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ムーラント・サーガ~めるひぇんに御座候~  作者: 皇川 義佐
第二章「赤い盾の貴公子」
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第二十三幕「シュテッティン国際会議〔その5〕」

「レオンくん、あの人たちは?」


 僕が聞くのは廊下の向こう側に現れた新たな一団のことだ。


 先ほどのリヒロイと同じく、レーム教皇庁の枢機卿の証である緋色の僧服をきた男が中央にいる。


 痩せ型のリヒロイと違って、その中心の男は肩幅も広く、がっちりした体型をしている。


 髪は黒く、ヒゲは生やしていないが、眉が毛虫なみに太い。


 だからと言う訳ではないけれど、頑固親父って感じの人だなとそう思った。


 そんな聖職者の周りに寄り添って歩くのは三人の少年少女だ。


 一人は僧服を着ている。


 かたわらの枢機卿とは違い、白を基調にした服だ。


 聖火十字教は守門、読師、祓魔師、侍祭、助祭、司祭、司教、大司教、枢機卿、そして教皇と位が上がる。


 このうち、大司教、枢機卿、教皇はちょっと特殊で、通常の叙階(じょかい)を受ける場合、一番上は司教ということになる。


 その少年が着ているのは司教の僧服だった。


 見た目には十歳程度の年齢なのに、いきなり一番上ってことだ。


 すげえエリートだ。


 そんなエリートの顔はというと、とても良い男だった。


 ウエーブのかかった長いオレンジの髪、大きくまつ毛の長いキラキラした灰色の目、そして人に刺さりそうな細い顎。


 あれだ、少女マンガだ。


 少女マンガの主人公の相手役で、エリートで、勉強ができて、英語ぺらぺらで、家が金持ちで、スポーツ万能で、モデル体型で、恋愛経験豊富で、そしてなぜかなんの変哲もない主人公を一途に思ってくれる、そんなやついるわけねーってツッコミを華麗にスルーするアレだ。


