってキスするってことは、清水さんと深い仲なんでしょ?2人の関係を受け入れられるように努力するから、時間をちょうだい…今は光ちゃんの顔見れないよ…」
「だからキスは清水に無理やりされただけで、俺の意志じゃない。誤解だ!」
「でもあたし達を待たせておいて、人気のない裏庭で2人きりで会ってたのは、事実じゃん!」
「それは、事情があったからで…」
「どんな事情?」
「言えねえけど、やましいことは無い」
「やましいことがあるから、隠し事するんでしょ?やっぱり信じられないよ!」
感情をコントロールすることが出来ず、やがて涙が溢れだした。
「じゃあ、俺の本当の気持ちを、見せてやるよ」
「えっ?」
その瞬間、腕をグイッと引き寄せられたかと思うと、あたしと光ちゃんの唇が、そっと触れた。
何が起こったのか、一瞬理解することが出来なかった。
びっくりしすぎて、涙が止まる。
これが、あたしのファーストキスだった。
「ど…どうして、キスしたの?」
「まだ分かんねえのかよ!友菜のことが好きだから、キスしたんだよ!」
光ちゃんは真剣な表情で、あたしを抱きしめる。
会話の流れと雰囲気からして、あたしが光ちゃんに抱いている[好き]とは、明らかに違うことが分かった。
「あ…あたしと光ちゃんは、幼なじみだよね?」
「ああ。でも幼なじみであると同時に、ずっと友菜のことが好きだった」
「嘘…」
「友菜が、俺のことをただの幼なじみとしか見てなかったことは分かってる。ただこれを機に、俺のことを幼なじみじゃなくて、1人の男として見てくれ」
「……」
急展開に次ぐ急展開で、あたしの頭は機能停止寸前の所まで来ていた。
だから光ちゃんの問いかけに対し、ただ頷くことしか出来なかったのである。




