お泊り
7月7日、七夕。
織姫と彦星が、年に1度だけの再会を許される日。
しかし、天気はあいにくの雨模様。
これでは天の川の水かさが増してしまい、東西を結ぶ橋が架けられなくなって、織姫と彦星は会うことが出来ないそうだ。
雨は、織姫と彦星の無念の涙とも言われている。
せっかく1年ぶりに会うことが出来るのに、雨が降っただけで会えないなんて、かわいそうな話だよね…
この日は、光ちゃんの誕生日でもある。
物心ついたときから、私が光ちゃんの家に行って、お誕生日パーティーをするのが毎年の恒例行事となっていた。
「友菜、母さん出かけて来るからね。あたしの分も、光太君におめでとうって言っといて」
「うん、分かった。いってらっしゃい」
お母さんは好きなアーティストの七夕ライブに行くらしくて、明日まで帰ってこないらしい。
お父さんは仕事なので、朝から家にいない。
だからあたしだけが、今はこの家に残っている。
今日は、練習が半日で終わるらしい。
だから午後から、光ちゃんの家に遊びに行く予定になった。
その後、久々に2人で出かけることになっている。
楽しみだな~
午前中は雨でも行ける場所を考えながら、過ごした。
時計の針は進んで、今は1時を少し回った所だ。
そろそろ行きますか。
「いってきま~す」
無人の家に別れを告げ、隣の家に向かった。
ピーンポーン
チャイムを鳴らす。
ガチャ
光ちゃんが、ドアを開けに来てくれた。
「光ちゃん、お誕生日おめでとう」
一応日付が変わった瞬間に連絡したけど、直接伝えたかったので、あらためて言った。
「サンキュー」
「おじゃましま~す」
家の中に入ると、おばさんがあたしを迎えてくれた。
「いらっしゃ~い」
「こんにちは~」
「バカ息子の為に、毎年祝ってくれてありがとね」
「誰がバカ息子だよ…」
「あたしも、毎年光ちゃんに祝ってもらってるんで、当然のことですよ」
「今年も、友菜ちゃんのために腕によりをかけて料理作るわよ~」
「楽しみに待ってますね。でも今日は、光ちゃんの誕生日パーティーのはずなんですけど…」
「わたしにとっては、友菜ちゃんの方が大事なのよ」
「ハハッ…ありがとうございます」
こんな風に世間話をしながら、少しの間、のんびりと過ごしていた。
「ほら友菜、そろそろ出かけるぞ」
「ちょっと光太!友菜ちゃんと話をしてるんだから、邪魔しないでよ」
「母さんの方こそ、俺の誕生日なんだから、邪魔するな」
「そんな口の悪い喋り方ばっかしてると、友菜ちゃんに嫌われるわよ?」
「光ちゃんのいい所をいっぱい知ってますから、嫌いになんてなりませんよ」
「友菜ちゃん、本当に優しい子ね~光太も、ちょっとは見習いなさいよ」
「うっさい。とにかく早く行くぞ」
光ちゃんに、腕を引っ張られる。
「それじゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい。料理を作って待ってるから、早く帰ってきてね」
「はい」
こうして、光ちゃんの家を後にした。
「まだどこに行くか聞いてないんだけど、どこに行くの?雨だから、外で遊ぶのは無理そうなんだけど…」
「そういえば、まったく考えてなかったわ」
ガタッ
「せっかくの誕生日だから、光ちゃんの行きたい所考えといてって言ったのに…」
「おまえが決めろよ」
「いきなり言われても、思いつかないよ…」
「じゃあ、ボウリングだな」
「あれ?珍しくバッティングセンターじゃないんだね」
「今日は、ボウリングの気分なんだよ」
「光ちゃんがそういう気分なら、ボウリングに行こうか」
「おう」
こうして、2人で近くにあるボウリング場に向かった。
しばらく歩いて、ボウリング場に到着した。
昔からある古いボウリング場で、少し前までは、手書きでスコアを書いていた時期もあった。
最近ようやく電子化されて嬉しい限りだ。
薄暗い建物内を抜けて、受付に向かった。
「いらっしゃいませ。2名様ですか?」
