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ムーラント・サーガ~めるひぇんに御座候~  作者: 皇川 義佐
第二章「赤い盾の貴公子」
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第十五幕「狼剣士」

 突然、見知らぬ男に、それも門兵のハルバートを一気に両断した男に名前を呼ばれて、僕は硬直した。


 誰なんだこの人?


 頭に浮かんだ疑問符が消え去る前に、ヴォルフガングと名乗った黒づくめの剣士は門の内側へと飛び込んできていた。


 左手を腰の後ろに回し、逆手でダガーを抜いて振りかぶってくる。


「え!?」


 いきなり襲い掛かってくるとは思わなかった。


 動けずにいた僕の後ろエリを誰かがつかんで強引にひっぱった。


 さっきまで僕がいたところに、ヴォルフガングのダガーが空を切る。


「ちょっとちょっと、ひとのお兄ちゃんに何してくれちゃってんのよ、おっさん?」


 不敵にいったのは、さっきまで僕の隣にいたティルだった。


 ちなみに僕の後ろエリをつかんだのは、彼女の魔製獣の一体、変形ロボットのパトだ。


「ゴヨーダゴヨーダ! ヒットラエテクレン!」


 しゃべるたびに、オレンジ色の目がピカピカ光る。


 ヴォルフガングの切れ長の目が、ギロリとティルをにらんだ。


「ワイン色の髪に、あやしげな召喚獣。お前がディートリントか?」


「はっ! だったらどうだってのよ、不審者のおっさん!」


 ヴォルフガングの殺気をふくんだ眼光に、ティルは少しも負けていなかった。


 それどころか主導権は彼女がにぎっているようにすら感じられる。


「あとついでに言っておくけどさ、あたしの子たちは召喚獣じゃないのよね!」


 ティルは二の腕につけた留具から金色の試験管を一本引き抜いた。


「この子たちは、あたしが魔法で作り出したあたしの子たち!」


――メラ、きみに決めた!


 どこかで聞いたようなセリフを発し、試験管の蓋を開く。


 中から赤紫の光とともに飛び出したのは、コブラの尻尾をもつ雪ヒョウのメラだった。


 メラは地面に降りたつや否や、四本の脚でもって疾走した。


 そのままヴォルフガングに向かって正面から突進する。


 ヴォルフガングは逆手に持ったダガーの切っ先をメラに向けるや、自分も前に出た。


 雪ヒョウと漆黒の剣士、二つの影がいままさにぶつかろうとした刹那、メラの尻尾のコブラが急に頭をもたげた。


 メラの身体のバランスが途端に変わり、ガクンと進路が脇に逸れる。


 まるで野球のカーブボール。


 横に逃げる雪ヒョウに目を奪われるヴォルフガングに対して、ティルが叫んだ。


「フォイアー・プファイル!」


 火魔法、ファイヤーアローだ。


 メラの身体で目隠しした上での奇襲攻撃。


 直進する火矢に、でもヴォルフガングはちっともあわてなかった。


 まるですべて予想していたとでもいうように、あいた右手を前に突き出す。


 そんなことしたら、肘から先が無くなっちゃうんじゃないか?


 だけどそうはならなかった。


 たしかにティルの火矢はヴォルフガングの右手に直撃した。なのに、吹き飛んだのは彼のつけた黒革の手袋だけだったのだ。


 いったいどういうことなんだろ?


 あの手袋になにか仕掛けがあったってこと?


 だとしたら使い捨ての魔道具か神器なのかもしれない。


 ティルも二回目はないと感じたのか、新しい呪文を行使した。


「アイス・ハオホ!」


 水魔法による氷結攻撃。


 疾走する水色の霧が地面を凍らせながらヴォルフガングにせまる。だけど、


「甘い!」


 ヴォルフガングはまたしても右手を魔法に向かって突き出した。


 これだって、普通だったら彼の手は凍りついて壊死しているはずだ。


 今度はさっきみたいに手袋もない。


 なのに、ティルの放った「アイス・ハオホ」の霧はヴォルフガングの右手にあっさりとかき消された。


 なんだ、この人?


