予選
~友菜Side~
七夕、もとい光ちゃんの誕生日が過ぎて、一息つく間もなく、高校生活最後の野球大会を、いよいよ目前に控えた。
一般の生徒達は、期末テストに向けて勉強に励んでいるけれど、光ちゃん達野球部の生徒は、毎日野球漬けの日々を送っている。
「そういえば気になってたんだけど、明らかに光太の趣味じゃない、そのストラップは何だ?」
「友菜につけろって言われたから、つけてる」
「それって誰か有名人をモチーフにしたやつなの?」
確かに知らない人から見れば、ただの男の人にしか見えないかも。
「違うよ。それは彦星なんだよ。ちなみにあたしのやつは織姫なんだ」
唯香と智紀君に見えるように手に取った。
「友菜ちゃんとお揃いなんていいな~」
「友菜からの、今年の誕生日プレゼントって訳ね」
「ううん。これはボウリングのイベントでもらった景品だから、プレゼントじゃないよ」
「そうなんだ。じゃあプレゼントは何渡したの?」
「野球の試合で勝てるように、必勝祈願のお守りをあげたんだ」
「俺も試合頑張るからさ、俺にもちょうだいよ」
「あんたはどうせ役に立たないんだから、でしゃばるんじゃないの」
「俺がいなかったら、光太のボールを受ける奴いなんだぜ」
「あっそ。じゃあ智紀の誕生日になったら、友菜にお守り作ってもらいなさい」
「夏の大会終わってるだろうが!」
「分かってて、言ってるに決まってんじゃん!」
「じゃあ、言うなよ!」
いつの間にか、おなじみの展開になっていた。
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴る。
「今年の誕生日プレゼントは、期待してるからね。友菜ちゃん」
「ハハッ…」
高校野球の開会式は3日後。
東舞高校の最初の試合は、開会式のさらに1週間後だ。
何で開会式からこんなに間が空くかというと、秋季大会でベスト4だった東舞高校はシードされ、2回戦からの戦いとなるからだ。
ちなみに最初の試合は平日に行われるため、応援に行くことが出来ない。
光ちゃん達は、すでに公欠の手続きを済ませている。
その後、あっという間に10日が経ち、いよいよ東舞高校は、初陣の時を迎えた。
「お前が緊張してどうするんだよ…」
「だって~」
落ち着かない様子で、光ちゃんの周りを行ったり来たりしている。
ただいまの時刻は、朝7時。
もちろん学校に行くために起きる時間としては、早すぎる時間だ。
でも今日は大事な試合ということもあってか、早く目が覚めてしまい、光ちゃんのことが気になって光ちゃんの家を訪れ、今に至る。
「今からユニフォームに着替えたいから、外に出ててくれねえか?」
「そうだよね。外で待ってるね」
「別に待ってくれなくてもいいんだが…」
外に出る。
しばらくして、ユニフォーム姿の光ちゃんが出て来た。
いよいよ始まるんだなということを、実感する。
「何じろじろ見てんだよ?俺のユニフォーム姿なんて、見飽きてるだろ?」
「そんなことない。いつ見てもかっこいいよ」
「別にいまさら褒めても、何も出ねえよ」
「本当に思ってるよ。あたしに出来ることは何もないけど、勝てるようにずっと祈ってるからね」
「おう。絶対勝って帰って来るから」
「うん!」
その後光ちゃんの家で、一緒に朝ご飯を食べた。
「じゃあ行って来るわ」
「いってらっしゃい。ファイトだよ、光ちゃん」
「ああ」
光ちゃんは集合場所である学校に向かった。
「光太、珍しく緊張してたわね」
「そうなんですか?全然気付かなかったです」
さすが親子だな~
「友菜ちゃん、学校まで時間あるけど、どうするの?」
「家に帰って寝なおそうと思います」
「それがいいと思うよ。光太はやる時はやる男だから期待して待ってようね」
「はい!それでは」
「またね~」
おばさんと別れて、光ちゃんの家を後にした。
その後、寝直そうと思ってベットに入ったけど、興奮からか寝付けなかった。
そうこうしているうちに、いつも学校に行く時間になったので、学校に向かった。
教室に着くと、あたしの席に唯香が座っていた。
「おはよう、唯香」
「おはよう、友菜。いよいよだね。あたしまで緊張してきたよ」
唯香も、あたしと同じ気持ちのようだ。
待つしか出来ない分、実際にプレーする光ちゃんや智紀君より、緊張してるかも。
キーンコーンカーンコーン
2人でしばらく話をしていると、チャイムが鳴った。
唯香が席に戻る。
光ちゃんと智紀君は試合でいなくて、川越君と石原君は教室に来ていないから、今あたしの周りには誰もいなくて、少し寂しい気分になった。
