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ムーラント・サーガ~めるひぇんに御座候~  作者: 皇川 義佐
第三章「燃えよ、クリカラ竜王剣」
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第三幕「巨大浮遊戦艦」

 結局、俺は近所の寺の鐘楼で一夜を過ごすことになった。


 夜が明けると、鐘楼の軒下から這い出し、尾行を警戒しながら旅籠まで戻った。


 旅籠には彦と弥八郎だけが残っていた。


 石見ら旅芸人の一座は、興行があるとかで、すでに出発したらしい。


「まったく、薄情な連中ですよ」


 板の間にあぐらをかいた彦が拗ねたようにいった。


 こいつが目を覚ました時、石見たちの一座はあいさつもそこそこに出て行ったらしい。


 櫻戸の姿もなかったことで、邪険にされたという思いが強くなってしまったのだろう。


 実際は、昨晩の騒動を櫻戸から知らされた石見が、あの姫と呼ばれていたくノ一と櫻戸に合流するため移動したというのが真相だろう。


 彦に詳しい話をしなかったのも、自分たちの事情に巻き込むまいという配慮だった可能性が高い。


 どうせ、俺が戻ってくれば知ることになるわけだしな。


「ま、そう気を落とすな。どうせ、あの連中といつまでも一緒にいるわけにはいかなかったんだ」


 こっちも氏康への見舞いとして、笠原尾張守の屋敷へ行くことになっている。


 石見たちとは、長くても朝食までの付き合いだったのだ。


「まずは訪問することを先方に報せないとな。原殿はどうなさる?」


 俺は弥八郎に視線を向けた。


 一晩ぐっすり休んだことで、弥八郎の顔色は大分良くなっていた。


 まだ傷は残っているが、それも次期に治るだろう。


 つまりはどのタイミングで別れるか、そういうことを訊いたつもりだったのだが、弥八郎は意外にも姿勢を正して一礼してきた。


「そのことなのですが、世良田様にお供させて頂きたく思うております」


「は?」


 ちょっと何を言っているか分からない。


 彦を見ると、やれやれと肩をすくめていた。


「実は大将のことをちょっと話したんですよ。異世界から来たとか、西野のこととか、あと世に名を成さんとしていなさることとか。そしたら、この男、下僕としてでも良いから連れて行ってくれと言い出しましてね」


 おいおい、なに他人のプライバシーを軽々としゃべってくれちゃってんだい、キミ。


 しかもかなり脚色を加えて話したな。弥八郎さんの目をごらんよ。伝説の戦士にあった子供みたいにキラキラしちゃってんじゃん。


「あ~、原殿、こいつが言ったことは話半分に聞いといてくださいね。なんていうか、俺のことを持ち上げるのが趣味みたいなとこがあるんで」


「大将、それじゃ俺が法螺吹きみたいじゃないですか」


「そうは言わないが、お前も親父さんも、俺をだいぶ買い被っているからな。原殿が勘違いされたら気の毒だろう」


 弥八郎はそんな俺たちのやりとりを黙って聞いていたが、やがて合点がいった様子で頷いた。


「いや、やはり世良田様こそ儂が探しておった御方に間違いないと確信いたしましたわい」


 それまでと違って砕けた口調で言ってくる。


「儂は一度仕官先で失敗してましてな、今度お仕えする人は人品よろしく、将来に可能性のある方をと常々考えておりました。世良田様は自分をおごらず、下の者のこともよく見ていなさる。何よりあの汪五峰や一刀流の剣客を退けられた剣の腕がござる。ゆくゆくはひとかどの侍大将になられるに違いござらん。何とぞ、儂を旅の供にお加えくださいませ」