 そんな「花と夢と仲良しでラララ~♪」な顔立ちの司教の左隣を歩く少年も、これまた良い男だった。


 外見はビジュアル系ロックバンドのボーカルってとこだろうか。


 逆立てた茶髪の下には小生意気そうなイケメン顔が張り付いている。


 朱色の布地に金の刺繍の入ったベストを着込み、その上からマントを羽織っている。


 とはいえ、彼の年齢も隣の少女マンガ司教とそう変わらない。


 精一杯、格好付けてはいるが、どこか滑稽さを感じさせるやつだ。


 そして最後の一人、唯一の女の子が一際僕の視線を引き寄せた。


 この世界の女性は基本的に髪を結い、頭の上に装飾品をつける。


 しかし、その少女、おそらくは僕やティルとそう変わらない年頃であろう彼女は、伸ばした髪を惜しげもなく流れるままにしていた。


 でも、それは髪の手入れをサボっているとか、オシャレに無頓着というわけではない。


 おそらくは彼女なりの美意識の表れなのだろう。その証拠に、肩から胸へと達するその金髪は、とても少女に似合っていた。


 金と赤の混じったストロベリーブロンドの髪、ミルク色の肌、完璧と言っても良い均整の取れた顔立ちと身体。


 まるで油絵の中の妖精が、画面から抜け出してきたようだ。


 このまま大人になれば、きっと絶世の美女になることだろう。


 以上四人を中心に、その周りを黒一色の屈強な男たちが固めている。


 聖職者というより、映画でみたマフィアの一団みたいだ。


 いったい、どういう人たちなのか。


 僕の質問に、レオンくんは実に嫌そうに答えた。


「ボルギアだよ、マクシー」


「ボルギア?」


 たしか、ザシャって男とランツェロート王国と一緒に、ヌエロファソアが警告してきた名前だ。


「ロドリク・フォン・ボルギア。ナーゲル王国の貴族の出で、レーム教皇庁の尚書令(しょうしょれい)だ」


「それって、教皇聖下につぐ教皇庁のナンバー2、枢機卿の中で一番偉い人ってことですよね?」


「ああ、そうさ。さっきのリヒロイより宗教界では力を持ってる男。そして、背徳の一族の族長様だよ」


「背徳の一族?」


「あの周りにいる子どもたち……」


「美少年と美少女ばかりですね」


「ああ、似てないだろ。隣を歩いてる父親と」


「え、どれが父親です? 黒服ばっかりで見分けが……」


「真ん中の赤いやつだよ」


「へえ、あの人が父親なんだ……へ?」


 思わず変な声が出てしまった。


「え、だって、あの人、枢機卿……」


「だから、背徳の一族なんだよ。周りに居る三人の子どもは、ロドリクが愛妾に産ませた実子たちさ。聖職者でありながら、教理に違反し、性交渉を持ち、その果てに妊娠させ、出産させた。言っておくけど法的には彼らは私生児じゃないよ。なにせ、金で買収した戸籍上の父親がちゃんと教会の信徒台帳に載ってるからね」


「隣の男の子、司教の服着てますけど?」


「金とコネと優秀な家庭教師がいれば、どうにでもできるんだよ。教皇庁のナンバー2なんだ、どうしようもなく腐っててもね」


 レオンくんはあきらめたように語った。


「すぐ隣で司教服を着てるのが長男のツェーザル、その隣が次男のヨアヒム、さらにその隣が長女のルクレティアだ」


「周りの黒服たちは?」


「ナーゲル王国から来てるボルギアの私兵たちさ」


 話には聞いてたけど、本当にいまの白教会は腐敗しているんだな。


 僕らの家庭教師にもガッティナラとピッコローミニという高位聖職者がいるけれど、彼らはかなりまともな部類に入るらしい。


 特にピッコローミニは清廉潔白を絵に描いたような人で、愛人を作るどころか賄賂と判断できるような金品を受け取ることもない。


 公式なイベントでないかぎりはいつもボロボロの僧衣を着て、朝のミサのときも丁寧に説教を聞かせてくれる。


 レオンくんは続けて言う。


「いまの白教会の腐敗はそりゃすごいさ。教皇選挙であるコンクラーベは賄賂の応酬合戦だし、新教皇がまずはじめにやることは自分の一族を教皇庁の要職につけることだしね。そうだろ、シュトルツァー?」


 レオンくんはそれまで無視していたカタリーナの方を向いていった。


 なんでここでカタリーナなんだろう。


 そう思っていたら、ティルが口に出して聞いていた。


「なんでケートに訊くのよ?」


「オレの叔父貴が枢機卿なんだよ」


 え、あのキノコ頭の桑の実おじさん、枢機卿なのって思ったら、どうも叔父がもう一人いるらしい。


「アドリアン・フォン・シュトルツァーっていってな、ルドルフ叔父貴の弟なんだ。一応、次の教皇候補になってる」


 へえ、シュトルツァー家って傭兵上がりの家ってことだったけど、けっこう力があるんだな。


「叔父貴が教皇になったら親戚連中はみんな引き揚げられるだろうな。聖職だけじゃなくて、ハルモニエンの僭主にしてもらったり、教皇庁関連の職は多いからよ。オレもハルモニエン貴族の誰かと縁組ってことになるだろ」


