表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ムーラント・サーガ~めるひぇんに御座候~  作者: 皇川 義佐
第二章「赤い盾の貴公子」
47/60

第二十七幕「事件は会議室で起きているんだ〔その3〕」

 詰め寄ってくる黒い胸甲の群れに、僕は緑色の光を灯した指先を振った。


――シュラーフ・ヴィント!


 またの名をスリープ・ウインド。風魔法の中でも初心者向けとされる初級魔術だ。


 甘い香りを放つ催眠作用のある風を受けて、ケルベロス騎士団の面々は廊下の床に昏倒していく。


 とにかく剣を抜いての刃傷沙汰はまずい。


 殴る蹴るも可能なら避けたい。


 一度、暴力に訴えれば間違いなく歯止めが利かなくなる。


 ケルベロス騎士団は容赦なく父さんや僕たちに剣先を突き立てようとするだろう。


 いまはあくまで逮捕しようとする側とそれに抗議する側という立ち位置を守らなくてはならない。


 議場では、騎士団の連中が父さんとルドルフ、ヴァレンシュタインを取り囲んでいた。


 向こうも可能ならばこのまま連行したいんだ。


「ティル、魔製獣は使わないように!」


「分かってるわよ!」


 怒ったように答えたティルは、ワインレッドの髪をなびかせながら、ヒョイヒョイと騎士たちの腕をかわしている。


 はたから見れば、大人に鬼ごっこで遊んでもらっている幼子のようだ。


 だけど、内実は捕まったら最悪死刑という血生臭さ。


 まったく嫌になるね、現実ってやつは。


 演説台にいるザシャは、騎士たちが僕とティルに手を焼いているのにお冠だった。


 子どもを先に拘束してしまえば、父さんたちも大人しくなると考えているんだろう。


(シュバイニー)! さっさとそいつらを捕らえんか!」


 ザシャが声をかけたのは僕の隣に居たジークリンデだった。


 父親の叱咤に、彼女は腰に差した鉈のような剣、おそらくはファルシオンってやつだろうけれど、そいつを引き抜くと大上段に振りかぶってきた。


 って、ちょっと待った!


 それはシャレにならない!


「マクシー!」


 ティルは叫ぶと同時にかたわらのカタリーナのダガーを抜くと、こっちに向かって放ってよこした。


 僕は両腕を交差させて左手でダガーを受け取る。


 右手はレオンくんのレイピアを勝手に拝借していた。


 そのまま頭上に二振りの刃をかざす。


――ガギャッ!


 と、金属の打ち合う音とオレンジ色の火花が散った。


「ジークリンデ! たんま! ちょっとたんま!」


「……問答……むみょん……」


 惜しい、ちょっと違う。


 って、そうじゃなくて!