「と、言われてもな。俺はこの通りの牢人者で、土地も職も持っていない。仕えてくれても、給金とか出してやれないんだが」


 頭をかきながらいう俺に、弥八郎は「大丈夫ですッ!」と言わんばかりに掌を突き出してきた。


「給金も所領も、御大将がご出世あそばしたときで結構でございます。それまでこの弥八郎、奴僕がごとくお仕えさせていただかん」


「原殿・・・・・・」


「原殿などと他人行儀でございます。ここは弥八郎と呼び捨てに、あ、いや、いっそハチとお呼びください」


「ハチって・・・・・・」


「その方がようござる。先達の馬場殿が彦なのに新参の儂が原殿ではおかしゅうございますからな」


 弥八郎は「ぬはははっ」と豪快に笑った。


 いや、俺まだオーケーしたわけじゃないんだけど。


 隣の彦に助けを求めると、こいつはむしろノリノリで「おう、それじゃよろしくなハチっ!」とか声をかけていた。


 こらこら、話を先に進めるんじゃないよ。


 弥八郎もうれしそうに「へいっ!」とかいうから、いまさらダメだとは言い辛くなってしまった。


 結局、原弥八郎正信(まさのぶ)ことハチは、俺の二番目の臣下ということで、旅に同行することになってしまった。


 うん、もう、勝手にやってくれ。


 呆れ半分で了承したのだが、この自称ナンバースリーのハチ、意外に使える男だった。


 俺たちがこれから笠原尾張守の屋敷に行くつもりだと話すと、「では儂がおとないを入れてきましょう」と言うが早いか、旅籠を飛び出し、笠原の屋敷をつきとめ、あとで俺が訪ねてくること、その用件が浅野甚助の代理であることまで、向こうにしっかり伝えて戻ってきたのだ。


 どうも武芸はダメだが、こういう折衝とか事務処理関係に強い人間らしい。


 俺が金勘定は得意な方か訊くと、ニコリと笑って頷いた。


 そういうことなら財布も全部こいつに預けちまおう。


「おい、彦、これからは金の出し入れはハチにやってもらおう」


「そうですね」


 気安く財布を渡した俺たちに、むしろハチの方がびっくりしていた。


「あの、殿様、よろしいんですか? 雇ったばかりの人間に、こんな大金・・・・・・」


「ああ、良いんだ。それはお前が管理してくれ」


「ですが、儂が持ち逃げなんてしたら・・・・・・」


「そのときは追いかけていって斬るさ。それに、お前は俺が出世すると思って使い走りを引き受けてくれたんだろ? そんなやつが、その程度の端金で満足するはずないしな」


 俺が笑い、彦も笑うと、ハチは照れた様子で頭をかいた。


 少なくとも悪い人間ではない。上黒駒村の連中に比べれば、それだけで信じるに値するように思えた。


 その後、昼食に三人でソバを食ってから笠原の屋敷に向かった。


 笠原尾張守、俺の世界では松田憲秀(のりひで)の名で知られる北条家の二大宿老の一人だ。


 こっちの世界でも江馬家を代表する重臣ということになっていて、その威勢は相当なものらしい。


 ハチの仕入れてきた情報によるとこの笠原、最近躍起になって兵法者を雇い入れているらしい。


「今月の頭から甲斐の法性院信玄が、上野(こうずけ)から南下して武蔵を攻めてますし、江馬の本隊もまだ駿河に出払ったままって話です。なもんで、小田原でも急遽戦力を補充しなくちゃならなくなったのかもしれません」


 一五六九年の九月で、信玄が武蔵にね。


 だとすると、あと一月くらいで三増峠(みませとうげ)の戦いが起きるな。


 ってことは、この小田原も戦場になるか。


 早いとこ見舞いを済ませて街を出た方がよさそうだ。


 そんな風に思っていたのだが、予想外のところから邪魔者が現れた。


 誰あろう、俺たちが訪ねた笠原憲秀である。


「おお、おお、話は甚助から聞いておったぞ。よう来た、よう来た」


 小田原城近くに屋敷を与えられている超VIPな男は、意外にも気さくな感じで俺たちを歓迎してくれた。


「このたびは、浅野甚助の名代として、御本城様のお見舞いに参上いたしました」


 俺が板の間に手をついて頭を下げると、憲秀はキョトンとした顔をした。


「なんじゃ、甚助から何も聞いておらんのか?」


 上座からそう言われて、俺は混乱した。


 え、なに、どういうこと?


「御本城様は駿河に御出馬中じゃ。お前たちは小田原防備のため、甚助が寄越してくれた助っ人であろう?」


「・・・・・・助っ人、ですか?」


 そんな話、一言も聞いてないんだが。


「本当は甚助に再び来てもらいたかったのだが。あやつは昨年、甲州の侍首を二つもあげよってな。今回も力を貸してくれぬかと打診したら、弟子を二人向かわせたというので、儂は首を長くして待っておったのじゃ」


 つまり、病気って話だった氏康はピンピンしていま駿河に攻め込んでいて、俺たちは甚助の代役としてここに派遣されたことになっていると。


「騙された・・・・・・」


 力が抜けてしまった俺の横で、彦のやつがボソリと「だから人が良いってんですよ」とつぶやきやがった。


 ああ、はいはい、俺が甘かったよ、コンチクショー。


 笠原憲秀はそんな俺たちの様子に気づいた風もなくつづけた。


「早速じゃが、腕前を見せてもらおうかの」


「腕前ですか?」


 今度はなんだってんだ?


