第三十二幕「明かしちゃった真実」
時間は少しだけ前後する。
魔女裁判を終えた僕たちはペネロペを連れて、宿舎にあてがわれた館へと戻っていた。
家族の反応は本当に様々だった。
僕らの背中を押してくれた父さんはやる気満々で、決闘代理人を誰にするか、鎧や剣や槍、馬の手配をどうするかで大わらわだった。
逆に母さんは勝手なことをした僕たちや、それを止めようともせず、むしろやる気になってしまった父さんに大激怒で、帰宅すると早々に自室へこもってしまった。
まあ、家族の命運をなんの相談もなく賭けてしまったのだから当然だよね。
これには僕もティルもどう謝っていいかわからなくて、押し黙るしかなかった。
どこかで、時間が解決してくれるだろうなんて甘い考えがあったの事実だ。
まさか数年後、この件が尾をひいて、あんな大問題に発展するだなんて、僕らには予想もできないことだったのだ。
ガッティナラは、こうなればやむを得ないと、僕らの援護に回ってくれることになった。
この政治顧問は最初、ペネロペを切り捨てる事で僕たち家族を守ろうとしてくれていたのだけれど、僕とティルはそんな彼に後ろ脚で砂をかけるようなことばかりしてしまった。
――ごめんね。
と頭を下げる僕たちに、ガッティナラは苦笑して言った。
「拙僧も、正義が足りていなかった。許してくれ、御曹子たち」
普段は腹黒さばかり際立つその狐目に、子供のようなきらめきを見つけて、僕たちは仲直りの抱擁を交わしたのだった。
ヴァルブルガは三人と違って、簡単には済ませてくれなかった。
「まったく坊ちゃまも嬢ちゃまも何を考えているんですか!」
と、思いっきり怒られた。
こんなことをいうと変に聞こえるかもしれないけれど、彼女の叱責が僕には堪らなくくすぐったかった。
ヴォルフガングは、特に何も言わなかった。
ただヒゲで覆われた口の端を微かに上げて、それからポンポンと頭に手を置かれた。
これまた僕とティルにはくすぐったいことだった。
他の家族とも一通り話をした後、あらためて僕たちは食堂に集合して、決闘裁判の前後策を協議することにした。
そこで僕とティルは決闘代理人を立てるつもりがないことを話した。
「決闘当日は、僕とティルが直接闘おうと思うんだ」
てっきり反対されると思っていたら、会議に参加した全員、父さんとガッティナラ、ヴォルフガングとヴァルブルガはやれやれとため息をついた。
「なんとなく、そういうんじゃないかと思っていたよ」
「ですな」
「最早、何も言うまい」
「坊ちゃまたちですもんね」
これは信頼されていると思っていいんだろうか。
いや、単に諦められているだけかもしれないけどね。
父さんが「二人で闘うのかい?」と訊いてきた。
僕がそのつもりだと答えると、父さんは右手をアゴに当てて思案顔をした。
「となると、馬上槍での戦いはなくなるわけだね。それに子供が決闘者なら、相手側は下半身を穴の中に入れて闘うことになる」
決闘裁判のルールとしてそういうのがある。
「ただ、二対一というのはどうだろう。認められるだろうか?」
「それなんですけど、もし問題があるのでしたら、穴に入るっていうハンデをなしにしてもらってもいいかなと思ってます」
「そこまで譲歩する必要はないんじゃないのかい? ヴォルフガング、この場合、何か既定とかはあるのかな?」
父さんがヴォルフガングに訊いたのは、この中で決闘の経験が一番豊富なのが彼だったからだ。
剣豪というのはただそこにいるだけで、いろんなヤツから挑戦を受ける。
ましてヴォルフガングは最強の剣豪、ヨハネス・リヒテナウアーの最後の弟子だ。
これまでいろんなシチュエーションで闘ってきたことだろう。
話の水を向けられたヴォルフガングは訥々と語った。
「この場合、あまり相手に有利な条件を提示してやる必要はない。向こうが納得しなかったら、まず相手の要望を聞いておけ。それが理不尽なものであればハンデを無効にする件で交渉して構わんだろうが、相手が遠慮してゆるい条件を持ちかけてくる可能性もあるからな」
なるほど、そういうものか。
こっちは二対一になるからついつい気を使ってしまったけれど、よくよく考えてみれば七歳の子供二人だ。
相手はメトロビウスか、あるいはもっと強いやつが出てくるわけで、多分、大人のプライドってのがあるだろうから一対一にしてくれとか、条件をゆるめてくれなんて格好悪くて言い出せないかもしれない。
それならこっちはより有利になるわけで、勝率は上がる。
「これは対等な条件で互いの強さを競うというような類の決闘ではない。どちらが有罪でどちらが無罪か、多くの人間の今後を左右するもので、言ってみれば合戦に近い闘いだ。ならば、古の兵法書が記すように、九分九厘までこちらが勝てる段取りをしなくてはならん」
――そのつもりで、頭を切り替えておけ。
と、ヴォルフガングは付け加えた。
僕とティルはコクリと首肯した。
「ヴォルフガング、それなら、僕たちはまず何をすればいいかな?」
「一つは場にて勝たねばならん」
「場にて勝つ?」
「審判の買収だ」
言われて、僕らはポカンと口を開けてしまった。
え、さすがに卑怯じゃない?
