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ムーラント・サーガ~めるひぇんに御座候~  作者: 皇川 義佐
第三章「燃えよ、クリカラ竜王剣」
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第四幕「基点王」

 緑色の光とともに巨大浮遊戦艦に吸い込まれた俺たちが最初に見た光景は、意外にも、古代ギリシアのパルテノン神殿を思わせる石柱の群れだった。


「戦艦の中にしちゃあ、荘厳だな」


「大将、ここがどこか分かるんですか?」


 彦が左右をキョロキョロ見回しながら訊いてくる。


「似たようなところなら見たことがある」


「へえ、異世界ってのはこんな感じなんですね」


 ちょっと違うが、まあ、良いだろう。


 いちいち説明するのも面倒だ。


 それにしても、あまり人の気配がしない。


 これだけの建造物だ。運用するにしても、それなりの人数が必要だと思うのだが。


 あるいはこれも魔法的な何かなのだろうか。


 正直、未だに魔法は好きになれない。


 安易というか、理屈の分からない、ひどく歪なものに思えて仕方ないのだ。


 ま、そういう意味でなら、マキモノをはじめ〝科学〟もさして変わらないんだがな。


 考え事をしていると、隣でハチが「あれを!」と石柱の影を指さした。


 黒いフードを目深に被った小柄な人影が、こっちをジッと見ながらたたずんでいる。


 その手には青い炎を灯した松明が握られていた。


「この艦の乗員か?」


 俺の質問に、人影はただペコリと頭を下げて背中を向けた。


 チラチラと振り返ってくるところを見ると、ついてこいということらしい。


「ふむ」


「大将、罠なんじゃないですか?」


「儂もそう思いますよ、殿様」


 彦とハチがそろって警戒する。


「罠なら、吸い込まれた段階ではまっているさ」


 俺は小柄な人影の後につづいて歩き出した。


 ジタバタしても始まらないという気持ちもあったが、同時に、前を歩く小さな背中からは邪心が少しも感じられなかったのだ。


「さっきの質問だが、この艦の乗組員ではないのか?」


「……」


「どうして俺たちを連れてきた?」


「……」


「これからどこへ向かう」


「……」


 俺の問いに、小さな案内人は一つも答えなかった。


 かわりというわけではないだろうが、チラリとフードの影から視線を寄越す。


 金髪碧眼の美少女だった。年は十二、三歳といったところだろう。


 俺は息をついて、少女にいった。


「会話するのは嫌いか? それとも、俺と口を聞くのが嫌なのか?」


「恐れ、多いが故に……」


 少女は絞り出すようにいった。


「恐れ多い? 失礼した。高貴な身分の方でしたか」


「あ、いえ、()ではなく……」


 俺が非礼を詫びると、少女は途端にアタフタしだした。


 心なしか、泣きそうにすら見える。


 あまりにも慌ただしく動くので、目深に被ったフードがズレて、その奥に隠されていた長い耳がチラリと見えてしまった。


「エルフ族……」


 思わずつぶやいてしまった俺の言葉に、少女は「ひうっ!」と悲鳴に似た声を上げてその場にうずくまってしまった。


 両手はフードの端を抑え、二度と種族の特徴をさらすまいと堅く握りしめられている。


「お、お許しくださいっ!」


 足下に転がってしまった青い松明もうっちゃって、エルフの少女は叫ぶようにいった。


 俺がどうしたものか迷っていると、彦が「ひょっとして」とこちらを見た。


「この娘、大将に気を使ってるんじゃないですか?」


「俺にか? ただの素牢人だぞ?」


「でも、そう考えるとつじつまが合うでしょう?」


 そういうことなんだろうか。


「おい」


 試しに、ぞんざいな言葉で声をかけると、エルフ少女は「ひゃいっ!」と反応した。しかし、目線は決して上げようとしない。


 これは彦の予想が当たっているんだろうか。


「……直答を許す。質問に答えろ」


「ぎ、御意……」


 御意ときたか。これはいよいよ彦の予想通りらしい。


「お前の名は?」