「リンダヒェン! リンダちゃん! お願いだから話し合おう! 話せば分かるさ!」


「……」


 ジークリンデからの返事はなかった。代わりに重さを増した刃が僕の肩につく。


 やばい、すごく強い。


 七歳の腕力じゃないぞ。


 ジークリンデ、恐ろしい子。


 なんて冗談を言っている間にもファルシオンの刃はぐいぐいと僕の肩先に食い込んでくる。


 このままじゃ本当にぶった切られる。


 ティルが焦った様子で叫んでくる。


「マクシー、魔法を使って!」


「できません! 両手がふさがって呪文が出せません! いやー助けてー!」


「このおバカ!」


 はい、僕がバカでした。調子に乗って無詠唱とかやってたらこのざまですよ、みなさん。


 危機的状況に陥っていた僕だけれど、意外なところから救いの手が差し伸べられた。


 それまで静観していたカタリーナが、ジークリンデの横っ腹にタックルを決めてくれたのだ。


「ケートヒェン!」


「ケートちゃん言うな、青びょうたん!」


 顔を真っ赤にして抗議してくるカタリーナだけど、おかげでジークリンデのファルシオンから逃れられた。


「ありがとうカタリーナ! ティル、行くよ!」


「待たせてんじゃないわよ!」


 僕とティルは風魔法を足下にかけると、父さんたちのいる議場の最前席に向かって跳ね飛んだ。


「シュラーフ・ヴィント!」


「エーアデ・シュッツゴット!」


 二人で父さんたちの前に並ぶ机の上に仁王立ちするや、風の催眠魔法で目前の騎士たちを昏倒させ、同時にティルが土魔法のバリアを張る。


 気休めだけれど、これで膠着状態を保てるはずだ。


 父さんを守るべく動いた僕たちに、ヴァレンシュタインは緊張感の欠片もない拍手を送ってきた。


「ヨロレッヒッヒー♪ 素晴らしいお子さんをお持ちですね、突進公。これは私もご協力せねば」


 彼は指輪だらけの両手を華麗に振った。


 まるでオーケストラの指揮者のようだった。


「皆さん、いまです!」


 直後、僕らとケルベロス騎士団の間に先ほど乱入騒ぎを起こした踊り子の一団が出現した。


 彼女たちは何かを脱ぎ捨てる動作をした瞬間、いきなり姿を現したのだ。


 ヴァレンシュタインは勝ち誇った様子でいった。


「『闇』の七等級神器、タルンカッペ! 使用者の姿を隠し、その力を十二人分に増幅する迷宮の戦利品です! 集団運用したくてオリジナルはほどいてバラバラにしてしまいましたけどね、リリレリリ~♪」


 ヴァレンシュタインの言葉の間にも状況は動いていた。


 突如姿を現した踊り子たちはまたしても着ていた服を脱ぎ捨てたのだ。


 薄手の布に、羽飾りに、宝玉を散りばめたティアラに、手首足首のブレスレット。


 それら一切が取り払われ、どこかへと消え去る。


 代わって黄金の細工を施した胸甲を身につけた美麗な女騎士たちが僕らを守護するように立っていた。


「ヨロレッヒッヒー♪ Aランク以上の女冒険者だけで組織したヴィルデローゼ騎士団です! 彼女たちの剣はさながら(いばら)の如し! ケルベロスの牙にも劣るものではありませんぞ!」


 ヴァレンシュタインの自慢とも取れる解説を証明するように、女騎士たちは腰のレイピアを抜いて、ケルベロス騎士団の面々に突きつけた。


 それにしても趣味性の高い騎士団だ。


 Aランク以上の女性だけで構成したって話だけれど、選考基準は絶対にそれだけではないだろう。


 なにせ、みんな踊り子に変装できる美人で若い子ばかりなのだ。


 あ、あの黒髪に小麦色の肌の人、すげえ美人。


 いまからでも僕の剣の師匠になってくれないかな。


 なんて思ってたら、隣でティルが「すごい! あたしもこれ欲しい! っていうか、作るわ!」とのたまっていた。


 いやいや、冷静になろう。


 僕もティルのこと言えないけれど、ここは落ち着くべきだ。


 議場はいまや一触即発。


 誰か一人が妙な動きをした段階で、三頭犬と野薔薇が殺し合いそうな様相なのだ。


 この場にいる全員が、そのことを分かっている。


 だからこそ、動けない。


 ティルが「どうする?」と視線を投げかけてくる。


 おそらくここにいる誰もが、僕とティルの本当の戦闘力を知らない。


 僕たちが彼らに見せたのはよくて中級魔術だ。


 おかげで僕たちは大して警戒されていない。


 不意を突くことは充分に可能だ。


 グランツ・デア・シュトルムかそれに類する最上級魔法を叩き込めば、反対勢力を一掃できる。


 でも、それをやってしまって、その後はどうする?


