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第十二幕「剣の舞」

 前へ出た俺に、最初に近付いてきたのは勝蔵本人だった。


 顔に笑みを貼り付けたまま、左手に持った白鞘からぎらつく刀身を抜き放つ。


「ナマ言うんじゃねぇや、若造が!」


 叫びつつ、おもむろに手にした刀を頭上に振り上げた。


 こちらと同じ上段の構え。


 さらに勝蔵の方が、俺よりも上背がある。


 そのまま力任せに押し切ってくるつもりなのだろう。


 俺はあえて、自分の太刀を勝蔵のそれに合わせるようにして振り下ろした。


 タイミングは若干こちらが遅い。


 このまま行けば、二振りの刃は途中でかち合うことになる。


 そうなったら単純に腕力の強い方が勝つ。


 勝蔵もそう思ったのか、自信でふくれあがった顔から笑みが消えることはなかった。


――ガギャッ!


 と、鈍い音をさせながら白刃と白刃がぶつかる。


 俺は衝撃を捻じ伏せるようにして村雨を押し込んだ。


 勝蔵も負けじと両腕に力を込めてくる。


 やがて俺の村雨が根負けしたように勝蔵の刃の上をすべって鍔元(つばもと)まで下がった。


 直後、勝蔵の笑みが醜悪なものに変わる。


 勝った。そう確信した表情だった。


 数瞬後、その顔がなぜか青ざめた。


 意外なものを見るような、いや、意外な痛みに襲われたような、そんな顔だ。


 そして数秒後、


「唖々ぁぁぁああああっ!」


 自信満々だったやつの口から絶叫が響き渡った。


「柳生新陰流、天狗抄(てんぐしょう)……」


――花車(かしゃ)


 俺の言葉とほぼ同時に、勝蔵の右手から一気に血が噴き出した。


 そればかりではない。


 やつの刀を握っていた右手のうち、親指を除いた四指までがボロボロと地面に落ちる。


「で、でめぇ! ぢぐじょう! なにじやがっだ!」


 真っ赤に染まった右手を見せつけながら抗議してくるやつの声を無視して、俺は再び振り上げた白刃を見舞った。


 袈裟(けさ)()けの一閃。


 上質な紋付(もんつき)の羽織とその下の着物を朱に染めて、勝蔵の巨体がドッとうつ伏せに倒れる。


「何したって? 基本中の基本をやっただけだろうが……」


 柳生新陰流は介者(かいしゃ)剣法(けんぽう)、すなわち甲冑を着込んだ鎧武者同士が戦うことを前提にした剣術流派だ。


 頭は(かぶと)に、顔面と咽喉は頬当(ほおあて)に、胴は鎧に、腕は篭手(こて)に、太腿は(くさ)()りに、そして脛は脛当(すねあて)に守られている。


 そんな相手を日本刀で迎え撃つわけだが、当然、その刃がいかに優れていようと、鉄と革でできた装甲には歯が立たない。


 日本刀は最強の武器ではないし、完璧でもない。


 接近戦では槍に劣り、遠距離戦では矢弾にかなわない。


 にも関わらず、武芸者たちは剣術を何よりも重点的に鍛え上げ、それによって命懸けの勝負をすることに熱中した。


 古来、剣豪などと呼ばれる連中は、要するに超絶マニアック集団だったわけだ。


 そんな彼らが、性能で劣る日本刀で編み出した必勝法が存在する。


 面打ちも胴抜きも小手打ちも、咽喉元への突きも効かない相手にはどう対するべきか。


 すなわち、


――拳を破壊すればいいじゃない!


 刀を奮うのは指だ。槍をしごくのも指だ。弓を引くのも指であり、銃の引鉄をしぼるのも指である。


 そして何より、人体において最も防御が薄く、デリケートな箇所も指である。


 その指が集中する拳を破壊する。


 敵を無力化する。


 それこそが介者剣法の極意であり、基本である。


 柳生新陰流、花車は、上段から相手の刀と打ち合い、その競り合いの果てに拳を切り裂く技である。


「まず、一人……」


 俺は血溜まりに突っ伏した勝蔵を見下ろして言った。


 立派な身体を背景に、あらゆる我がままをただそれだけで押し通してきたような男。


 しかしこうなっては、一個の肉塊と変わらない。


 そんな勝蔵の遺体の懐から、何かがコロリとこぼれ落ちた。


「これは……」


――マキモノ。


 俺が自分の世界から持ち込んだ新型携帯だった。


 そういえば、どうして百円ライターだけがポケットにあって、直前まで持っていたはずの財布やマキモノがなくなっていたのか不思議だったが、なるほど、こいつがくすねていたらしい。