「はい」
「何ゲームにされますか?」
「3ゲームぐらいでいいよね?」
「おう」
「じゃあ、3ゲームでお願いします」
「かしこまりました。それでは、自分のサイズのシューズを、レンタルしてから、もう一度戻ってきていただけますか?」
「はい。分かりました」
シューズをレンタルし、再びフロントまで戻って来た。
「それでは7レーンとなりますので、この札を持ってレーンの方までお進みください」
「はい」
一旦荷物を置いて、ボール選びにかかる。
「どれくらいの重さのボールがいいかな?」
「おまえはあんまり力無いから、6ポンドぐらいのでいいんじゃねえの?」
「それって子供が使うボールじゃないの?指が入らないよ…」
「じゃあ、10ポンドぐらいの持ってみろよ」
「うん」
光ちゃんに言われるがまま、10ポンドのボールを持ってみる。
「重くて、これじゃあ投げれないよ…」
「よく考えたら、俺が10ポンドのボール使うぐらいなんだから、おまえには無理だな」
「う~ん…じゃあ8ポンドのボールにするよ」
「まあそれぐらいの重さで、ちょうどいいだろうな」
8ポンドのブルーのボールを手に取る。
少し重いけど、なんとか投げられそうだ。
無事ボール選びも終了し、レーンまでボールを持って行った。
名前を書く時に、あたしの名前を上にしたから、あたしから投げることになった。
「ボウリングに来るのって久しぶりだね。うまく投げるコツとかってある?」
「そうだな…俺のやり方だけど、人間はまっすぐに投げることはほぼ不可能だから、端から角度を付けて、投げることぐらいだな」
「なるほど!やってみる」
光ちゃんに言われた通り、右端に立って投げた。
「あ~」
角度がつきすぎて、左端のガーターまでボールが行ってしまった。
「おまえ、センス無いな…」
「光ちゃんの言った通りに、やったんだけど…」
「もう少しまっすぐ投げてみろよ」
「うん」
2投目
今度は、右端からまっすぐボールが進んでいき、10番ピンだけを倒した。
「光ちゃん!1本だけど、ピンが倒れたよ」
「おまえ極端すぎんだよ…てか10番ピンだけ倒すとかある意味すげーよ…」
「そうかな?次は光ちゃんの番だよ」
「ああ」
光ちゃんが、ボールを持ってレーンの前に立つ。
豪快な投球フォームから、力強いボールが1番ピンに向かって、一直線に転がっていく。
乾いた音と共に、すべてのピンが倒れるのが見えた。
スコア画面では、ストライクを祝福するようなアニメーションが流れている。
「光ちゃん、すご~い!ストライクだよ」
「ボウリングは、ストライク取ってなんぼだからな」
光ちゃんの運動神経の良さは、こんな所にも生かされていた。
その後、あたしも徐々にピンが倒れるようになり、少しずつスコアを伸ばしていった。
光ちゃんは毎回ストライクという訳には行かなかったけど、スペアを取りながら、スコアを伸ばした。
そして最終10フレーム目
あたしが投げたボールは、1番ピンに向けて一直線に転がって行き、すべてのピンを倒した。
「光ちゃん!ストライク取れたよ~」
「良かったな」
「ハイタッチ!」
「ハッ?」
「一回やってみたかったんだよね。手を出して」
光ちゃんは渋々といった感じで、手を肩ぐらいの高さに出してくれた。
光ちゃんの手に向かって、あたしの手を合わせる。
パンッ
乾いた音とともに、あたし達の手が重なった。
ストライクかスペアを出すと10フレーム目は3回投げられるので、あと2回投げられる。
スコアを伸ばしたかった所だけど、ストライクの反動なのか、2投連続でボールはガーターに吸い込まれてしまった。
その後の、光ちゃんの10フレーム目は、あたしと違ってストライクの後にスペアを取って、きっちりスコアを加算していた。
1ゲーム目はあたしが85で、光ちゃんが172だった。
「あちゃ~ダブルスコアになっちゃったね」
「おまえが、ヘタクソ過ぎるんだよ」
「仕方ないじゃん。運動は苦手なんだから」
