決勝
準決勝から2日経って、いよいよ決勝の日を迎えた。
今日も朝から、光ちゃんの家にお邪魔している。
ただこれまでと違うのは、一緒に家を出て、一緒に球場まで行って、直接応援することが出来るということだった。
「いよいよ決勝戦だよ、光ちゃん!勝ったら、憧れの甲子園だよ!」
「分かってる。何でおまえは、朝からそんなにテンションが高いんだよ…」
「今までの人生で一番楽しい試合が生で見れるから、そりゃテンション上がるよ!」
「そんな風に期待されてるなら、下手な試合は出来ねえな」
「絶対いい試合になる。そして、絶対に勝つよ!」
「どっからそんな自信が沸いてくるのか、よく分からねえけど、友菜がそう言うなら、勝てそうな気がするな」
「勝てそうな気がするじゃなくて、絶対に勝つの!」
「分かった。絶対に勝つ」
「うん!」
光ちゃんに気合を注入し、朝ご飯を一緒に食べた。
「いってくる」
「いってきます」
「いってらっしゃい。あたしも試合に間に合うように車で応援に行くから。絶対に勝ちなさいよ、光太」
「球場で待ってますね!」
こうして、光ちゃんの家を後にした。
あまり野球の話ばかりするのも良くないと思ったので、色んな話題を振りながら、学校に向かう。
元々あまり喋るタイプではないけれど、今日はいつもよりも、明らかに口数が少ない。
目に見えて、緊張しているのが分かった。
何とか、緊張をほぐしてあげたいけど…
緊張をほぐすには、深呼吸が1番いいらしいけど、あえて別の方法を試してみることにした。
ムギュ
光ちゃんのほっぺを、軽くつまんでみる。
「いへ~な!えきなり何するんだよ!」
うまく喋れていない。
「ハハハッ、光ちゃん、面白い顔」
「面白い顔じゃねえよ。早く離せって」
「よくお相撲さんが自分のお腹を叩いてから、相撲に臨むでしょ?あれには意味があって、痛みを感じると、脳の意識がそっちに行って、緊張をほぐすことが出来るんだって。だから、光ちゃんにもやって見た」
「別に、緊張なんかしてねえし…」
「嘘だ~あたしから見ても分かるんだから、相当緊張してるんだよ」
「普段は超がつくほど鈍いくせに、何でこんな時だけ分かるんだよ?」
「あたし、鈍くないよ…」
「いきなりこんなことして、覚悟はできているんだろうな?」
「へっ?」
ムギュ
あたしよりもさらに強い力で、ほっぺをつままれた。
しかも、手を上下左右に動かし始めた。
「いはいよ~」
「おまえの顔も、相当面白いことになってるぜ」
「あたしも負けないよ!」
両手を使って、反撃する。
二人でほっぺをつねりあうというシュールな光景が、しばらく続いた。
「おまえら、朝から何やってんだよ…」
「智紀君…」
「今日決勝戦だぜ?一生のうちでもターニングポイントになりうる大事な日に、何で朝から、人のいちゃついている姿を見なきゃならないんだよ…」
「違うんだよ。痛みを与えると緊張がほぐれるって聞いたことあるから、光ちゃんのほっぺをつまんだら反撃されて、今に至るんだよ…」
「へぇ~光太、緊張してるんだ?」
「そう言うおまえだって、声震えてるぞ」
「マジかよ…全然気が付かなかった」
「緊張ほぐしてやるよ」
「えっ?」
その瞬間、光ちゃんの拳は、智紀君の左肩を、とらえていた。
「いって~野球選手の大事な肩を…」
「だから左にしただろ?これでおまえも緊張がほぐれたな」
「今日の試合頑張ってね、智紀君」
「頑張ります…」
こんなやり取りをしながら、3人で学校に向かった。
学校に着くと、すでに何人かの野球部員が来ていた。
「おはようございます」
「おはよう」
皆が、光ちゃんと智紀君に近づいて来て、挨拶をしている。
そのまま、光ちゃんと、1人の野球部員が真剣に話しをし始めた。
こういう光景を見ると、光ちゃんはキャプテンとして野球部員から慕われているんだなということが、良く分かる。
あたしはそっと離れて、応援に行く人達の輪に加わった。
唯香はもうすでに来ていて、あたしの姿を見つけて、近づいてきた。
「おはよう、友菜。いよいよだね」
「うん。今からドキドキするよ」
「そうだね~頑張って応援しようね!」
「うん!
