第三十一幕「決闘、鉄腕ゲッツ」
さて、決闘裁判とはなんであるか。まず、そこから説明させて頂こう。
決闘裁判、あるいは神前裁判ともいう。
ルールはいたってシンプルだ。
原告と被告が武器と防具で武装して殺し合う。
勝った方は神様に味方してもらったから勝訴、負けた方は神様に見捨てられたから敗訴って感じだ。
もし原告、被告どちらかが女性や子どもであった場合、あるいは身体的な理由で決闘できなかった場合、決闘代理人というのを立てることができる。
自分より強い人に代わってもらってもオーケーってわけだ。
ただし、負けた場合、その代理人も一緒に責任を取らせられるので、引き受けてもらえるかは交渉次第である。
もし原告、被告のどちらかが女子供で、代理人を見つけられなかった場合、ハンデとして相手の男はへそまでの高さの穴に入り、そこから出ないようにして闘うという制限がつく。
一応、公平を期そうって配慮があるわけだ。
今回の場合に当てはめると、僕ら原告側の決闘者と被告メトロビウス側の決闘者が闘って、僕らが勝てばペネロペは無罪で、メトロビウスが火あぶり、決闘代理人は追放処分。メトロビウスが勝てば、訴えを起こした僕とティルとペネロペが火あぶり、やはり決闘代理人は追放ということになる。
勝てば天国、負ければ地獄ってわけさ。
一応、言っておくと、この決闘裁判、千年くらい前は当然のようにやっていたそうだけど、今じゃほとんどの人間がやらない。
まあ、やったところで事件の真相は明らかにならないし、万が一負けたら全部を失うことになるんだから当然だよね。
なのに僕らの訴えが通ったのは生来の権利として認められているからだ。
これでも公爵家の子供で皇族と王族の血が入っているからね。特権階級なのさ。
決闘裁判はだいたい火曜日の早朝に行われるのが通例になっている。
みんなでぞろぞろ教会にいって朝のミサを受け、六時くらいに用意された決闘場で裁判スタートだ。
このときの決闘場は、最初の裁判で魔女の窯が設置されていた礼拝堂の裏庭だった。
右手に僕とティル、ペネロペを初めとしてラタトスク公爵家の関係者たちが、左手にはメトロビウスとザシャ、リューベン王国の関係者たちが陣取る。
中央に立って審判をつとめるのは皇帝フリードリヒ・ドライ陛下だった。
彼は腰の曲がった身体を聖老樹で作った十字架の前に立たせると、従僕の持ってきたロングソードを引き抜いて、裏庭の地面に突き立てた。
「それではこれより決闘裁判を始めるのねん。原告、被告は聖火十字にかけて自分が正しいって宣誓するのねん」
僕とティル、メトロビウスはそれぞれ頷くと、十字架に向かって誓いの言葉をつむいだ。
宣誓が終わったのを確認すると、フリードリヒ陛下は僕らの方を見ていった。
「マクシミリアン、ディートリントの両名にたずねるのねん。神の裁きに臨み、君たちは生死を賭する闘いによって訴えを主張する覚悟はあるのねん?」
「「はい」」
「君たちは子供なのねん。決闘代理人を立てる権利があるのねん。行使するかなのねん?」
僕は答えた。
「いえ、自分で闘います。その代わり、僕とティルが二人で闘うことをお認め頂きたいのです」
「2対1になってしまうけど、うん、まあ、子供だからオッケーなのねん」
フリードリヒ陛下はどこか投げやりな態度でいった。この人、本当はもう帰りたいんだろうな。
イヤイヤ感ただよう調子のまま、陛下はメトロビウスの方を見た。
「ではメトロビウスにたずねるのねん。自分で決闘するのねん? それとも誰か勇者が生死を賭して君のために闘うことを欲するのねん?」
メトロビウスは余裕の笑みを浮かべて答えた。
「決闘代理人を立てさせていただきますわ」
男のくせに、自分で闘う気はないらしい。まあ、女より女らしい外見しているからね。戦闘は得意じゃないのかもしれない。
「君が選ぶ勇者の名はなんなのねん?」
「ゴトフリートですわ、陛下。ゴトフリート・フォン・ベルリヒンゲンを私の決闘代理人に指名いたします」
メトロビウスの言葉に、外野からどよめきが起こった。
「ゲッツ、鉄腕ゲッツだ……」
「あの盗賊騎士が決闘裁判の代理とは……」
ゴトフリート・フォン・ベルリヒンゲン。愛称はゲッツ。
カルマニエン三百諸侯の一つ、クヴァバ辺境伯家に仕えていたこともある歴とした連邦騎士だ。
ところがこの男、その行状はとても騎士と呼べるようなものではなかった。
大商人の商隊を襲って金と商品を巻き上げる。
気に入らないやつに不意打ちを喰らわせ、家族に「合意の上で決闘をして人質にした」と偽って身代金をせしめる。
農村に殴りこみをかけて、村民と大立回りを演じたことも一回や二回ではないし、逆に彼らに雇われて農民一揆の指揮官になったこともある。
ついたアダ名は「盗賊騎士」。正々堂々であるべき騎士道に真っ向から背く男なのだ。
