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ムーラント・サーガ~めるひぇんに御座候~  作者: 皇川 義佐
第二章「赤い盾の貴公子」
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第四幕「幸せの在りか」

 これからお互いが幸せになれるようにがんばる。


 そう決意した僕とティルは、まず現状の把握から始めた。


 とにかく、いまの自分たちはどういう立場にいるのか、何ができて何ができないのか、きちんと知っておく必要があったのだ。


 まず生まれた場所。


 僕とティルが暮らしているのはラタトスク公国にある石造りの巨大な城、ローテンシルデ城だ。


 いまの貴族は宮殿や屋敷を建てて、そこに住むのが主流らしいけれど、ローテンシルデ家は古い貴族なので、少々不便でも先祖代々の城にいる必要があるのだそうだ。


 とはいえ、そこは築百年を越える古物件。


 すきま風は入ってくるし、窓ガラスも最近とりつけたはめ込み式で、開閉はできない。


 そもそも敵軍からの襲撃を想定して作られているので窓自体も少ない。


 結果、薄暗くて寒くてジメジメしている、お世辞にも住みやすいとはいえない環境になってしまっている。


「金はあふれるくらいあるはずなのにね」


「でも、トイレは水洗式だから、まずまずじゃない?」


 ティルはこの環境を割と気に入ってるのか、文句はないみたいだった。


 ちなみにトイレが水洗式というのは、城が近くの小川をまたぐように建っているからだ。その小川の真上に来るように城のトイレは設置されている。


 ローテンシルデ城は三階建てで、一階が馬丁やメイドといった使用人たちの住居、二階が僕たち家族の生活スペースとお客さんを呼んだときの接待スペース、そして父さんが政務をするための仕事スペースに分割されている。


 三階部分は小さな木造になっていて、そこは父さん母さんのベッドルームだ。


「つまりここなわけだね」


「ここでギシギシアンアンしてたのね、三十半ばの中年が、十代の女の子を」


 まったく、とんでもない男だよね、父さんは。


 まあ、そのおかげで僕たちは転生できたわけだから、批難ばかりもしていられないのだけれどね。


「そんで家族構成だけど……」


「予想通りって感じだったわね」


 僕とティルはお互いの顔を見合わせて溜息をついた。


 父さんが三十五歳で母さんが十四歳と聞いたときからある程度予想していたのだけれど、やっぱりというかなんというか、僕たちには腹違いの兄弟がいたのだ。


 カスパル・フォン・ローテンシルデ。今年で十七歳。


 蜂蜜色の髪をした、イケメンの細マッチョで、領民からは私生児(バスタード)殿と呼ばれて親しまれていた。


 神聖レムリエン連邦は一神教である「聖火十字教」を信奉する連合国家である。


 その教義では、男女は生涯たった一人だけを愛するということになっている。


 だから基本的に付き合ったら即結婚で、離婚は認められていないし、まして愛人を作って子どもを産ませるなんて神の顔にツバを吐きつけるような行為だと思われているのだ。


 それでも、衝動を抑えられないのが人間というものなのか、金持ち貴族が私生児をもうけるのは半ば常識みたいになっている。


 問題なのは、そうして生まれた私生児たちには、正妻が産んだ子どもたちが有する各種権利を持つことが許されないということだ。


 家督相続権はもちろんないし、結婚するときもそのことは障害になる。なぜって彼らは神様に逆らって生まれてきてしまった命だからだ。


 本人の意思じゃないのに、理不尽な話だよね。


 おまけに正妻に子どもが生まれたら、その子の家来としてつくさなければならない。


 つまり僕やティルに、カスパル兄さんは仕えないといけないということだ。


 きっと嫌な顔をするんだろうなと思っていたら、予想とは反対に、初対面のカスパル兄さんは明るかった。


「へえ、こいつが俺の主人になるのか。ほらほらマクシー、兄さんだぞー!」


 顔面が溶け崩れるんじゃないかってくらい甘々の表情で、カスパル兄さんは僕に高い高いをしていた。


「良い人なんだと思うけどね……」


「チャライのよね、なんか……」


 貴族としての重責みたいなのがないからなのか、カスパル兄さんは明るく陽気で、そして適当で女たらしだった。


 基本的に学問は嫌いで、友だちと狩りにいったり、馬上試合をすることをなによりの喜びにしている。


 もちろん、最後に女の子をお持ち帰りすることも欠かさない。


――どうせ俺は私生児だから、家のことは弟に任せるわ。


 そんなことを飲み屋で言っていたらしい。


 まったく困った兄さんだ。


 ところがこの兄さん、領民からはびっくりするくらい人気がある。


 そりゃそうだ。本来なら偉ぶっていて当然の公爵家の息子が、祭りとなると街の若い衆に混じってどんちゃん騒ぎをして、イベントでは必ずと言って良いほど主役を張り、飲み屋で町娘たちと気さくにダンスする。


