女
~友菜Side~
6月中旬を迎えたある日。
「シャンプーが切れたから、買って来てくれない?」
「え~」
「おこづかいあげるから」
「それならいいよ~」
お母さんにお使いを頼まれたあたしは、行きつけの薬局に自転車で向かっていた。
到着し、店内へと歩みを進める。
しばらく探していると、思いもよらぬ人物と遭遇した。
川越君だ!
「川越君、この前は助けてくれてありがとね」
「えっ?」
川越君は、人に話しかけられることは想定していなかったようで、驚きの表情を見せた。
「何を買いに来たの?」
「別になんだっていいだろ」
そう聞きながら、棚を見上げてみると…
ん?キャットフード?
「川越君、猫飼ってるの?」
「ああ」
「フフッ」
あまりのギャップに、思わず自然と笑いが込み上げて来た。
「バカにしてんのかよ…」
「ううん、意外だなと思って。1人暮らししてるって言ってたけど、マンションでペット買えるの?」
「一軒家だから飼える。それとほとんど家にいねえけど、お袋も一緒に暮らしてるから」
どうやら川越君の一人暮らしと言うのは、実質と言う意味だったようだ。
「そうだ!川越君、今から時間ある?」
「何だよ?」
「あたし、猫大好きなんだ。だから今から、猫を見せてくれない?」
「ハァ?面倒くさい」
「一生のお願いだよ!」
「こんなことの為に、一生のお願いなんて使うなよ…」
「いいでしょ。別に減るものじゃないんだし」
「…勝手にしろ」
「わ~い」
しつこく粘り続けたら、ついに川越君は根負けした。
こうして半ば強引にだけど、猫を見せてもらえることになった。
シャンプーを購入し、川越君の家に向かって歩き始めた。
初めて歩く場所なので、景色を見ながら歩く。
紫陽花が雨露に濡れて、きらびやかに咲き誇っている。
「……」
無口な川越君に、景色を堪能しているあたし。
2人揃って、無言のまま、隣を歩いた。
10分ぐらい歩いた所で、川越君が急に足を止めた。
「着いた」
そう言うと、あたしのことは無視して、家の中に入って行く。
「ちょっと待ってよ~」
ここまで押して来た自転車を止めさせてもらって、川越君の後に続いた。
門をくぐり抜け、敷地内に入る。
すご~い
こんな田舎に大豪邸があったなんて…
呆気に取られ、しばらくの間、ぼ~っと眺めていた。
「おい!置いてくぞ」
川越君の声で我に帰る。
「ごめ~ん」
少し歩いた所で、ようやく玄関にたどりついた。
そういえば、猫を見たいなんていいながら、実質、川越君の家にお邪魔するようなものだ。
しかも、1人暮らしだって言ってたし…
今更ながら緊張して来た。
「おまえ、ボケっとしすぎ。入らねえなら、鍵閉めるぞ」
「入るから~お邪魔しま~す」
中に入る。
大きいシャンデリアが真ん中に吊り下げられていて、廊下には有名な海外の画家が描いたであろう、絵画が並んでいた。
その雰囲気に圧倒されながら、川越君の後ろをついて行く。
「ニャー」
うん?