「席に着いてください」
しばらくして、渡辺先生が教室に入って来る。
「野球部の皆さんは、試合があって授業に出ることが出来ませんが、皆さんはテストも近いですし、勉強を頑張りましょうね」
「え~」
「暑いからやる気でね~」
「今から野球部の応援行こうぜ」
「渡辺先生、車で連れてってよ~」
「あたしの話、聞いてよ~」
渡辺先生は、いつも生徒に振り回されているイメージだな。
でもいつも一生懸命な渡辺先生は、皆に凄く好かれている。
もちろんあたしも大好きだ。
朝のHRが終わって、唯香があたしの席までやって来た。
「友菜の周りの席、誰もいないじゃん」
「うん…」
「まあ今日はうるさいやつがいないから、静かでいいけどね」
「存在感のある光ちゃんと、ムードメーカーの智紀君がいないと寂しいね」
「光太君はいてほしいけど、智紀なんてどうでもいいのよ。それより試合って何時からだっけ?」
「第一試合だから、9時に試合開始だよ」
「もうすぐじゃん」
「うん。さらに緊張して来たよ」
「大丈夫だよ。友菜のお守りが、きっと試合に勝たせてくれるよ」
「そうだと嬉しいな」
キーンコーンカーンコーン
1時間目の開始のチャイムが鳴る。
このチャイムは、同時に野球の試合が始まったことを告げていた。
「坂本さん、次のページを読んでください」
「えっ?」
野球のことで頭がいっぱいで、授業のことが頭に入って来ていなかった。
「すいません…何ページですか?」
「28ページよ。幼なじみが気になるのは分かるけど、授業に集中してね」
「はい…」
日本史の先生は、1年の時から面識があったので、あたし達の関係も認識していた。
皆がこっちを見ながら、クスクス笑っている。
恥ずかしい…
その後は気を引き締めて、1時間目の授業を終えた。
ガラガラ
「友菜先輩」
唯香と話をしていると、いきなり声をかけられた。
「勇気君、どうしたの?わざわざ3年の教室まで来てくれたってことは、生徒会のことで、何かトラブルでもあった?」
「いえ。実は吹奏楽部の後輩から連絡が入りまして、東舞高校は現在5-0で勝ってるらしいですよ」
「やったね。友菜」
「うん。でもまだ試合は終わってないんでしょ?」
「はい。今3回表です」
「そうなんだ。勇気君は、光ちゃんの応援に行かなかったの?」
「物凄く行きたいんですけど、毎年準決勝までは、1年生部員が応援に行くことになってるんで、行けなかったんです…」
「そっか…残念だね」
「はい。僕達2年生と3年生は秋の合唱コンクールに向けて頑張ってる所で、吹奏楽部としても大事な時期なので、毎年どうしてもそういう形を取らざるを得ないらしいんですよ…」
「そうなんだ…」
「準決勝以降は甲子園優勝までずっと応援に行けるので、今大会はぜひ優勝してもらいたいですね!」
「そうだね。あたし達も、優勝して欲しいって思ってるよ」
「得点の詳細ですが、満塁から杉山先輩のヒットで先制して、光太先輩が、満塁ホームランを打ったらしいですよ」
「光ちゃんも智紀君も大活躍だね!」
「光太君のは実力だけど、智紀はまぐれよ」
「杉山先輩は野球すごくうまいですから、まぐれってことは絶対にないですよ」
「あら〜勇気君、反抗期?生徒会に入って来た時は、先輩の意見に逆らうことなんてなかったのに」
「ち…違いますよ」
「こらこら唯香、勇気君をいじめないの」
「だって、反応が面白いんだもん」
「そ…それでは授業が始まるので、失礼します」
「「ばいばい」」
勇気君は、自分の教室に戻って行った。
「今からが楽しい所だったのに…勇気君、逃げたね」
「授業が始まるんだから、仕方ないでしょ。あんまりいじめてると、勇気君、生徒会に来なくなっちゃうよ…」
「大丈夫だよ。憧れの先輩と近い距離で会話できる空間を、勇気君が手放すはずないからさ」
「そっか。勇気君は、唯香に会いに来てるんだね」
「……」
無言で、でこピンをされた。
「痛いよ~」
「友菜に、会いに来てるに決まってんでしょ?」
「そうなのかな?」
「当たり前じゃん」
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴る。
2時間目が始まった。
2時間目は野球のことを頭の隅に置きながら、授業に集中した。
しばらくして、授業が終わる。
唯香が来て、話をしていると、携帯が鳴った。
From 勇気君
さらにリードを広げて8-0になったらしいですよ。勝負に絶対は無いとはいえ、今日はもう安心して大丈夫だと思います!