「でも100ぐらいは、誰でも取れるだろ」
「じゃあ100を取れるか、取れないか賭けする?」
「ハッ?」
「唯香と智紀くんみたいに、あたし達も何か勝負してみたいな」
「おまえのスコアだけが賭けの対象なんだから、それは勝負って言わないだろ」
「まあいいじゃん。2ゲーム目に100以上取ったらあたしの勝ち。取れなかったら負けってことで」
「別にいいけどよ…」
「負けたほうが、勝ったほうの言うことを何でも1個聞くってことでいいよね?」
「はいはい」
よ~し!100以上を目指して頑張るぞ。
でも待てよ…
「こ…光ちゃん」
「何だよ?」
「エ…エッチなことはダメだよ?」
「おまえは罰ゲームって聞いたら、そっち系のことしか頭に浮かばねえのかよ…」
「そうだよね…ハハハッ」
「喉渇いたから、ジュース買ってくるね。光ちゃんは何がいい?」
「お茶でいい」
「わかった。行って来る」
光ちゃんの分のお茶と、あたしの分のコーラを買って戻った。
「お待たせ」
「サンキュー」
「じゃあ、あたし投げるね」
「おう」
コーラを一口飲んで気を取り直した所で、2ゲーム目に突入した。
光ちゃんが1ゲーム目の時と同様、順調にスコアを伸ばしていくのに対して、あたしは惜しい所までは行くものの、ストライクやスペアがなかなか取れず、スコアが伸び悩んでいた。
最終フレーム
ここまでのスコアは90。
ストライクかスペアを出すと、100を超えてあたしの勝ちになる。
あたしは今日一番の緊張感に包まれながら、一投目を投じた。
しかし緊張から力が入りすぎたのか、ボールは無情にも、ガーターまで転がって行ってしまった。
「ガ~ン…」
「これでお前の負けは、ほぼ確定だな」
「まだ分かんないじゃん。次で、全部倒せばいいんでしょ?」
「まあな」
こういう時こそ、リラックスすることが大切だ。
す~は~
一度大きく深呼吸をしてから、ボールを投げた。
深呼吸の成果が出たのか、投げたボールは1番ピンに向かって一直線に転がって行く。
ボールは狙い通り1番ピンに直撃し、流れるようにピンは倒れて行った。
しかしグラグラゆれてはいるものの、あと1本がなかなか倒れない。
倒れろ~と念を送ってみたけれど、しばらくしてピンは静止してしまった。
2ゲーム目が終了し、あたしは99で、光ちゃんは181だった。
ダブルスコアとまでは行かなかったけど、今回も完敗で、しかもあたしの罰ゲームが決定した。
「あぶね~本当にスペア取っちまったかと思ったわ」
「惜しかったな~」
「いくら惜しくても、負けは負けだからな」
「分かってるよ…」
ショックを引きずりながらも、3ゲーム目に突入した。
少しずつコツが掴めて来たのか、あたしのスコアは、今までよりもハイペースで伸びて行った。
そして折り返しの5フレームの大ちゃんの番に差しかかった時、いきなり照明が消えたかと思うと、きらびやかな光があちこちを照らしていた。
[今からイベントを行いますので、次の投球者の方は、しばらくお待ちください]
場内アナウンスが流れる。
「イベントって何するんだろうね?」
「さあな。イベントがあるとか、初めて知ったし」
[ルールは簡単。次の投球で、ストライクを取ればいいだけです。ストライクを取った方には七夕にちなんだ景品のプレゼントと、記念写真の撮影を行います。皆さんぜひストライクを取れるように、頑張ってみてくださいね]
景品は織姫と彦星をモチーフにした、携帯ストラップらしい。
欲しい~
「光ちゃん、頑張ってストライク取ってね」
「狙って取れたら苦労しねえけどな」
[それでは皆さん、ボールを投げてください]
隣同士のタイミングがかぶらないように間を計りながら、皆が一斉にボールを投げ始めた。
光ちゃんが投げたボールは、すごいスピードで転がっていき、あっという間にすべてのピンを薙ぎ倒した。
[7レーンの方おめでとうございま~す。記念撮影の方を行いますので、準備の方をよろしくお願いします]