いきなり、猫の鳴き声。
どこからともなく、1匹の猫が姿を現した。
川越君の足元に絡みついている。
猫と一緒に歩き始めたあたし達。
たくさんの部屋を通り過ぎ、しばらくした所で、川越君は足を止めた。
ガチャ
川越君が鍵を開け、部屋に入る。
「お邪魔しま~す」
あたしも、川越君に続いた。
部屋の中にはソファとテレビとテーブルしかなくて、客人を迎え入れるためのだけの部屋のようだった。
「飲み物、持って来る」
「ありがとう」
川越君は部屋から出て行った。
猫とあたしだけが、部屋に取り残されていた。
猫は警戒するように、あたしから距離を取っている。
猫は目を合わせると、威嚇されていると勘違いするので、目を合わせてはいけない。
やがて警戒心が徐々に溶けて来たのか、猫の方からあたしにすり寄って来た。
カーペットに腰をおろし、受け入れ態勢を作る。
目を合わせないように気を付けながら、あごの下を軽く撫でてやる。
猫は気持ちよさそうにあたしに体を預けた。
これはもう完全に警戒心が溶けている証拠だ。
好きな時に近づいてきて、突然去っていく。
このツンデレ具合が、たまらなくかわいい。
ガチャ
ドアが開く。
お茶がテーブルの上に置かれた。
「ありがとう」
「ああ」
「そういえば、川越君、この子の名前は何て言うの?」
「ちび太」
「全然ちっちゃくないじゃん」
「人間から見たら、ちっちゃいだろう」
「そうだけど…ネーミングセンス無さすぎでしょ」
「うるせえよ」
「ちび太のこと、いつから飼い始めたの?」
そう言うと、川越君の表情が少し強張った気がした。
「1週間前ぐらい」
「へぇ~つい最近なんだ」
「こいつはさ、俺と一緒なんだよ」
「えっ?」
川越君はちび太を撫でながら、意外な言葉を発した。
「こいつは最近まで飼い主がいた捨て猫なんだよ」
「捨て猫?」
「雨の中、段ボールに入れられて、震えてた」
「かわいそう…」
「最初は食い物を与えるだけだったんだけど、いつの日か俺についてくるようになってさ」
「うん…」
「気づいたら、家で飼うようになってたって訳」
「そうなんだ。それで川越君と一緒って、どういう意味なの?」
「飼い主に捨てられたちび太と、親に捨てられた俺。似たようなものだろ?」
「……」
その言葉に、どう反応したらいいか分からなかった。
「お袋は今、愛人の家で暮らしてる」
「愛人…」
「親父を裏切って、元彼とヨリを戻したんだよ」
「……」
「でも離婚は成立してねえんだけどな。世間体の問題もあるし」
「世間体?」
「ああ。うちの親父、川越グループのトップだからな」
川越グループ
日本に住んでいる人なら、誰もが知っている超巨大グループだ。
住んでいる家からして、お金持ちだと思っていたけど、まさか、川越グループの御曹司だったとは…
「じゃあ川越君は、何でお母さんについてきたの?」
「はっ?」
「お母さんについて行っても、こういう状況になることは予想出来たはずなのに…」
「お袋に愛人がいるなんて知らなかったんだよ。まあ一番の要因は、親父と喧嘩したからだけど」
「喧嘩?」
「川越グループを継ぐ気が無いって言ったら、おまえも出て行けって言って追い出された。それで母親に無理やりここに連れてこられたんだよ」
「……」
「結局俺は、両親から見離された訳だ」
「……」
「しかも…」
「しかも?」
そう言った途端、また一段と表情が険しくなった。
「女に振られた」
「えっ?」
川越君の口から、女というワードが出てくるとは思わなかった。
「遠距離になるかもって伝えた途端、他の男に乗り換えたんだよ…」
川越君に、そんな過去があったなんて…
「人は簡単に人を裏切れる生き物なんだよ」
「それは違う!」
「違わねえだろ。お袋だって、"あいつ"だって…女は結局男を裏切るんだよ」
「そんなこと無い!」
「じゃあ、お前が女は裏切らないってことを、証明して見せてくれるのか?」
「えっ?」
一瞬、何を言われているか、理解出来なかった。
でも気づいたら、川越君があたしに迫って来ていた。
えっ?
何が起こってるの?
どんどん、あたし達の距離が縮まっていく。
ついに壁際に追い込まれ、逃げ場が無くなった。
そういえば、2人きりだったことを思いだした。
絶体絶命の大ピンチ。
色々なことを覚悟して、静かに目を閉じた。
「プッ」
おそるおそる、目を開ける。
川越君は、すでにあたしから距離を取っていた。
「えっ?何がどうなって、こんな展開に…」
「本当におまえって、見てて飽きねえやつだな」
まさか…からかわれた?
