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第十一幕「その名に誓わん」

 必死に走って二時間、ようやくのことで上黒駒村についた。


 前の移動は川に流された上に気絶していたから分からなかったが、こうして走ってみると案外距離があることを思い知らされる。


 そもそも盗みに入るつもりできたので、街道を使うわけにいかなかったのも原因か。


 ともかく、目的地にはついた。


 俺は村を見下ろせる位置にある小高い山を見つけると、その上に登った。


 木々の影に身体を隠し、例の薬草がある場所を探す。


 あらためて観察してみて分かったことだが、上黒駒村の家々は境村のそれよりちょっとだけ上質の木材でつくられていた。


 やはり村そのものに、他村より金があるのだ。


 そんな金を生む薬草の栽培場所だ。


 他の農作物より気を使われているに違いないと思い、比較的新しい建物で、さらに人の出入りが激しそうなところを重点して見る。


 すると他の畑からだいぶ離れた場所に、鳴子を張られた畑があることに気付いた。


 青々とした草が、柔らかく耕された地面から兎の耳みたいに二本ずつ、ニョキニョキと伸びている。


 その周りはまっさらな更地(さらち)だ。


 あぜ道と比べると土の色が濃いあたり、そこも本来は畑として使用されるはずの場所なのだろう。


 しかし、いまは何も植えられていない。


 栽培予定の作物の季節ではないのか、あるいは、


「連作障害対策か」


 連作障害とは、畑などでつくる作物が年々土地に蓄える毒素のために、それと同種の作物が育ちにくくなるという農家にとって手痛い影響を与える現象だ。


 俺の世界では、かつてヨーロッパのジャガイモ畑でこの連作障害が一斉に発生し、とんでもない規模で飢饉が起こったらしい。


 現代では肥料と新しい土の入れ替えでどうにか対処していると聞いたことがある。


 この連作障害と無縁というか、ほとんど影響を受けない作物に白米がある。


 そう、畑でとれる野菜や小麦は連作障害で年々収穫量が減っていき、いつか凶作を呼び起こすが、白米は天候と水周りの環境をしっかりしていれば毎年一定量の収穫が見込めるのだ。


 だから、農家の中でも白米は別格の扱いをされている。


 そりゃ、毎年安定した量が収穫できて、しかもそれは栄養もあって味が良くて、その上、酒の原料にもなるし、神事にも使われるのだ。


 単価は当然高くなるし、どこでも重宝される。


 米が金の代わりと目されるのも納得というものだ。


 上黒駒村の薬草はそんな米よりさらに金を呼び込む代物だ。


 連作障害を回避するために、休耕地を複数つくって、毎年別の場所で栽培するようローテーションを組んでいてもなんら不思議はない。


「あれで間違いなさそうだな」


 俺は鳴子を張られた畑に向かおうとして、ふと足を止めた。


 いま畑にあるのは収穫前のもののはずだ。


 しかし、新太郎がいうには薬草はその後、薬問屋の手によって粉薬に加工されるらしい。


 ということは、


「貯蔵庫みたいのがあるんじゃないか?」


 周囲から丸見えの畑に近付いていって発見されるリスクを犯すより、その貯蔵庫からちょっとだけくすねてくるだけの方が楽だし安全なはずだ。


 より注意深く見てみると、薬草の畑の周りには杖を持った村人がウロウロしていた。


 見張りのつもりらしい。


 畑の周りには二人。それからちょっと離れた納屋(なや)のような場所にさらに二人の人間が戸の前にゴザを敷いて将棋をさしている。


 畑を周回しているやつらはときどき納屋の連中のところにいって、だらだらと世間話をして、それからまた杖を持って畑へと戻っていた。


「ほんと、警備ザルなんじゃねーの?」


 歩哨(ほしょう)にしてはあまりに緊張感がなさすぎる。


 が、おかげで薬草の保管場所も見当をつけることができた。


 こっちとしてはありがたいことだらけである。


 俺は神器・村雨を腰に引きつけると、ゆっくりと迂回(うかい)しながら納屋へと近寄った。


 裏から回ると、壁の向こう側から「その象、待ったずら!」という必死な声と「いやいや、待てねぇずら」というニヤついた声が聞こえてきた。


 将棋に夢中で俺の存在にまったく気付いていないらしい。


 明り取り用の窓から納屋の中をのぞくと、木箱の中にスノコをしき、その上に重ならないように薬草の葉が並べられているのが見えた。


 畑にあったものはみずみずしく青々と茂っていたが、こっちはカピカピに乾燥して緑茶の葉みたいになっている。


「あれがあれば、義姉さんは……」


 熱が下がって元気になる。


 しかし、どうやって中に入るか。


 戸口の前には見張りの連中がいて、見つからずに中に入るなんてとてもできそうにない。


 考えながら左手を腰の太刀に()わせた俺は、そこではたと気付いた。


「もしかして、これで壁とか斬れるんじゃないか?」


 普通に考えれば不可能だ。


 日本刀はのこぎりじゃない。


 木製の壁を音もなく斬ることなんてできない。


 でもそれが超常の神通力で作られた、神器と呼ばれるものならどうだ?


