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ムーラント・サーガ~めるひぇんに御座候~  作者: 皇川 義佐
第二章「赤い盾の貴公子」
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第十七幕「孤剣流・ロングソード(前編)」

 ヴォルフガングを剣の師匠に迎えてから、僕とティルの日常は一気に忙しくなった。


 それまでは午前中にペネロペたちから勉強を教わって、午後からはヴァルブルガに魔法を習ったあと、日暮れまで他の子たちと遊んで、日が沈んだら軽い夕食をとって就寝するという生活だった。


 なんていうか、一日が長いというか、のんびりしていたのだ。


 でもこのスケジュールに剣術の稽古もくわえるとなると、なかなか大変だ。


 特に昼食の時間である十時から正午がデカい。


「なんで昼飯に二時間もかけるかなー」


「他に娯楽がないからじゃないの?」


 僕の嘆きにティルは素っ気無かった。


 たしかに、この世界には娯楽があまりない。


 テレビやネットはもちろん、ラジオだってないのだ。


 いくら世界屈指の大金持ちであるローテンシルデ家といっても、できることは案外限られてくる。


 吟遊詩人を呼んで演奏してもらう。道化師にコントを見せてもらう。あとはチェスと狩り。


 こんな状態だから、金を溜め込んでいる上流貴族はおのずと二つのパターンにわかれることになる。


 一方が芸術やファッションに懲りだすやつ。画家や作家、彫刻家なんかのパトロンになる連中だ。


 テレビもネットもないから、視覚を楽しませるには画家に絵の具で描かせるしかない。もちろん制作中、画家は拘束されるわけだから依頼料のほか衣食住も提供することになる。金持ちじゃなければできないことだ。


 そして残ったもう一方が、グルメだ。普段からうまいものを食っているくせに、それだけでは飽き足らず、世界各地から珍味のウワサを聞きつけるとそれを取り寄せ、お抱えの料理人たちに調理させる。


 食事は日に三度、夜食をとることもあるから四度という人もいるけれど、基本的に朝食はパンと飲み物だけだし、夜食もそんな感じだ。夕食はおかずがつくけど、それも皿一枚といったところなので、大した量にはならない。つまり娯楽となるのはメインの昼食だけということになる。