 その幻想をぶち殺す系の能力の使い手なのか?


 ヴァルフガングはかたわらで牙をむくメラを警戒しながら、視線をこっちに向けた。


「いまの戦場では、カノン砲とマスケット銃をより大量に保有している方が勝つ。魔法というものがあるのに、なぜそうなるか分かるか?」


 訊かれて、僕も「あれ?」と感じた。たしかにおかしい。大砲も鉄砲も、重い上に操作が複雑で、しかも雨が降って火薬が湿ってしまったら役に立たない兵器だ。


 魔法っていう身一つあれば連射できる遠距離技があるのに、どうしてそういうことになるんだろ?


 つい考え込んでしまった僕とは違い、ティルの回答はいたってシンプルだった。


「はん! そんなもん、魔法を使える人間が少ないからに決まってんじゃん! 昔からいうでしょ、戦争は数だってさ!」


「なら魔法使いを大量に育てればよかろう?」


「だっから、それは! ……あれ、なんでだろ?」


 とうとうティルまで考え込んでしまった。


 動きの止まった彼女に対し、ヴォルフガングはためらうことなく襲い掛かる。


 ちょっと、それはずるいだろ。


――シュナイデン・ヴィント!


 僕はパトの手に吊り下がったまま、光の文字を空中に走らせた。


 文字による指令を受諾したヤドリギが、緑色の風を生み出してヴォルフガングへと飛ばす。


 シュナイデン・ヴィントは切り裂く風。


 触れた者を鋭利な刃物でスライスするみたいにズタズタにする。


 ヴォルフガングは「やっと動いたか」とでも言いたげにこっちを見ると、左手のダガーで緑の風を両断した。


「嘘!?」


「なんなのよ、あんた!?」


 今度は切った?


 あれか、神様だって殺しちゃえる赤黒い線が見える系の目の持ち主か?


 でも、ヴォルフガングが口にした答えは、こっちの予想のななめ上を行くものだった。


「魔法は万能ではない。人間が自らの意志によってヤドリギに呼びかけ、それを受けたヤドリギがこの世界の法則を捻じ曲げて具現化させるものだ。つまり、指令を出す人間の調子や実行するヤドリギの機嫌によってその効果や威力は思った以上に増減する。一定ではない。安定していない。全体的にムラがある。だから、そこに隙が生じる。本来なら人を殺すほどの魔法でも、場所によっては軽く小突く程度で雲散霧消する。それゆえ、人は大砲や鉄砲に頼るのだ。いつでも確実に殺傷能力を発揮してくれる兵器の方が、多少使い勝手は悪くても戦場では有利だからな」


――急所をつけば子どもでも殺してしまえる猛獣など、恐ろしくもなんともあるまい?


 問われて、僕もティルもなるほどとうなずいてしまっていた。


 っていうかなんなんだ、この人?


 突然、襲い掛かってきたと思ったら急にネタバレなんてはじめて。


 ヴォルフガングは左手のダガーを鞘に戻すと、頭に乗せた羽根つきのつば広帽をおもむろに取って一礼してきた。


「あらためて、リヒテナウアー十八高弟が一人、ヴォルフガング・リンゲック。ラタトスクの突進公の依頼により、今日からお前たちに武術を仕込むことになった。よろしく頼む」


 どうやらこの人物は父さんが用意した僕らの師匠だったらしい。


 そのことにももちろんびっくりしたけれど、僕らが息を呑んだのはまったく別の理由からだった。


 帽子をとったヴォルフガングの頭にぴょこぴょこ動く二つのとんがりが見えたからだった。


「「い、犬耳!?」」


 ヴォルフガング・リンゲック。彼はワーウルフ族だったのだ。


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