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ムーラント・サーガ~めるひぇんに御座候~  作者: 皇川 義佐
第二章「赤い盾の貴公子」
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第三幕「0才児たちの決意」

 僕らが生まれたのは神聖レムリエン連邦という連合体に所属する国、ラタトスク公国だった。


 領主の名前はラタトスク公爵ジギスムント・フォン・ローテンシルデ。


 ちなみにローテンシルデは「赤い盾」という意味だ。


 ジギスムントはその赤い盾家の当主であり、またこの公国に所属する各都市議会の元締めであり、神聖レムリエン皇帝から公爵の位を賜る封建領主である。


 今年で三十五歳。やせ型の馬面で、温和な感じの大きな目が特徴的な優男だ。


 しかし、見た目に騙されてはいけない。


 一見すると人が良さそうなおっちゃんだけれど、この人、無類の戦好きとして知られている。


 しかもその戦い方は、自分で選出した騎士団を率いて果敢に相手に突撃していくという猪突猛進型。


 ついたあだ名は「突進公」。またの名を「無鉄砲公」。


 座右の銘は「私はあえてやってみた!」。


 まあ、ようするに騎士道物語に憧れる子どもがそのまま大人になってしまったような、ノリだけで突っ走る熱血直情野郎なのである。


 やっかいなのは、この猪公爵、連邦内でも一、二を争う金持ちということだ。


 ラタトスク公国は連邦内に四つある地方の中でも特に大きな勢力を持つシンフォニエン地方と皇帝のお膝元であるカルマニエン地方の間を南北に細長く広がっている。


 つまり、シンフォニエンとカルマニエンの国々が交易するためにはラタトスクを経由するしかない。


 おまけに領土内を大河が縦に走り、北部海岸へとそそいでいる。


 この大河を利用しての毛織物の輸出業で、領内各都市が栄え、その利益が税として公爵家に入る仕組みになっている。


 土地がそもそも貿易、交易に適した場所なのだ。


 くわえてジギスムントの父親、先代の領主であったフィリップという人がとんでもなく優秀だった。


 人呼んで「フィリップ善良公」。


 贅沢をいましめ、民にほどこし、法律を整え、ときに厳しく人々を導く。


 そういう人を領主にいただいて、もともと裕福だったラタトスクはますます繁栄した。


 結果として、その息子はなんの苦労もなく連邦随一の金持ち貴族になり、わがままし放題でも全然困らないことになったのだった。


「で、しょにょ人が僕らの父しゃんにゃわけらにぇ」


「しょゆこちょみちゃいにぇ」


 僕、マクシミリアン・フォン・ローテンシルデと、双子の妹、ディートリント・フォン・ローテンシルデはベッドの上に座って会話していた。


 もちろん、口ではなく例の頭に響くテレパシーでだ。


 おかげで、僕たちの会話の内容を周りの人に聞かれてしまうという心配はなかった。


 そんな僕たちを、やっぱりベッドに座った銀髪の美少女がにこにこしながら見ている。


 マリア・ゾフィーア・フォン・ローテンシルデ。現在十四歳。驚くなかれ、日本だったらまだ中学生のこの少女こそ、僕とディートリントの母親なのだ。


 父親のジギスムントが三十五歳で、母親のマリア・ゾフィーアが十四歳。


「犯罪のにおいがしゅるわにぇ」


 とはディートリント談である。


 もちろん、僕らの父さんが幼女趣味とか、母さんを誘拐してきたとかそういう話じゃない。


 さっきも話したけれど、うちの父さんは世界有数の金持ちで、そのうえ公爵だ。


 ちなみに貴族の位は皇帝がいて、王様がいて、その下が公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵になる。


 父さんは上から三番目。並みの貴族じゃそもそも釣り合いがとれない。


 せめて同じ公爵、もしくはどこかの王族の正妻の子どもでないと父さんとは結婚できなかった。


 おかげで婚期は遅れに遅れ、ようやく二年前、タイタニエン地方にあるゾニーレ王国の王女だった母さんを妻に迎えることができたというわけだ。


 当時、父さん三十三歳、母さんは十二歳。


「どっからどうみちぇも犯罪にゃのよにぇ」


 とはディートリント談である。


 うん、いい加減やめてあげてよ。仮にも僕らの父親だぜ?