「唯香、勇気君からメール来て、8-0になったんだって」
「強いね、うちの野球部。もう勝ったも同然ね」
「まだ分からないけど、練習の成果が出てるみたいで良かったよ」
毎日、遅くまで練習頑張ってたもんね。
その積み重ねが、今こうして結果となって、表れて来ている。
努力は嘘をつかないって言うけれど、努力しても報われないことって、人間誰しもが体験することだと思う。
だけど、そこでめげずに努力し続けることが出来るかどうかが、運命の分かれ目なのかなと思うな。
少し落ち着いた状態で、3時間目の授業は受けることが出来た。
授業が終わった瞬間、また着信があった。
今度は電話だ。
着信:智紀君
試合終わったのかな?
ピッ
「もしもし」
「イェーイ、勝ったよ、友菜ちゃん」
智紀君は興奮しているのか、ハイテンションだ。
「良かったね。おめでとう、智紀君」
「ありがとう、友菜ちゃん。いとしの光太君に代わってあげるよ」
「うん。よろしく」
[光太、友菜ちゃんからの、ラブコールだよ]
[いい。今アイシングしてるから、後でかける]
[いいからいいから]
電話越しに、そんなやり取りが聞こえた。
「もしもし」
智紀君とは違い、光ちゃんは落ち着いた声色だ。
「友菜だよ。試合勝ったんだね。おめでとう!」
「ありがとな。おまえが作ってくれた、お守りのおかげだな」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、実際は光ちゃんの実力だよ。毎日遅くまで練習頑張ってたもん」
「じゃあ、俺の努力と、お守りの両方のおかげで、勝てたってことでいいんじゃねえの?」
「うん!そういえば光ちゃん、満塁ホームラン打ったらしいね。生で見たかったな~」
「決勝は日曜だから、見に来れるんだろ?」
「うん」
「その時にまた打てるように頑張るから、楽しみにしとけよ」
「わかった!」
「じゃあ、智紀に代わるな」
「うん。気を付けて帰ってきてね」
「おう」
光ちゃんから、智紀君に再び電話が戻って来た。
「もしもし。友菜ちゃん、聞いてよ!俺達今から学校に戻って、授業を受けなくちゃならないんだよ」
「公欠じゃなかったの?」
「そうなんだけど、監督がテストも近いし、授業受けろっていうんだよ。鬼だぜ、あの人」
「ハハッ…」
「昼休みぐらいには、学校に着くと思うから」
「うん。待ってるね」
「じゃあね」
「ばいばい」
ピッ
電話を切った。
部活と勉強の両立って大変だよね。
でもまさに青春してるって気がするから、うらやましくもある。
とにかく、無事に初戦を突破できて、良かったよ。
どこから情報が伝わって来たのか、休み時間は、野球部の話題で持ちきりだった。
4時間目は、渡辺先生の授業だった。
渡辺先生はチャイムが鳴る前に教室に入ってきて、授業の準備を始めた。
「渡辺先生、野球部勝ったんだよ!」
「そうなの?あたしもすごく嬉しい!」
渡辺先生も、喜んでくれているようだ。
「テスト前なのに、勉強の話じゃなくてすいません」
「ううん。教えてくれて、ありがとね」
「いえいえ。それでは~」
4時間目は、早く帰って来ないかなとうきうきしていて、違った意味で、あまり授業に集中できなかった。
4時間目のチャイムが鳴って、号令をかけた瞬間、教室のドアが開いた。
そこには、ドヤ顔の智紀君と、光ちゃんが立っていた。
「試合勝ったんだってな」
「おめでと~」
クラスメイトから、2人に次々と祝福の声がかかる。
一瞬にしてクラスが、お祭りムードになった。
光ちゃんと智紀君は、みんなとひと通り話した後、あたし達の所までやって来た。
「おかえり~光ちゃん、智紀君」
「ああ」
「ヒーロー参上!」
智紀君は、いまだにハイテンションだ。
「あらためて、初戦突破おめでとう!」
「サンキュー」
「ありがとう。友菜ちゃん、ご褒美ちょうだいよ」
「ご褒美?」
「うん。俺頑張ったよ」
「何をすればいいのかな?智紀君、頑張ったんだから、あたしに出来る事だったら、何でもするよ」
