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ムーラント・サーガ~めるひぇんに御座候~  作者: 皇川 義佐
第二章「赤い盾の貴公子」
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第十八幕「孤剣流・ロングソード(後編)」

 昼食を終えたばかりの時間、ローテンシルデ城の中の中庭では木剣の打ち合わさる音が響いていた。


 もちろん、その音を出しているのは僕とティル、それからカルラとフリッツだ。


 ヴォルフガングに基本の四つの構えを習ってから二週間、僕たちは日曜日以外はこうして訓練に明け暮れていた。


 しかし、ある程度やって慣れてくるとおのずと個々人の才能がよく分かってくる。


 向いているか、向いていないか、器用か不器用か、要領が良いか悪いか。


 結論からいうと僕はまったく剣術に向いていないらしかった。


 ラ・ムーに転生させてもらったとき、達人になるようにしてもらったはずなんだけど、どういうわけか弱いのだ。


 双子で転生前は同一人物だったティルには負けるし、それどころかカルラやフリッツにも勝てないのだ。


 ちなみに現在の実力順はフリッツ、ティル、カルラ、僕だ。


 まあ、フリッツは男の子で僕らより三歳も年上だから当然といえば当然なんだろうけれど、その分を差し引いても強い。


 もしかすると城詰めの騎士たちより強いんじゃないだろうか。


 彼の剣はとにかく速い。それでいて変なクセもない。


 教えられたことを充分理解しながら、形を崩すことなく自分にあったやり方へ直しながら身体に覚えこませている感じだ。


 僕も同じことができたらよかったのだけれど、いかんせん、試すこと試すこと裏目にでる。


 料理にオリジナルの隠し味を入れて失敗してしまうパターンだ。


 こいつはまずいと思って基本を何度もくり返すのだけれど、それだとちっとも上達してる感じがしないんだよね。


 余計なことをやってどんどんドツボにはまってしまってる気がする。


 そんな僕を見て、ヴォルフガングは「ふむ」とアゴヒゲに手をやった。


「マクシミリアン、お前、どこかで剣術を習ったことがあるのではないか? それも連邦の四大流派ではなく、西のミヨイ帝国のものを?」


 訊かれて、ドキリとした。


 実は中学の体育の授業に剣道があって、ほんの少しだけれどかじったことがあるのだ。


「えっと……」


「ふむ、やはりあるのか。それもお前は見ただけか、二、三度遊びでやったことがある程度なのだろう?」


「ど、どうしてわかるんですか?」


「持っている剣と動きがあっていないからだ。しかもお前、面と篭手と胴しか狙っていないだろう?」


「は、はい」


 現代剣道ではその三箇所に攻撃をヒットさせないとポイントにならないからだ。


 突きってのもあるけど、実はあれは高校生以上にならないと使用が禁止されている。


 昔、死亡事故が起きたとかで制限されているのだ。


「握りも俺が最初に教えたものと違って、だんだん、左右の手が離れている。それに足も動くに従って右足が前に出てしまっている。基本は左足が前だ。これらはすべてミヨイのサムライたちが使う剣術の形だ。お前は最初こそ俺に教わったとおりにしているが、焦ると無意識のうちに身体がそっちに引っ張られている」


 そ、そうだったのか。


 道理で全然上達しないわけだ。


「まず、昔のことは忘れて、頭をからっぽにしろ」


「は、はい」


「それから、対戦相手をよく見ろ」


 言われたとおり、僕は目前のティルを見つめた。


 彼女は木剣で肩をとんとん叩きながら、「なにやってんだか」と不満そうな顔をしている。


 僕の剣道に関する記憶は彼女も持っているので、ちゃんと対応できていないこっちが馬鹿みたいに思えるのだろう。


 ちょっとカチンとくるな。


 気付いてたんなら言ってよね。元は同じ福田大輔なんだからさ。


 ヴォルフガングはそんな僕たちの内心に気付かないまま説明を続けた。


「重要なのは主導権の奪取と維持にあると教えたな」


「は、はい。最初に優位を確保してそこから絶対に相手に渡さないのが孤剣流の極意だって先日聞きました」


「そうだ。そして、そのためには四つのオープニングを身につける必要がある」


「オープニングですか?」


 なんだろ? 


 そんなこと、この前の授業では言ってなかったぞ?