 僕らが頭の中でそんな会話をしているとも知らずに、幼い母さんは微笑みながらほっぺたをぷにぷにしてくる。


「マクシーもティルも、なにがそんなに楽しいの? ママにも教えて?」


 マクシーとティルというのは、僕とディートリントの愛称だ。


 それにしても、うちの母さんは可愛いな。


 もともと銀髪の美少女で王女様なのに、子どもを産んだことでボンキュボンのナイスバディになってしまっている。


 なるほど、これが世に言うロリ巨乳か。


「信じりゃれりゅか、ティル。こりぇが僕たちの母しゃんにゃんだじぇ」


「反則よにぇ、マクシー、ぶっちゃけ押し倒しちゃいわ」


「お前、女だりょ? あといまは赤ん坊だりょ?」


「中身はあんちゃとおんにゃじよ。あちゃしだって福田大輔なんだからにぇ」


 いまさらだけど、不思議なものだ。


 転生した自分が二人になって、そのうちの一人は赤毛に緑目の女の子なんて。


 性転換ということになるのだろうけれど、もちろん僕に自覚はない。


 僕は僕で、ほとんど白に近い金髪の赤ん坊になってしまったんだから。


 それにしても、あの神様、ラ・ムーは僕をイケメンにしてハーレムを作ってくれるといっていたけど、どうしてこういうことになったんだろ?


「あ、しょうか!」


「にゃによ、いきにゃり」


「わかっちゃんだよ、ティル。どうしちぇティルが女の子にゃのか」


「どういうこちょよ?」


「僕ら、神様に性別の指定しちぇにゃいんだ!」


 僕が脳内でそういうと、ティルが石みたいに硬直した。


 母さんは、そんな娘のようすに気付かずに、まだほっぺをつんつんしている。


「……あにょ、ティル?」


「……にゃ、にゃ……」


――にゃんじゃしょりゃぁぁぁあああっ!


 ティルの声は、口から出たときには盛大な泣き声になっていた。


 産まれた直後すらまったく泣かず、僕にうるさいとダメだししてきた妹が号泣しだしたとあって、十四歳の母さんは大慌てだ。


「え? え? ティルが泣いてる!? どうしようどうしよう!? ヴァル! ヴァル! どうしたらいい!? これどうしたらいいの!?」

 

 おいおい、子どもを「これ」なんて言っちゃいやだぜママン。


 まあ、混乱する気持ちも分かるけどね。


 母さんの涙混じりの呼び声に、乳母のヴァルブルガが早足でやってきた。


「落ち着いてくださいまし、奥様。子どもは泣くのが仕事でございます」


「だ、だって、ティルよ!? 生まれたときからちっとも泣かなかった子よ!? もしかして病気!? それとも怪我!?」


 ますます取り乱す母さんをよそに、ヴァルブルガはサッとティルを抱き上げた。


 冷静、かつ迅速な判断だ。


 ヴァルブルガ・マガト、今年十八歳。


 この世界のメイドはメイド服を着ていない。基本的に彼女たちの衣服は主人が着ていたお古を直したものだからだ。


 主人が服を与え、使用人がそれを受け取ることが、そのまま契約の証明になる。


 ところが、ヴァルブルガはメイド服を着ていた。


 首まですっぽり覆う濃紺のワンピースに袖を通し、その上から白いエプロンをつけている。


 長いこげ茶色の髪を結わえた頭には、ちょこんとフリルのついたカチューシャを乗せていた。


「ティル様、ディートリントお嬢様、どうしました? お腹が好きましたか? それともおむつですか?」


――おー、よしよし。


 と、ヴァルブルガはティルの背中をぽんぽんしながらあやし始める。


 するとティルのやつはすねたようにほっぺをふくらませながら、エプロンを押し上げているヴァルブルガの胸にポスンと頭を乗せた。


 まったく、現金なやつだ。


「ティル、おちちゅいた?」


 僕がそう聞くと、ティルは「ふん!」と鼻を鳴らした。


「いいわよにぇ、あんちゃは、こりぇからくる家庭教師とイチャイチャしちぇ、それからハーレムができりゅくりゃいモテモテになりゅんだかりゃ。じぇも、あちゃしはにゃいのよ。大事な大事な息子がにゃいの。ハーレムだってないにょ。こんにゃの詐欺よ」


