GW
5月
3年生になってから、1ヶ月が過ぎた。
生徒会長という立場にも少しずつ慣れてきて、順調に仕事をこなしている。
最近、教室の雰囲気もそわそわした感じがなくなり、落ち着きが出て来た様に思う。
いや…むしろだらけて来ていると言ったほうが正しいのかもしれない。
これが俗に言う、5月病というものなのだろう。
5月といえば、忘れちゃいけないのが、ゴールデンウィーク。
あたし達もどこかに行こうと、計画を立てていた。
「ゴールデンウィーク、どうする?」
「その前に野球部って、ゴールデンウィークに休みあるの?」
「5日だけ休みで、他は練習と試合だな」
「じゃあ泊りがけの旅行は無理か…」
「どこか、行きたい所の案がある人いる?」
「野球観戦でいいんじゃねえか?」
光ちゃんなら、そう言うと思ったよ。
「俺は異議なし。携帯で調べたら5月5日は甲子園でタイガースの試合みたいだから、日帰りでも行けるしな」
智紀君も同調する。
「1回、野球を見に行ってみたかったんだよね」
唯香もOKのようだ。
「おまえはどうなんだ?」
「いいよ。あたしも久しぶりに生で野球見たいと思ってたところだし」
計画を立て始めてから、僅か3分。
野球観戦に行くことが決定した。
「確か5月5日って、カープ戦じゃなかったか?」
「そうだけど、それがどうかしたのか?」
「カープと試合するなら、勇気も呼んでやるか」
「勇気?」
「あっ!智紀君は会ったことなかったよね。生徒会の会計をしてくれている松島勇気君。転校生なんだけど、実は昔こっちに住んでて、あたしと光ちゃんの幼なじみでもあるんだよ」
「勇気には俺から声掛けとくわ。でもどうやって、甲子園まで行く?」
「それならうちのママに車出せるか頼んでみるよ。たぶんOKって言ってくれると思うし」
「そういえば美雪さん、よく車に乗って三宮とか神戸に買い物行ってるから、道も知ってそうだしな」
「うん。今日の夜にでも頼んでみるね」
「チケットはタイガースのファンクラブ特権で手に入れるから、心配しなくていいぞ」
「すごいね。ファンクラブに入るとそんなこともできるんだ?」
「まあな」
お母さんに車を出せるか聞いてみた所、快く引き受けてくれた。
勇気君の方もOKだったようで、後は当日を待つのみとなった。
5月5日 子供の日
子供の時は、この日が楽しみで仕方なかった。
あたしの誕生日は11月で、誕生日、クリスマス、お年玉とプレゼントを買ってもらえる時期が固まっている。
だから、久々にプレゼントを買ってもらえるイベントだったからだ。
まあ今では、子供の日に何か買ってもらうという習慣は無くなってしまったのだけれど…
ピーンポーン
玄関のチャイムが鳴った。
「は~い」
どうやら、待ち人が来たようだ。
ガチャ
「おはよう、友菜」
「おはよう、唯香」
「おじゃましま~す」
そのまま、家の中に入って来た。
「美雪さん、おはようございます」
「あら唯香ちゃん、しばらく見ないうちにますますかわいくなったわね~」
「ありがとうございます。美雪さんみたいな綺麗な人に言われたら、自信になります」
「まあ綺麗だなんて!唯香ちゃんったらお世辞言っちゃって~」
「お世辞じゃないですよ。本音に決まってるじゃないですか~」
「ありがとう。唯香ちゃん、大好き♪」
「あたしも、美雪さん大好きですよ!」
2人は褒め合い合戦を繰り広げている。
「あの…」
「ごめん。友菜の存在すっかり忘れてたわ」
「ひどいよ~唯香…」
「ほら優愛。せっかく唯香ちゃんが来てくれるんだから、すねないの」
「すねてないよ!お母さんったらちょっと褒められただけで、すぐ調子に乗っちゃうんだから」
「はいはい」
「なんかこの家に来ると、優愛が子供っぽくなるよね」
「そんなことないよ…」
「学校ではどんなキャラなの?」
「天然だけど、基本しっかり者のお姉さんをやってますね。なんせ生徒会長ですから」
「へぇ~」
「も~」
朝から疲れた…
まあ唯香が楽しそうだから、いいや。
ブーブー
「携帯鳴ってるよ」
「あっ!光ちゃんからだ」
ピッ
「もしもし」
「友菜、まだ準備できてねえの?」
「えっ?」
