第十三幕「連邦の歴史(後編)」
レーム帝国の基礎を築いたツェーザルは、独裁者の出現を危ぶんだ元老院議員たちによって暗殺されてしまったのだけれど、結局、一人の強力なリーダーに舵取りを任せるべきだという当時の風潮をくつがえすことはできなくて、皇帝の選出はその後も続くことになった。
やがて皇帝と元老院による統治が安定してきたころ、帝国の片隅で預言者を自称する中年男が出現する。
男の名はツァラトゥストラ。
信者たちから神の息子と崇め奉られる、聖火十字教の開祖だった。
このツァラトゥストラが世に現れたときの皇帝をポレクスといった。
ポレクスは若く、理知的で、芸術を愛し、市民たちから信頼を寄せられる為政者であったのだけれど、現在の連邦では悪の親玉といえばコイツと言われるくらい評判が悪い。
それというのも、彼は実の兄、フェレクスを戦死させて帝位を奪い、預言者であるツァラトゥストラのことも治安を乱す犯罪者として処刑しようとしたからだ。
この処刑は、磔にされそうになったツァラトゥストラが不死鳥に変身して難を逃れるのだけれど、結果として聖火十字教の勢いをさらに加速させてしまうことにつながった。
ちなみにポレクスは、その後、実の母親によって殺害されている。
時代が下ってテオドールという人物が皇帝になったころには、聖火十字教の信者は帝国中にあふれかえっていて、このためテオドールはとうとう聖火十字教をレーム帝国の国教にすることに決めた。
かくしてレーム帝国と聖火十字教は、二人三脚で時代の波に乗っていくことになり、レーム教皇庁が組織され、「塩と光の書」が編纂された。
聖火十字教の信者はますます増えた。
しかしレーム帝国には少しずつかげりが見え始めていた。
霊歴395年、つまりツァラトゥストラが誕生してから395年後、レーム帝国は膨らみすぎた国土を管理するため、東西に分裂する。
だが、西レームは諸部族の反乱にあって呆気なく滅亡。
東レームはエルフ族との同化が進み、さらにケンタウロス族に領土を侵略され続け、弱小国家に格下げしてしまう。
そんな中、颯爽と歴史の表舞台に現れたのがヒト族のリーダー、ジークフリートだった。
『金』の一等級神器、バルムンクを腰に帯びたこの人物は、幾人もの勇敢な騎士を配下に持つ敬虔な聖火十字教徒だった。
彼はレーム帝国を失い混乱の中にあった各地方を次々と攻略すると、レームにいた当時の教皇聖下に、必ず神の威光があまねく民草に伝わるように尽力すると約束した。
突然の英雄の出現に驚喜したレーム教皇庁は、ジークフリートを古都まで招待すると、そこでかつてのレーム帝国の皇帝位をジークフリートに与えてしまった。
こうして名ばかりとはいえレーム帝国の皇帝となったジークフリートは、後世、ジークフリート大帝という呼び名で、騎士たちの理想の主君として語り継がれていくことになる。
そんなジークフリート大帝が死ぬと、彼が築いた帝国は現在の四地方に分割され、三人の息子たちとレーム教皇庁とに相続された。
つまり、息子たちにはカルマニエン、シンフォニエン、タイタニエンがそれぞれ与えられ、ハルモニエンは教皇庁の直轄地として寄進されたのだった。
こののち、しばらくしてカルマニエン地方で選帝侯によって皇帝に選出された者は、ハルモニエン地方のレームで教皇聖下の手によって戴冠するという伝統が生まれた。
ところがジークフリート大帝の時代から四百年もすると、今度は皇帝と教皇の間に対立が生じる。
聖火十字教徒の代表として、実質的な権力を有する皇帝と、精神的よりどころである教皇、果たしてどちらが偉いのか、レムリエン国内はこの問題のために真っ二つに割れてしまったのだ。
その結果は散々なもので、両者はまるで親の仇同士のようにいがみ合い、どちらの権威も失墜させてしまうことになる。
皇帝のちからは地方領主たちのけん制で極端に衰えたし、教皇の権限についてもどんどん曖昧なものになっていった。
そうした泥沼の状態に終止符を打つべく、レーム教皇庁は一人の修道僧がもたらしたある提案を受け入れる。
十字軍の結成。
白壁山脈の向こう側にあり、預言者ツァラトゥストラの故郷とされる聖地・アスガルトを教皇庁の命令で召集した義勇軍の手で奪還するというものだ。
この頃、アスガルトへ至る街道は、オーガ族によって占領されていて、巡礼を望む信徒たちを聖地までいけるようにするというのが主な名目だった。
十字軍はときにアスガルトを本当に攻め落とすこともあったけど、実際のところは金稼ぎが目的の傭兵や商人たち、各国政府の思惑がからんで正直ぐだぐだになった。
それからさらに四百年、現在のレムリエン連邦は、皇帝の権力は完全に消失して誰もいうことをきかなくなり、聖火十字教は教皇庁の腐敗っぷりが内外にバレて白教会と黒教会とに分裂してしまい、外見は古代以来の大帝国ながら、その中身は小国同士がつまらない理由で戦争をはじめる暗黒時代に突入したのだった。
勇者アヒルの放浪から現在に至るまでの歴史を語り終えたペネロペは、やれやれといった様子で溜息をついた。
「“神聖”レムリエン“連邦”という国名も、こうした歴史に背景があるのです。つまり、自分から“神聖”といわないと誰も神の威光を感じてくれないし、帝国を自称するにはあまりにも権力が細分化してしまっているのでやむなく“連邦”なのです」
「……グダグダですね」
「やる気あんのかしらね、こいつら」
僕とティルは開いた口がふさがらないといった感じだった。
ペネロペはさらにいう。
「ちなみに、歴史学者によると“レムリエン”という呼称も間違いなのだそうです。古代以来、レムリエンとは白壁山脈の東側一体をさしていた呼び名なのですけれど、実際のこの国はグラスラントやイシュタリエン、アイスフェルトにはなんの権限も持っていないわけですからね。ですからこんな風に揶揄する人もいます。『神聖でもなければレムリエンでもなく、連邦ですらない国、それが神聖レムリエン連邦だ』と」
「全否定じゃないですか……」
「身も蓋もないわね、それ……」
一体なんなんだろうね。僕はこっちに転生してから三年、自分の暮らしている国にそれなりの愛情を感じていたのだけれど、いまの話で途端にわけがわからなくなってしまった。
じゃあ、皇帝陛下や教皇聖下はいま何をやってるんだろうね。
もっとしっかりやってほしいもんだよ。
本当、これだから大人ってやつは。
そこまで考えて、僕ははたと気付いた。
皇帝の権威が形骸化していて、誰もいうことを聞いてくれないなら、うちの父さん、突進公ジギスムントはどうしてあんなに選挙活動に熱心なんだろ?
そのことについてペネロペに訊くと、彼女はちょっと渋い顔をした。
「あー、あの方はですね。なんといいますか、派手好きで自信家なのです」
「派手好き?」
「自信家?」
僕とティルが一緒になって聞き返すと、ペネロペはすっと視線を横にそらした。
「なんとかなると思ってるんですよ、自分が皇帝になりさえすれば……」
彼女の回答に、僕とティルは額に手を当ててうめいた。
つまり、いつものあれなのだ。
僕の脳裏で父さんが「私はあえてやってみた!」と言った後、大口を開けて「ガハハハッ!」と笑っていた。