アナウンスが流れる。
どうやらストライクを取ったのは、光ちゃんだけだったようだ。
「すごいよ、光ちゃん!本当にストライク取るなんて」
「俺も取れるとは思ってなかったけどな」
「光ちゃん、かっこいい~」
「サンキュー」
しばらくして、係員の人がやって来た。
「おめでとうございます。こちらが、景品のストラップです」
「やった~」
ストラップを受け取る。
「写真撮影を行いますので、レーンを背にして、立っていただけますか?」
「光ちゃん、頑張ってね~」
「何をだよ…」
「彼女さんも、一緒に入られてはいかがですか?」
「いいんですか?」
「よろしいですよ」
あたしも入ってもいいということで、光ちゃんの隣に並ぶ。
「ちょっと離れ過ぎですよ。もう少し、くっついてくださいね」
係員さんはなぜか楽しそうだ。
お互い歩みより、肩が触れそうな所まで近寄った。
「はい、チーズ」
カシャ
「帰りに写真を受け取れるよう手配しておきますので、楽しみにしておいてくださいね」
「はい。ありがとうございます!」
係員は、フロントに戻って行った。
「ほら見て、光ちゃん。ストラップすごくかわいいよ」
「彦星は、別にかわいくねえだろ」
「光ちゃんは彦星を携帯に付けてね。あたしは、織姫のを付けるから」
「携帯に?」
「いいじゃん。お願い」
「仕方ねえな…」
「やった~」
よく考えてみると、光ちゃんとペアの物を持つのは初めてだ。
あたし達の絆がより深まったような感じがして、すごく嬉しい気持ちになった。
その後3ゲーム目が終了し、あたしが110で、光ちゃんが188だった。
3ゲーム目に賭けをすれば良かったなと少し後悔したけど、携帯ストラップをもらえたから満足だ。
帰りに、受付で記念写真を貰ってボウリング場を後にした。
2人で今日のボウリングの話をしながら、光ちゃんの家まで帰って来た。
「帰りました~」
「おかえり~意外と早かったわね」
「はい。近くのボウリング場で遊んできましたから」
「光太ったら、デートにボウリングなんて、ホントセンスないわね‥」
「うっせえよ」
「楽しければ、別に場所なんて気にしてないですから。ほら見てください!イベントで、携帯ストラップをもらったんですよ」
「織姫をモチーフにしてるのかしら?かわいいわね」
「そうでしょ。ちなみに光ちゃんが持ってるのは彦星をモチーフにしたストラップなんですよ」
「せっかく友菜ちゃんとペアになってるんだから、ちゃんとつけなさいよ」
「分かってる」
「でもペアで携帯ストラップとか、まるで恋人同士みたいね」
「そうなんですか?」
「世間一般で見たら、そうだと思うわ」
「幼なじみのあたし達が付けるのって、変ですかね?」
「それだけ仲がいいってことだから、いいんじゃないかしら」
「そうですよね。やっぱり付けることにします」
「光太が、学校で冷やかされてる姿が目に浮かぶわ」
「ほっとけ…」
時刻は16時30分過ぎ。
夕ご飯まではまだ少し時間があるので、二人でDVDを見ながら時間を過ごした。
ちょうど1本見終わった時、下から、いい匂いが漂って来た。
「ご飯出来たから下に降りてらっしゃい」
「は~い。じゃあ降りようか」
「ああ」
「テスノート、すごく面白かった~ハラハラドキドキだったし、最後は感動したね」
「ノートに名前書いただけで、人が死んじまうなんてありえねえけどな」
「そうだよね。もし現実世界にあったらって想像すると、ちょっと怖いよね」
「まあな」
そんな話をしながら、下まで降りて来る。
リビングに入ると、色とりどりの料理が目に飛び込んで来た。
どの料理も手が込んでいて、すごくおいしそうだ。
「友菜ちゃん、いらっしゃい」
「おじゃましてま~す」
あたし達がDVDを見ている間に、おじさんが帰って来たみたいだ。
「試合どうなってる?」
「負けてる。全然打てる気がしねえわ」
「マジかよ…」
テレビを見ると、野球が映し出されている。