「9時出発じゃなかったっけ?」
「あ~」
時計の針は、すでに9時5分を指していた。
「智紀も、もう来てるぜ」
「ごめんね…すぐ行く!」
「わかった」
ピッ
「光太君、何て?」
「準備出来てるかって。のんびり会話してる場合じゃないよ。9時過ぎてる!」
「本当だ…」
「そんな5分や10分で怒るような子じゃないでしょ、光太君は」
「そういう問題じゃないでしょ。智紀君も待たせてるんだから」
「智紀?別に待たせてもいいや」
「良くないよ…とにかく早く支度して~」
こうして慌ただしく、家を出ることになった。
急いで玄関を開けると、門の所に光太君と智紀君が立っていた。
どうやらあたし達がバタバタしている間に、こっちまで来てくれたらしい。
「光ちゃん、智紀君、ごめんね。待たせちゃって」
「ああ」
「君がうわさの、光太君の親友の智紀君?」
「初めまして!杉山智紀って言います。すごくお若いんですね」
「そう?嬉しいわ」
「はい。友菜ちゃんのお姉さんかと思いました。恋愛対象として充分見れますよ」
「あら?口説かれちゃってる?」
「ちょっと、智紀。何失礼なこと言ってんのよ」
「ハァ?褒めてるんだから、別に失礼じゃねえよ」
「本当すいません…こいつ頭悪いもんで」
「ハァ?おまえのほうが頭悪いだろ」
「あたしのほうが、2年の時、テストの点数良かったこと忘れたの?」
「頭の良さは、学校の勉強だけじゃねえんだよ」
いつのまにか喧嘩が始まっていた。
「唯香ちゃんと、智紀くんは良いコンビだね」
「「悪いです!」」
「早く行こうぜ。勇気を待たせてるだろ?」
「そうね。早く勇気君に会いたいわ~じゃあ皆車に乗ってね」
「「しゅっぱ~つ」」
家を出て、東舞駅で待ってくれているであろう、勇気君のもとへと向かった。
数分車を走らせた後、東舞駅に到着した。
「勇気君、ごめんね。待たせちゃって」
「いえ。大丈夫です」
「勇気君、久しぶり~大きくなったわね」
「お久しぶりです。今日1日よろしくお願いします」
「礼儀正しい所は変わって無いわね。さあ早く乗って乗って」
「はい」
全員が出揃った。
「俺は杉山智紀。よろしくな」
「松島勇気です。よろしくお願いします、杉山先輩」
「こんなやつ智紀って呼び捨てにしてやればいいんだよ」
「先輩を呼び捨てにするわけにはいきませんので…」
「おまえ男の友情に口を挟むなよ。なあ勇気?」
「えっと…」
「あんた、何いきなり呼び捨てにしてんのよ」
「光太の幼なじみってことは、俺の友達同然だから、名前で呼ぶのは当たり前だろ。なあ勇気?」
「はい…」
「智紀が威圧するから、勇気君、困ってるじゃない」
「そんなことないですよ…ただお二人の勢いに押されてるだけです…」
「おまえも、勇気が困っている原因なんじゃねえかよ」
「えっと…喧嘩しないでください…」
「ちっ…今日の所は勇気の顔に免じて許してやろう」
「こっちこそ」
その後、唯香と智紀君は喧嘩疲れなのか、そのまま眠ってしまった。
「車の中ではしゃいで寝るとか、子供かよ…」
光ちゃんが智紀君を見ながら嘆いている。
ちなみに助手席には誰もいなくて、2列目に智紀君と光ちゃん、3列目に唯香、あたし、勇気君と言う順番で座っている。
唯香はあたしの肩にもたれかかりながら、すやすやと寝息を立てていた。
放っておくと風邪を引きそうだったので、毛布を上から掛けてあげる。
そして肩が痛くなってきたので、膝に唯香の頭をそっと置いて膝枕のような形にしてあげた。
上から唯香の寝顔を眺めてみる。
まるで天使のような寝顔で、とてもかわいらしい。
光ちゃんと勇気君は野球の話で盛り上がっていたので、あたしは唯香の寝顔をずっと眺めていた。
そして知らず知らずの内に、あたしも意識を手放していたのである。
「友菜、友菜~」
目を開けると、上からあたしを覗き込んでいる唯香が映った。
どうやら、唯香に膝枕をされているらしい。
「ここはどこ?」
「もう甲子園に着いたよ」
「うそ~」
「本当だよ。友菜、ぐっすり眠ってたね」
あたしが優愛を見てたみたいに、唯香も、あたしの寝顔を見てたのかな…
ちょっと待てよ…
「勇気君、あたしの寝顔見た?」