[今から出発しますので、野球部員の人は順番にバスに乗って行ってください]
野球部員と応援に行くメンバーが全員揃ったらしく、予定時間よりも早く出発することになったみたいだ。
ミーティングを終えた野球部員たちが、続々とバスに乗っていく。
応援団の人達が野球部員に激励の言葉を掛けている。
「小林~今日も頼むぞ」
「小林君、頑張って」
一番最後にバスに乗り込んだ光ちゃんに、ひときわたくさんの声がかかる。
東舞高校の野球部の中で、光ちゃんはすっかり有名人のようだ。
野球部員全員が乗り込んで、先に出発した。
応援団の人達も見送りが終わった後、続々とバスに乗り込んでいく。
野球部員と応援団のバスは別なので、光ちゃんと一緒のバスに乗ることは出来なかったのは少し残念だ。
「友菜、一緒に乗ろう」
「うん」
あたし達応援団も、野球部に続いて学校を出発した。
……
「友菜、起きて」
誰かの声がする。
目を開けると、唯香があたしの体を軽くゆすっていた。
「あたし、寝てた?」
「熟睡だったよ。夜寝られなかったんでしょ?」
「うん…ワクワクしすぎて、目が冴えちゃって、ほとんど寝ないうちに光ちゃんの家に行ったから、睡眠不足だったのかも…」
「まあ応援してる時に集中できなかったら困るから、少しでも寝られて良かったね」
「そうだね」
寝ている間に、球場に到着してしまったようだ。
応援団の人達が、続々とバスを降りて行く。
あたし達も皆に続いてバスを降りた後、応援席になっている、1塁側のスタンドに向かった。
今は夏真っ盛りということもあって、強い日差しが、容赦なく照りつけている。
でも光ちゃん達は、この炎天下の中で試合をするんだから、あたしが泣き言を言ってられないよね。
まだ試合開始までは、1時間以上ある。
あたし達は試合開始に備え、早めの昼食を取った。
決勝の相手は、平城高校。
今年の府予選の最有力と目されていた高校で、順当に決勝まで勝ち上がって来た。
甲子園の常連校で、相手にとって不足無しといった所だろうか。
前評判では、平城高校有利の声が大きかった。
なんとか光ちゃんを中心に粘り強く戦って、打ち負かしてもらいたいものだ。
グラウンドには、両高校の野球部員と共に、監督とマネージャーの姿。
うちの高校のマネージャーは、今だに清水さんが一人でやっている。
話し合いが決裂に終わったあの日以来、光ちゃんのことで何度か話す機会があったけれど、いまだに清水さんはあたしのことを目の敵にしているようで、あたし達の関係は最悪のままだ。
「坂本先輩、お久しぶりです」
「えっ?」
急に話しかけられ、振り返ってみると、秋山さんがそこに立っていた。
告白勘違い事件以来、久々に会うので、少し気まずい…
秋山さんの方は、そんなこと全く気にしている様子は無いんだけど…
そういえばあの時、吹奏楽部だって言ってたっけ。
「秋山です。覚えてませんか?」
「ハハッ…覚えてるよ」
「智紀先輩、どこにいるか分かりますか?」
「今、野球部員は、皆ベンチに引き揚げてるから、ベンチの中にいると思うよ」
「残念…真っ先に姿を見たかったのにな。実はあの後、勇気を持って話しかけて、今では普通に喋れるようになったんですよ」
「そっか。良かったね」
いつの間に仲良くなったんだろう。
全く気付かなかった…
こんな綺麗の子と仲良くなるなんて、智紀君も隅には置けないな。