そんな野盗同然の男が名を成したのは、とある合戦での出来事がきっかけだった。
味方の大砲が誤って直撃し、右腕が弾け飛んだのだ。
利き腕を失えば剣を奮うことはできない。
誰もがゲッツは終わったと思った。だけど、この男、転んでもただでは起きない捻くれ者だった。
ゲッツは連邦各地を旅し続け、三大魔道師の一人にして錬金術師、ホーエンハイムを見つけ出すと彼に無理矢理、義手を作らせたのだ。
オリハルコン製、魔導機関内蔵、神器にも匹敵する最強最悪の右腕「アイザーネンハント」。
最高の右腕を手に入れたゲッツは以降、連邦各所の戦場で鬼神の如き活躍を見せ、やがて「鉄腕ゲッツ」と呼ばれるまでになったのだった。
その鉄腕ゲッツは、メトロビウスの背後に控える一団の中からのっそりと顔をだした。
年の頃は三十代半ばといったところだろう。
稲穂色の髪を後ろに流した筋骨隆々の大男だ。
身にはケルベロス騎士団の証である三頭犬を彫り込んだ黒い胸甲を着けている。
右腕はウワサのとおり、黒光りした甲冑の篭手のような外装をしていた。
彼が指や肘を動かすたび、
――ウィン、ウィン。
と、うなるような駆動音が鳴る。
ゲッツは僕らの前に立つと、白くて大きな歯を見せびらかすようにニヤリと笑った。
「おお、ちんまいのが雁首そろえて、これからお遊戯会でも始まるのかい?」
分かりやすい挑発だ。
相手が子供だからって舐めてるんだな。
「ええ、これから盗賊騎士の右腕消失マジック第二段をお送りする予定ですよ」
「その中二病満載の右腕引っこ抜いて、スクラップにしてやるんだから!」
僕とティルがそう返すと、ゲッツはカラカラと笑い声を上げた。
「まあ、せいぜいがんばれやチビ助共」
こんなやつら相手になるか。
ゲッツの気持ちとしてはそんな感じなのだろう。
決闘の当事者がそろったことで、フリードリヒ陛下は決闘前の口上を再開した。
「それじゃあ、両勇者のため、三名ずつ前に出て決闘場の広さを決めるのねん」
僕らとメトロビウスの背後、ラタトスク側とリューベン側から槍を持った騎士が三人ずつ前に出た。
彼らは僕ら三人を取り囲むように円陣を組むと、持っていた槍の石突を地面に突き刺した。
この六本の槍で囲まれた空間が、正式な決闘の場所になる。
フリードリヒ陛下は続けた。
「みんな聞いて欲しいのねん。この決闘を誰も妨害しちゃダメなのねん。仕切りから充分離れてほしいのねん。このルールを守らない人は騎士なら片手を、従卒なら首を失って償うのが掟だと知っておいてほしいのねん」
皇帝の述べる注意事項に、外野一同が「承知!」と声を上げた。
一応、言っておくと、この流れは作法として決まっている。
審判のセリフは、本当はもっと厳粛なんだけどね。
「決闘者も聞いて欲しいのねん。決闘のルールは真心を持って守ってほしいのねん。ズルしたりして判決を誤魔化したりしないように注意なのねん。グレーな行為もNGなのねん。神は公正至極に君たちを裁いてくれるのねん。だから神を信じて、自分の力ばっかり自慢しないようになのねん」
ここから僕らのセリフになる。
僕とティル、そしてゲッツは聖老樹でできた十字架に告げた。
――主なる神よ、なにとぞ正義によって我を断ぜられたまえ。我は天上の火を信じ、塩と光の恩恵を敬い、己が力をおごらぬ者なり!
そしてセリフはフリードリヒ陛下に戻る。
「主なる神よ、天上の父にして、純粋なる火よ、いま願い奉るのねん。剣の勝負で破邪顕正の判決を示してほしいのねん。清き腕には猛き力を、偽りの腕には萎えを。えーっと、人智はすでに及ばないのねん、あーっと、神よ、そろそろ裁判なのねん」
おい、皇帝、段々口上が雑になってるってば。
もうちょっと緊張感持ってよ、親戚なんだからさ。
横にいた従卒が見かねて耳打ちしている。
「陛下、『炎の不死鳥よ、いまこそ真の判決を』です」
「ああ、そうだったのねん。炎の不死鳥よ、いまこそ真の判決をなのねん!」
僕らは力が抜けそうになるのをこらえながら、決められたセリフを叫んだ。
――炎の不死鳥よ、いまこそ真の判決を。我らは臆さぬ者なり!
外野のうち、男性陣が後に続く。
「清き腕には猛き力を! 偽りの腕には萎えを!」
女性陣もお決まりの文句を唱える。
「純粋なる火よ、かの者たちに祝福を!」
フリードリヒ陛下はさっき地面に突き立てたロングソードを引き抜くと、聖老樹の十字架に飾らせた盾をブッ叩いた。
シンバルのような重くて広い金属音が決闘場に響き渡る。
一打目が位置についての合図。
二打目が剣を抜いて構えろの合図。
そして三打目が鳴った瞬間、決闘がスタートした。
「ずっとあたしのターンッ!」
ティル、そのかけ声はどうかと思う。
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回更新は四月二十四日19時となります。