どうやら、タイガースは負けているようだ。
「お父さん、光太、こんな日ぐらい野球なんて見ないの」
ピッ
おばさんがテレビの電源を消した。
「おい!今がいい所なんだぞ!」
「そうだ。いきなり消すなよ!」
2人揃って、不満そうにおばさんの方を見ている。
こういう姿を見ていると、やっぱり親子なんだなってことを感じるよね。
「せめて、誕生日ケーキのろうそくを消すまで待ちなさい」
「じゃあ、早くやろうぜ」
光ちゃんはそう言うと、ろうそくにどんどん火を付けて行く。
「まったく…親子揃って、野球バカなんだから」
「何かに夢中になれるって、いいことだと思いますよ」
あたしにはこれといった趣味も無いし、夢中になれるものも見つかっていない。
だから、少しうらやましい。
「それは趣味の話?それとも、将来の夢のことかな?」
「両方です。でも特に、将来やりたいことがわからないっていうのは大問題ですよね…」
「別に焦ることはないと思うよ。まだ高校生なんだしね。こういうものはふとしたことがきっかけで見つかるものなんだよ」
「そう言っていただけると、助かります」
「この話は終わりにしよ。友菜ちゃんは今を楽しめばいいんだよ」
「ありがとうございます」
「話するんなら、後にしてくんない?」
「ごめんね…光ちゃん」
「友菜ちゃんは謝らなくてもいいのよ。まったくあんたは子供か」
「紛れもなく、あんたの子供だよ。じゃあ電気消すぞ」
光ちゃんは電気を消した。
18本のろうそくだけが暗闇に光っている。
「ろうそく消すぞ」
「待って。歌うから」
「Happy Birthday To You
Happy Birthday To You
Happy Birthday Dear 光ちゃん
Happy Birthday To You
おめでとう~」
そう言った瞬間、光ちゃんは勢いよくろうそくの火を消した。
そして電気を付けたかと思うと、あっという間にテレビのスイッチを入れた。
「点取られてるし…」
そう呟きながら、野球を見始めた。
「光太とお父さんなんて放っておいて、あたし達だけで、先に料理を食べちゃいましょ。たくさんあるから、お腹いっぱい食べてね」
「はい。いただきます」
おばさんの作る料理はどれもおいしかった。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
久々に、もう食べれないという所まで食べた気がする。
太っちゃうよ…
プルルル
ご飯を食べ終えてのんびりしていると、光ちゃんの家の電話が鳴った。
「もう20時を回ってるのに、誰かしら?」
野球を見ていて動く気配のないおじさんを見て、おばさんが受話器に向かった。
「もしもし、お久しぶりです。どうしたんですか?はい、そうなんですか?大丈夫ですよ。わかりました、それではお気を付けて」
ピッ
「誰からの、電話だったんですか?」
「友菜ちゃんのパパよ。雨の影響でスリップした車同士が衝突して、いつも通ってる道が通行止めになってるらしくて、帰るのが遅くなるから、友菜ちゃんを家に泊めてやってくれませんかだってさ」
「お父さんが巻き込まれたわけではないんですよね?」
「それは、大丈夫だって言ってたよ」
「良かった…」
「友菜ちゃんのお母さんは、家にいないの?」
「はい。好きなアーティストの七夕ライブに、泊まりがけで行きましたので…」
「だからか。ウチとしては、友菜ちゃんが泊ってくれるのは、大歓迎だからね」
「ありがとうございます。お世話になります」
こうして今日は、光ちゃんの家に泊まることになった。
誕生日プレゼントもまだ渡せてなかったし、ちょうど良かったかも。
でも光ちゃんの家に泊まるなんていつ以来だろう。
最後に泊まったのは、確か小学6年生の時だから、6年ぶりかな。
そういえば、あの頃は一緒に寝てたっけ。
良く考えてみると、今日あたしはどこで寝ればいいのだろう?
まさか、光ちゃんの部屋じゃ無いよね?
