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ムーラント・サーガ~めるひぇんに御座候~  作者: 皇川 義佐
第二章「赤い盾の貴公子」
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第九幕「嫁、来たる(前編)」

 僕たちの父さん、ラタトスク公爵ジギスムント・フォン・ローテンシルデは滅多に家に帰ってこない。


 それというのも、この人は軍事に外交に忙しく飛び回っているからだ。


 なので僕もティルも父さんと過ごした思い出というのは極端に少ない。


 以前、カスパル兄さんにも訊いてみたことがあるけど、兄さんの小さいときも同じだったらしい。


「あの人は子どもがそのまま大人になったみたいな人なんだよ」


 チャラいことに定評がある我らが兄上にすらこんな風に言われる父さんである。


 さて、父さんが帰ってきて最初の朝が来た。


 雄鶏の鳴き声を聞いて、城中の人間たちが目を覚ます。


 僕もティルと連れ立って、自分たちの部屋を出た。


 三年前に天井を吹き飛ばしてしまった父さんたちの寝室は、いまでは完全に修復されているが、当時は屋根なしの部屋に跡継ぎを寝かせて置くことは出来ないということになって、僕たちは城の二階に専用の部屋をもらったのだった。


 ちなみに天井がなくなった件は、突然発生した局所的な竜巻のせいになっている。


 僕が魔法で吹き飛ばしたとなると、母さんや他の人にも事情を説明しなくてはならなくなるから、ヴァルブルガが伏せてくれたのだ。


 この国の風習では、起き出した直後に朝のミサがある。


 ローテンシルデ城は近くの小川にそって東西に伸びた造りになっていて、東の端には礼拝堂が建てられていた。


 僕とティルが中に入ると、すでにみんな集まっていて、父さんが秘書官として雇っている司祭が中心になってミサを執り行った。


 ミサと聞くとおごそかな宗教儀式のように感じるかもしれないけど、こっちとしては毎朝のことなのではっきりいってダレている。


 お祈りもはしょりまくってありがたみの欠片もない。


 ほとんど形骸化している儀式が終わると、そのままみんなで大広間に入って朝食になる。


 朝食の内容はすごく簡単で、パンと飲み物だけだ。


 大人はワインかエール、子どもは牛乳か井戸水で、パンを口につめこんで、液体で流し込んだらそれでおしまいだ。


 そのあと城の子どもたちはミサを仕切っていた司祭を家庭教師にしての勉強、父さんは執事のゼバスチャンをつれて代官や法律顧問たちと税の徴収や領地の経営について話し合い、母さんは刺繍をやったり細々とした家事の指示を出す。


 その他の使用人たちは二つのグループに分かれる。


 一方は戦闘を主目的にした騎士たちで、彼らは城の塔や門に向かって見張りを交代したり、城の中央にある庭で剣や槍の稽古をしてすごす。


 もう一方が家事を行う人たちで、馬丁は厩舎の掃除、鍛冶屋は馬の蹄鉄や荷馬車の部品の修理、女中たちは部屋掃除と洗濯、料理人たちは昼食の準備に取り掛かる。


 僕とティルはまだ勉強をするには幼すぎると思われていたので、大抵、ヴァルブルガと魔法の稽古をしていた。


 稽古場所は城内にある上の中庭というところだ。ローテンシルデ城には中庭が三つあって、一番西にある外壁のすぐ脇が「上の中庭」、城の真ん中にある大塔を挟んで反対側が「中の中庭」、そして僕らの居住スペースになっている東の別棟にあるのが「下の中庭」だ。


 中庭は騎士たちの稽古や鍛冶屋たちの作業場にされるけれど、それも「中の中庭」と「下の中庭」までだ。「上の中庭」には西の外壁の警備に入っている騎士たち以外ほとんどやってこないから、隠れて魔法の訓練をやるには都合が良かったのだ。


 ちなみにカルラはこの訓練に参加していない。彼女は六歳になったということで、他の子どもたちと一緒にお勉強だ。執事のゼバスチャンの息子であるフリッツも同じである。


 それぞれがそれぞれの用事をすませると、十時くらいから正午にかけて昼食が始まる。


 ずいぶん昼休みが長いなと思うかもしれないけれど、簡単な弁当やファストフードですませてしまう現代日本とちがって、この国では昼食こそメインなのだ。


 メインであるだけに、昼食はコース料理として出てくる。


 家族がそれぞれ決まった席につくと、給仕のために使用人たちがぴったりと張り付く。


 出てくるのは米と豆をミルクで煮たリゾットだとか、はちみつと果物で味付けした鶏肉だとか、うなぎをくるんだパイとか、とにかくこれでもかってくらい高カロリーのオンパレードだ。