「頭を切り替えろといったろう。これは負ければすべてを失う戦いだ。なりふり構う必要はない」
「でも、魔女裁判のときはその手は使えなかったよね?」
「あれはレーム教皇庁が主導していたからな。しかし、決闘裁判は武門の慣わしだ。管轄も変わるのだろう?」
ヴォルフガングが訊いたのはガッティナラだった。
法律にも詳しい狐目の政治顧問は「うむ」と頷いた。
「決闘裁判は騎士たちの慣習だ。当然、審判役は聖職者ではなく、俗世の君侯が執り行う。この場合、おそらく皇帝であろう」
「皇帝は、たしか慢性的に金に困っていたな。それにザシャの統治院設立の件、あの男はどう考えているのだ?」
「表立っては言わないが、おそらく反対だろう。皇帝の権能に制限を加えると言うのだからな」
「では、金次第ではこちらに転ぶか?」
「いや、フリードリヒ陛下はザシャも公爵閣下も、どちらも気に入ってはいない。あの方は自分をこき使おうとする者すべてがお嫌いなのだ。おそらく、我々と向こう、どちらからも賄賂をとって中立を決め込む腹づもりだろう」
「難儀な男だな。が、やらぬよりは良い」
ヴォルフガングが視線を向けると、父さんはその尖ったアゴを引いた。
「わかった。私の方で運動しよう。一応、あれでも伯父上だし、ザシャ叔父のところの財布はスッカラカンだ。賄賂合戦で負けるということはないよ」
「では、次は装備だな。二人は年の割りに強いが、それでも身体は子供だ。プレートアーマーなど着せれば身動きが取れまい」
「それは私がなんとかします」
答えたのはヴァルブルガだった。
「これでも昔は迷宮に潜っていましたから。坊ちゃまたちに合う鎧を繕うこともできます。布を集めた旧式鎧ではいかがかと」
「レーム帝国初期の支給鎧か?」
「はい。布を接着剤で重ねたものです。重さも手ごろですし、鉄砲でも出てこない限りは通しません」
「いいだろう。二人はそれで構わんな?」
念を押されて、でも僕らに否やはなかった。
こういうのは経験者に任せるに限る。
「あとは武器だが、長柄はよした方がいいだろう。お前たちなら魔法でどうにでもなるし、相手に奪われては元も子もない」
それについては同感だった。
相手が穴に入っているのなら、こっちからは魔法を撃ち放題ということになる。
むしろ下手に接近するリスクは避けた方が無難だ。
「であれば、剣でということになるな。片手剣でいくか、両手剣でいくか?」
これにはティルが「もちろん、ロングソードよ!」と力いっぱいに答えた。
「やっぱり、こういう場合は使い慣れたもんでいくべきでしょ!」
「僕もティルと同じです。レイピアはちょっと頼りないです」
僕らの声に、ヴォルフガングは「ふっ」と微笑んだ。もしかするとちょっと嬉しかったのかもしれない。
「ならば、これだな」
そういって彼がテーブルの上に置いたのは、ちょっと短めの剣だった。
短いといっても、片手剣じゃない。ロングソードの縮小版といった感じだ。
「子供用のロングソードだ。いずれお前たちに渡そうと思っていた」
これには僕もティルも飛び上がって喜んだ。
実は国際会議の場でカタリーナやレオンくんが自分の武器を腰に下げているのを見て、うらやましく思っていたのだ。
全長は80センチくらいだろうか。刃渡りが大体その半分ほどの40センチ。
鍔は刃と十字を描くように横へ伸びていて、柄尻には丸いリングがついている。
子供用なんて言葉が失礼なくらいの堂々たる一品だ。
「マクシミリアンの剣がエッケザックス。一角剣という意味だ。ディートリントの剣がフラガラッハ。回答者、あるいは報復者という意味がある。どちらも神器級の品だ」
「エッケザックス……」
「よろしくね、フラガラッハ!」
僕たちは初めて手にした自分の剣を見つめた。
一角剣。なんて中二臭い名前なんだろう。
だけどこれから命がけの闘いが待っているとなると、その中二臭さがたまらなく頼もしかった。
同じことをティルも思ったのだろう。嬉々として、新しい相棒の刃を眺めている。
協議はその後、メトロビウス側の決闘者の情報を収集することを取り決めて、お開きになった。
僕たちの方としては、決闘前にやれることは全部やってしまった状態だ。
残っているのは鎧のサイズ合わせくらいだけれど、こっちは生まれてからずっと僕らの服を仕立ててくれているヴァルが担当しているので、僕たち本人には特に仕事はない。