「あれ?友菜が見たことない子と喋ってる」
唯香がお手洗いから帰って来た。
「初めまして。あたし、秋山花梨って言います」
「藤村唯香だよ。よろしくね~それで、何の話をしてたの?」
「最近秋山さんが智紀君と仲良くなったって話をしてたんだよ。知ってた?」
「知らない…まさか、秋山さん、智紀に気があるとか?」
その瞬間、秋山さんは少し顔を赤らめた。
「はい。好きです」
「うっそ~」
唯香が叫ぶ。
周りの視線が一斉にこっちに集まった。
「唯香、目立ってるよ…」
「ごめんごめん。でもあんな奴のどこがいいの?」
「一目惚れだったんですけど、話すようになってから面白い人だってことが分かって、ますます好きになりました」
「智紀の分際で、年下の可愛い子に好かれるなんて、許せん」
「そういえば、藤村先輩の名前を智紀先輩から良く聞くんですけど、もしかして付き合ってるんですか?」
「身の毛もよだつ想像しないでよ。まあ腐れ縁みたいなものだよ」
「良かったです…」
「秋山さん、そろそろ練習始まりますよ」
聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「勇気君!」
「こんにちは。友菜先輩、藤村先輩」
「そっか。勇気君も吹奏楽部だったっけ。忘れてた」
「忘れないでくださいよ…」
「そういえば、松島君と先輩達って、生徒会で一緒なんですよね?」
「そうだよ」
「秋山さんとお二人は、お知り合いなんですか?」
「あたしは今日初めて会ったよ。そういえば、学年も違うのに、友菜と秋山さんは、どうやって知りあったの?」
唯香が、痛い所を突いてくる。
「ハハッ…ちょっとね…」
「まあいいけど。それじゃあ、お互い頑張って応援しようね」
「はい。それでは」
「失礼します」
2人は、吹奏楽部員達の輪の中に、入って行った。
試合開始時間が近づいてきて、緊張がピークに達している。
固まって練習していた、吹奏楽部の生徒達も、所定の位置に着いた。
「いよいよだね」
「うん」
グラウンド整備も終わり、両校の選手が整列して審判の人の合図を待っている。
一瞬の静けさがグラウンドを包み込んだ。
[集合~]
審判の人の掛け声と同時に両校の生徒達が気合の声を上げながら、バッターボックス付近に集まってくる。
応援席のあたし達も配られたメガホンを叩く。
[平城高校と東舞高校の決勝戦を行います。礼]
「「お願いします」」
威勢のいい声が、あたりに響き渡った。
礼をして両校が健闘を誓い合った後、後攻の東舞高校の選手達は、グローブ片手にそれぞれの守備位置にダッシュで向かって行った。
全力で走っている姿は高校野球の象徴で、見ていて気持ちがいい。
こうして熱戦の火蓋が切って落とされた。
大ちゃんは1回表を見事0点に抑えて、裏の東舞高校の攻撃に繋げた。
攻撃になると、吹奏楽部の生徒達が楽器を準備する。
バッターボックスに立っている部員ごとのテーマソングに部員の名前を入れて、応援する。
1、2番が凡退して、2アウトランナー無しの場面で智紀君に打順が回って来た。
「かっとばせ~杉山!」
智紀君のテーマソングは、なぜか、某アニメの主題歌だった。
「あっ!」
思わず声が漏れる。
なんと初球にいきなり死球を受けてしまったからだ。
でも足に軽く当たっただけなので、大丈夫そうだ。