「み…見てないですよ」
「うっそだ~光太君と話しながら、ちらちら友菜の方見てたくせに」
「ちょっと藤村先輩…」
「勇気君、あたし変な顔してなかった?」
「は…はい」
「はいって言ったね?やっぱり見たんじゃんかよ~」
「す…すいません」
「友菜、起きたんだろ?早く行こうぜ」
「うん」
光ちゃんは、早く甲子園の中に入りたくて仕方ないようだ。
「忘れ物しないように皆降りてね。じゃああたしは買い物に行ってくるから、試合終わったら電話してね」
「わかった。ばいばい」
「「ありがとうございました~」」
お母さんは、颯爽と車で走り去って行った。
5人で甲子園に向かう。
甲子園の近くには車が止められなかったので、少し歩く羽目になった。
「すごい人だね」
「甲子園が満員になると、5万人近く入るんだよ」
「そんなに入るの?歓声とかすごいだろうね」
「うん。得点入った時とか、地鳴りのようだよ」
「へぇ~」
そんな話をしている内に、甲子園に到着した。
係員の人にチケットを渡し、中へ入る。
ファンクラブ特権で、バックネット裏の席が取れたので、その席に向かった。
「すご~い!広いね~」
唯香が球場全体を見渡しながら、感嘆の声をあげている。
試合開始時間が近づいてきて、ぞくぞくと人が入って来た。
[ただいまより始球式を始めます。今日始球式を務めてくれるのはモデル、女優としても大活躍の新田心音さんです]
ワァ~
その瞬間、大歓声が球場を包みこんだ。
「「心音ちゃんだ~」」
唯香と智紀君が仲良く叫んでいる。
「えっ…知ってるの?」
「友菜、知らないの?モデルの新田心音ちゃん。今女の子の間で、カリスマ的な人気を誇ってるんだよ」
「そうそう。最近は女優としても活躍してて、この前の月9で主演したドラマが大ヒット。お色気シーンなんて、鼻血ものだったぜ」
2人とも熱く語っている。
「ちょっと!穢れるから、あんたが心音ちゃんを語るな」
「そんなの、人の勝手だろ」
「とにかく、今、人気急上昇中の女の子なんだよ。しかもT大付属からT大に進んだという、いわゆるお嬢様。まさにミスパーフェクトって感じだよね」
「野球場で心音ちゃんを拝めるなんて、超ラッキー」
「あっ!出て来たよ」
ピンクのユニフォームに、ホットパンツ姿。
遠目から見ても、スタイルの良さは際立っていた。
帽子を取って、歓声に答えている。
その後、始球式を行った。
「心音ちゃん、すご~い。ストライク投球だよ」
「顔良し、頭良し、おまけに運動神経も抜群なんてすげぇ~俺、ますます心音ちゃんに惚れちゃったよ」
「あんたに惚れられたら、心音ちゃんも迷惑だって」
「そんな訳ないだろ。ここで会えたのも何かの運命なんだよ」
「アホらし…」
そんな話をしている内に、ピッチャーの投球練習も終わり、試合が始まった。
カープが1点を先制して、そのまま中盤戦を迎えた。
「ホームランが出ねえと、面白くねえな~」
「投手戦が野球の醍醐味なんだよ。てかおまえキャッチャーなんだから、ちゃんとプロのキャッチャーの動き見とけよ」
「へいへい。これだから野球バカは…」
「何か言ったか?」
「何でもねえよ…」
試合は7回裏を迎えた。
「あれ?光太君、風船を持って何してるの?」
「7回裏のタイガースの攻撃の前に風船を飛ばすから、準備してる」
「あたしもやる~ちょっと智紀!あたしにも、風船を渡しなさいよ」
「ちょっと待てよ…それ俺が口付けた…」
智紀君の言葉なんてお構いなしに、風船を奪い取って、膨らませ始めた。
「何か言った?」
「な…何でもねえ…」
そしてテーマ曲が流れた後、一斉に風船は宙を舞った。
「すご~い。風船が超いっぱいだよ」
唯香は興奮した様子で、風船を目で追っている。
楽しそうで何よりだ。
試合の方はその後1点を追加したカープが、2-0で勝利を収めた。
勇気君は嬉しそうだ。
「タイガース、打てなさ過ぎだぜ」
「確かに。野球は0点じゃ勝てねえな」
「唯香、初めての野球観戦はどうだった?」
「すっごく楽しかったよ。また来たいね」
「そっか~楽しんでもらえて良かったよ」
こんな風にして、ゴールデンウィークは過ぎて行ったのである。