なので、というわけではないけれど、僕らはペネロペの下をたずねることにした。
決闘裁判前に、ペネロペに話しておきたいことがあったからだ。
部屋のドアを叩くと、ペネロペは申し訳なさそうな顔をして出てきた。
内心、かなり気まずいのだろう。
まあ、僕も逆の立場だったらどうすればいいか分からなくなる自信があるけどね。
なにせ、七歳の子供に命がけで助けられてしまって、その子供たちはこれからさらに危ない橋を渡ろうとしているのに、自分は見ているしかないのだ。
ティルが明るく、
「そんな顔しないの! あたしたちは自分のためにやってんだからね!」
なんて言いながら、ズカズカと部屋の中に入ってしまった。
いかにも自然な流れを演出していたけれど、狙ってやっているのがバレバレだ。
お願いだから、ベッドに跳び乗って匂いを嗅ぐとかしないでくれよ。
「しないわよ、そんなこと。アンタこそ、さてはちょっと考えたわね?」
声にもテレパシーにも乗せていなかったのに、ティルのやつが声に出して言ってしまった。
なんで口に出すんだよ。というか、なんで分かるんだよ、怖いな。
「そりゃ、あたしはアンタなんだから当然でしょ」
ティルは勝ち誇ったように「フフン♪」とほくそ笑んでみせた。
ペネロペはそんな僕らの会話をキョトンとした様子で聞いている。
まあ、訳が分からないよね。
「ペネロペ、僕たち、今度の決闘で代理人は立てないことにしたんだ」
勧められた椅子に腰かけた直後、僕はなるべくあっさりした調子で告げた。
それでもペネロペにはショックだったらしい。
ギョッとした顔のままで、「ダメよ、そんな!」と叫んでしまった。
「落ち着いてよ。僕もティルも、一応、勝つ気でいるんだからさ」
「そうそう。ペネロペはドーンって構えてくれてりゃ良いのよ」
僕たちとしてはペネロペを安心させるために余裕をかましてみたつもりだったのだけれど、彼女からすれば事の重大さを何も分かっていない子どもの戯言に聞こえたらしい。
ペネロペは珍しく顔を真っ赤にして怒鳴った。
「あなた達は、なんでいつもそうなの!? なんでもかんでも勝手に決めて! 大人を馬鹿にするのもいい加減にしなさい!!」
思えば、ペネロペが僕らに対して感情をむき出しにしたのはこれが初めてだったかもしれない。
魔女裁判のときですら、彼女は僕らをかばおうとしていたから、いまは本当に余裕がなくなってしまっているのだろう。
でも、それが悪いことだとは、僕らは思わなかった。
逆に、取り繕った関係のままなら、ここから先が話せない。
「だって大人だもん、あたしたち」
ティルがサラッといった。
ペネロペの顔がさらに赤くなった。
「大人なもんですか! 七歳の子供が生意気いうんじゃありません!!」
「七歳じゃないんだよ、僕たち」
「そ、ほんとは三十超えてんのよ」
僕たちの言い様に、ペネロペはますます熱くなってしまった。
そんな彼女に冷水を浴びせるように、僕はつづけた。
「転生者なんだ、僕たち」
この言葉の効果は、予想以上だった。
ペネロペの顔色が途端に青くなったからだ。
裁判で、イリニとの関係を暴露されたときくらいの動揺っぷりだった。
「……意味が、分かっていっているの?」
ペネロペは信じられないものを見るようにいった。
聖火十字教は、転生というものを認めていない。
人間は死んだら霊界に留め置かれて、やがて最後の審判で救われるものとされている。
だから、転生者を自分から名乗るということは、聖火十字教の教理を否定しているということになるのだ。
「そうだよ、僕らは生まれからして異端なんだ」
僕は語った。
別世界でトラックに跳ねられ死亡したこと。
ラ・ムーと契約して、元の世界からやってくるスパイを撃退する任に就いたこと。
僕とティルが、元々同一人物だったこと。
チートと呼ばれるほど、魔力が引き揚げられていることなどをだ。
ペネロペは、驚いた表情のまま固まってしまった。
どう反応していいか分からないのだろう。
なにせ僕らの話には証拠が一つもない。
悪い冗談だと笑い飛ばしてしまう事だってできるのだ。
なのにペネロペがそうしないのは、一緒に過ごした四年間の中に思い当たる節がいくつもあったからだろう。
やがてしぼり出すように彼女が言ったのは、
――どうして、私に話すの?