「女なんて嫌いって言ったじゃん!」
「おまえは女のカテゴリーに入ってねえよ」
あたしは女として見られて無いのか…
しばらくは、ショックから立ち直れそうになかった。
「川越君のバカ!深刻そうに話をするから、真剣に話を聞いてたのに…」
「悪かったよ」
「本当に悪かったって思ってる?」
「思ってねえ」
「もういい。川越君なんか知らない」
「男の家に、のこのこやってくるお前が悪いんだよ」
「だってそれはただ単に、猫が見たかったからで…」
「他の男なら、間違いなく食われてるぞ。おまえもうちょっと自覚を持てよ…」
「自覚を持つって、どういう意味なの?大ちゃんにもよく言われるけど、全然意味分かんないよ…」
「まあおまえのそういう純粋な所、嫌いじゃねえけどな」
これは褒められてるのか?
「あ…ありがとう」
一応お礼を言っておく。
「よく考えたら、何で俺おまえにこんなこと打ち明けてんだろ…」
「女のカテゴリーに入ってないあたしに、心を開いてくれたからだと思うよ」
「おまえ、俺がさっき言ったことを、根に持ってんのか?」
「もっといい女になって、川越君を見返してやるんだから!」
「あっそ」
このあともちび太とじゃれあいながら、しばらく会話を続けた。
日が傾き、そろそろ夕ご飯時になった。
「あたし、そろそろ帰るね」
「ああ」
「せめて玄関まで案内してよ。広すぎて迷っちゃうよ」
「めんどくせえ…」
川越君が、重い腰を上げる。
あたしとちび太は、川越君の後に続いた。
「じゃあ、明日学校でね」
「会わねえと思うけど」
「頭がいいのは分かったけど、ちゃんと授業出てよね」
「気が向いたらな」
「バイバイ」
「……」
あたしが手を振っても、無反応のまま家の中に戻っていった。
もう少し、愛想良くしてくれてもいいんだけどな…
川越君らしいと言えば、川越君らしいんだけど。
自転車に乗って、家に帰る。
「ただいま~」
「おかえり。ずいぶん長いおつかいだったのね」
「うん…ちょっと友達の家に行ってたから」
「それで、シャンプーは?」
「…しまった」
「えっ?」
「川越君の家に忘れた~」
「何やってんのよ…てか男の子の家に行ってたの?」
気が動転して、思わず川越君の名前を口走ってしまっていた。
「か…飼い猫を見せてもらいに行っただけだよ!」
「ふ~ん。その割には顔が赤いけど?」
「気のせいだよ。急いで自転車漕いできたからかな…」
「川越君ね~そういえば、聞いたことない名前ね」
「うん。今年転校してきた転校生なんだ。無口だけど優しい人なんだよ」
「大輔君も大変ね~次から次へライバルが出てきて」
「川越君もライバルなの?光ちゃんと、勇気君と、川越君を比べても、3人の共通点が見つからないよ…」
「はぁ~どうしてあたしから、こんな鈍感な娘が生まれたんだろ…」
「そんなの、あたしに聞かないでよ。てかあたし鈍感じゃないし」
「友菜のことを鈍感と呼ばないで、いったい誰を鈍感と呼ぶのよ…」
「知らないよ…」
あたしって、そんなに鈍感なのかな…
「今日はもう暗いから、明日にでも川越君の家からシャンプー取ってきてよね。それか学校に持ってきてもらう?」
「でも川越君の電話番号知らないし…あっ!」
「どうしたの?」
「塾の帰りに、他人の携帯からお母さんに電話を掛けた日あったでしょ?」
「そういえば、あったね。友菜が携帯を家に忘れた日のことでしょ?確か6月の初め頃だったわよね?」
「そうそう!その番号が、川越君の番号なんだよ」
「ふ~ん。その頃から川越君と親しかったんだ」
「まあね…」
「今調べてみたけど、残念ながら古すぎて履歴が消えてるわね」
「そっか…」
今日は疲れたけど、川越君の色々な一面が見れて嬉しかった。