 縁組という言葉に、レオンくんは「ふん」と鼻で笑った。


「どうせ相手もどこかの聖職者の私生児だろ?」


「うっせーなー、分かってんだよ、んなこたー」


 私生児は嫡出子(ちゃくしゅつし)と違って、あらゆる権利が制限される。


 だから私生児が結婚する相手も貴族の私生児が普通だった。


 もしくは莫大な結納金を積んで嫡出子に嫁入りさせた。


 カタリーナも自分はそういう運命にあるのだとあきらめているらしい。


 まあ、貴族なんてそういうもんだけどね。


 僕やティルだってラ・ムーはハーレムを用意してくれるといっていたけれど、いつそういう話が来るかわからない。


 四人でそんな話をしている間に、ボルギア家一行様はもう目の前まできていた。


 緋色の衣をきたボルギア枢機卿は、僕らを見つけると意外にも柔らかく微笑んだ。


「これはこれはレオンハルトにカタリーナではないか」


 枢機卿は二人と面識があるらしい。


 レオンくんとカタリーナはさっきまでの嫌そうな顔を引っ込めて、愛想よくあいさつした。


 二人の対応に、ボルギア枢機卿は嬉しそうだ。こうしてみると、ちょっと見た目は厳ついけれど、好々爺っぽい人である。


 やがて枢機卿の目が僕とティルを向いた。


「こちらの二人はどちらの御家の方かな?」


 その質問に、レオンくんが答えてくれる。


「僕の従弟たちですよ」


 僕とティルは立ち上がって一礼した。


「ジギスムント・フォン・ローテンシルデの一子、マクシミリアンです」


「同じく、ディートリントです」


「ほう、ラタトスク公爵の御曹司であるか」


 枢機卿は「うんうん」とニコニコ顔で頷いた。


「二人とも幾つになる?」


「僕も妹も七歳です」


「おおそれは、うちのルキアと同じだな。これルキア、ごあいさつなさい」


 枢機卿に手招かれて、妖精みたいな少女が僕らの前に進み出た。


 白いフリルのついた服が良く似合っている。


「ルクレティア・フォン・ボルギアですの。どうぞ、ルキアとお呼びくださいですの」


 外見だけでなく、声も綺麗な子だった。


 続いて、彼女の兄二人があいさつしてきた。


「ヨアヒム・フォン・ボルギアだ」


 つんつん頭の次男坊は最初から居丈高だった。


 カタリーナのときは好意的に見られたけれど、男となれば話は別だ。


 ティルにいたっては返礼もろくすっぽしなかった。


 でも、長男の番になったとき、状況は一変した。


「ツェーザル・フォン・ボルギアと申します」


 静かな男だった。男と言っても十歳の少年に過ぎないのだが、ある種のカリスマ性とでも言えばいいのか、強い威圧感を放つ子どもだった。


 十歳にして司教の職にあるという。


 レオンくんによれば金とコネで手に入れた地位だということだったけれど、ツェーザルを見るととてもそれだけとは思えない。


 なんとなく、本当になんとなくだけれど、僕は彼を敵に回したとき、きっととんでもないことになるのだろうと、そんな予感に襲われた。


 ティルも何かを感じ取ったのか、この長男坊には丁寧なあいさつを返した。


 一通りのあいさつが済むと、ボルギア枢機卿はいった。


「ツェーザルはすでに司教ゆえ、私とともに会議に参加することになっている。ヨアヒム、ルキアは四人とここにいなさい。国の話などいろいろ聞かせていただくとよい」


 父親の言葉に、ヨアヒムは不服そうに、ルキアは愛想よく頷いた。


 枢機卿とツェーザルは議場の中へと入っていった。


 二人の姿が消えると、ヨアヒムは露骨に見下すような視線を僕へと向けてきた。


「おい、お前」


「はい、なんでしょう?」


「ラタトスク公の跡継ぎだからって、あんまり調子に乗るなよ」


「はあ……」


「鈍いやつだな。僕のために席くらいあけたらどうだ?」


「席ならまだまだあいてますが?」


「僕はそこに座りたいって言ってるんだよ!」


 なんだ、こいつ?


 いきなりケンカ腰だけど、因縁つけれられるような覚えはないぞ?