しばらくおばさんと学校のことやドラマの話などで、盛り上がった。
「友菜ちゃん、そろそろお風呂に入ってきたらどうかしら?」
「一番風呂なんていいですよ。あたしは最後に入らせてもらいますから」
「遠慮なんてしなくていいのよ。どうせあの2人は試合が終わるまで動かないんだし。友菜ちゃん、昔は10時には寝てたでしょ?」
「さすがに今は子供じゃないので、12時ぐらいまでは起きてますよ」
「そっか。でも今日はボウリングで、体動かしたから、疲れたんじゃない?」
確かに運動した上に、ずっとはしゃいでいたから少し眠い気がする。
「そうですね。じゃあお言葉に甘えて、先に入らせていただきますね」
「それがいいよ。お風呂はもう沸いてるからね」
「はい、分かりました」
さっそくお風呂場に向かった。
服を脱いで中に入る。
お風呂の様子は昔と変わっていなかった。
懐かしいな~
体に一通りお湯をかけてから、湯船に浸かる。
「ふぅ」
心地良さから、思わず声が漏れる。
「あっ」
周りを見渡してみると、昔よく光ちゃんと遊ぶ時に使った水鉄砲が置かれていた。
これで遊んでびしょびしょになってしまって、2人で一緒にお風呂に入っていたことを思い出す。
懐かしいな~
少し眠気が飛んで行ったような気がする。
「しまった…」
風呂から上がり、着替えようとした所で、重大なことに気づく。
当初は、泊まる予定なんてなかったから、当然パジャマは持ってきていなかった。
近くに足音が聞こえたので、あわててバスタオルを巻いて顔だけをのぞかせた。
「あの~」
そこにいたのは光ちゃんで、どうやらトイレに行った帰りのようだった。
「おまえ、何て格好してんだよ…」
「お風呂に入ったのはいいけど、着替えが無くて…」
「ちょっと待ってろ。母さんのパジャマを借りて来るから」
「うん。お願い」
しばらくして、大ちゃんが下着とパジャマを持ってきてくれた。
「ここに置いとくから自分で取れよ」
「ありがとう、大ちゃん」
大ちゃんは少し離れた場所に、下着とパジャマを置いた。
「もし声を掛けたのが、俺じゃなくて父さんだったらどうしてたんだよ?」
「さすがに頼みづらいから、リビングまでそっと歩いてたかな」
「バスタオル1枚でリビングまで来るとか、無防備すぎるにもほどがあるっての…」
「別におじさんと光ちゃんになら、少しぐらい見られても平気だよ」
「おまえはもう子供じゃないんだから、少しぐらい見られてもいいとかいう考えは捨てろ」
「ごめん…これからは気を付けるね」
「別に怒ってねえよ。俺も風呂入りたいから、さっさと着替えろ」
「うん。お風呂に入るってことは試合終わったの?」
「負けた」
「そっか。残念だったね」
「ああ」
「そうだ!誕生日プレゼントを渡したいから、お風呂からあがったら声かけてね」
「分かった」
あたしと入れ違いに、光ちゃんがお風呂に入った。
「お先でした」
リビングにいたおばさんに、声を掛ける。
「湯加減大丈夫だった?」
「はい」
「お布団敷いて置いたから、いつ寝てくれてもかまわないからね」
「ありがとうございます。あたしはどこの部屋で寝ればいいですか?」
「光太の部屋に決まってるじゃない」
「同じ部屋ですか?」
「うちには空き部屋が無いから、あたし達の寝室か、光太の部屋しか選択肢が無いの」
「それなら仕方ないですね…」
一緒の部屋で寝ることになるかもしれないという予感が見事に当たった。
もちろん、一緒に寝るのが嫌ってわけじゃないけど、2人きりで一晩過ごすなんていつ以来かわからないぐらい久しぶりだから、緊張するな…
ガチャ
ドライヤーを借りて髪を乾かしていると、光ちゃんがお風呂からあがってきた。
「光ちゃんはカラスか?」
「はっ?」
「お風呂からすぐ上がってくる人のことを、カラスの行水って言うんだよ」
「あっそ。俺、もう寝るわ」
「待って。あたしも行く」
「はっ?」
「友菜ちゃんの分の布団、光太の部屋に敷いて置いたから」
「ふ~ん。じゃあ行くぞ」
あれ?