「それがわかってるから、昼食の時間を切り崩すのは難しいんだよね」


「テーブルマナーもけっこううるさいしね」


 食事は家族でとるのが常識だ。だから途中で抜けるなんてできないし、僕たちだけ違う時間にしてくれということもできない。


 そんなことしたら使用人たちの仕事量が増える上に、彼らの食事の時間すら奪ってしまう。


 使用人は僕らの給仕が終わってから、残り物をみんなで食べることになっているのだ。


 けっきょく、僕らはヴァルブルガに習っていた魔法の時間を削ることにした。正直、この七年間で僕らは彼女を追い抜いてしまっていたから、これ以上やる必要がなかったのだ。


 しかし、このやり方に異議を唱える人物があらわれた。


 ヴァルブルガの娘、カルラだった。


「なんでマクシーもティルもお母さんをイジメるの!?」


 十歳のメイド服の少女は目尻に涙をためていった。


 これには僕もティルもちょっと閉口してしまった。


 多分だけれど、カルラも僕らがヴァルブルガをないがしろにしているとは思っていないだろう。


 彼女は母親との時間を僕らが削ったことで、自分も僕らに遠ざけられたと感じてしまったのだ。


「うーむ、弱ったね」


「子どもってそういうとこあるからね」


 こういうことがあったので、僕らは折衷案(せっちゅうあん)をとることにした。


 ヴォルフガングとの剣の授業に、カルラとフリッツも加えることにしたのだ。


 将来的に僕らの側近になる人間なのだから、同じことができるようになってもらうのは決して損ではない。


 ヴォルフガングは嫌がる様子もなく「よかろう」と承諾してくれた。


 そして七歳の双子と十歳の男女の四人組を相手にした授業が始まった。


 場所は中の中庭で、城詰めの騎士たちもこの犬耳剣士の授業を見学しようと集まっている。


 ヴォルフガングは最初こそみんなから毛嫌いされていたけれど、僕の魔法をはね返してからは尊敬の眼差しでみられるようになっていた。


 そんな彼は、相変わらず土ぼこりで汚れた羽根つきのつば広帽と、黒いマントを身につけて現れた。


 肩にはゴルフバッグみたいな大きな皮袋を下げていた。


「さて、今日から本格的な稽古を受けてもらうわけだが、まず生徒諸君にはこれを振ってもらう」


 彼が皮袋の中から取り出したのは粗いつくりの木剣だった。


 一見すると十字架みたいなそれは、ロングソードを模したものだ。


 ティルがすかさず手を挙げた。


「はいはい、質問質問」


「なんだ?」


「なんでいきなりロングソードなわけ? 普通、レイピアじゃないの?」


 連邦で貴族が腰に差す武器は、二種類存在する。


 普段の生活がレイピアで、戦場に行くときはブロードソードだ。


 レイピアは細くて長い片手剣で、主に相手を突っつくための武器だ。


 現代日本だと、フェンシングに使うみたいなやつだといえばイメージしやすいだろう。


 これは護身用兼決闘用で、ようは日常生活でなんらかの揉め事にあった際に使われることを前提にしている剣だ。


 柄とかツバに細工をほどこして、オシャレなアクセサリーみたいに見せるという効果もある。


 ブロードソードはこのレイピアを太くしたみたいな剣で、やっぱり片手で使う。レイピアより頑丈にしてあるのでちょっとやそっとじゃ折れないし、相手を叩き斬ることもできる。つまり実戦型レイピアとして使用されるのだ。


 普通、貴族はこの二本の剣を所持していて、場合によって使い分ける。


 対して、ロングソードは百年以上前にすたれた武器だ。


 重いし、切れ味も悪いし、何より両手がふさがってしまう。


 鎖帷子(くさりかたびら)が一般的だった時代には有効な武器だったけれど、フルプレートアーマーが発達し、火縄銃と長槍が主体になった現代の戦場ではどうしても使い勝手が悪いのだ。


 でも、ヴォルフガングに動揺はなかった。


 そういう風に言われるとわかっていた感じだった。


「たしかに、現代の戦場にロングソードが活躍する場はないように見える。しかし、俺の使う孤剣流(こけんりゅう)はまずもってロングソードの扱いから教える。なぜなら……」


 ヴォルフガングはそこまでいって、皮袋の覆いをはずした。


「これらの武器を扱うための基本のすべてが、ロングソードにはつまっているからだ」


 皮袋にはありとあらゆる武器が納まっていた。


 レイピア、ブロードソード、槍、スタッフ、ダガー、ファルシオン、サーベル、大鎌やハンマーなんてのもある。


「両手剣の扱いを身につければ、自ずと両手で使う他の武器も、片手剣の動きも容易になる。それゆえ、孤剣流ではロングソードから修行を開始するのだ」


「孤剣流ではってことは、他の流派では違うの?」


「ああ、違う。他の流派はレイピアを中心に修行するからな」


「ならなんで孤剣流をやるのよ。いっちゃあなんだけど、実生活じゃレイピアの扱いさえ覚えてればいいんだし、他の流派の方が効率的なんじゃないの?」


「いや、もっともバランスが良いのはやはり孤剣流だ」


「バランス?」


「実際にやってみせよう。おい、バスタード殿」


 ヴォルフガングはいきなり僕らの背後に声をかけた。


 そこには僕らの腹違いの兄、バスタード殿ことカスパル兄さんが立っていた。


「俺かい?」


「ああ、ちょっと前に出てきて相手役をやってくれ」


 そういうと、ヴォルフガングは兄さんと二人でレイピアを構えた。


「レムリエンには主に四種類の剣術流派が存在する。まず孤剣流、ついで南海流、白壁流、そして円舞流だ。もともと剣術はわれらが師にして最強の剣豪、ヨハネス・リヒテナウアーが創始した孤剣流から始まった。他の三流派は孤剣流の教えの中からレイピアに関するものを抜き出し発展させたものだ」


 それからヴォルフガングは他の三種類の流派の特徴をカスパル兄さんとの実演で説明してくれた。


 南海流。


 別名、難解流ともいうらしい。ハルモニエン地方で開発された流派で、創始者は数学の博士だったらしい。そのせいか、繰り出される技も理系ならではといった感じの流派だ。この流派は身体の各部位の『時間(テンポ)』によって構成されている。つまり、時間というものは本来一定なのだけれど、身体の感じる時間というのは流れる速さが違っていて、しかもそれは部位によって異なるのだという考え方に基づいているのだ。手の時間、肘の時間、腕の時間、脚の時間、そうした異なる時間を戦いながら瞬時に組み合わせて相手を攻撃する。美しく効率的な組み合わせを作り出せたものが、相手の技を上回って勝利できるという理屈なのだ。


 白壁流。


 これはひたすら防御しつづけることを前提にした流派だ。とにかく防御して防御して防御して、相手がへばったところを攻撃する。回避と防御を基本にしているから最初の構えからしてへっぴり腰の、剣先を顔の前にだらんと垂らした、あんまり格好良くない流派だ。でもヴォルフガングに言わせるとかなり強いらしい。そしてウザイらしい。


