第三十四幕「碧羅の天行く猛き翼」
「それが、まさかこうなるとはね」
僕は馬上で嘆息した。
場所はローテンシルデ城の城門の前である。
決闘裁判から一月、僕らは懐かしの我が家に戻ってきていたのだけれど、さすがにいままで通りってわけにはいかなかった。
一族全体を巻き込んで危ない賭けに出た僕に、特に母さんがお冠で、行儀見習いも兼ねて僕はハルモニエン地方は花の都、クズクズ公国へ修行に出されることになったのだ。
ちなみにティルは女の子なので居残りである。
転生して七年。彼女と引き離されるのはこれが初めてだった。
「そんな顔すんじゃないわよ、情けないわね」
見送りに出てきたティルは悪戯っぽく笑った。
「そんなこと言うけどさ、ティルは不安じゃないの?」
「べっつにー。むしろこれであたしのハーレム計画を進められるってもんよ」
「でも、ペネロペはもう居ないんだよ? カルラも僕についてくるし」
決闘裁判の後、ペネロペは家庭教師の職を辞して旅に出てしまった。
やっぱり、あれだけの騒動を起こしてしまった手前、ここには居づらかったのだろう。
でも、僕とティルにとって、それは悪いことばかりじゃなかった。
去り際、彼女は僕とティルのほっぺにキスをすると「大人になったら、また会いましょう。それが運命だそうだから」といって頬を桜色に染めたのだ。
少なくとも、僕とティルが話した内容を嫌だとは思っていないみたいだった。
「ペネロペとはまた会えるわよ。それまで、他のハーレム要員を確保しておかないとね」
「まったく、ティルはブレないね」
「アンタこそ、ちゃんと情報収集すんのよ。特にナーカルの兄弟と十二神教についてはね」
「うん。僕もやっぱりメトロビウスが最後にいったことが気になるからね」
決闘裁判が終わった後、メトロビウスは火刑に処されることになったのだけれど、彼は隠し持っていた歯輪銃で僕らを銃撃しようとしたのだ。
僕もティルも、ゲッツとの闘いで疲弊していて、とてもその銃弾を避けるなんて出来なかった。
けれど、そこで思わぬ助っ人が現れたのだ。
それが国際会議前、僕らに話しかけてきた自称転生者のノルルだった。
彼は空からいきなり降ってくると、腰に差していた双剣を抜き放ち、一本でメトロビウスの腕を切り落とし、もう一本で逆袈裟斬りを決めたのだ。
メトロビウスは身体から血飛沫を上げ、僕らに対して呪詛を吐いた。
「呪われろ、背徳の王に見初められた神子め! テンゲルカエルムよ! ガザルテッラよ! 新たな基点王をここへ! 悪神に支配されたヴィズィオーンを救いたまえ!!」
それがメトロビウスの最後の言葉になった。
後で分かったことなのだけれど、メトロビウスは熱心な十二神教の信者だったそうだ。
つまり、あの魔女裁判はすべてがあべこべだったというわけだ。
おかげで、僕らには新たな課題が残されてしまった。
「やっぱり、ラ・ムーは全部を僕らに話してくれたわけじゃなかったんだね」
「そんなの分かってたことじゃない」
僕らを転生させたこの世界の神、神賢王ラ・ムー。彼と古の十二神には僕らの知らない何かがある。
たぶん、僕らが転生させられた背景にはその何かが大きく関わっているんだろう。
僕とティルは、その何かを探りあてるべきだと話し合っていた。
僕はクズクズで、彼女はラタトスクで。二手に分かれてやれば、きっと真実に近づけるだろう。
「手紙、ちゃんと書くよ」
「あたしも書くわ。アンタとケート宛にね」
「あの子もハーレムに入れる気なの?」
「もちのろんよ!」
クズクズはシュトルツァー家の本拠地だ。
僕はこれからカタリーナたちと一緒に生活することになる。
「それじゃ、もう行くよ」
「ええ、元気でね、もう一人のあたし」
「君もね、もう一人の僕」
――みんなも元気で。
と、僕は見送りに来てくれた家族たちに向かっていった。
父さん、ガッティナラ、ヴォルフガング、ヴァルブルガ、城詰めの騎士たちに使用人たち。
母さんとフリッツの姿がないのは、相変わらず僕に怒っているからだった。
出来れば仲直りしてから出発したかったけれど、こればかりはどうしようもない。
僕は供をすることになったカルラに声をかけて、馬の脇腹を蹴った。
本当は馬車で行くものらしいんだけど、新しい門出は自分のタイミングで決めたかったのだ。
「さあ、冒険の始まりだ」
こうして七歳の僕は生まれ故郷を後にしたのだった。
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今回で第二章「赤い盾の貴公子」は完結となります。
次回より視点を再び世良田巴に戻しまして、第三章「燃えよクリカラ竜王剣」をお送りいたします。
次回更新は五月八日19時になります。