「オープニングとは相手の隙を差す言葉だが、それが四つというのは、攻め手のこちらが狙うターゲットエリアのことだ。相手の全身を視界に入れたら、その中央に頭の中で十字を描け」


 言われたとおりやってみる。


 なんていうか、ライフルの照準みたいなイメージだな。


「四分割されている一つ一つが攻撃箇所だ。人間はそのうち三つまでは同時にカバーできるが、必ず四つ目に隙が生じる。四つのターゲットエリアから瞬時にオープニングを見つけ出し、攻撃しろ」


 ヴォルフガングに言われて、僕は再び木剣を構えた。


 基本の一つ一つを思い出す。


 両手はくっつける。


 足は左が前で、右が後ろ。


 構えは四つのうちから一つを選択。


 狙いは四つのターゲットエリアから隙が生じている一つを選ぶ。


 それらの基礎の通りに構えたら、後は頭をからっぽにして打ちかかった。


 ティルはなんてことないといった風に、僕の木剣を受け止めた。


 やっぱりダメなんだろうか?


 そう思ったとき、横からヴォルフガングの指示が飛んできた。


「剣を合わせたまま、手首を返せ!」


 特に考えることもなく、僕はくいっと手首をひねった。同時に腕と肩が手首に引っ張られるようにして動く。


「え?」


「え?」


 僕とティルが声を出したのはほとんど一緒だった。


 なんと打ち合わせていた剣の切っ先が内側を、つまりティルの方を向いたのだ。


「そのまま突き出せ!」


 言われるままぐいっと切っ先の方向に木剣を落とし込む。


――ガスッ!


 と、丸められた木の先っぽがティルのふとももに当たった。


「いでじゅっ!」


 ティルの口から奇妙な声が出た。


 なんだこれ?


 いままで勝てなかったのに、なんで急にこんなことになったんだ?


 思わずヴォルフガングの方を見ると、彼はヒゲに覆われた口をニヤリとつり上げた。


「どうして勝てたか、不思議そうだな」


「は、はい。なんでこんな形で決まったんでしょう?」


「それはお前がロングソードの特性をまるきり殺していたからだ」


「ロングソードの特性?」


「お前は知らず知らずの間にミヨイのカタナを意識して剣を振っていた。正直、その木剣は扱いづらかったろう?」


「はい。すごく振りづらかったです」


「当然だ。ロングソードは直剣だ。斬りにいっても大した威力はないし、振り抜くようにもできていない。だからカタナと同じように考えてもうまくいかんのだ。しかし、ロングソードにはカタナにはないものがある」


「カタナにはないもの?」


「刀身の両方に刃があるのだ」


「あ!?」


 言われて、僕は初めて気付いた。


「どっちで攻撃しても同じなんですね。真っ直ぐで刃も両方についてるから」


「そうだ。だから手首を返して向きを反対にしても攻撃は可能なのだ。なのにお前は片方の刃しか使わないでいた。これでは自分から武器の機能を半減させているようなものだ」


「それで、特性を殺しているって……」


 思えば僕は頭の中で斬ることばかり考えていた。


 たぶん、日本刀のイメージがあまりに強く焼きついていたからだろう。


 中学の授業のこともあるけれど、日常生活でも、テレビの時代劇やアニメで刀を使うシーンを何度もみている。


 それに僕以外の日本人もそうした先入観をみんな持っているのだろう。


 ロングソードを使う主人公が出てくるアニメや漫画、ゲームはたくさんあるけれど、そういうキャラは敵を斬るモーションをくり返していた。


 誰も打ち合わさった剣をくるっとひっくり返して突き刺すなんて動きをしていない。


 知らない間に日本刀での殺陣が記憶に染み込んでいるのだ。


 ヴォルフガングは力強くうなずいていった。


「相手と自分の武器を正確に把握しろ。イメージだけで見ると、自分の記憶に引きずられるだけだぞ」


「はい!」


 このことがあってから、僕の剣術の腕はすごい勢いで上達していった。


 一個が分かると次々とあれもできるんじゃないか、これもできるんじゃないかってアイディアがどんどん涌いてきたからだ。


 もちろん、思いついたことをヴォルフガングに確認することも忘れなかった。


 そういう技があるのか、あったとして可能なのか。


 中には僕が思いついたことをもっと効率的に実現してくれる技もあった。


 そんな風にして過ごすうち、僕はついにティルに勝ち、カルラに勝ち、フリッツに勝った。


「ふんふんふん~♪」


「ずいぶん楽しそうね」


 昼食時、ついつい鼻唄を歌ってしまった僕をティルがジト目でにらんできた。


 まあね。なにせこれを食べ終わったら楽しい剣術の授業だからね。


 でもこんなことしてたらゼバスチャンあたりにお行儀悪いって叱られるかな?