「白壁流と戦うことになったら、長期戦を覚悟しろ。達人同士になると、一、二時間では決着がつかん」


 なんていやな流派なんだ。


 ちなみにこの流派はハンマーとかスタッフといった打撃武器を持たせるとびっくりするくらい強くなるらしい。頑丈な武器の方が防御しやすいもんね。


 そして最後の円舞流だけど、この流派についてヴォルフガングは重い声でいった。


「円舞流と出会ったら、絶対に戦うな。とにかく逃げろ」


 いきなり弱気だなと思ったけど、構えを見たときに僕らは納得した。


 ヴォルフガングとカスパル兄さんが互いのレイピアを向けて相対したのだけれど、その切っ先が相手のツバにくっつきそうだったのだ。


 横から見ると、二本の剣が平行に並んでいる。


「円舞流の基本はこの間合いにある。自分の身体を横向きにして、防御面を減らし、ギリギリまで相手に接近する。そして、数十種類のステップを刻むことで相手の攻撃をかわし、必殺の一撃を突き込む」


 実際、そのステップも見せてもらったのだけれど、本当に踊っているみたいだった。


 って、これ何種類あるんだろ?


 けっこうギリギリでかわしている。


 一歩でもステップを間違ったら、串刺しなんじゃないの?


「円舞流は白壁流とは真逆の発想から出発している。攻撃攻撃、攻撃あるのみ。防御するとか退くとかいった考えが最初からないのだ。相手に触れられる距離まで接近し、決着がつくまで突きつづける」


 えーと、これってつまりどっちかは絶対死ぬよね?


 決闘だと相手に怪我させたら終わりってルールがあるんだけど、この剣術だと絶対死ぬよね?


「死んでも勝利せよ。そういう流派だ。だから絶対に戦うな。使い手にあったらひたすら逃げろ。割に合わん」


 そういうことですか。


 外見は一番優雅で綺麗なのに、中身はとんでも流派だったわけだ。


「しかし、これらの流派も基本は孤剣流から出発している。ゆえにお前たちには孤剣流を教えるのだ。もし、自分に合わないと感じたら、孤剣流を学んだ上で別の流派を習え。その方が強くなれる」


 ヴォルフガングは孤剣流が最強だとかいうようなこだわりはないみたいだった。


 強くなりたければいろいろやってみろってことらしい。


 無愛想なくせに、そういうとこは良い先生だなと思った。


「では、四人とも木剣を持って立て」


 ヴォルフガングは僕たちが立ち上がったのを確認すると、自分もレイピアから腰のロングソードに持ち替えた。


 カスパル兄さんはここで退場したのだけど、けっきょくギャラリーに混じって見学していた。


 この人も使い手らしいから、剣術には興味があるんだろう。


 ヴォルフガングはロングソードを両手で握った。


「まず剣の持ち方だが、右手を上に、左手を下にしてぴったりとくっつけろ」


 まるで野球のバットみたいな持ち方だ。


 ヴォルフガングはそうして持った剣を頭上に振り被った。


「第一の型、屋根の構えだ。名前の通り、屋根から落とすように刃を相手に向かって振り下ろす」


――フュンッ!


 と、ロングソードが風を切った。


 ヴォルフガングは再度剣を持ち上げると、今度は自分の顔の横から刃が前に突き出るようにした。


 初めて会った時、門兵たちのハルバートを両断した構えだ。


 横から見ると、彼の顔からロングソードが生え出しているような感じだ。


「第二の型、牡牛の構え。その名の通り、牡牛の角のように剣を構える。突きに適した型だ」


――シュッ!


 と、ロングソードがヴォルフガングの顔から前方に伸び出した。


 ヴォルフガングはまたしても剣を戻すと、切っ先を前方に向けたまま、両手を腰のところまで引いた。


「第三の型、(すき)の構え。農夫が鋤を使っているときの格好に似ているというのが名の由来だ。これも突きに適した型だが、牡牛の構えが上から下に向かって突くのに対し、こちらは下から上に向かって突く」


――ビュッ!


 と、ロングソードの切っ先がヴォルフガングの胸元からノドの高さまでななめに伸びた。


 彼はさらにロングソードを引き戻すと、ゆっくりと切っ先を石畳に向かってだらんと垂らした。


「第四の型、愚者の構え。一見無防備に思えるが、相手の攻撃を誘い、カウンターを仕掛けるための型だ。油断してなまけているように見えることから愚者と呼ばれたが、最も防御に適していることから鉄の門の構えというものもいる」


 四つの型を実践してみせたところで、ヴォルフガングはこちらを振り返った。


「以上の四つが孤剣流における基本の構えだ。構えは他にも存在するが、まずはいまの四つを身体に覚えさせてもらう。それぞれ木剣をつかってやってみろ」


 僕とティル、カルラとフリッツの四人はそれぞれ言われた通り四つの型をくり返した。


 うん、何事も反復練習が大事だよね。


 こうして僕たちの剣術修行は本格的に幕をあけたのだった。


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