第三十幕「リリカル、リーガル、魔女裁判〔その3〕」
ザシャは堂々と傍聴席の真ん中を通り、こっちから見て左側の長椅子にどっかりと腰かけた。
周囲は相変わらず黒い胸甲を身につけたケルベロス騎士団が固めていて、その中には茶色の野良着にファルシオンを差したジークリンデの姿もあった。
席を奪われた聴衆が、不安そうな目で右側の一団を見る。
出来ればあっちへ移りたいけれど、それが出来なくて困惑しているといった様子だ。
なにせ、傍聴席の右側には父さん、母さんをはじめラタトスク公国の面々がすでに座を占めていたからだ。
右に赤い盾、左にケルベロス。互いに嫌悪感をむき出しにする両者の間で、野次馬たちが震え上がっている。
そんな周りの雰囲気なんて意に介した風もなく、ザシャはかたわらのエルフをうながした。
「メトロビウス、行って来い」
「はい、殿下」
指名された水色髪のエルフは、すまし顔で敷居になっている木の柵を越えて、検事席に近付いた。
「遅くなって申し訳ありません、クレーマー検事。議事を一端、原告側の証人質問に引き戻すよう主席判事にお願いして下さらないかしら?」
「は、はい!」
クレーマーは喜色を浮かべてボルギアたちの下へ走った。
彼としては、地獄で仏を見た気がしたのだろう。まあ、神父だからこの例えもどうかと思うけど。
僕らとしては、歓迎すべき展開じゃない。せっかく流れがこっちに来たところなんだ。ここで議事の進行を巻き戻されるなんて冗談じゃない。
ティルが元気いっぱいに「異議有りっ!」と叫びながらぴょんぴょんしたけれど、ボルギアもリヒロイも知らん顔だった。
さっきは僕の話を聞いて拍手してくれていたんだけれど、それはそれ、これはこれってことらしい。大人はこういうとき面倒な態度を取るから嫌いだ。
結局、審議は原告側の犯罪立証まで戻ってしまった。
クレーマーはちょっと顔を赤らめながら「それでは、お名前と身分をお願いします」と証言台に立つメトロビウスに向かっていった。
こいつ、あんな歪んだ性癖持ちなのにそっちの気もあるんだろうか。ますます嫌いになりそうだ。彼にはぜひ煉獄に落ちて貰いたい。
メトロビウスはそんな検事の態度にクスリと微笑して、秀麗な顔に似合わない渋い声でいった。
「イシュタリエンのメトロビウス、偉大なるリューベン王殿下の下で内政官を勤めさせていただいております、改宗エルフです」
「あなたはこの法廷で偽りなく真実を口にすると誓いますか?」
「誓います」
メトロビウスは証言台にあった『塩と光の書』に手を置いて宣誓した。
クレーマーは分かり安すぎるくらい浮き浮きした表情で質問を始めた。
最初は当たり障りのない内容、この会議のいつどこでペネロペを見かけたのか、そのときどう思ったのかといった確認が取られた。
この辺は僕らも国際会議の議場で聞いている。
やがてクレーマーは核心に迫る質問へと移った。
「あなたが被告と知り合ったのは、いつ、どこででしたか?」
「十年前のイシュタリエン地方、東レーム帝国でした」
「東レーム帝国のどこでしたか?」
「首都、ギュルテルシュタットにある修道院でした」
「しゅ、修道院ですって!?」
クレーマーが素っ頓狂な声を上げ、傍聴席の半分がザワザワと波打った。
当然の反応だ。検事の主張ではペネロペは信徒台帳に載ってない、偽信徒ということになっている。なのにそのペネロペが修道院に居ただなんて明らかな矛盾だ。
僕もティルも、メトロビウスが何を考えているか分からなかった。あえて自分たちに不利な証言をするだなんて、どうなってるんだ?