「そうだな~じゃあ、ほっぺにチューは?」
「そ…それは、ちょっと…」
「やっぱりダメか…じゃあ、頭撫でてよ」
「それならいいよ〜」
智紀君の頭を撫でようと、手を伸ばした瞬間…
「いって~」
いきなり、智紀君の叫び声がして、思わず智紀君の頭に触れようとした手を引っ込めてしまった。
「友菜に触るな」
「そうだよ。友菜に触れていいのは、あたしと光太君だけよ」
「2人で、すねを蹴ることねえじゃねえか…」
智紀君は、足を押さえながら悶絶している。
「キスしろとか、おまえふざけ過ぎ。友菜がOKしたら、1発殴ってやろうかと思ったよ」
「殴られなくても、蹴られましたけどね…」
「殴るどころか、あたしは三途の川まで、送り届けてあげようと思ったけどね」
「おまえら、鬼だ!疲れてるんだから、ちょっとは、いたわれよ」
「そうだよ。冗談で言っただけなのに、蹴ったらかわいそうだよ…」
「たぶん、本気だったと思うぞ」
「そうだよ。目がマジだったし」
「悪いかよ?口と口じゃないんだから、別にいいじゃねえか…」
「良くねえよ」
「あんたは、アホか」
「まあまあ。それぐらいで、許してあげて」
「弱い者いじめ反対!」
「まったく…こいつの相手してるのがバカらしくなって来たわ。腹減ったから、飯食おうぜ」
「そうだね。こんなセクハラ男、放っておいて、お昼にしよっか」
「セクハラ男って…あたしもお腹すいたから、耕太君もご飯食べよう?」
「うん。じゃあ、頭撫でてくれたら食べる」
「いいよ」
2人が弁当をカバンから取り出している隙に、頭を撫でてあげる。
坊主頭が手に触れて、気持ちいい。
「いいだろ~」
「……」
「……」
2人とも無視して、ご飯を食べ始めた。
「無視するなよ~友菜ちゃん、ありがとう。俺達もご飯食べよ」
「うん」
智紀君の頭から手を離し、あたしもカバンから弁当を取り出して、食べ始めた。
その後、東舞高校は順調に勝ち進み、準決勝まで駒を進めた。
準決勝の相手は鳴海高校。
最近力を付けて来た、私立の強豪校だ。
勇気君達、吹奏学部は、前にも言ってた通り、この試合から応援に行くらしいから、あたし達の分まで応援してくれるように頼んでおいた。
「今日も来たのかよ…」
あたしの前には、あきれ顔の光ちゃん。
試合当日は、毎朝光ちゃんの家を訪れていた。
「だって気になるし…邪魔ならすぐ帰るから…」
「別に邪魔じゃねえけど、おまえ昨日も、夜遅くまで勉強してたんだろ?無理しすぎるなよ」
「大丈夫だよ。2時には寝たし」
「4時間しか寝てねえじゃねえか…」
現在時刻は、朝6時。
今日は京都市内まで行かなくちゃいけないから、いつもよりも早起きだ。
「あたしの心配はしなくていいんだよ。光ちゃんは自分のことだけ考えてればいいの」
「わかったよ。でもおまえも自分のことを、ちゃんと考えろよ」
「うん」
こんな時でも、人の心配をしてくれる優しい光ちゃん。
「じゃあいってくるから」
「いってらっしゃい。絶対勝ってね!」
「おう」
光ちゃんは家を出て、学校に向かった。
あたしは光ちゃんの家を後にして、自分の家に帰って二度寝をしてから、学校に向かった。
今日もあたしには、祈ることしか出来ない。
今はもうクラス中、野球の話題で持ちきりだ。
「坂本~」
誰かに名前を呼ばれる。
石原君が珍しく教室にいて、あたしに話しかけてきた。
「どうしたの?石原君」
「うちの野球部の試合の、途中経過が知りたくないか?」
「知りたいけど…何か方法があるの?」
「じゃ~ん」
そう言いながら、鞄から何かを取り出した。
「ラジオ?」
「おう。準決勝まで行くと、ラジオ中継してくれるから、途中経過を知る事が出来るんだよ」
「そうなんだ!」
「今日は教室にいて、坂本に結果を教えてやる。感謝しろよ~」
「ありがとう!」
3時間目が始まった。
今頃両チームが整列して、お互いの健闘を誓い合っている所だろう。
皆、頑張って!
