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ムーラント・サーガ~めるひぇんに御座候~  作者: 皇川 義佐
第二章「赤い盾の貴公子」
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第五幕「モラトリアムとタイムリミット」

「ラ・ムーを裏切るってこと?」


「裏切るんじゃないわ。向こうが裏切ってきたときに、対処できる方法を探しておく必要があるっていってるの」


 ティルはそういって、背後を振り返った。


 父さん母さんの寝室には、いま僕たちのほかにメイドのヴァルブルガとその娘のカルラがいる。


 もちろん、僕たちの会話はテレパシーでなされているから、二人には聞こえていない。


 ティルは「カルラ!」と脳内で呼んだ。


 そんなことしたってカルラには聞こえるはずもないのに、何をやっているんだろう。


 不思議に思っていると、カルラは「うっ!」とあの独特の返事をして立ち上がった。


「え? なんで?」


「ふふん、以心伝心ってやつよ」


 ティルは得意気だったけれど、僕の目はカルラの姿を追っていた。


 今年三歳。ようやく物心ついたといった感じの幼女は母親と同じ濃紺のワンピースに白いエプロンを身につけていた。


 頭には当然のように白いフリルのついたカチューシャをのせている。


「うっ!」


 カルラは「どうぞ」といわんばかりに、ベッドの下から分厚い本を取り出して、僕らの前に置いた。


「これ、なに?」


「白教会が発行してる魔術の本よ」


 ティルは真剣な面持ちでつづけた。


「ねえ、マクシー、あたしたちはどうして子どもなんだと思う?」


「え、だって、それは父さん母さんのところに転生したからだろ?」


「ええ、たしかにあたしたちは転生したわ。でもどうして転生だったのかしら?」


「何が言いたいんだよ?」


「あたしたちが元いた世界から侵略者のスパイがやってくる。あのラ・ムーって自称神様はそういったわ。自分の代わりにそのスパイをぶっ飛ばしてくれって」


「だから、僕たちは転生させてもらったんじゃないか」


「そのスパイ、いつ来るのよ?」


「え……」


 そういえば具体的な時期や相手の年格好、人数すら僕たちは聞いていなかった。


「ティルはどう思ってるの?」


「どんなに早くても15年後だと、あたしは思ってるわ」


「15年? どうして?」


「この国の成人が十五歳だからよ。少なくとも、大人相手に同等に闘えなきゃ、戦力にならないでしょ」


 そうか。ということは、あのラ・ムーって神様は未来に敵がやってくるのを見越して、僕たちを転生させたのか。


 いや、もしかしたらわざわざ僕たちを過去に送り込んだのかもしれない。ちょうど敵側のスパイがやってきたときに大人になっているように。


 ティルは目の前に置かれた魔術本にちっちゃな手を「ぺちッ!」とのせて言った。


「それまでに、あたしたちは強くなっておく必要があるわ。例えば、米軍の特殊部隊が攻め込んできたとしても勝てるくらいにね」


「なんでアメリカなのさ?」


「ばっかね、マクシー。異世界まで攻め込んでくるのよ? あたしたちの世界でそんな真似できるのアメさんしかいないじゃないの」


 なるほど、たしかに異世界までわざわざ侵略してくるっていうことはすごいハイテク設備とお金が必要な気がする。


 そんなことができるとしたら、僕も真っ先に思い浮かべるのはあの赤いシマシマの入った星条旗だ。


「スワットとか来るのかな?」


「わかんないわよ。アメリカのことなんて全然知らないんだから。でも最悪の事態を想定して動かないといけないわ」


「最悪の事態って?」


「あそこの州知事が真っ裸でやってきて、服とバイクがほしいって言い出すような状況よ」


「アイル・ビー・バック!?」


「あたしは『おめぇなんか怖くねえ』とかそんな死亡フラグびんびんのセリフを吐く気はないからね」


「だから、魔術の本なんだね?」


「そうよ。このなんの抵抗力もない0才児の身体でも、やれることはあるもの。いまのうちにバンバン魔法を覚えて、身体が大きくなったら武術をやるわよ」


「うん!」


 ティルはカルラに魔術本をめくるように言った。


 カルラはカルラで、「うっ!」と元気よく返事をして、その通りの行動をする。


 この子、もしかして僕らの声が聞こえているんだろうか?