 下手に他国の代表を巻き込めば、その瞬間から世界大戦の始まりだ。


 とはいえ、このままにらみ合いを続けることもできない。


 時間が経てば経つほど、どちらかが暴発することは目に見えている。


 お互いがお互いをジリジリと(あぶ)るような緊張感が議場を満たしきったと思えた頃、唐突にその均衡は崩された。


 連絡を受けたガッティナラがうちの顧問弁護士たちを引き連れて乗り込んできたからだった。


「お待ちを! 双方、しばしお待ちを!」


 ガッティナラは、彼にしては珍しく慌てた様子で走ってきた。


 常に冷静で、どこか腹黒い印象のある人物だけれど、さすがに今回のことは肝が冷えたらしい。


 でも、ケルベロス騎士団とヴィルデローゼ騎士団の衝突を止めたのは、焦った司教や弁護士たちではなかった。


 彼らに同行していた黒衣の剣士の姿を見て、議場の騎士たちは剣の切っ先を下げたのだ。


「……リンゲックだ」


「ヴォルフガング・リンゲック……」


「ヨハネス・リヒテナウアーの最後の弟子が、なぜここに?」


 ゆったりと議場の階段を降りてくるヴォルフガングに、好機の視線が集中する。


 彼は最前席に陣取った僕らのところまでくると、ゆったりと父さんと僕、ティルの顔を確認した。


「いったん、宿舎まで引き揚げるぞ」


 ヴォルフガングはそういうと、演説台に立つザシャを振り仰いだ。


「リューベン王よ、この場は俺に預けてもらおう」


「リンゲック、リヒテナウアーの十八人の友よ。カルマニエンの剣豪がラタトスクの突進公をかばうか?」


「そういう契約なものでな。裁判には必ず出廷させる。そうだな、ガッティナラ?」


 声をかけられたガッティナラはボルギア枢機卿と何かを話し合っていたけれど、弾かれたようにこちらを振り返って答えた。


「む、無論です。ラタトスク公は敬虔(けいけん)なる聖火十字教徒。決してレーム教皇庁に逆らうような真似は致しません」


 暗に、だから魔女じゃないんだと言いたげな口ぶりだ。


 ザシャは面白くもなさそうに、失笑をもらした。


「まあ、良かろう。リンゲックに免じて、この場は見逃してやる。だが、裁判への出廷を拒み、領地に引き揚げようとすればこちらもそれなりの対応をとらせてもらうぞ」


 逃げたら殺すってことね。


 ヴォルフガングは頷くと、先頭に立って歩きはじめた。


 父さんとルドルフ、ヴァレンシュタイン、そして僕とティルも後に続く。


 殿(しんがり)はヴィルデローゼ騎士団のお姉さんたちで、後方から不意打ちがないか警戒しながら議場を後にした。


 一応、武力衝突は避けられた。


 だけど状況が好転したというわけじゃない。


 魔女の嫌疑をかけられ、レーム教皇庁が主導する裁判に被告として出席しなくてはならない。


 迎えの馬車に乗り込むまでの間、みんな青い顔をしたまま黙りこくっていた。


 あの父さんですら、いまは意気消沈してしまっている。


 でも、僕らにとって頭が痛くなるニュースはこれだけではなかった。


 宿舎として割り当てられた館に戻ると、カルラとフリッツが息を乱して駆け寄ってきて、僕とティルに言ったのだ。


「大変よ、マクシー、ティル! ペネロペが、ペネロペがね!」


 カルラはすっかり動揺してしまっていて、話の要領を得ない。


 代わってフリッツが、僕らのいない間に何が起こったのか説明してくれた。


「ペネロペ先生が、教皇庁の異端審問官に逮捕されました。ほんの三十分前のことです」


 その報せに、僕とティルは絶句した。


 詳細がわかったのは、遅めの昼食を終えて、父さんたちの部屋に主だった面々が集まったときだった。


 臨時の対策会議ってやつで、メンバーは父さんと母さん、ガッティナラにヴォルフガング、クズクズ公ルドルフ、ヴァレンシュタイン、そして僕とティルだった。


 ガッティナラの話によれば、僕らが議場へ出発してすぐ、教皇庁の異端審問官はやってきたらしい。


「連中の主張はペネロペを引き渡せの一点張りでした。我々は最初、公爵閣下の許可がなければ応じられないと突っぱねていたのですが、会議でリューベン王が閣下を告訴したという報に、居ても立ってもいられずこの館を飛び出したのです。審問官はその隙にペネロペを連れ去ったようです」


