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ムーラント・サーガ~めるひぇんに御座候~  作者: 皇川 義佐
第二章「赤い盾の貴公子」
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第十六幕「剣の師・ヴォルフガング」

 前回までのあらすじ。


 僕が七歳になったので、父さんがベテラン剣士の師匠を雇ってくれたんだけど、その人が犬耳だった。


「というわけなのです」


「いきなりぶっちゃけたわね」


 犬耳剣士ヴォルフガングがやってきた翌日、僕とティルは城の「中の中庭」にいた。


 ローテンシルデ城は全体の三分の二が城砦で、三分の一が居住用の別棟になっている。


 城砦の真ん中には高くそびえ立つ大塔があって、その両側にあるのが二つの中庭だ。


 西側が「上の中庭」、東側が「中の中庭」である。


 そして東の別棟の真ん中にあるのが「下の中庭」になる。


 だから「中の中庭」はローテンシルデ城のちょうど中央にあって、普段は城詰めの騎士たちの訓練場になっている。


 ヴォルフガングが早朝から稽古をつけてくれるというので、僕とティルはミサと朝食をすませてやってきたのだけれど……。


「ティル、後ろの圧迫感がすごいよ」


「言うんじゃないわよ、マクシー。あたしたちはどっしり構えてればいいのよ」


 そう言いつつも、ティルの額にはつと汗が浮かんでいた。


 なぜならヴォルフガングの稽古を受けに来た僕らの後ろに、城詰めの騎士たちが勢ぞろいして立っているからだ。


 昨日、城にやってきたヴォルフガングを浮浪者と間違えて攻撃しようとして、逆にやられてしまったことがよっぽど悔しかったらしい。


 生まれてからずっと一緒にいるみんなの目に強烈な殺気が宿っているのを知って、僕らはまともに彼らを見れずにいるのだ。


 こうした光景を作り出した当の本人、ヴォルフガングはそんなこと気にした素振りもなく、平然とした様子で初めての授業を開始した。


「さて、まずは先日の講義を振り返ろう」


 ヴォルフガングはいきなり言った。


 先日の講義?