クレーマーは動揺を必死に隠そうとして、でも失敗していた。
「しゅ、修道院で、ひ、被告はなにをしていましたか?」
「彼女はそこの修道女でした」
水色髪のエルフの返答に、クレーマーはアゴの骨がはずれたんじゃないかってくらい口を大きく開けてしまった。
そりゃ、援護射撃を期待して証言台に立たせたらフレンドリー・ファイヤーだもんね。敵ながらちょっと同情しちゃいそうだよ。
「で、では被告は、あの、その、聖火十字教徒だとでもおっしゃるのですか?」
「ええ、かつては」
過去形の言い回しに、クレーマーは「へ?」と脱力した顔をした。
僕とティルは思わず、ペネロペを見た。
彼女は僕たちが座る弁護人席の近くでずっと立たされていたのだけれど、その表情は見る見る紫色に変わり、荒縄に縛られた身体がカタカタと震えていた。
何かマズい。直感的にそう思った。だけど、僕とティルにはどうしようもなかった。だって、ペネロペの過去なんて、僕らだって知らないのだ。
メトロビウスは口元に微笑を浮かべたまま、でも、決して笑わない冴え冴えとした目でペネロペをとらえながら続けた。
「彼女は東レーム帝国の貴族の家に生まれ、それからギュルテルシュタットにあるその修道院に入り、東方炎教会の信徒になりました」
東方炎教会というのは、聖火十字教の教派の一つだ。
実は聖火十字教はレーム帝国が東西に分かれたときにも一度分裂していて、西がレーム教皇庁、東が東方炎教会を総本山としている。
まあ、それでも同じ聖火十字教徒であることには変わりない。むしろ、西側の信徒台帳にペネロペの名前がなかったのもこれで頷ける。
東レーム帝国で洗礼を受けていたなら、レーム教皇庁に記録が残るはずがないのだ。
メトロビウスの証言は、僕たちの主張の証拠固めをしてくれているみたいだった。
けれど、ペネロペの表情は一向に晴れない。やっぱり何かがおかしい。
「被告ペーネロペイアは誰もが認める敬虔な聖火十字教徒でした。ですが、清貧とした暮らしに喜びを見出していた彼女は変わってしまったのです。彼女に遅れて修道院に入ったとある女の存在によって」
「と、とある女とは?」
クレーマーは最早話の先をうながすだけのマシーンと化していた。
その顔には「もうどうして良いか分かりません」とはっきり書いてあるようだった。
対照的に、メトロビウスの方は淡々として常に落ち着いている。
「東レーム帝国の今上帝にして、国教を聖火十字教から古の十二柱の邪神信仰へと変えてしまった魔女、エイレーネーと出会い、あの女に毒されたことによって、被告は自らも聖火十字教を捨ててしまったのです」
「え、エイレーネーとは、あのイリニのことですか!? 自分の兄二人の目玉をえぐって帝位を奪ったあの!?」
「その通りですわ。被告はかの魔女と出会い、すぐに打ち解け、そして許されざる禁断の関係となったのです」
メトロビウスの言葉に、それまでうつむいていたペネロペは弾かれたように顔を上げた。
「違います! 私たちはそんな関係ではありません!」
必死な彼女の叫びは、リヒロイの「被告人は発言を控えるように」という冷たい声にいなされてしまった。
その間も、メトロビウスは語った。
「夜ごと二人はお互いの部屋を行き来し、僧服を脱がせあい……」
「違います!」
「白い柔肌をすり合わせ、指と脚を絡めあいながら……」
「だから違うんです!」
「淫らにも相手の舌を求めあって……」
「やめて! 私とイリニ姉様はそんな関係じゃなかった!」
ペネロペの発言に、礼拝堂すべてが一瞬硬直した。
――イリニ姉様。
彼女はたしかにそう言ったのだ。つまり、二人が本当に修道院で一緒だったことを本人が認めてしまったということだ。
メトロビウスは子羊を追い詰める陰惨な灰色狼のように、口角をつり上げた。
「そういう噂もあったという話です。ですが、ええ、ペネロペ、あなたの言う通り、違いますよね。あなた達二人はそんな関係ではなかった」
ペネロペは明らかに「しまった」という顔をした。
メトロビウスはそんな彼女を面白そうに見つめながら、エイレーネー、東レーム帝国の女帝について話し出した。