 すっかりしょげ返ってしまっているガッティナラに、ティルが訊いた。


「ペネロペはこの後、どうなるの?」


「ペネロペを被告とした異端審問が開かれ、彼女の有罪を立証した上で、公爵閣下を訴追し、ラタトスク公は魔女であったというスキャンダルを広める算段かと思われる」


 最悪の展開だ。


 この世界には魔法があるけれど、女魔法使いと魔女ではその言葉の意味がまるで違う。


 魔女とは神の教理に違反し、民衆を悪しき道に誘ういわば悪魔の使徒をさす言葉なのだ。


 そして、この言葉の及ぶ範囲は何も女だけとは限らない。


 老若男女に関わらず、神に逆らい悪魔と手を結ぼうとする存在はすべからく魔女の烙印を押される。


 つまり、男の父さんも例外にはならないのだ。


 僕はガッティナラに向かっていった。


「なら、まずペネロペの無罪を勝ち取ることに全力を注ぎましょう。彼女が有罪にならなければ、父さんまで罪が波及することはないのでしょう?」


「そういうわけにはいかないのだ、御曹子」


「ど、どうしてですか?」


「ペネロペの裁判の開廷は明日なのだ。しかも公判はその一度きりと、先ほど知らせが届いた」


「明日!? そんな馬鹿な話があるんですか!?」


 それじゃあ、彼女のために証拠や証人をそろえることだってできない。


 いや、そもそもそれが狙いなのか。


 向こうからしたら、本番は父さんの裁判なんだ。


 ペネロペの異端審問は、要するにその前哨戦にすぎない。


 だから、ちゃっちゃと終わらせて、次に行ってしまおうってことなんだ。


「じゃ、じゃあ、ペネロペはどうなるんですか?」


「有罪判決が下るのはすでに分かっている。ゆえに、我々としては公爵閣下が異端の烙印を押されぬよう、死力を尽くす所存だ」


「……それって」


 頭に浮かんだどす黒い予想を、僕は言わなかったのに、ティルが口に出して言ってしまった。


「要するに、ペネロペのことは見捨てるのね?」


 ガッティナラは答えなかった。


 答えないことが、答えること以上に、答えだった。


 僕は自分の身体が恐怖に(おのの)くのを感じた。


「見捨てるって、それじゃあ、彼女のために弁護人を立てることもしないってことですか!? 裁判を闘わないってことですか!?」


 食ってかかる僕に、ガッティナラの声はどこまでも冷たかった。


「下手にこちら側の法律家を弁護士とすれば、ペネロペとの親密な関係を内外にアピールすることになってしまう。彼女の有罪がくつがえることがない以上、そんなリスクを犯すことはできない」


「他人のフリしようってんですか!? 赤の他人だからペネロペが魔女でも関係ないって!? そういうことなんですか!?」


「そうだ」


「ふざけんなよ、テメェ!!」


 僕は椅子を蹴って立ち上がっていた。


「四年間だぞ!? 四年間、家族として暮らしてきたんだぞ!? なのに、ペネロペが死ぬのを黙って見てろっていうのか!?」


 そんな僕を、隣に座っていたティルが抑えてきた。


「落ち着きなさい、マクシー」


「ティル、君は平気なのかよ!?」


「いいからちょっと黙って。ガッティナラ、金は? 賄賂でもなんでも使って、判決をひっくり返すことはできないの? 父さんの話だと、うちには腐るくらい金貨があるんでしょ?」


「それも、考えなかったわけではない。だが、向こうから潰された」


 ガッティナラは疲れた様子で嘆息した。


 ティルが「どういうこと?」と訊ねると、彼は吐き捨てるようにいった。


「裁判の顔ぶれが、賄賂の効かない人間で固められているからだ。検事はヤーコプ・クレーマー」


 その名前に、ルドルフとヴァレンシュタインが苦い顔をした。


「あの野郎か……」


「『魔女へのボディー・ブロー』の作者ですか。厄介な」


 状況が飲み込めない僕たちに、二人は説明してくれた。


 ヤーコプ・クレーマー。レーム教皇庁の異端審問官。


 彼は元々厳格すぎる僧侶として有名だったが、異端審問官になると、ある論文を発表する。


 この世界には神に逆らう悪魔に魅了された魔女たちが巣くっていて、夜な夜な怪しげな儀式を執り行っている。正しき聖火十字教徒は彼女らの誘惑に屈さず、むしろ彼女らを正気に戻すために全力を注がなくてはならない。その方法とは揺るがぬ信仰から繰り出す鉄拳である。


 そういった内容の、魔女への徹底した弾圧を主張した論文だったのだ。


 そのタイトルこそが『魔女へのボディー・ブロー』で、裏書にカルマニエン地方の大学教授8人と、皇帝陛下、教皇聖下のサインまでついている大ベストセラーなのだそうだ。


 補足するようにガッティナラがいった。


「クレーマーはこれまであまたの魔女裁判を手がけてきたが、一度も負けたことがない。くわえて、今回は判決を下す三人の判事たちにも問題がある。主席判事にボルギア枢機卿、次席判事にリヒロイ枢機卿、そしてもう一人の次席判事がピッコローミニだ」