授業の間、そわそわしながら、勝てるように、心で祈っていた。
3時間目が終了し、石原君は隣でラジオのスイッチをONにする。
「どう?勝ってる?」
「1-0で負けてる。ホームランを打たれたみたいだぜ」
「うそ~」
あたしの記憶が正しければ、公式戦で光ちゃんがホームランを打たれたことは、今まで無いはずだ。
この大会が始まる前、ホームランだけは打たれたくないって話を、あたしにしてくれたことがあった。
表情には出さないかもしれないけど、光ちゃん、ショック受けてるだろうな…
4試合目にして、初めて先制点を許したことになる。
このまま行くと、光ちゃんの、そして3年生部員の夏が、終わってしまう。
でもきっと、大丈夫。
光ちゃんは、勝つって約束してくれたから。
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴り、再び授業が始まってしまった。
早く終わらないかなと思う時ほど、時計の針は進まないもので、たぶん1分に1回くらい時計を確認したと思う。
キーンコーンカーンコーン
ようやく、チャイムが鳴った。
「東舞高校、チャ~ンス」
授業が終わってすぐに、石原君が、こっちを見ながら、言った。
[東舞高校、2アウトから杉山選手に2ベースが出て2アウト2塁と同点に追いつくチャンスです。ここで4番の小林選手に打順が回りました]
ちょうど、光ちゃんの打席が回ってきた所だった。
「小林、打てよ~」
石原君の応援にも、気合が入る。
[おっと…キャッチャーが立ち上がりました。これは、敬遠でしょうか?]
[今大会注目のバッターですし、当然の判断でしょう]
「おい!ふざけんなよ~」
石原君は、怒りの声を上げている。
「せっかく、光ちゃんにチャンスで打順が回ってきたのにね…」
やっぱり光ちゃんは、今までの活躍で相手チームから、警戒されてるのかな…
[小林選手が四球で、2アウト1塁2塁となりました。ここで5番の鈴木選手がバッターボックスに入ります]
鈴木君、光ちゃんの代わりに打って~
しかし思いもむなしく…
[鈴木選手凡退!東舞高校、同点に追いつくチャンスを逃しました~]
「ちくしょ~小林なら絶対打ってたのにな…高校生らしく堂々と勝負しろよな」
「仕方ないよ、相手も勝たなきゃならないんだしね…でも1点差だから、まだ大丈夫だよ」
「そうだな」
「ラジオ、聞いてるの?」
唯香がお手洗いから帰って来て、あたし達の所に来た。
「うん。東舞高校、1点負けてるんだ…」
「やばいじゃん!どうせ、智紀のやつが、足を引っ張ってんでしょ?」
「そんなことないぜ。さっきの回、杉山が2ベースを打って、チャンスを作ったんだけど、点数が入らなかったんだよ…」
「そっか…さすがに準決勝まで来ると、簡単には勝たせてくれないよね」
「うん…」
キーンコーンカーンコーン
ワクワクする時間は、あっという間に過ぎる。
唯香が席に戻って、4時間目が始まった。
「坂本さん、どうかしたの?」
「へっ?」
「さっきから、ノートを取る時以外は、ずっと手を合わせてるけど」
「えっと…そう!このポーズ、筋トレになるんです…ハハハッ…」
「筋トレは、家でしてください」
「すいません…」
先生に怒られてしまった…
4時間目が終了し、昼休みを迎えた。
「どうなった?」
唯香がすごい勢いで、やって来る。
「さっきの授業の間に、同点に追いついたみたいだな」
「よっしゃ~」
「今も同点のままなの?」
「おう。小林が頑張って、相手打線を抑えてる」
「光ちゃん、頑張ってるんだね!」
「試合は、どのあたりまで進んだの?」
「今、9回裏だぜ」