なんて言葉だった。
「家族だから、先生だから、理由はいろいろあるけれど、結局、運命だからっていうのが一番正確なんだろうね」
「……運命?」
聞き返す彼女に、ティルがニッコリ笑っていった。
「ペネロペはあたしの嫁になるのよ」
「僕らのどっちかの、ね」
もしかすると両方かもしれないって話は黙っておく。これ以上混乱させるのもかわいそうだからね。
「ペネロペが僕らのところに来たのは偶然じゃないんだ。僕らが、ラ・ムーって神様にお願いしたからなんだよ。ペネロペと結婚したいってね」
「そそ。ペネロペと結婚したいってね」
ハーレムの話をしないのは別に都合が悪いからじゃない。
ペネロペをこれ以上混乱させるのがかわいそうだからだ。うん、間違いない。
「だからさ、僕らが死んでも気に病まないでほしいんだ。君は何も悪くない。むしろ、僕らの我がままに巻き込まれただけなんだ」
伝えるべきことを伝えてしまうと、僕らはさっさと部屋を後にした。
ペネロペを気づかってって言えれば格好良いのだけれど、本当は彼女の反応が怖かったからだ。
絶対イヤだなんて言われた日には、決闘当日まで生きている自信がない。
こういう点、僕もティルも前世のヘタレっぷりを引きずっている。
かくして、僕らは決闘裁判当日の朝を迎えた。
二人とも、ヴァルブルガが作ってくれた布製の胸甲をつけ、その上からハーフマントを羽織って、頭の上には雉羽を挿したベレー帽を被った。
腰にはもちろん、エッケザックスとフラガラッハをそれぞれ佩いている。
皇帝フリードリヒ・ドライの進行に合わせて、神への祝詞を唱え、盾の合図で僕らは鉄腕ゲッツへと飛びかかった。
彼は、事前に掘られた穴にへそから下を突っ込んでいた。
あの穴から出るか、淵に手をついてしまった場合も彼の負けになる。
だけど、予想された条件の緩和について、ゲッツは何も言ってこなかった。
このくらい、ハンデにもならないと思っているのかもしれない。
彼は義手を目前にかざすと、人差し指、中指、薬指と順番に関節を曲げていき、拳をつくるとそれをめいっぱい握りこんだ。
――ギギギギッ!
と、黒光りする外装からのぞく関節部が軋みを上げる。
「アイザーネンハントッ!」
かけ声に反応するように、手の甲の部分が「カシャッ!」と開き、内部の碧いリングのような部品が露出する。
碧いリングは高速で回転を始め、空中から魔素・ヤドリギを義手の中に取り込みだした。
「ガキ共! せめてもの恩情だ! 特別に素手で相手してやるぜ!」
ゲッツは気合満々に叫んだ。
それ、素手っていうんだろうか?
僕が突っ込むより早く、ティルが批難の声を上げていた。
「そんな体脂肪率0%のもん振りかぶって、えらそうなこと言ってんじゃないわよ!」
うん、そのツッコミもどうなんだろうね。
まあ、そんなこといちいち言っていられるような状況でもないんだけど。
僕はどうもまだちゃんと頭が切り替えられていないらしい。
いろいろ至らない兄と違って、ティルは左肩に仕込んだ金色の試験管を引き抜くと、ニヤリと口角をつり上げた。
「見せてあげるわよ、本気の悪ふざけってやつをね!」
言うや否や、彼女は自分の魔力で誕生させた四体の魔製獣を決闘場の真ん中へと召喚した。
いつもお読み頂きありがとうございます。
次回更新は五月一日19時になります。