「にしても、これ、本当に俺のか?」


 俺のマキモノは、なんというかやたらでかく、ゴツくなっていた。


 具体的にいうと、上下の端に黒くてゴツゴツした外付けのユニットがついている。


 拳銃のグリップのような質感のそれの中心には小さなライトが赤く光っていた。


「ん、まあいい。残りを片付けたあとで調べよう」


 俺はマキモノを薬草と同じく懐にしまった。


 周りを取り囲んでいた村人連中がそんな俺を見て息を呑む。


「どうした? いまの俺は隙だらけだったろう? 斬りかかってこないのか?」


 問いにも、村人たちは答えない。


「そうか、なら……」


――こっちから行くぞ。


 俺は左足を踏み切って距離を詰めると、薙刀を持った男を上段から切り裂いた。


 ついで隣の男に下段から燕返しを見舞う。


――逆風。


 この村に来る前に山犬三匹を(ほふ)った、上下から繰り出す連続斬りだ。


 相手の顎から額までを両断した刃は、さらに停まることなく別の男を頭上から真っ二つにする。


 最初の男と勝蔵をふくめて五人までを屍に変えたところで、村人連中も少しは考えたのか、長柄(ながえ)を並べて槍衾(やりぶすま)を作った。


 だが遅い。


 どうせやるなら俺との距離が開いている内にそうすべきだった。


「喜びも怒りも、その根本は皆同じ……」


 村雨を下段に構え、並んでいた槍が身を起こそうとする直前、そのうちの一本を切っ先で抑え付ける。


 動きを封じられた槍と、俺を貫こうと穂先を向けにきた槍とがぶつかり合って、途端に大渋滞を起こす。


 生まれた間隙をついて、俺は右足を踏み込んだ。


九箇(きゅうか)和卜(かぼく)!」


 槍を抑えた状態のまま接近し、使い手の首を薙ぐ。


 舞う血飛沫(ちしぶき)


 視覚を潰され、取り乱す農民たち。


 なかには片手をかざして流血が目に入らないようにしている者もいる。


 だが、その行為は自分の視界を塞ぐことと同義だ。


 村雨の刀身が、自分の流水で血糊(ちのり)をぬぐうのを感じながら、俺はさらに白刃を奮った。


 結局、どのくらいそうしたろうか。


 俺が身体中を真っ赤にして、鉄くさい匂いに囲まれながら肩で息をする自分に気付いたとき、すでにその場に立っている村人はいなくなっていた。


 ただ一人、右腕を跳ね飛ばしただけのやつが、尻餅をついた状態で俺を見上げてくる。


 歳は俺と同じくらいだろうか。


 勝蔵らに比べると、やはり若い。


 そんな若者が、肘から先の無くなった右腕を抑えながら言った。


「な、なんだ、お前……なんなんだよぉ……」


 いまにも泣き出しそうな顔をしている。


 まったく、勝手に別の世界から呼びつけておいて、最後の一人の質問がそれか。


 つくづく嫌なやつらだ。


「さあな。俺が知りたい」


 自分でやったことの答えを他人に求めるなよ、ガキが。


 内心で毒づいたとき、意外なところから答えが返ってきた。


「は、覇王だよ」


 見ると、この世界に来て、俺が初めて目撃した人間がゆっくりとこちらに近付いてくるところだった。


 Vシネマのヤクザ役が似合いそうな強面に、頭の上には折烏帽子(おりえぼし)、そして全身を覆う白い狩衣。


神座(かんざ)神社神主、竹居(たけい)外記(げき)……だったかな?」


 俺の言葉に、しかし神主姿の男は首を横に振った。


「い、否。それはお主をたばかるための仮初めの名にすぎぬ」


「では、本当の名は?」


 問いに、男はニヤリと口角をつり上げた。


「な、ナーカルの兄弟が一人、ソルヴァリ・ギガリ。わ、我が主君、神賢王ラ・ムーの御ため、お前を殺す」


「お前程度が?」


 俺はこいつらが襲撃をかけてきた夜のことを思い出していた。


――ソルヴァリ。


 と自ら名乗った男には、あの夜一度勝利している。


 向こうは真剣、こちらは無手(むて)


 その条件の上で無刀ノ位を決めて勝利したのだ。


 くわえて今回は俺の手に神器・村雨がある。


 負ける要素は皆無と言っていい。


 しかし、ソルヴァリは余裕の表情を崩さなかった。


 崩さないまま、自分の腹に手を当てた。


「なんだ、それ?」


 白狩衣を着たソルヴァリの腰には、その衣装には不釣合いなゴテゴテしたベルトが巻かれていたのだ。


 使っている素材は青銅だろうか。


 くすんだ青色のバックルが異様に大きい。


 ソルヴァリはおもむろにそのバックルに手をかけると、勢いよく手前に引いた。


――ガシャッ!


 と重々しい金属音が鳴ったあと、縦に並んだ短い筒が四本、こちらに向けられる。


「バックルガン!?」


 思わず身体をひねって避けようとした俺だったが、バックルから鉛玉が発射されることはなかった。


 かわりに赤紫色の光の粒子があふれ出し、ソルヴァリの身体を覆っていく。


「ぜ、ゼンギン!」


 誇らしそうに唱えられた言葉。


 直後、俺は我が目を疑った。


 白狩衣の神主が、一瞬にして変身したのだった。


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