 食器は皿とナイフで、隣あった者同士が二人一組で使う。


 普通は若い人が年長者のために料理を取り分けてあげるのがマナーなのだけれど、僕の場合はいつもティルとペアなのでそうした気づかいはない。


 大皿にのって運ばれてきた料理を自分の皿に移し、ナイフで一口大に切って、あとは手で口に運ぶ。


 スプーンはあるけれどフォークはない。


 どういうわけかわからないけれど、この国の人たちはフォークで食事をするやつは内臓が腐っていると固く信じている。


 テーブルマナーが徹底しているから、それを逸脱した食器を使うやつが許せないのかもしれない。あるいはフォークが悪魔の槍に似ているからってのも理由かもね。


 大人はここでもワインやエールをがばがば呑む。


 そんなんで午後から大丈夫なのかと思うかもしれないけれど、この世界には電気がないから夜は割りと早めに就寝してしまうので問題ないのだ。


 食卓の上座にいる父さんは、今日はことのほか上機嫌だった。


 なんでも、こんどカルマニエン地方にいる皇帝をここに招いて接待することが決まったらしい。


 そこで次回のレーム王選挙に自分を出馬させてくれるよう頼むつもりらしいのだ。


 レーム王というのはレムリエン皇帝になる候補者が就任する役職で、普通は皇帝の息子がなるんだけれど、御年七十歳になろうとしている皇帝陛下には男の子がいない。


 かなり若い娘さんがいるらしいけれど、その人が帝位につくのは望み薄だ。


 なので父さんは自分がレムリエン皇帝になるべく、その前準備としてレーム王にしてもらおうと、現在選挙活動中だ。


 言い忘れていたけれど、父さんの父さん、僕とティルの祖父にあたるフィリップ善良公は今上帝の実の弟で、父さんはだから陛下の甥っ子にあたり、皇帝になりたいと思えば充分射程圏内の立ち位置にいる。


 きっといまも父さんの頭の中は、黄金に宝石のちりばめられた帝冠をかぶることでいっぱいなのだろう。


 そんな風に思っていたら、唐突に僕とティルに声がかかった。


「聞いたよ、マクシー、ティル。お前たちは実に頭が良いそうだね」


 父さん、ジギスムントはちょっとしゃくれた口元に微笑をたたえていった。


 ティルと同じ真っ赤な髪に、茶色の大きな瞳と馬みたいに長い顔。


 一見すると、とても突進公なんていう武張ったあだ名で呼ばれている人とは思えない。優しそうで気さくそうな普通のおじさんだ。


 いったいこの人のどこにそんなとんでもエネルギーが隠れているのか、ときどき不思議になる。


「頭が良いかはわからないけれど、僕たち、早くみんなと一緒に勉強がしたいです」


「そうそう。もう文字の読み書きもできるんだから」


 僕につづいてティルが答えると、父さんは両目を大きく開けて驚いた。


「もう読み書きができるのかい?」


「簡単な計算もできますよ」


「あと魔法もね」


 これには父さんだけでなく、母さんやカスパル兄さん、執事のゼバスチャンですら驚いていた。


 そういやヴァルブルガとカルラ以外はこのこと知らなかったんだっけ。


 まあ、僕らも三歳になったことだし、必死に隠すようなことでもないよね。


 0才児がぺちゃくちゃしゃべってたら気味悪がられるけど、三歳ともなれば頭が良いだけだと思ってもらえる。人間社会の不思議なところだ。


「そ、そうか。あちこちでウワサになってたことは、じゃあ、本当だったんだね。うちの双子は竜巻に乗ってトリプルアクセルを決めて鼻から隣の家の牛乳を飲むって」


 なにそれ? え、僕たちそういう風に見られてんの?


「しません!」


「やらないわよ! できるけど!」


 こら、ティル、余計なこと言うんじゃありません。


 ほら、父さんが反応しちゃったじゃないか。


「で、できるのかい?」


 途端に父さんの茶色の瞳がきらきらと輝きだした。


 母さんと兄さん、ゼバスチャンが「あちゃー!」といった感じで額に手を当てる。


 父さんはいつの間にか新しいおもちゃを見つけた子どもみたいな表情になっていた。


 ここにきてようやく、僕は父さんの座右の銘を思い出した。


――私はあえてやってみた!


 そう、父さんは他人が無茶だと止めることを率先してやってしまう人なのだ。


「よーし、父さんは決めました!」


 父さんはガタッと椅子を蹴って立ち上がった。


 家族も使用人も、みんな「まーた始まったよ」といった顔で父さんを振り仰ぐ。


「マクシーとティルのためにレームから家庭教師をお招きします!」


 レーム。つまり聖火十字教の総本山から、それなりの高僧を招致するということか。


 興奮気味の父さんに、しかし待ったをかけた人物がいた。


 僕の双子の妹だ。


「いやよ、髭生やしたじじいなんて! 雇うなら金髪美人のエルフにして!」


 ティルの申し出に、父さんは怪訝そうに眉をひそめた。


「エルフ? あんなイシュタリエンの田舎者がいいのかい?」


「ええ! あ、もちろん女よ!」


「エルフの女かー」


 僕は二人の会話を黙ってききながら、内心ティルに喝采を送っていた。


 僕が転生するとき、ラ・ムーは約束してくれたのだ。金髪美人のエルフを家庭教師にしてくれると。


 そしてその人物が僕のハーレムの一員になると。


 父さんはしばし考え込んでいたが、やがてパッと顔にかかった雲を吹き飛ばした。


「いいね。すごくいいよ。最近、エルフたちが保存してた古代の知識っていうのがハルモニエン地方でも流行ってるらしいし。うん、新しい文化の風にうちの天才たちを当ててあげるのは大変けっこうかもしれない。わかった。金髪美人のエルフも探してもらえるよう頼んでくるよ」


 父さんの許可が下りた瞬間、僕とティルはお互いの顔を確認しあったあと歓喜の抱擁を交わしていた。


 (よわい)三歳、ついに僕らの嫁がやってくるのだ。


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