 ああ、昨日の襲撃のときに話していたことか。


「魔法はちょっと小突くとすぐ崩れちゃうって話でしたっけ?」


 僕の発言に、ヴォルフガングはコクリと首肯した。


「そうだ。魔法は兵器と違って生き物のようなところがある。それゆえ、クセを把握し、的確に対処すれば、素手でも大したダメージを負わずに受け流せてしまうのだ」


 犬耳剣士の講義内容に、僕らの背後でドッと笑いが起きた。


「そんなわけねーだろ!」


「坊ちゃん、嬢ちゃん、騙されちゃいけませんぜ! あの野郎はペテン師なんだ!」


「うちの双子さまに変なこと教えんじゃねーぞ、イヌミミ!」


 恥をかかされたと感じているからか、城詰めの騎士たちのバッシングは凄まじい。


 きっとこの後も、ヴォルフガングの話す内容に違和感や隙を感じたら、轟々と批難するつもりでいるのだろう。


 普段はけっこう気のいい連中なんだけどね。


 彼らが騒いでいる理由には、ヴォルフガングが僕とティルに襲い掛かった件もふくまれているので、こっちからはちょっと止めに入りづらい。


 だれか収拾をつけてくれないかなと期待していたら、僕らの隣にちょこんと座っていた影が立ち上がった。


「あんたたち、マクシーとティルの邪魔になるでしょ! 少しは静かにしなさい!」


 小さな身体に反して大きな声を出したのは十歳になったカルラ・マガトだった。


 彼女は一時期僕らと離れて勉強していたのだけれど、僕たちに専属の家庭教師であるペネロペたちがつくとそれを機にまた机を並べるようになった。


 僕もティルも彼女とまた過ごせる日々に最初は喜んだのだけれど、久しぶりのカルラはあの頃の「うっ!」という返事が可愛い、妹みたいな女の子ではなくなっていた。


 なんといったらいいのか、成長した彼女は、なにかにつけて姉貴ぶるようになっていたのだ。


 まあ、カルラは僕らより三歳年上で、実際お姉さんなのだけれど、精神的にはそろそろ三十路に手が届こうとしている僕らとしては、正直ちょっと寂しかった。


「昔はあんなに可愛かったのに……」


「時間って残酷よね……」


 ちなみに執事のゼバスチャンの息子であるフリッツもカルラと一緒に戻ってきたのだけれど、こっちは年齢の割りにすごく落ち着いている。


 ちゃんと自分の立ち位置を分かっているというか、将来僕たちの側近として働くのだという意識がすごく伝わってくるのだ。


 でも、僕らの母さん、マリア・ゾフィーアにホの字なのは相変わらずだ。


 母さんは今年二十一歳。


 僕らのあとにリヒャルトとクラリッサの弟妹を産んでからますます綺麗になった。


 余談だけれど、僕とティルがいろいろ特殊な子だったからか、弟と妹は最初、家族からもの凄い疑惑の目で見られていた。


 特に僕たちが生まれたときからしゃべれたのを知っているヴァルブルガは、二人をあやすときいつも目が死んでいて、母さんから本気で心配されていた。


 近況をいろいろ言ったけれど、いまはカルラのことだ。


 彼女の姉貴ぶった発言に、しかし騎士たちはシュンと黙り込んだ。


 カルラは使用人たちの間でもけっこうな人気者で、面と向かって逆らえるやつはティルと母親のヴァルブルガくらいなのだ。


 逆にペネロペのことは自分のライバルとでも思っているのか、僕らと彼女が話しているといつも不機嫌な様子で割り込んでくる。


 カルラの一喝で静かになった中庭で、ヴォルフガングは何事もなかったようにつづけた。


「魔法は使用者の命令を受けたヤドリギによって実行される。ゆえにヤドリギの流れを乱してやれば、その威力を軽減できる」


 そういって、ヴォルフガングは僕の方を見た。


「マクシミリアン、俺に向かって魔法を撃ってみろ」


 彼の言葉に、静かにしていた騎士たちがまたドッと沸いた。


「こいつ正気か!?」


「坊ちゃんの魔法食らったら身体が無くなっちまうぞ!?」


「俺たちが何回この城なおしたと思ってんだ!」


 なんだよ、みんなして大げさな。


 そんな頻繁(ひんぱん)に壊したり潰したりなんてしてないぞ。


 父さん母さんの寝室の天井のあとは、大塔を一回倒しただけじゃないか。


 ヤギをミンチにしたのだって一回だし、横倒しにしちゃった馬車は鍛冶職人たちがすぐ修復してくれたからノーカンだ。


「大人は“ちょっと”を“オーバー”にするから嫌いだ」


「ニヒヒヒッ、愛されてるわね、マクシー」


 僕の隣でティルが自分は関係ないみたいに笑った。


 君だって自動車形態のパトで爆走して、城壁に大穴あけてたじゃないか。あと芋虫のカブが台所の野菜をモシャモシャやって、料理人たちがストライキをおこしたことだってある。