 テーブルの上座の方に目を向けると、ゼバスチャンもヴァルブルガもそれどころじゃないみたいだった。


 ここ数日、父さんの機嫌がもの凄く悪いのだ。


 なぜって、接待を予定していた皇帝陛下が何年経ってもやってこないからだ。


 父さんは何度も催促の使者を出したのだけれど、陛下は体調が悪いとか、孫が風邪を引いたからとか理由をつけてカルマニエンから動こうとしなかった。


 皇帝陛下、フリードリヒ三世、御年七十四歳。


 この陛下は歴代皇帝の中で多分、一番評判が悪い。


 悪政をしいているとか、処刑ばっかりするとか、重税をかしているとか、そういうのではない。


 この人はむしろ何もしなかったのだ。


 民が苦しんでても知らん顔。


 敵が攻めてきても一番最初にトンズラ。


 外交交渉ではひたすらだんまり。


 急な判断を要するときには占星術。


 そういう、自分では何もしないし決められない人なのだ。


 皇帝に選出された理由も、周りから「こいつなら邪魔にならないだろう」と思われたかららしい。


 しかし、それが大きな誤算だった。


 彼は何もしなかった。


 何も決めなかった。


 問題にぶち当たるとのらりくらりとかわしてひたすらねばった。


 彼は大柄で健康だった。


 我慢してねばるのは得意中の得意だった。


 軍がやってきても皇帝はへっちゃらだった。民草が略奪の被害にあっても皇帝は気にしなかった。彼は言うことを聞かない自分の領民が嫌いだったからだ。


 難しい外交交渉のときもへっちゃらだった。交渉相手がしびれをきらせ、問題がうやむやになるまでひたすら逃げた。なぜなら彼は自分を端から馬鹿にしている交渉相手が嫌いだったからだ。


 今回の接待の話しにしてもそうだ。やってくれば父さんから次の皇帝にしろといわれるに違いない。だから父さんがあきらめるまで来ない気なのだ。なぜなら彼は金持ちで戦好きで派手好きで、思いついたら何でもやってしまう自由奔放な甥っ子が憎くて憎くてしかたないからだ。


 そんなやり方で、フリードリヒ三世は四十年以上玉座にすわっている。


 即位当初、彼のライバルだった人はみんな墓の下で、彼はその健康だけが取り得の身体で「最後の勝利者」になったのだった。


「ものすごくねちっこい人なんだろうね」


「妖怪ジジイって言われてるらしいわよ」


 そんな人だから人気も実権もまったくない。


 なのに皇帝だからないがしろにもできない。


 とんだ厄介者なのだ。


 ウワサでは、この人のせいでただでさえ低下していた皇帝の影響力がどん底になったらしい。


 でも彼は平気なのだろう。なぜなら彼は金にならないし、権威もほとんどない、うまみなしの皇帝という職が大嫌いだからだ。


 どうして父さんはこんな人の後釜になりたいんだろうね。


 あ、こんな人だからか。


 多分、後継者が誰でもみんな名君だって褒めてくれるよね。だってこの人以下ってまずありえないもん。


 僕がそんなことを考えていると、突然、父さんが椅子を蹴って立ち上がった。


 あ、やばい。いつものあれだ。


「父さんは決めましたっ!」


 猛獣の咆哮みたいな声に、僕もティルも母さんもカスパル兄さんも、それからゼバスチャンとヴァルブルガをはじめとする使用人たちも一斉に額に手を当てた。


 もうみんな慣れちゃってんだね。ちなみにカルラとフリッツもやっていた。子どもは順応力高いな。


 あ、ペネロペもやってる。呆れてる姿も美しい。


 ついでにガッティナラとピッコローミニ、ヴォルフガングまでやっていた。


 なんだ、ほんとにみんなじゃん。


 父さんはそんなことお構い無しに言った。


「国際会議に参加します! そんで皇帝陛下の首根っこつかまえて、ここまで引っ張ってきます!」


 んな、無茶な。


 全員が、そういう顔をしていた。


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