彼の言によれば、エルフ語でイリニという名のこの女帝は、先々代の東レーム帝国皇帝の長女として産まれた。
上に二人、兄がいて、皇帝にとっては三人目の子どもであったそうだ。
飛び抜けて頭の良い子であったらしい。
彼女の前には、二人の兄など凡夫もいい所だと周囲もウワサしあった。
しかし、そんなイリニに父親である皇帝は危惧を覚えた。
彼の目には娘があまりにも野心的であるように映ったのだ。
――この子はいずれ帝国に災いをもたらすかもしれない。
自分の死後を心配した皇帝は、イリニを政治から遠ざけることにした。
そのときの言葉が、強烈な印象としてイシュタリエンのエルフたちには記憶されたのだろう。
メトロビウスは、よどみなくスラスラと皇帝の遺言とも取れる命令を暗唱した。
「娘よ、汝は兄二人に関わってはならぬ、高位の貴族とも結婚してはならぬ。政治の一切から遠ざかり、修道院でただひたすらに神のために祈るのだ。その代わり哀れなる我が娘よ、朕はそれ以外の全てを汝に与えよう」
かくしてイリニは相応の財産を分与されて修道院に入った。
だけどそこまでして父親が抑え込もうとした彼女の野心は、決して衰えることはなかった。
イリニは修道院を隠れ蓑にして、有能な六人の側近を集めると、帝位についたばかりの長兄に対してクーデターを起こしたのだ。
無血クーデターとも言える鮮やかな手並みだったという。
でも、結果的に血は流れた。
イリニは皇帝となっていた長兄と大臣だった次兄を捕らえると、彼らの目玉をえぐり出して幽閉したのだ。
「イリニことエイレーネーは帝位に就くと、すぐさま国教を聖火十字教から古の十二柱の邪教へと変えてしまいました。その後の東レーム帝国がどうなったかは皆様のご記憶の通りです。国内は混乱し、分裂し、そこをグラスラントのケンタウロスに漬け込まれ、いまでは草原の騎士たちの属国となってしまった。その引き金をひいた彼女の六人の側近たち、うち一人が私の目の前にいる被告なのです」
僕もティルも、そして礼拝堂に集まったすべての人たちの視線がペネロペに注がれた。
彼女は顔を青くして、わなわなと唇を震わせている。
もう誰の目にも明らかだった。メトロビウスの言ったことはすべて事実なんだ。
「お返事はどうしました、被告? いいえ、こう呼ぶべきですね。魔女エイレーネーに従いし始まりの六人にして、クーデター計画の立案者……」
――大軍師ペーネロペイア・オデュッセイア。
言われた瞬間、ペネロペの膝がガクンと折れた。
僕とティルは慌てて彼女の下に駆け寄った。
「ペネロペ、大丈夫?」
「気分が悪いなら言いなさい。誰か、椅子を持ってきて!」
そんな僕らの声は、だけどペネロペには聞こえていないみたいだった。
彼女はいまにも泣き出しそうな顔で「違うの、私はそんなつもりじゃ」とつぶやいていた。
僕はペネロペの介抱をティルに任せると、判事席を振り返った。
「反対尋問、よろしいでしょうか?」
ボルギアの許可をもらうと、僕はメトロビウスにたずねた。
「お話を聞いていると、まるであなたは見てきたように被告の過去を語っているように感じましたが、いったいそれはどこから得た情報ですか?」
まず、情報の出所を探り出す。もし誰かからの伝聞で話しているのなら、そこから突き崩してやるつもりだった。
けれど、メトロビウスは大したことでもない風にいったのだ。
「どこから得た情報も何も、実際見ていましたもの」
「見ていた?」
「ええ、私も始まりの六人でしたから」
衝撃の事実だった。
「な、仲間だったって、ことですか?」
「ええ、同志でした」
「その仲間を、あなたは訴えたんですか!?」
「勘違いしないでもらいたいのですが、私が被告の仲間だったのはクーデターの直後までです。彼女と違って私は邪教には関わっていませんし、レーム教皇庁の管理下で信徒台帳にも記載されています。異端だったことはありませんし、いまとなっては故郷を異端に売り渡した彼女を憎んでいます。ですから、そんな裏切り者を見るような目で見ないで下さい」
僕の質問は、結局、メトロビウスの証言がたしかなものだという裏付けを与えることにしかならなかった。