てっきり怒ると思ってたのに、意外だな。
少し拍子抜けしながら、光ちゃんに続いて階段を上がって行った。
「おじゃましま~す」
おばさんの言った通り、あたし用と思われる布団が床に敷かれていた。
光ちゃんは、さっそくベッドに寝転んでいる。
「光ちゃん」
「何だ?」
「さっきも言ったけど、渡したいものがあるんだ」
そう言って、あたしはカバンから、渡す物を取り出す。
「はい」
「お守り?」
「うん。光ちゃんってあまりアクセサリーとかつけないから、何をプレゼントとしたらいいのかわかんなくて…考えた結果、大ちゃんが甲子園に行けるようにと思って、必勝祈願のお守りを作ろうと思ったの。あたし不器用だから、あまりうまくは出来なかったけど、応援してるから、夏の大会頑張ってね」
「サンキューな」
笑顔で受け取る光ちゃん。
どうやら喜んでくれたみたいだ。
「じゃあ光ちゃん、明日朝早いから、もう寝ようか。電気消すね」
「おう」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
あたしもお布団に入る。
ずっとベットで寝ていたから、少し懐かしい感覚だ。
そして斜めを見上げると、光ちゃんがいる。
何か不思議な気分だ。
「友菜、起きてるか?」
少しの間の静寂を切り裂いて、光ちゃんがあたしに話しかけて来た。
「起きてるよ。どうかしたの?」
「罰ゲームって、今使ってもいいよな?」
「えっ?」
大ちゃんは、意外な言葉を口にした。
「何でも言うこと聞いてくれるんだろ?」
「う…うん」
こんなタイミングで、罰ゲームか…
現在密室で2人きり。
でもエ…エッチなことはしないって言ってたから、大丈夫だよね?
「川越のことを教えろ」
「へっ?」
意外なワードに、まぬけな声を出してしまった。
「それが罰ゲーム」
「そんなことでいいの?」
「ああ」
「川越和馬君、誕生日は分かんないから、17才か18才。血液型は知らないな…趣味も分かんないし…後は…」
こうして考えて見ると、知らないことだらけだ。
「そんなことどうだっていいんだよ。おまえが川越のことをどう思ってるかってことだよ」
海の時の唯香と、同じ質問をされた。
「自分でもよくわかんないんだけど、話をしていく内に、川越君のことをもっと知りたいって思うようになったの。これってどういうことなのかな?」
「俺に聞くなよ…」
「ごめん…あたし恋愛とかそういうことに疎いから、わかんないよ…」
「分かった。もういいから、寝ろよ」
「うん…おやすみ」
ただでさえ、落ち着いて寝れない状況なのに、光ちゃんのことや川越君のことが、頭を駆け巡って、全然寝ることが出来なかった。
……
~光太Side~
「自分でもよくわかんないんだけど、話をしていく内に、川越君のことをもっと知りたいって思うようになったの。これってどういうことなのかな?」
これまで友菜が、男のことをもっと知りたいということなんてなかった。
友菜と川越の間に何があったかは知らねえが、あんな短期間で友菜がここまで心を許しているのだから、無意識のうちに徐々に惹かれていっているのだろう。
翌朝
目が覚めて、ふと隣を見ると、ぐっすり眠っている友菜の姿。
物心がついた時には、いつも隣にいた友菜。
俺が友菜のことを好きなんて、夢にも思っていないんだろうな。
勉強机の上には、昨日友菜からもらったお守りが置いてある。
形はいびつで、お世辞にも上手いとは言えないけど、俺のために頑張って作ってくれている様子が頭に浮かんで来る。
チームのため、自分自身のため、そして友菜のために全力で甲子園を目指す。
お守りを、いつも持ち歩いているスポーツバックにしまった。
「ありがとな」
髪を撫でながら、起こさないように小声で声を掛ける。
「う~ん」
声に反応するように、寝返りを打ってこっちを向いた。
俺が理性と戦っているとも知らず、穏やかな寝顔を見せている。
「無防備なおまえが悪いんだからな、友菜…」
髪をかきあげて、そっとおでこにキスを落とした。
「唇には、まだ出来ねえよな…」
独り言を呟きながら、自分の部屋を後にした。




