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第十五幕「三国志を終わらせた男」

「何がソルヴァリ・ギガリだ! お前、鄧艾(とうがい)士載(しさい)じゃねぇか!」


 叫ぶ俺に、ソルヴァリは怒りをあらわにして、肩と腰の触手を奮ってきた。


「そ、その名で呼ぶな!」


 俺は右足の踏み込みとともにグンッとやつの身体を押すと、反動を利用して後ろに跳ぶ。


 目前を、触手の先についた鉤爪が空気を裂いてよぎった。


(しょく)を滅ぼした大英雄が、異世界くんだりまできて使い走りかよ! 笑えねぇ冗談だ!」


 鄧艾(とうがい)士載(しさい)。三国志演義の主人公とも言える劉備、関羽、張飛らが打ち立てた王朝・蜀の国を滅ぼした魏の将軍だ。


 幼い頃に曹操が荊州(けいしゅう)を征圧すると故郷から連行され、汝南(じょなん)というところの屯田民(とんでんみん)にされた。吃音(きつおん)だったが苦学して周囲に認められ、地方役人になったがその生活は極貧であったという。


 転機が訪れたのは彼が使者として()の都・洛陽(らくよう)におもむいた時だ。そこでかの司馬懿(しばい)仲達(ちゅうたつ)に認められ、側近となると、内政、軍事両面で大きく活躍。開墾と治水によって食糧備蓄を増大させ、蜀の姜維(きょうい)が侵攻してくるとこれを段谷(だんこく)の戦いで撃破。


 蜀侵攻時では要衝・剣閣を迂回(うかい)し、間道を強行して蜀内部に突入するという奇襲作戦を提案して、自ら実行。蜀の都・成都に到達する前にこれを降伏、滅亡させるという離れ技をやってのけている。


「そんな男が落ちたもんだ!」


「い、言うなというに!」


 名前を呼んでから、ソルヴァリの動きが明らかにおかしい。


 先ほどまでは触手と糸と魔法を綺麗に組み合わせて距離を詰めてきていた。


 ところがいまは、手足と触手、計八本の動作がてんでバラバラなのだ。


 これなら「浄天眼」がなくても容易に攻撃を読むことが出来る。


「お前くらい有名なやつなんてそうそういない! 三国志を終わらせた男がクモの怪人だ!? なんてざまだ!!」


「そ、それ以上の愚弄は許さん!」


 俺の挑発に、ソルヴァリは動揺をつづけている。


 斬るならばこの機を利用しない手はない。


 ソルヴァリには八本の手足があるが、内二本はまるきり人間の脚で、攻撃に使われることはない。


 警戒すべきは腰から上についた六本で、言ってみれば、これは刀を六本持っているに等しい。


 その六本の刀をかいくぐり、(ひと)太刀(たち)でやつの硬い身体を切り裂く必要がある。


 俺は村雨を上段に構えた。


――(かすみ)ノ太刀。


 名主の勝蔵を斬る時につかった、柳生新陰流の中でも最も派手な構えである。


 柄を握った両手を顔の右横に引き寄せ、刀の切っ先は天頂に向けてまっすぐ伸ばす。


 ソルヴァリも、この構えの威力は知っている。


 だから上方からの攻撃に注意が向く。


 さらに、


――二目遣(ふためづかい)


 視線を使い、相手の動きを牽制する、あるいは誘引する技だ。


 俺はソルヴァリの右手を注視した。


 魔法を撃ってほしくない。だから目を離せない。そういう風に思い込ませる。


 くわえて、


――浄天眼。


 俺自身に備わった超能力。


 自覚したのはつい先ほどだが、これが過去を夢で見るだけでなく、数瞬先の未来をも意識を保ったまま視ることができるのはなんとなく分かっていた。


 この能力で、ソルヴァリの動きをギリギリまで見極める。


 三つの技を駆使して、俺は必殺の一歩を踏み込んだ。


 ソルヴァリは冷静さを欠いたまま、しかし俺が魔法を苦手にしていることは知っているので、右手でファイヤー・アローを放ってくる。


 もしこれがファイヤー・ウォール、炎の壁であれば俺に打つ手はなかった。


 挑発をつづけた成果だ。


 頭の片隅が急激に冷たくなっていくのを感じながら、俺は身をひねって火の矢をかわす。


 だが、これで終わりではない。やつの刀はあと五本。


 右肩と腰の触手が、右手と同じくファイヤー・アローを撃ってくる。


 つい連射してしまった。そんな動きだ。


 俺がその二発を苦もなくやり過ごすと、ちょっと焦った様子で左腕を横薙ぎに振ってくる。


 俺は構えをといて、その横一文字の一閃をよける。


 体勢を崩せたと思ったのか、ソルヴァリは少しだけ落ち着いた様子で左腰の触手をすくい上げた。


 フェイントだ。


 本命の一撃は左肩の触手による頭上からの打ち下ろし。


 しかし、それすらも俺の浄天眼には視えている。


 ソルヴァリがもっと冷静であれば、こんな安直な、バレバレの小細工などはしなかっただろう。


 全ては最初の挑発から組み立てた流れ。


 その流れの果てに、やつが六本の腕という名の刀を使いきった瞬間、俺は叫んだ。


「柳生新陰流、天狗抄……」


――乱剣(らんけん)


 左肩の触手がいままさに振り下ろされようとしたところを、その根元目掛けて白刃を奮う。


――ギンッ!


 と重い金属音。


 しかし、神器・村雨は停まることなく触手の付け根の関節を横から切り裂き、ソルヴァリの左の首筋を刈った。


 ソルヴァリが「まさか」といった顔でこちらを見る。


 柳生新陰流、乱剣。またの名を智羅天(ちらてん)


 本来は対二刀流を想定して作られた技だ。


 すなわち、すべての刀を意図的に使用させ、最後の一本が動く瞬間、カウンター気味の一撃を打ち込む。


 村雨の切っ先に引っ掛けられたソルヴァリの首筋から、緑色の血がバッと飛沫(しぶき)をあげる。


「さらばだ、英雄」


 俺は言いつつ、動きが止まったやつの股間から胴体、顎から額までを燕返しで真下から両断した。


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