 なんていうか、徹底して身近なのだ。


 だからなのか、公国内の各都市では「あの私生児(バスタード)殿が跡継ぎだったらよかったのに」と思っている人が結構な数いるらしい。


「御家騒動とかにならなきゃいいけど……」


「その辺は大丈夫じゃない? あの兄ちゃん、酒と馬と女があればそれでいいみたいな感じだし」


 それもどうなのかなとは思うけどね。


 一緒に生活している血縁者は僕とティルに父さん母さん、カスパル兄さんで全部だけれど、ローテンシルデ家には他にも家族がいる。


 メイドのヴァルブルガを初めとする使用人たちだ。


 まず父さんを支える人間として、秘書官や書記官の仕事をしている聖火十字教の司祭たち。


 各種訴訟や権利問題に活躍する法律家たち。


 さらに父さんの身の回りの世話をする執事や従者、馬丁たちだ。


 彼らは父さんが個人的に雇っている人たちで、給料から衣類の支給まで基本的にローテンシルデ家の財布から出している。


 母さんの身の回りも同様で、メイドのヴァルブルガに女中たち、料理人に、実家からついてきたゾニーレ王国の家臣たちがいる。


 実は僕とティルにも、こうした使用人というか、使用人候補がいる。


 ヴァルブルガの娘、カルラと、執事のゼバスチャンの息子、フリッツだ。


 このカルラとフリッツは僕とティルが生まれる数ヶ月前からこの城に上げられて、将来的に僕らの側近となるべく教育されている。


 ちなみにフリッツは本名をハインリッヒといって、フリッツというのは愛称だ。


 執事のゼバスチャンの息子で、今年三歳になる。


 このフリッツ、ちょっとおませさんなところがあって、どうも僕たちの母さん、マリア・ゾフィーアにぞっこんらしい。


 なにかにつけて「奥しゃま、奥しゃま」と母さんのところにいく。


 頼むから成長した後、家庭問題になるようなことはしないでくれよ。貴族の間では「不倫は文化」という観念が定着しているらしいし。


 宗教上、好きになったら即結婚で離婚も認められていないからか、この国では「結婚」と「恋愛」は完全に別物で、それぞれ楽しむべきものという考えがあるのだ。


 もちろん、そんなことはタブーなのだが、ダメといわれるとやりたくなるのが人間というものらしい。


 一方、ヴァルブルガの娘、カルラもフリッツと同じ三歳だが、こっちはなんというかまだ子ども子どもしている。


 舌足らずなところがあって、返事をするとき「うっ!」とちょっとだけうなる。


 ぷにぷにほっぺを赤くしてそんな声を出すので、僕もティルもこのカルラが可愛くて仕方ない。


 ティルなんかは露骨に、「大きくなったらあたしのお嫁さんになるのよ」なんて吹き込んでいる。


 僕らの方が年下なのに、なんだか妹を持ったような気分だ。


 以上、使用人とその家族を含め三十人近い人間たちがこのローテンシルデ城で生活していて、彼らすべてが僕らの家族だ。


「金はあるけど住んでる場所は古城。腹違いの兄さんはいるけど、僕らには好意的。その他、使用人たちとの関係もおおむね良好っと。さすがに神様から転生させてもらっただけあって、最初からまずい要素ってのはないみたいだね」


「わかんないわよ。フュルヒテゴットって叔父さんについてはあんまり良いウワサきかなかったわ」


「たしか一個上の従兄がいるんだよね。レオンハルトくんだっけ?」


「そう。そのレオンハルトの父親で、あたしたちの父さんの弟。なんか外見は渋くてかっこいいらしいけど、何やってもいまいちって評判らしいわ。逆にレオンハルトはちっちゃいときから優秀で、だからなのかフュルヒテゴットは目に入れても痛くないくらい溺愛してるんだって」


「……レオンハルトくん、まさか転生者じゃないだろうね?」


「さあね。でも、そうだったとしてもおかしくないわ。あたしね、正直、あの神様のこと、それほど信用してないの」


「ラ・ムーを?」


「ええ。考えてもみなさいよ。異世界からの侵略者がきたとして、どうしてその侵略者と同じ世界の、それも仕事ができなくておまけに交通事故で死んじゃうようなダメなやつを自分の代理にしようとするの?」


「それは……」


「いろんな可能性を考えておくべきだわ」


「いろんな可能性って?」


「あたしたち以外の転生者がいる可能性、ラ・ムーが嘘をついている可能性、そして」


――あの神様に頼まれたことを実行しないで、あたしたちが幸せになる可能性よ。


 ティルのエメラルド色の目のきらめきに、僕は息を呑んだ。


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