何事もなく1塁に駆けて行った。
「あいつ、こんな所でもウケ狙いか?」
「別に智紀君も当てられたくて当てられたわけじゃないでしょ…」
[4番ピッチャー小林君]
場内アナウンスが流れ、1塁側の応援席は今日一番の盛り上がりを見せる。
野太い声から、黄色い声援まで、様々な声が光ちゃんを後押ししている。
テーマソングと共に吹奏楽部の応援も加わった。
「かっとばせ~小林」
あたしも一生懸命メガホンを使って叫ぶ。
4球目
カキーン
歯切れのいい金属音と共に鋭い打球が飛んでいく。
1塁ベンチが一瞬沸いた。
しかし角度がつかなかったため、センターにあっさりボールを取られてしまった。
一瞬にして、歓声がため息に変わる。
残念ながら、この回は無得点に終わった。
その後も、両チーム一歩も引かない投手戦が続く。
お互い、何度かチャンスを迎えたけど、両チーム共に、チャンスをつぶしてしまっていた。
そして迎えた、7回表。
1アウトから3連打を浴び、1アウト満塁のピンチを迎えた。
智紀君がタイムを取って、マウンドに選手が集まって来た。
……
~光太Side~
「さすがに、簡単には勝たせてくれねえな」
「当たり前だろ。決勝まで勝ち進んできたチーム相手に試合をしてるんだから」
「ちょっと、球威が落ちて来たな」
「ああ」
ここまで予選は、全試合一人で投げ続けて来た。
目に見えない疲労が、蓄積されているのだろうか…
「光太先輩、もうひと踏ん張りですよ」
「おう」
後輩の鈴木にまで、励まされれるとは…
しっかりしないとな。
「そういえば、今日の試合に勝ったら、光太が、焼肉をおごってくれるだってさ」
「はっ?」
「サンキュー、小林」
「先輩、恩に着ます!」
「そんなこと、一言も言った覚えが無いんだが…」
「このピンチを絶対に抑えて、皆で焼肉だ~」
「「お~」」
なぜか、マウンド上は、妙に盛り上がっている。
昔からピンチの時の智紀の存在は、俺にとってすごくありがたい。
「智紀、ありがとな」
「智紀に礼を言われるなんて、今日は雪でも降るかもしれないな」
「真夏に、雪が降るわけねえだろ…」
「友菜ちゃん、たぶんこっち見てるよ。手を振ってあげなよ」
「どこにいるかなんて、わかんねえよ…」
一瞬、応援席の方を見たが、友菜の姿を確認することは出来なかった。
この距離で個人を判別出来るはずないから、当然と言えば当然なんだけど。
「愛情があれば、見つかるでしょ?」
「見つからねえよ…」
「じゃあ仕方ないから、ポケットに忍ばせているお守りを、友菜ちゃんだと思ったらいいよ」
裏ポケットから、友菜がくれたお守りを取り出す。
「打席に入る前とか、投げる前とかに、ポケットに手を入れてただろ?光太って意外と小心者なんだな」
「悪かったな…」
我ながら、女々しいことをしてるなと思う。
でも今は何かにすがりたい気持ちだ。
力を貸してくれよ、友菜。
お守りをそっと握りしめて、目をつぶった。
「友菜ちゃんの愛の結晶を、俺にも触らせて~」
「無理」
「ちぇ…一人占めかよ」
文句を垂れながら、智紀は守備位置まで戻って行った。
マウンド上で、こんな関係の無い無駄話をしてるのは、俺らぐらいだろうな…
こうしてタイムが明けて、試合は再開した。
相手のバッターは9番。
初球にいきなり打って来た。
カキーン
会心の当たりではなかったが、外野にフライが上がる。