「実は最近ワータイガーの海賊どもが、自分たちの仲間を仕官させろと喚いておっての。追っ払うのに難儀しておったのじゃ。お主、世良田と申したな。これから一席設けるによって、そのワータイガーの兵法者と仕合ってもらいたい」


 ついて早々、決闘しろってかよ。


 しかもそこはかとなく嫌な予感がする。


 最近やってきたワータイガーの海賊って、絶対あいつらだろ。


 断りたかったが、この場合の憲秀の言葉は「お願い」ではなく「命令」だ。


 逆らえばどういう仕打ちを受けるかわかったものじゃない。


 やるしかなさそうだ。


 甚助もこうなるのが嫌で俺に押しつけたのかもしれないな。


 憲秀によると、その仕合は幻庵(げんあん)も観戦するとのことだった。


 江馬幻庵、俺の世界では北条幻庵に比定する人物である。


 北条家初代、早雲寺(そううんじ)宗瑞(そうずい)の三男で、九六歳まで生きた後北条氏の最長老だ。


 こっちの世界では江馬幻庵という名前で、今年七六歳になるという。


 御本城、氏康と嫡男の氏政(うじまさ)が駿河に出陣していて、次男の氏照(うじてる)、四男の氏邦(うじくに)が武蔵で信玄と戦っている現状、小田原の実質的な総大将といって良い。


 そんな人物の目の前で戦わないといけないのか。


 仕合の場所は、小田原城の三の丸の中庭とのことだった。


 行くとすでに見物の人だかりが出来ていて、周囲には三つ鱗の家紋を染め抜いた陣幕が張り巡らされていた。


 まったく、大形なこった。


 用意された床几(しょうぎ)に腰掛けて待っていると、猫耳の一団がニャアニャア言いながらやってきた。


 ときどき「アルニャ」という言葉が聞こえる。


 やっぱりあいつらか。


 予想通り現れた黒女豹は、俺の姿を見つけると「うにゃっ!」と驚きの声を上げて後ずさった。


「な、なんでお前がいるアルニャっ!?」


「多分、お前らと同じ理由だ」


「にゃにゃにゃっ!? おい、もしかして仕合の相手ってコイツかアルニャっ!?」


 近くにいた江馬の家臣に訊いて肯定されると、猫耳海賊、汪五峰は嬉しそうに口角から八重歯をのぞかせた。


「ここで会ったが百年目アルニャっ! お前、絶対後悔させてやるアルニャっ!!」


「・・・・・・大丈夫だ。もう充分してる」


 こんなとこで籠城戦に巻き込まれたら、蝦夷へ出発するのがいつになるか分からない。


 ただでさえ鹿島から逆方向に来てしまっているから尚更だ。


 おそらく、甚助は俺たちに仕官の伝手(つて)を提供してくれたつもりなのだろうが、正直、ありがた迷惑も良いところである。


 この仕合が終わったら、なにかしら理由をつけて退散させてもらおう。


 問題はどんな言い訳をすれば一番角が立たないかだ。


 いっそ、負けてしまおうか。


 とんでもなく弱いということになれば、江馬家も見逃してくれそうだし。


 俺がそんなことを考えている間に、仕合の準備は着々と進んでいた。


 審判役として江馬家家臣、風間(かざま)出羽守(でわのかみ)という男が挨拶にきた。


 ぬぼっとしたウーパールーパーみたいな顔をしているのだが、開いているのかいないのか分からない目の奥には殺気がこもっている。


 はて、俺はこいつに何かしただろうか?