 ともあれ、いまはヴォルフガングのリクエストに応えなければならない。


 僕は前に出ると、魔法で人を巻き込まない位置へと移動した。


「それじゃ、シュナイデン・ヴィントを」


「いや、お前の一番得意なものが良い」


「え?」


 聞き返した僕の声と、みんなの悲鳴が被った。


 なんだよ、大のおとながピーピーギャーギャー。


「グランツ・デア・シュトルムだ!」


「死ぬ! 絶対死ぬ!」


「やめてくれ! 俺、来月結婚するだ!」


 阿鼻叫喚って感じだ。


「そんなにおびえなくたっていいじゃん」


 中身が大人だからって、いまは七歳児なんだからさ、もうちょっと気をつかってよ。


 平気な顔をしているティルが「ぷっ!」と口元を押さえながら吹き出した。


「ぷぷぷっ、あんたが牛をハンバーグにしたの、みんな覚えてんのね」


 牛じゃないよ、ヤギだよ。あとハンバーグじゃなくてミンチね。さすがに火魔法までは使ってない。


 姉貴面したいカルラはティルの隣に踏みとどまっているけど、ひざが震えていた。


「ま、マクシー、お姉ちゃんが見てるからね!」


 うん、ありがとう。無理すんな。


 なんか虚しくなって視線をそらすと、東の別棟の窓からこっちを見ているペネロペと目があった。


 彼女はニコッと微笑んで、手を振ってくれる。


 ああ、なんかいいな、こういうの。


 ビビッてるやつと吹き出してるやつしかいない空間で、彼女の笑顔は一抹の清涼剤に感じられた。


 動きを止めてしまった僕にヴォルフガングが「どうした?」と声をかけてくる。


「いえ、なんでもありません」


 カルラの目が途端に釣りあがった気がするけれど、うん、なんでもありません。


 僕は指先に光を灯すと、スッと人差し指と中指で何もない空間をなぞった。


 レムリエン語で書いた呪文が浮き上がり、そこに緑色の粒子がワラワラと集まってくる。


 その緑色の粒子のかたまりが、僕の掌でぐんぐん旋回していく。


「行きますよ?」


 ヴォルフガングは無表情のままコクリとうなずく。


 僕は緑の旋風を持ったまま、


――タンッ!


 と石畳を蹴って跳びあがった。


 もちろん、足の裏にも風魔法で補助を加えている。


 七歳の小さな身体が、漆黒の狼剣士の頭の高さに並ぶ。


――グランツ・デア・シュトルム!


 鎌風(れんぷう)の大砲が、ロングソードを抜き放ったヴォルフガングを襲う。


 いまさらだけど、まともに当たったら連発する風刃で肉は細切れになるし、血は蒸発してボロボロのしぼりかすみたいになる。


 だけど、ヴォルフガングは、


「ぬんっ!」


 と、ロングソードを一閃させた。


 直後、


――ギャリギャリギャリギャリッ!


 と、緑風と鋼鉄との間にきしみが生じる。


 でもそれでグランツ・デア・シュトルムが止められたわけじゃない。


 わずかに形が歪んだだけ、進行速度が落ちただけだ。


 ロングソードに停められた範囲の外側から、尻尾みたいに伸び出した風が、鞭みたいにヴォルフガングの身体を打つ。


 彼の羽飾りつきのつば広帽が、肩から下げたマントが、土ぼこりをかぶった長靴が、ずたずたに引き裂けていく。


 やっぱり無茶だったんじゃないか?


 僕も思ったし、中の中庭に集まったみんなが思ったことだろう。


 だけど、ヴォルフガングはミンチにはならなかった。


 彼は緑風をロングソードで受け止めたまま、上体をそらして受け流したのだ。


 グランツ・デア・シュトルムは真っ直ぐな剣身をなぞるようにして明後日の方向にすっ飛んでいき、上空に広がった白雲を巻き込んでかき消えた。


 中の中庭には、風刃で削られた石畳と、全身ズタボロになったヴォルフガングがたたずんでいた。


 声も出ず、硬直した僕たちに、漆黒の狼剣士は血まみれの姿をさらしていった。


「見ての通り、魔法は万能ではないし、完全でもない。しかし、同時にそれに立ち向かうのは決して容易なことではない。マクシミリアン、ディートリント、お前たちはたしかに強い。天才と呼ばれるのもうなずける。だが、御しきれぬ力は、必ずお前たち自身と周囲の大切な者を傷つけるだろう。俺はお前たちに、お前たち自身の力を御する方法を教えよう。そのための技術と、勇気と、そして力持つ者が負うべき義務を、俺はお前たちに教えよう。その始まりがこの姿だ」


 そういって、ヴォルフガングは僕とティルの前に立った。


 僕はそんなヴォルフガングをカッコいいと思った。


 ティルは「カッコいい」と声に出していった。


 僕たちは、二人同時にヴォルフガングに向かってひざまずいて、本当は初めて会った時に口にすべきだった言葉をいった。


「「お願いします。あなたの技を、我々にお授け下さい」」


 ヴォルフガングは黙ってうなずいた。


 背後で、それまで沈黙していた人々の間から爆発したような歓声があがった。


 もう誰も、ヴォルフガングを不審者とかペテン師とか言う者はいなかった。


 こうして、僕とティルは、最高の武術の師匠を得たのだった。


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