 僕らのやり取りを見て、ルクレティアがクスクスと笑った。


「ごめんなさいですの、マクシー。お兄様は自分が私生児なのを気にしているんですの」


「ルキア!」


「あら、図星ですの?」


「僕はボルギア家の人間だ! いずれガンディア公爵家を継ぐ人間だぞ! こんなチビなんかより、ずっと偉くなるんだからな!」


「マクシーはラタトスク公爵家の跡継ぎで、お母様はゾニーレ女王とナーゲル王の姫君ですの。いわば、我が家の主筋に当たられる方ですのよ?」


「父さんが教皇になれば、そんなこと関係なくなる! ボルギアは世界で最も優れた一族になるんだ! こんなファルケブルクの分家なんか……」


 そこまで言ったところで、ヨアヒムは言葉を切った。


 僕の隣でティルが本気で殺気だっていたからだ。


「調子に乗ってんのはどっちよ、アンタ、そんなにぶっ潰されたいの?」


 ティルの手はすでに左肩に仕込んだ金色の試験管に伸びている。


 ちょっとちょっと、こんなところでパトとか出さないでよ? 国際会議で騒動なんか起こしたら、大変なことになるんだから。


 ヨアヒムはちょっと腰が引けていたけれど、それでも負けじといった。


「ふ、ふん、突進公が調子に乗っていられるのもいまのうちさ! あんなやつ、父さんたちにかかれば……」


「ヨアヒム!」


 強い声で彼をさえぎったのは、意外にもレオンくんだった。


「れ、レオンハルト……」


「ヨアヒム、つまらないことをしゃべってないで、座ったらどうだ?」


「あ、ああ……」


 ローテンシルデ家なんて目じゃないと言っていたわりには、レオンくんに素直なんだな。


 僕らは新たな見学者二人のために席替えを行った。


 奥からヨアヒムとレオンくん、その隣にルクレティアを置いて、僕とティル、カタリーナが並ぶ。


 ルクレティアは僕と目が合うとニコッと微笑んだ。


「あらためてよろしくですの、マクシー」


「こっちこそよろしくね、ルクレティア」


「ルキアでいいですの」


「うん、ルキア」


 それから僕たちはお互いの身の回りの話をした。


 ルキアは家族の中でも特に長兄のツェーザルのことが好きらしくて、大半は兄自慢だった。


 いわゆるブラコンってやつなのだろう。


「ツェーザルお兄様はなんでもできますの。神様のお話をしても大人と対等ですの。剣術も得意で、よくミヒャエルとお庭でお稽古してますの」


「ミヒャエルって?」


「お兄様の親友ですの。ミヒャエルもなんでもできるけど、でもやっぱりお兄様の方が上ですの。このまえダンスと手紙の書き方を教えていただきましたの」


「ルキアはお兄さんのことが大好きなんだね」


「はいですの。いつかお兄様と結婚したいですの」


「はは、それは……」


 この子が言うと背徳感が半端ない。


 それにしても、ツェーザルの話をすると一気に子どもっぽくなるんだな、この子。


 さっきヨアヒムをたしなめたときなんて、すごく大人っぽい口ぶりだったのに。


 ちょっと気になったので訊いてみると、ルキアははにかんでいった。


「ツェーザルお兄様に、もしヨアヒムが変なことをしたらそう言えって命令されてたんですの」


「へえ、命令ね」


「ルキアはお兄様の命令には逆らいませんの。他の方の言うことは聞きませんけれど、お兄様は別ですの」


「ちなみにあっちのお兄様は?」


 奥に座るヨアヒムについて訊いてみると、ルキアは悪戯っぽく笑った。


「アレはしょぼいから嫌いですの」


「……そうなんだ、あははは」


「そうなんですの、あははは」


 二人でそんな話をしていると、議場の外が途端に騒がしくなった。


 なんだ?


 窓に近付いて外を見下ろすと、黒い甲冑に身を固めた軍馬が議場の入り口に殺到しているところだった。


 緑色の地に銀糸で巨大な犬が縫いつけられた軍旗を掲げている。


 軍旗の犬は、頭が三つあった。


「ケルベロス騎士団、リューベン王か」


 すっかり解説役が板についたレオンくんがつぶやく。


「こんな議場近くまで親衛隊を入れるなんて、ザシャは何を考えているんだ?」


 リューベン王ザシャ。


 その名前に、僕はティルを見た。


 ティルも僕を見てコクリと頷く。


 いよいよナーカルの兄弟たちが警告してきた男のご登場ってわけだ。


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