このままタッチアップからホームインされたら、1点入ってしまう。
センターがボールを取って、バックホームをした。
微妙なタイミングだ。
ボールを取るために構えている、智紀の所にランナーが突っ込んでいく。
ボールを取ったと同時に、智紀は、ランナーに飛ばされた。
しかしボールを離すことは無かった。
「アウト!」
審判のコールが響き渡る。
「智紀、大丈夫か?」
すぐさま駆け寄る。
「大丈夫じゃない。焼肉だけじゃなくて、ラーメンもおごってくれないと、起きあがれない」
「はいはい」
手を貸して、智紀を起きあがらせる。
その瞬間、1塁側の応援席が、盛り上がったのが分かった。
冗談言えるぐらいだから、大丈夫そうだな。
「小林、よく抑えたな。杉山も、ナイスブロックだったぞ」
「はい!」
「ありがとうございます」
監督に、ねぎらいの言葉を掛けられる。
「小林が頑張ってるんだから、何とか点を取ってやろうぜ」
「「うっす」」
監督の話が終わった後、全員が肩に手を回して円陣を組んで、気合を入れなおした。
「点取るぞ~」
「「お~」」
掛け声をかけたあと、ベンチに戻った。
……
~友菜Side~
ピンチをしのいだ後も、両チーム点が入らず、9回を迎えていた。
9回表も、2アウトからピンチを迎えたけど、バッターを三振に抑えて、なんとかピンチを凌いだ。
表情は伺えないけど、疲れてきてるんだろうな…
でも相手も疲れて来ているはずだから、後は気力の勝負になってくるはずだ。
応援席も元気に応援するというよりは、祈るような応援に変わって来ていた。
9回裏
ここで東舞高校に、今日最大のチャンスが訪れる。
相手ピッチャーが、疲れもあってかストライクが入らなくなり、さらにヒットも飛び出して、1アウト満塁のチャンスを迎えた。
ここで、光ちゃんに打順が回って来た。
ここまでセンターライナーと、四球が2つでヒットが出ていない。
1回以降、勝負を避けられてきたが、ここは満塁だから相手も勝負をしてこなければならない場面だ。
1塁の塁上では、ヒットを打った智紀君が、手を叩いて光ちゃんを激励している。
「光太君~打て~」
唯香が、今日一番のハイテンションで応援している。
「光ちゃん、お願い…」
あたしは祈るようにして、戦況を見つめた。
どうかお守りを通じて、あたしの力が少しでも光ちゃんに届きますように。
「光太~男ならここで打てよ」
「光太~ここで打ったら、ヒーローよ」
大ちゃんのお父さん、お母さんも精いっぱい叫んでいる。
「光太君~頼んだわよ」
「光太~甲子園が待ってるぞ~」
うちの両親も声援を送る。
その他にも、吹奏楽部の部員や、野球部員達の両親、野球部のOBの方達、5才の子供から80才を超えたおじいちゃんまで世代を超えて、皆が一つになって光ちゃんの応援している。
光ちゃん、聞こえる?
こんなにもたくさんの人達が、光ちゃんのことを応援してくれているんだよ。
相手ピッチャーも集中力を切らさずに渾身のボールを投げ込んでくる。
光ちゃんも必死にファールで食らいつく。
まさに死闘となった。
そして迎えた10球目!
ついに決着の時が来た。
指先に力が入らなかったのか、力の無い球がど真ん中に投げられる。
光ちゃんが、それを見逃すはずがなかった。
快音とともに会心の当たりが、レフトスタンドに一直線に向かっていく。
サヨナラ満塁ホームラン!