「……ごみぇんにぇ、ティル」


「あやまんにゃ!」


 それからしばらく、ティルの機嫌は直らなかった。


 母さんとヴァルブルガは、単に子ども特有のわがままだろうと思ったようだけど、僕の方としては気が気じゃなかった。


 なにしろ、ティルは見た目こそ女の子だけど、中身は僕なのだ。


 僕は想像してみる。


 あの神様に明るい未来を約束されたあと、もし僕がマクシミリアンではなくディートリントとして転生していたら。


 魔力は高いかもしれない。運動神経もいいかもしれない。イケメンになるかもしれない。


 でも、ハーレムはないのだ。ないばかりではなく、男に生まれたもう一人の自分がそれらを全部かっさらっていくのだ。


「ちゅらいよにぇ」


 僕はつぶやくことしかできなかった。


 でも、僕のそうした心配は数日後、けろっとした顔をして話しかけてきたティルによって簡単にすみの方に押しやられた。


「決めちゃわよ、マクシー、あちゃし、決めちゃわ!」


「にゃにを決めちゃの、ティル?」


「あちゃし、やっぱりちゅくるわ、自分のハーレム!」


「へ?」


「あんちゃのとこりょに来る女の子は、あちゃしにだってハーレムに入れる権利がありゅんだもにょ! だかりゃ、そこりゃ中の女の子じぇんぶじぇんぶあちゃしのものにしちぇ、そしてあちゃしは打ち立ちぇるのよ!」


――あちゃしによる、あちゃしのちゃめの、あちゃしだけにょ、キマシタワーを!!


 僕はその瞬間、めまいを覚えた。


 なんてこと言い出すんだい、もう一人の僕。


百合(ゆり)百合(ゆり)王に、あちゃしはにゃる!」


 ぷにぷにの握りこぶしを頭上に振り上げ、ティルは高らかに宣言した。


 それから大人びた表情で、こっちを見た。


「だから、あたし、もう日本語使うのやめるわ、マクシー」


「へ? やみぇちゃうにょ?」


「いつまでも昔の自分、引きずってるわけにもいかないでしょ。あたしはディートリント、あんたはマクシミリアン。もう、福田大輔じゃないのよ。そりゃ、あんたと日本のことを日本語でしゃべるのは楽しいわ。もともと同じ人間だし、笑いのつぼも一緒だし、良い思い出も悪い思い出も、全部共有してるんだから。でもね、やっぱそれじゃダメなのよ。未来を見ていくためには、自分がこの世界の住人になったんだって自覚して、こっちの言葉を使うところから始めないとね」


 大人だなと思った。


 ティルは0才児のくせにとんでもなく大人だ。


 僕はそんなティルがかっこいいなと思うと同時に、悔しいと思った。


 中身は僕と同じ福田大輔のくせに、なに一人だけ進んでるんだよ。僕も僕だ。なんで中身は一緒のくせに、女で妹のティルに先にかっこいいセリフとられてるんだよ。


「……うん、そうだね。これからはこの国の、レムリエンの言葉で話そう、ティル。僕たちはラタトスク公爵家の子どもなんだから」


「ええ、マクシー」


「あ、でも、ハーレムは僕が先に作るよ」


「ふふん、それはどうかしらね」


 僕たちは産着にくるまった格好で誓いを立てた。


 もう、過去は振り返らない。


 でも、目を背けることもしない。


 この世界で、二人で競い合いながら、一歩一歩、生きた証を刻んでいくんだって。


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