「お、お許しください、基点王(ワネックス)。あ、()は、名乗れるような身分ではございませぬ」


――基点王。


 とエルフ少女はいった。


 この単語には聞き覚えがある。


 まだこの世界に来たばかりの頃、ソルヴァリのやつが俺を差してそう呼んでいた。


 いったい、基点王とはなんなのか、気にはなったが、矢継ぎ早に質問を浴びせるのはこの場合、適切ではないだろう。


 俺がもう一度名前を聞くと、エルフ少女は観念したように答えた。


「ろ、ロクサネにございまする」


 ギリシア系の名だなと思いながら、俺は質問をつづけた。


「どうして、そこまで俺に気を使う?」


「わ、基点王はヴィズィオーンの救世主でございますから」


「俺がか? その基点王というのはいったいなんのことだ?」


「お、お許しください……」


「答えられないのか?」


「あ、僕が余計なことを申せば、基点王のお心を乱すことになります」


「質問に答えてくれ。基点王とはなんだ?」


「ひ、平にご容赦を……」


 ロクサネの態度はかたくなだった。


 本人も辛いのだろう。目尻にたまった涙が、彼女の内心の葛藤を物語っている。


 どうにも先に進まなくなってしまった会話の外で、ハチが「殿様っ!」と警戒の声を上げた。


 見ると、石柱の回廊をエルフの女が一人、こちらに向かって駆け寄ってきていた。


 服装はロクサネと違い、黒のプールポワン胴着に半ズボンという、中世ヨーロッパを思わせるものだった。


 肌は浅黒く、髪の色は稲穂のそれである。


「ロクサネ、さっきの騒ぎはなんだっ!? あんなところでこの艦を衆目にさらしおってっ!?」


 どうやら俺たちを吸い込んだときのことを問いつめるために来たらしい。


 女は俺たちがロクサネのかたわらに居ることに気づくと、ハッとした様子でその場に片膝と拳を着いて一礼した。


「基点王」


「あんたも、俺をそう呼ぶんだな」


「お、お許しを。ロクサネ、何故、基点王がここにいらっしゃるっ!?」


 女の叱責に、ロクサネはビクッと肩を震わせてから恐る恐るといった様子で答えた。


「テティス、だ、だって、基点王がお困りのようだったから……」


 どうも、さっきの緑色の光はロクサネの独断だったらしい。


「もしかして、俺を助けようとしてくれたのか?」


 声をかけると、ロクサネは恥ずかしそうに頬を赤らめ、黙ってしまった。


 これじゃ、会話もろくにできないな。


 俺はテティスと呼ばれた女エルフに視線を向けた。


 ロクサネも助けを求めるように彼女を見る。


 テティスは仕方ないといった様子でため息をついた。


「基点王、どうぞこちらへ。御下問には道々、お答えいたします」


――答えられる範囲までではございますが。


 と、テティスは念を押すようにいった。


 ロクサネがホッとした様子で青い松明を持ち直して駆けだした。


 先導するつもりらしい。


 俺は隣にきたテティスに訊いた。


「俺たちはどこに連れていかれるんだ?」


「小田原から東へ。江戸の辺りまでお送りいたします。本来なら目的地である蝦夷までお連れしたいのですが、余計な手出しはするなと陛下から厳命されておりますゆえ」


「陛下?」


「我らエルフの総領、東レーム帝国皇帝エイレーネー陛下のことでございます」


 東レーム帝国。たしか、神聖レムリエン連邦の東隣にあるイシュタリエン地方を領有する国家だったはずだ。


「さっきから聞いていると、どうも俺はお前たちに監視されていたらしいな」


「そうおっしゃられてしまうと恐縮ですが、行く末を案じ申し上げていたとご理解ください」


「いつからだ?」


「基点王が境村で世良田西野に保護されたときからでございます」


 そんなに前から見張られていたのか。


「どうして、そんな真似を?」


「基点王をお迎えするのは、本来なら我らのお役目だったからでございます。ところが思わぬ邪魔が入り、今日まで手出しできずにおりました」


「思わぬ邪魔というのは、ソルヴァリか?」


「ソルヴァリ・ギガリはナーカルの兄弟の末端にすぎませぬ。連中は基点王を我らから横取りする形でこの世界に誘い、ご記憶の改竄まで。すべてこちらの不手際が招いたこと。真に申し訳ございませぬ」