こうなったら、あとはペネロペ本人にメトロビウスの言葉を否定してもらうしかない。
いままでの彼女の発言はあくまで野次みたいなものだ。
裁判記録にも残らないし、判決に影響も与えない。
だから、証言台で彼女の口から事情を聞く必要がある。
無理を承知で頼むと、ペネロペは青白い顔をしながらも了承してくれた。
自分も昔のことをちゃんと話したいからと、彼女はいった。
証言台に立つと、ペネロペはメトロビウスがそうしたように宣誓を行い、そして訥々と語り出した。
「当時、東レーム帝国は、危機的状況にありました。くり返されるケンタウロスとドワーフによる侵攻、自国経済はオベレーンの商人たちに牛耳られ、東方炎教会はレーム教皇庁との宗派的対立を激化させ、皇族は派閥争いに興じ、神聖レムリエン連邦への支援要請もいつも断られて、帝国はもう限界にきていました。私は日々、神に祈りながら思っていました。強力なリーダーが必要だと。この国難を打破し、内政改革を断行し、周辺諸部族と戦える人物が帝位につくしかないと。そんな風に思っていたある日、修道院にあの方がやってきました」
それがイリニだったそうだ。
ペネロペはすぐに彼女と打ち解け、そして確信した。
東レーム帝国を救うためには、この皇女を帝位に就けるしかないのだと。
「傭兵隊長の買収、進軍ルートの選択、ケンタウロスの侵攻に合わせた決起。クーデター計画はすべて私が考えました。主要人物数人を拘束するだけで、事は終わるはずだった。誰の血も流れず、表面的には平和裏に新皇帝は即位するはずだったのです。なのに、あの人は、イリニ姉様は私たちを裏切った……」
エイレーネーは兄二人の反逆を怖れたのだろう。二人の両目をえぐり、地下牢に幽閉した。
それだけではなく、国教だった聖火十字教すら捨てた。
東レーム帝国を復活させるはずだったクーデターは、逆に帝国を内部から崩壊させる要因になってしまった。
「あの方のなさりように、私は失望しました。同時に、自分の犯した罪の大きさにおののきました。もう、故国にいることはできない。だから私は海を渡り、ハルモニエン地方に亡命したのです。ラタトスク公国の公子たちがエルフの家庭教師を探しているというウワサを耳にしたのはそれから数年後のことでした。私はお世話になっていた司祭さまの口利きで、教師陣の端に自分の名前を加えてもらいました」
過去をすべて語り終えたペネロペは、すまなそうに僕とティルを見た。
「いままで、黙っていてごめんなさい。できることなら、私の醜い罪をあなた達に知られたくなかったの。あなた達は、とても優秀で、だから、少しでも話したら、当時のことを容易に想像できてしまうだろうから……」
ペネロペは両目から涙を流してそういった。
もしかしたら、彼女は、本当は魔女として裁かれるつもりでいたのかもしれない。自分が犯してしまった過ちを清算するために。
なのに、僕とティルが無理矢理弁護人になってしまったから、言うに言えなくなってしまったのだろう。
ともあれ、これでいま出来ることはすべてやってしまった。
僕らにも、クレーマーにも、もう手札はない。
裁判の終盤は、ペネロペが聖火十字教から十二神教に改宗していたかどうかが争点になったのだけれど、お互い証拠がなかったせいで、もうグダグダだった。
それでも情状酌量の余地は充分にあったかなと、僕は思っていた。
なにせ、向こうの証人からペネロペが聖火十字教の修道女だったという証言が得られたのだ。
少なくとも、悪魔の手先で、うちの父さんと結託して国家転覆を狙ってたなんて話にはならないだろう。
判事の中にはピッコローミニもいることだし、ラタトスク公国が連邦有数の経済大国である事実も変わらない。
ザシャを筆頭にした一派も、父さんの風聞にちょっと傷をつけたことで一応満足するだろうと。
だけど、そんな僕の甘やかな予想はあっさりとくつがえされた。
主席判事ボルギア枢機卿は、朗々とした声で言ったのだ。
「原告の訴えを認め、被告ペーネロペイアを火刑に処する」
「なっ!?」
僕は思わず声を上げていた。