 僕が言っても通じるかな?


「カルラ、ちょっと笑ってみてくれる?」


 脳内で呼びかけると、カルラはこっちを向いてニコッと微笑んだ。


「う~っ☆」


 か、可愛い。そしてあざとい。この子、将来とんでもない悪女になりそうだ。


 いや、そんなことよりも、


「やっぱり、聞こえてるんだね」


「どうかしらね。フリッツにもやってみたけど、全然反応しなかったわよ」


「え、いつ?」


「あんたが寝てたときにちょろっとね」


 そういうことは事前に相談して欲しい。


 まあ、でも言ったところで僕が僕に確認するわけだから結論はあんまり変わらないのかもしれない。


 聞かれていたら、僕も「やってみたら?」って答えたと思うし。


 ウダウダ悩んでもしょうがないってことかもね。


 僕はカルラがめくってくれる魔術本の内容に集中することにした。


 僕もティルも、この国の文字を読むのに特に苦労はなかった。


 なぜか、最初から単語も文法も知っていたのだ。


 たぶん、転生したときにラ・ムーが気をきかせてくれたのだろう。


 それにしても、この本の記述はどうなんだろ?


「ねえ、ティル、この一角獣の角とネズミの唾液とマンドラゴラを混ぜてつくる惚れ薬なんだけどさ、ほんとに効くと思う?」


「わかんないわよ、でも本に書いてあるんだし、効果はあるんじゃないの?」


 どうかな。ものすごく怪しい。


 次の聖歌隊四百人で奏でる回復の歌ってのも、どうなんだ?


 回復っていったって、どの程度の効果があるのかわからない。


 ガンとか治ったりするのだろうか。


「魔法そのものより、儀式がメインって感じがするんだけど。これなんか国家平安になるって書いてるけど、どういう状態が国家平安なの? だれ目線?」


「うっさいわねー。ようはやってみりゃいいんでしょ?」


「いや、黄金の棺で葬儀とか、やれないよね?」


「これならいまでもできるじゃない」


 ティルが指さしたのは、悪魔を寄せ付けなくなるという呪文の箇所だった。


「えーと、コインに自分のイニシャルを書いて、枕元に置く」


 またどうなんだろうね、これも。


 ティルはカルラの方を向くとコインを持ってくるよう指示を出した。


 カルラはエプロンのポケットから大事そうに錆びついた銅貨を取り出すと、ティルの言う通り、インクに浸した羽ペンで「D」と書き込んで、枕元に置いた。


 ティルは緊張した面持ちで眼前のコインをにらむと、両手に「はーっ!」と息を吹きかけた。


「それじゃ、やるわよ!」


 気合充分といった感じだ。


「シュトラーレン!」


 ティルが唱えると、コインはきれかけの懐中電灯みたいな弱々しい光を放って、空中に浮き上がった。


「「おお~!」」


 僕もティルも、初めての魔法に思わず声を出してしまっていた。


 だが、次の瞬間、コインはあっさりと光を失い、ポスッと軽い音を立てて枕の上に着地した。


「え、いまので終わり?」


「ちょ、悪魔は? 退治できたの?」


 結局効果があったのかわからず、僕らはそのあとも自分たちで出来そうな魔法を次々と試した。


 でもそのほとんどが不発みたいな、しょぼい終わりを迎えた。


 なかにはまったく魔法らしい現象を発生させないものもあった。


「……ティル、この本……」


「おかしいわね。ちゃんと父さんの執務室からくすねてきたやつなのに」


「え! 盗んじゃったの!?」


「何よ、人聞きの悪い。ちょっと借りただけじゃない、カルラが」


 カルラにやらせたんかい!