 テティスは悔しそうに頭を下げてきた。


「お前たちとナーカルの兄弟の関係は? 基点王とはなんだ?」


「その点につきましては、どうかご容赦を。余計な情報をお耳に入れるよりご自分で確かめて頂いた方が良いというのが我が陛下のご意向にございますれば」


「そう言われてもな。とっかかりがほしいところだ」


「では、最初のご質問のみ。我らとナーカルの兄弟は敵対しております。基点王は我らにとって希望であり、連中にとっては絶望の象徴なのです」


「俺が記憶を持ったままお前たちと合流することは、ソルヴァリたちとしては避けたかったということか」


「御意。あの者共にはあの者共が押しいただく基点王がございますれば、新たな基点王の存在は邪魔だったのでしょう」


「基点王は複数いるのか?」


「本来は、この世界にただお一人。それが基点王の基点王たる所以でございますから」


「候補者が一人に絞りきれず、争っているのか?」


「そこは私の口からは申し上げかねます」


「自分の目で確かめろ、か?」


「御意」


 テティスは悪戯っぽく笑っていった。


 俺としても、ここでいろいろ聞いたら疑ってしまうだろうなという気持ちがあったから、テティスの話はありがたかった。


「話は変わるが、あのロクサネはどうして俺をこの艦に乗せてくれたんだろうか? お前たちの方針では俺に手出しはしないはずだったのだろう?」


「……あれは」


 テティスは言い辛そうに顔をしかめた。


「ロクサネは本当に基点王が心配だったのでしょう。あれは基点王が御降臨くださるのをずっと待っておりましたから」


「待っていた?」


「あれは面前で実の姉をナーカルの兄弟に殺されたのでございます。さらに姉の遺骸をナーカルの尖兵共が辱めるところも見てしまいました。その恨みの裏返しと申しますか、基点王への忠誠も我らの中ではとびきり強いのでございます」


 実の姉を目の前でか。


 もし、俺がロクサネだったら、そしてもし、その姉が西野義姉さんだったら、遺恨は想像に難くない。


「俺が来ることで、ナーカルの兄弟に一矢報いられると、そう思っているわけか」


「はい」


 それにしても、あんな少女の一存で、この巨大戦艦が一度、運行を止めたというのもすさまじい話だ。


「あの子は罪に問われるのか?」


 テティスは難しそうな顔をした。


「理由が理由でございますし、当艦は試験運用中の段階ですから、それほど重いものにはならないでしょうが、やはり処罰は必要かと思います」


「なるべく軽くしてやってくれないか? 話を聞くと、他人事とは思えない」


「基点王がそうおっしゃってくださるならば、そのようにいたしましょう」


 いろいろ質問している間に、俺たちは石柱の立ち並ぶ回廊を抜け、戦艦の整備ドックらしき場所にでた。


 ここは床もコンクリートで、周囲に小型の飛行機らしきものが六体ほど鎮座している。


 上にも作業場があるらしく、手すりのついたギャラリーのような場所を見ることができた。


 そこに、大勢のエルフたちが立ち並び、こちらを見下ろしている。


「上から失礼いたします、基点王。当艦の乗員たちでございます」


 テティスが説明すると、リーダー格らしき紫水晶色の髪をしたエルフがサッと一歩前に出た。


「総員、敬礼っ!」


――バッ!


 と、一糸乱れぬ動きで、エルフたちは右の拳を左胸の上へかざした。


 非常に既視感のある敬礼だった。


 どこで見たのかとっさには思い出せなかったが、俺は同じように右の拳を左胸へと当てた。


「もてなし、感謝するっ!」


 エルフの一団はそのまま動かない。


 テティスが俺たちをいざない、整備ドックの一角にある魔法陣へと連れて行った。


「こちらから、江戸へ降りられます」


「世話になった」


「なんの。本来ならもっと、いろいろして差し上げたいのです。上黒駒村のときも、我々は基点王の苦境を知りながら動きませんでした。お許しください」


「いや、あのとき来られても、俺はお前たちを信用しなかっただろう。いまだから、礼が言える」


――ありがとう。


「基点王……」


 テティスの目に光るものが見えた気がして、俺は少し離れたところに立つロクサネへ視線を移した。


「ロクサネも、ありがとう」


 礼を言うと、ロクサネは感極まった様子で、その身を整備ドックの床に投げ出した。


「基点王、()は、僕は……」


「お前の姉の仇、討ってやれるかどうかはまだ分からん。だが、いずれ必ず答えは出す」


 ロクサネは顔中で洪水を起こしながら、コクコクと頷いた。


「では、行く」


 俺と彦、ハチが魔法陣に乗ると、エルフたちが申し合わせたように唱和した。


――基点王の前途に栄光あれっ!


 その声を最後に俺たちの視界は暗転し、次に意識を取り戻したとき、俺たちは雲の中にいた。


「空中っ!?」


 まさかあのまま投げ出されたのかと一瞬疑ったか、俺の身体はゆるやかに降下している。


 どうやらこのまま地上に降ろしてくれるらしい。


 だが、


「大将っ!?」


「殿様っ!?」


 彦とハチの逼迫した声が、事態の急を告げた。


 何事かと視線を向けると、雲の切れ目切れ目に、赤茶色の羽毛を持つ巨大な鳥の姿が見えた。


 頭の上に、学ランを着た人影を乗せている。


「ちゃちゃちゃっ! 世良田巴、勝負ぜよっ!」


 平べったい顔に獰猛な笑みを浮かべ、そいつは言ってくる。


「ガナトス・イルルタッ!」


 異世界に転生した坂本竜馬。


 どうやら俺があの戦艦から降りてくるのを待ち受けていたらしい。


「まったく、次から次へと、やってくれるっ!」


 俺は空中に身を踊らせながら、村雨の鯉口を切った。


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