ボルギアは言う。一度は東レーム帝国を滅ぼす計画を立てた被告が、同じ事をこの連邦で行っても不思議はないと。
そして聖火十字教から古の邪教に改宗している可能性は多分にあると。
要するに、推定有罪。
なんてふざけた判決だ。
しかし、ボルギアは続けてこうも言った。
「ラタトスク公国の関与は認められず、また被告の弁護を買って出た公子二人は敬虔な聖火十字教徒であることを自ら立証した」
その言葉が何を意味するか、僕もティルも瞬時に悟った。
今回は特別にお前らと家族は見逃してやる。だから、このエルフは痛み分けとして差し出せ。
ボルギアが言っていることはそういうことなのだ。
でも、そんなつまらない譲歩、呑めるわけがない。
ペネロペだって、僕らの大切な家族なんだ。
ティルが腕を組み、そして静かにこっちを見た。
「落ち着きなさい、マクシー。こうなることは分かってたでしょ?」
そんなティルの言葉に、僕は頷いた。
ああ、分かってたさ。付け焼刃の弁護じゃ、どうにもならないってことは理解していた。
なのに、夢みたいな結末を妄想しちゃったのは、僕もティルも、絶望的な状況でがんばったからだ。
がんばった分、それなりの見返りがあるものと、心のどこかで思ってしまったらしい。
まったく、自分の甘っちょろさが嫌になるよ。
判決文を読み上げたボルギアが、こっちを見た。
「被告弁護人、判決が不服かね?」
文句があるなら言ってもいい。そんな雰囲気で、聞いてくる。
もちろん、あれは嘘だ。判決が下った以上、もうどうしようもないと分かっていて、あいつは念押しにきている。
僕とティルは、それ以上食い下がらなかった。
「いえ、ありません。判決は判決として、真摯に受け止めます」
「よろしい。それではこれより刑の執行に移る」
ボルギアの言葉に反応して、ペネロペを拘束している荒縄にケルベロス騎士団が手をかけた。
外に設置してあった魔女の窯に、彼女を放り込む気なのだろう。
けれど、黒い胸甲の騎士たちはその場から動かなかった。
僕とティルが、両者の間の荒縄をがっちりと握っていたからだ。
「被告弁護人! どういうつもりかね!?」
ボルギアの叱責が飛んで来たけれど、僕らは判事席ではなく、傍聴席の右側を見つめていた。
僕とティルの視線に気付いた父さんが、しばし打たれたように固まる。
僕は心の中で思った。僕とティルがそうであるように、父さんともテレパシーで通じ合えればいいのにと。
いまここで、僕らは胸の内を言葉にすることができない。
状況が、それを許してくれない。だから、黙って父さんを見つめた。
父さんは、迷っているようだった。
ちょっとしゃくれたアゴをギュッとかみしめ、何かに耐えるように目蓋を閉じる。
だけど、それも数秒のことだった。再び、目を開けたとき、父さんは言ってくれたのだ。
「二人とも、存分にやりなさい! 『私はあえてやってみた!』だ!!」
父さんの表情は、この国際会議に参加する前のように晴れやかだった。
母さんとガッティナラは信じられないものを見るように父さんを振り返った。
僕とティルは、ためらうことなく頷いた。
一家の家長の許可を得て、僕らはボルギアに向かっていった。
「主席判事殿、判決は判決として受け止めました。ですがここで、僕と妹は生来自分に備わった権利を行使いたします」
「生来備わった権利?」
確かめるようにつぶやいた直後、ボルギアは「ハッ!」と息を呑んだ。
「まさか、正気かね!?」
「ええ、そのまさかです」
僕とティルはあらためて判事席に身体を向けると、三人の枢機卿に告げた。
「僕、ラタトスク公ジギスムントとその妻、マリア・ゾフィーアの子、赤い盾のマクシミリアンと」
「その妹、赤い盾のディートリントは」
そこで言葉を切って、僕らは肺一杯に空気を吸い込み、叫んだ。
「「今回の裁判そのものを不服とし、ここに決闘裁判を要求する!!」」
声変わりしていない二つの響きが重なって、礼拝堂の白い壁を奮わせた。
さあ、最終ラウンドだぜ。
いつもお読み頂きありがとうございます。
次回更新は4月17日19時になります。