これ以上に無い、劇的な幕切れだ。
打球がスタンドに到達した瞬間、光ちゃんは珍しくガッツポーズをしながら、ベースを回っていった。
「やった~…ヒック」
「友菜、泣いてるし…ヒック」
「唯香だって泣いてるじゃん…ヒック」
あたしは唯香と抱き合い、他の人達ともハイタッチをして、皆で喜びを共有した。
光ちゃんはホームベース上で、手荒い祝福を受けていた。
その後、整列して礼をした後、お互いの健闘をたたえあい、握手をする。
涙で潤む視界の中で、皆の勇姿をしっかりと胸に焼きつけた。
その後、グラウンド整備が行われ、表彰式が始まった。
光ちゃんを先頭にして、野球部員達の首に、次々にメダルが掛けられていく。
そういう姿を見ていると、優勝したんだなという実感が、少しずつ湧いて来た。
表彰式も終わり、選手達が引き揚げて行く。
30分ぐらい待った所で、野球部員達がジャージ姿で現れた。
先頭には、キャプテンの光ちゃんの姿があある。
「光ちゃ…」
声を掛けようとした時には、すでに大勢の人に取り囲まれて、光ちゃんの姿は見えなくなっていた。
「小林~おまえ最高」
「感動をありがとな」
皆が、光ちゃんに感謝の言葉を述べている。
幼なじみとして、凄く誇らしい気分だ。
しばらくした時、皆の視線がなぜかあたしの方を見ているような気がした。
不思議に思っていると、人混みの中から、光ちゃんが姿を現した。
「友菜」
真っ直ぐにあたしを見据え、あたしの名前を呼ぶ。
あたしはもう、高ぶってくる感情を抑えることが出来なかった。
「光ちゃ~ん」
人目もはばからず、光ちゃんの胸に飛び込んだ。
皆がこっちを見ているけれど、今のあたしに、そんなことはどうでも良かった。
「おい、友菜!」
光ちゃんは、周りをきょろきょろしていて、少し焦っているようだ。
「光ちゃん、おめでとう」
顔をあげて、満面の笑顔で言った。
「ありがとな」
光ちゃんも表情を緩めながら、そう言ってくれた。
「熱いね、お2人さん」
「ヒューヒュー」
周囲から、冷やかしの声がかかる。
「ほら友菜、そろそろ離れろって」
光ちゃんが、あたしの肩を掴んで引き離した。
視線を逸らせた光ちゃんの顔は、少し赤くなっていた。
「友菜、こんな人前で光太君に抱きつくなんて、意外と度胸あるんだね」
「なんか分かんないけど、体が勝手に動いたんだよ」
「友菜らしいね…」
「友菜ちゃん、俺も頑張ったから、俺にもハグして~」
入れ替わるようにして、智紀君がやって来た。
「いいよ」
「「えっ」」
唯香と智紀君の声が、見事にシンクロした。
気分が高揚していたこともあって、あたしは勢いで、智紀君にもハグをした。
智紀君は、手を宙に浮かせたまま、固まっている。
「ゆ‥友菜ちゃん‥冗談だったのに‥」
「ちょっと智紀、友菜から離れなさいよ!」
「そんなこと言われても、友菜ちゃんが…」
「これは、三角関係の勃発か?」
「ち…違いますよ。あたしは別に智紀なんて、好きじゃないですし…」
「お嬢ちゃんは、小林と杉山のどっちが、好きなんだい?」
「どっちも好きですよ〜」
「ヒュ~二股だ~」
皆の視線が、再びこっちに集まって来た。
唯香は、固まっている智紀君を、あたしから引き剥がした。
そして、あたしの手を引いて、この場を立ち去った。
「ちょっと友菜!友菜が暴走するから、あたしまで、騒ぎに巻き込まれちゃったじゃない」
「ごめんね…なんか楽しくなっちゃった」
しばらくして、ほとぼりが冷めたかなと思い、応援団の輪に戻ったけれど、結局、色んなことを根掘り葉掘り聞かれる羽目になった。
その後、先に光ちゃん達を見送った後、あたし達もバスに乗って、学校に戻ることになった。
ずっと張り詰めた緊張感の中で応援していて、疲れたのだろう。
隣の席に座っている唯香は、あたしにもたれかかりながら、すやすや眠っている。
周りを見てみると、ほとんどの人が眠りについていた。
「唯香、おやすみ」
あたしも唯香に声を掛けた後、そっと目を閉じた。
……
次に目を開けた時には、学校の近くまで戻ってきていたようで、外には見覚えがある光景が広がっていた。
やがてバスは学校に到着し、荷物を片付けた後、解散となり、それぞれが帰路についた。
吹奏楽部は、まだこれから練習があるらしい。
疲れてるのに、大変だよね…
あたし達は、グラウンドに荷物を置きに行った光ちゃんと智紀君を、待つことになった。