 っていうか、いま自分で「くすねた」って言ったよね!?


「まあ、手に入れた方法については後でいろいろ言わせてもらうけど、この本、たぶん正確じゃないんだろうね。一応、効果らしいのを発揮したやつもあるけど、書いてある内容とはだいぶ違うし」


「でもこれ、聖火十字教が公式に発行してる本よ。『塩と光の書』の次くらいに有名なのに」


 うーん、公式本なのにこんなもんなのか。


 ちなみに『塩と光の書』というのは聖火十字教における聖典のことだ。


 僕たちが元いた世界でいうと聖書に位置する。


「もしかして、この世界、魔法はあるけどまだ体系化されてないのかも」


「どういうこと?」


「つまりさ、ハウツー本ができるくらいには研究が進んでないんだよ。たぶん、使える人が少ないからなんだと思うんだけど」


 レムリエン連邦で魔法が使えるのはほとんどが教会の司教や司祭、あるいは修道院の修道士だ。


 これは魔法が聖火十字教の儀式と密接な関係にあるということも理由なのだけれど、本当の理由は識字率にある。


 この国では教師は生徒が雇うものという共通認識があって、それは公的な場であるはずの学校でも変わらない。


 生徒が学費を納めているから、学校でも生徒たちが作る学生ギルドの方が教職員のギルドより力が強いのだ。


 こうした背景があるからか、ある程度の収入がある子でないと学校にも通えないし、家庭教師も雇えない。


 結果、識字率はひどいものだ。


 この世界で有名な王様でジークフリート大帝という人がいるのだけれど、この人は自分の名前を書くことはできたけど、他の字は書くことも読むこともできなくて、だから重要な書類は全部側近のお坊さんに読み聞かせしてもらっていたらしい。


 昔の話とはいえ、王様ですらこんな感じなのだ。一般人となれば名前すら書けない人の方がずっと多い。


 さらに公的に使用される言語が二種類あるというのも、混乱を生んでいる原因の一つだ。


 基本的な日常会話はレムリエン語という、いま僕やティルが話している言葉だけれど、宗教関係者や王族はレーム語という千年くらい前に滅んだレーム帝国で使われていた公用語を使っている。


 このレーム語は、文字こそレムリエン語と同じなのだけれど、語順や発音が微妙に違っていて、専門家に教えてもらえないとまず習得できない。


 レムリエン語とレーム語、二つの言語を安価に学べるのは教会関係者だけだ。


 だから教会の司祭や修道士たちは、書記官や秘書官として貴族たちに雇われるし、教師として採用もされる。


 必然的に古い文献や呪文を使う魔法は、教会関係者の専有物のようになってしまっている。


「だから、研究が進んでいないんだと思う。印刷本も最近できたばかりみたいだし、もしかしたら魔法について専門に研究している人がいるかもしれないけれど、入門書みたいなものから独学は無理なんじゃないかな?」


「じゃあ、どうすんのよ? このまま大きくなるまで待てって? さっきもいったけどタイムリミットは十五年よ! あんたならこの意味わかるでしょ!?」


 焦った様子で叫ぶティルに、僕はうなずいた。


 僕だって一度は二十二歳まで生きた男だ。人生で何かをやるためには十五年なんてあっという間だってことは痛いくらい分かってる。


「何か、別の方法を考えよう。やりようによっては0才児でも魔法を習うことができるはずだ」


「見つからなかったら?」


「見つかるさ。そうだろ、カルラ?」


 僕が脳内で呼びかけると、カルラは「うーっ!」と微笑んでくれた。


 タイムリミットは十五年、それまでに米軍の特殊部隊より強くなる。


 なかなかの無理ゲーだ。


 でも、こういう難易度高いゲーム、すごい好きなんだよね、僕。


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