「以前、どこかでお会いしたでしょうか?」


「いえ、初対面にござる」


 否定はしたが、風間の態度は以前から俺を知っている感じがした。


 どうも気になる。


 浄天眼で見てやろうかとも思ったが、五峰に伴われた対戦相手の登場に、それもできなくなってしまった。


「馬鹿牢人。コイツが今日のお前の対戦相手アルニャ」


 五峰がクイッと親指で指し示したのは、身長二メートルに達しようかという大男だった。


 筋骨隆々とした体躯の上に、まるきり虎の頭が乗っている。


 ワータイガーって耳と尻尾だけがネコ科動物に似るわけじゃないんだな。


「この間、船にいったときは居なかったな」


 俺がいうと、五峰は露骨に嫌そうな顔をして舌打ちした。


「あのとき、コイツは出かけてて留守だったアルニャ。それでも一刀斎がいたから問題なかったはずニャのに、アイツめ、てんで役立たずだったアルニャ」


 五峰は俺とまともに闘おうとしなかった用心棒にまだ腹を立てているらしい。


 かたわらの虎頭は「下野(しもつけ)の住人、赤岩一角(いっかく)にござる」と挨拶してきた。


 はて、どこかで聞いた名前だが、どこだったろう。


 戦国時代の人物にはいなかった気がするが。


「世良田巴です」


「本日は、どうぞお手柔らかに」


 厳つい顔面に反して、物腰の柔らかい男だった。


 年齢はよく分からないが、案外、結構な年なのかもしれない。


 挨拶をしたところで、幻庵が登場した。


 かたわらに、童子が二人、はべっている。


 幻庵気に入りの稚児(ちご)だろうか。


 笠原尾張守憲秀が先導し、床几に腰掛ける。


 これで役者はそろった。


 俺と一角は検分役の風間出羽守を中心にして左右にわかれ、木剣を向けあった。


 俺の背後には介添え役として彦とハチが、一角の後ろには五峰たちが控えている。


 さて、どうしたものか。


 勝っても負けても、角が立つ。


 個人的にはちょっと良いところを見せて負けてしまうのが好ましい。


 それなら、俺を推薦した甚助や憲秀の面目がつぶれることもないだろう。


「では、サクッと行きますかね」


 俺は木剣を上段に構えた。


 とりあえず一撃、惜しいのを入れて、それから負ければ甚助や憲秀の面子も保てるだろう。


 そんな風に思っていたのだが、俺が構え、一角も正眼に構えた瞬間、俺たちの頭上に急に影がさした。


「なんだ?」


 周囲が突然慌ただしくなる。


 見物人の中には上空を指さして叫んでいるものまでいる。


「おいおい・・・・・・」


 顔を上げた瞬間、視界に広がった光景に俺の額を冷や汗が伝った。


「大将っ!」


「殿様っ!」


 背後に控えていた彦とハチが、腰の太刀をつかんで俺の左右を固める。


 心強いことだったが、目の前の状況を考えると、あまり意味があるとも思えなかった。


「巨大浮遊戦艦、だと・・・・・・」


 そうとしか思えなかった。


 全長にして二五〇メートルはあるだろうか。


 全体のフォルムは、一見するとアノマロカリスを彷彿とさせる。


 平たい身体で、口元から二本の触手が牙のように下へ伸びているアレだ。


 しかし、形状以外に生物らしいところは欠片もなかった。


 鉄鋼に覆われた体表からは、連装式の巨砲が幾本も突き出している。


 ところどころで青い炎を噴いているのは推進力を得るためのバーニアだろうか。


 モスグリーンのカラーリングに、ギョロッとした赤い目は愛嬌とはかけ離れて寒気すら感じさせる。


 いや、ツッコミどころはやはりそこではないだろう。


「なんで戦国時代に巨大戦艦?」


 明らかに世界観から逸脱している。


 異世界だとこういう展開もあるのだろうかとちょっと勘ぐったが、幻庵の周囲を見ると、検分役の風間から宿老の憲秀までが、僧体の長老を守るべく集まっている。


 幻庵のかたわらにはべっていた童子たちは、おびえながら巨大戦艦を見つめていた。


「ああ、やっぱ普通じゃないんだな、アレ」


「当たり前でしょうっ!」


「なんで殿様は普通にしてんですかっ!」


 何の気なしにつぶやいた一言に、彦とハチからちょっと激しめのツッコミが入る。


 別に動揺してないわけじゃないんだが。


 眼下でギャーギャーやっている俺たちを、アノマロカリス似の戦艦はジッと見つめている。


 そう、赤くて丸いお目々はちゃんとこっちを観察していたのだ。


 やがて、その口とおぼしき部位から、緑色の光が俺たち三人に浴びせられた。


 なんだ、これ、破壊光線か?


 身体がボロボロ崩れていく光景を連想してしまって焦ったが、それに反して俺たち三人の身体は宙に浮き上がっていた。


 そのままどんどん、巨大戦艦の口元へと吸い寄せられていく。


「キャトルミューティレーション?」


 身体の部位が削られたり、血を全部取り除かれたりしてしまうのだろうか。


「だからなんでそう落ち着いてんですっ!?」


「殿様は松の根っこですかっ!?」


 目をぐるんぐるん回して喚いている二人は、まあ、放っておこう。


 眼下を見ると、幻庵たちが恐怖に震えながら俺たちを見つめていた。


「ふむ、角が立たないように去ろうと思っていたが、これなら文句のつけようもないな」


――ええじゃないか。


「全然よくありませんよっ!」


「うわぁー、ついていく人間違えたかもしんないっ!」


 かくして俺たち三人は巨大戦艦の中に吸い込まれた。


 これはあれか、「俺たちの戦いはこれからだっ!」とか言っとくべき展開かな?


次回更新は五月三十日十九時になります。

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