 予想外の名前に、僕もティルも耳を疑った。


「な、なんで、ピッコローミニが!?」


「裏切ったってこと!?」


 ガッティナラは首を横に振った。


「我々がこの会議に出立する少し前、ピッコローミニを枢機卿とする内示が下った。それ自体は喜ばしいことだが、問題は彼が誰よりも清廉な聖火十字教徒であるということだ。賄賂を使ったと彼に知られれば、唯一の味方をも我々は失いかねん」


 ピッコローミニが判事であっても他二人が敵だから判決は1対2。賄賂を使っても敵が転ばない可能性がある上に、ピッコローミニの反発を食らって0対3。


 金を出しても出さなくても負ける公算が高い。


 ならば父さんの裁判に向けて、せめてピッコローミニの不興は買わないようにしようということなのだろう。


 でもその結果、ペネロペは死ぬ。


 もう、どうにもならないのだろうか。


 顔をうつむけ、てのひらを見つめていた僕は、そこであることを思いついた。


「……全員、ぶっ飛ばしちゃ、ダメですか?」


 大人たちがみんな、ギョッとした顔で僕を見た。


「リューベン王も、ボルギアも、リヒロイも、そのクレーマーってやつもぶっ飛ばして、ペネロペをかっさらってラタトスクまで逃げてしまえばいいんだ! 僕になら充分可能だ! ねえ、そうしましょう! そうしましょうよ、父さん!!」


 そこまで叫んだところで、僕の左頬に衝撃が走った。


 見れば、普段は大人しい母さんが、両目にいっぱいの涙をためて、右手を振りぬいたところだった。


「いい加減にしなさい、マクシミリアン! そんなことをしたらどうなるか、貴方が一番分かっているでしょう!!」


 こっちに転生して七年、母さん、マリア・ゾフィーアから叩かれたのはこれが初めてだった。


 僕たちを産んだとき、母さんはまだ14歳で、いまよりもずっと子ども子どもしていた。


 だけど目の前の母さんは、ちゃんと母親の顔をしていた。


 僕たちのあとにリヒャルトとクラリッサを産んだこともあるのだろうけれど、何よりも七年という歳月が彼女を大人にした印象だった。


 それでも、彼女は二十一歳。転生前の僕よりも若い。


「だったら、だったらどうしろっていうんです? このまま何もしなかったらペネロペは死ぬんですよ? 僕だって、魔女にされた人間がどうなるかくらい知ってます。生きたまま、みんなの前で火あぶりにされるんだ。母さんは僕に、彼女が悲鳴を上げながら黒焦げになっていくのをただ見てろって言うんですか!?」


 八つ当たりだというのは分かっていた。


 分かっていたから、自分がどうしようもなく情けなくて、涙が後から後から溢れ出た。


 僕から言葉をぶつけられた母さんは、どう答えていいか分からずに固まってしまっている。


 父さんも、ルドルフも、ヴァレンシュタインも、ガッティナラも、政治屋連中はみんな黙りこくってしまっていた。


 ティルは何かに耐えるように、唇を噛んでいる。


 そんな中で、一人だけ口を開いた人物がいた。ヴォルフガングだった。


「こんな部屋の中で額を寄せ合っていても、頭が煮詰まりばかりだ。二人とも、ちょっと付き合え」


 居たたまれない雰囲気になってしまったこともあって、僕とティルはヴォルフガングに従って館の庭先へと出た。


 辺りはもうすっかり暗くなっていて、煌々とした月が雲間から顔を出している。


 のん気なもんだと見上げたところで、ヴォルフガングから頭頂部にゲンコツをもらった。


「男が母親に当たるな、馬鹿者が」


「……ぐ、すいません……」


「ペネロペの前では、あんな真似するなよ」


「え?」


「これから会いに行くぞ」


 それだけいって、ヴォルフガングは歩き出した。


 僕はついティルの顔を見た。どうやら彼女も寝耳に水だったらしい。


 いまから行って、会わせてもらえるものなんだろうか。


 よく分からなかったけど、ヴォルフガングがいうならその通りなんだろう。


 僕たちは頷きをかわすと、ヴォルフガングの大きな背中を追って駆け出した。


いつもお読み頂きありがとうございます。

これまで書き上がったら即上げるということをやっていましたが、そろそろ時間を固定していこうかと思います。

次回更新は3月27日19時。それ以降は毎週金曜19時にしようかと。

長期休暇に入ったときはまた別に考えています。

これからもどうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