「展開、早いね」
「そうだな。おっ!東舞高校、チャンスだぞ」
石原君はラジオの音量に上げた。
そうすると、周りのクラスメイト達が音を聞き付けて集まって来た。
「これ、うちの高校の試合の、野球中継だろ?」
「そうなの?あたし達も、ラジオを聞かせてもらっていいかな?」
「当然だろ。皆で野球部を応援しようぜ」
「「お~」」
[ヒットで出たランナーをバントで送って、1アウト2塁となりました。ここで3番の杉山選手が、バッターボックスに入ります]
「おっ!杉山じゃん」
「打ってくれるかな?」
「普段はちゃらんぽらんなイメージしかないけど、野球はうまいらしいぜ」
「そうなの?意外だね」
「別にちゃらんぽらんと、野球のうまさは、関係ないだろ…」
「確かに…」
初球ボール、2球目ストライクで、カウントは1-1となった。
[ピッチャー振りかぶって、第3球投げました。打ちました~ボテボテの当たりはサードゴロ]
その瞬間、皆から一斉にため息が漏れる。
[ボールを取って1塁送球。おっと!送球が高い!ファースト取れません!その間に2塁ランナーが3塁を回ってホームイン!東舞高校、サヨナラ勝ち~思いもよらない幕切れです]
皆、最初は何が起こったか分からずに、ポカンとしていた。
しばらくして…
「勝った~」
「よっしゃ~」
あちらこちらから、歓喜の声が聞こえてきた。
[東舞高校、初の決勝進出です!]
「チャンスで、ボテボテのゴロを打つなんて、智紀、本当にダサいよね…」
「でもそのおかげでサヨナラ勝ちしたんだから、結果オーライだよ」
「まあそうなんだけど…智紀が、俺のおかげで勝ったとか調子に乗りそうだからなんか嫌だな…」
「めでたいことなんだから、素直に喜ぼうよ」
「そうだね。いきなり過ぎていまいち実感が沸いてこないけど、決勝まで行ったんだもんね」
「そうだよ。やっと光ちゃんの試合を生で見れるから、楽しみだな~」
「一緒に、現地で応援しようね」
「うん!」
キーンコーンカーンコーン
歓喜の余韻を打ち消すかのように、チャイムが鳴った。
あたしの席に集まって来ていた生徒達が、一斉に自分の席に戻って行った。
その後、放課後になって、光ちゃんと智紀君が帰って来た。
期末テスト、その先には受験が控えているにもかかわらず、多くの生徒が教室に残って、野球部員を出迎えた。
祝福ムードに包まれている教室を出て、今は帰り道。
野球部の練習が休みとなって、生徒会活動もテスト前でなかったので、久々に4人で帰っている。
「それにしても、俺の一打でサヨナラ勝ちするとか、やっぱり"持ってる"よね」
「バッターボックスに入る前に、緊張で足が震えて、打てそうにないとか言ってたくせに」
「仕方ないだろ。足が勝手に震えだして、自分の意志ではどうしようもなかったんだよ…」
「それで、案の定打てなかった訳か…」
「でも会心の当たりが正面をついてアウトになることだってあるんだから、やっぱり智紀君は、"持ってる"んだよ」
「さすが友菜ちゃん、俺の唯一の理解者だよ。今回もご褒美ちょうだい」
「う~ん…キス以外なら、大丈夫だよ」
「分かってる。じゃあ今から俺とデートしようよ」
その瞬間、両サイドから蹴りが飛んできた。
しかし智紀君は蹴られるかもしれないことを予想していたのか、ひらりとかわして、あたしの正面に立った。
「いいでしょ?」
「デートもいいけど、4人で遊んだほうが絶対楽しいよ。今から、皆で遊びに行こうよ」
「振られてやんの」
「ダッサ…」
「友菜ちゃ~ん…」
こうして、この日は久しぶりに4人で遊びに行って、束の間の息抜きをしたのでした。