――やってみる価値ありますぜ!


 と、俺の脳裏からどっかのおっさんが励ましてくる。


「……ぐずぐずしてる場合じゃ、ないよな」


 俺は村雨の鯉口(こいぐち)を切ると、右足を前に出し、腰をかがめた。


 一気に、そして静かに、すべてを完遂する必要性がある。


 ゆっくりと息を吐き、ついで吸い、まだ肺にわずかな余裕があるという瞬間、右手で白い糸の巻かれた柄をつかんだ。


 抜き打ちの一閃。


 振りかぶって唐竹割(からたけわ)りの二閃。


 そして柳生新陰流、逆風による燕返しでの左下から右上に抜ける三閃。


 刃は、音もなく木製の壁を両断した。


 っていうかこの刀すごい。


 一度ものを斬ると刃から水みたいなものが流れ出して、勝手に刀身を洗浄してくれるのだ。


 おかげで切れ味が即座に復活し、しかもその水は壁に吸い込まれて木材を硬くしてしまうなんてこともなく、謀ったように刀身の中に戻ってくるのだ。


「……家電メーカーに見習わせたい」


 つい、そんなことを思ってしまう。しかし、


「おっとっとっと……」


 三角形に斬った木材が落ちてきそうになって、俺はあわてて片手で支えた。


 こんなものが音を立てたら、戸口の前にいる連中に絶対バレる。


 そっと、静かに、慎重に、切れ端をつかんで地面に下ろす。


 それから開いたスペースに腕をねじ込んだ。


「もう……ちょい……」


 肩までギリギリ入る程度しか穴をつくっていないので、これがなかなか難儀なのだ。


 ならどうしてもっと大きく斬らなかったのかというと、あんまりでかい穴を開けてしまうと日光の差し込みとか風の吹き込みなんかで戸口の前の連中に気付かれる危険性があったからだ。


「届けぇーっ」


 押し殺した声とともに伸ばした指先が、


――カサッ!


 と乾燥した薬草に触れた。


 そのままそいつを引き寄せ、掌にしっかり握りこむ。


「と、取れた!」


 と、いうか盗れた。


 わずか一枚の葉っぱ。


 それでもいまの俺には途方もない財宝だ。


 すぐさま懐に葉っぱをねじ込む。


 そこで俺は気付いてしまった。


 横からジッとこちらを見つめる視線がある。


 慌てて振り返ると、両手で色鮮やかな(まり)を抱えたおかっぱの幼女が一人、硬直したようにその場に立っていた。


 やばい。


 見られた。見られてしまった。


 ご禁制の薬草をかっぱらうところをばっちり目撃されてしまった。


「は、はぁ~い、お嬢ちゃん、元気ぃ~?」


 我ながら無理があるとは思ったが、猫なで声で幼女に近付く。


 彼女はビクッと肩を震わせた。


「あ~、怖くない~、怖くないよ~、お兄さんとっても良い人よ~」


 とにかくこの場をやりすごさなくては。


 俺はなんかないかと再び懐に手を差し入れ、そして発見した。


 一応、念のためにと用意していた元の世界から偶然持ち込んでしまった品物。すなわち、


「てってれ~、百円ライター」


 そう、家の墓の前で線香に火をつけるために購入し、そのままスーツのポケットに入れっぱなしにしていたあれである。


「いいかい、お嬢ちゃん、これをこうするとね~」


――カチッ!


 とレバーを後ろに引くと、小さな火がライターの先に灯った。


 その光景に幼女は「うわぁ……」と初めて声を漏らした。


 感嘆である。感心である。興味深々だ。


 なにせ、この国じゃ火を起こすには火打石を使わなくてはならない。


 やったことがある人ならわかると思うが、あれで火をつけるのはかなり大変なのだ。


 ところが百円ライターはどうか。


 レバーで一発、ワンタッチである。


 どうだい、すごいだろ?


 こいつが文明の利器ってやつだぜ。


「すごいだろ~、良かったらこれ、お嬢ちゃんにあげようね~」


「いいの!?」


 幼女は興奮した様子で声をあげた。


 あ、うん、オッケーオッケー。


 だからあんま大きな声出さないでくれるかな。


 お兄ちゃん、いま状況的に非常にまずいのよ。


「もちろんだよ~、あげるよ~、だからお兄ちゃんがここにいたこと内緒にしてもらえないかな~?」


「えー!」


「だめかな~? だめならこれ、あげられないな~。どうしようかな~?」


「うー……いいよ」


「え、いいの? やった~。じゃあ、はい、約束だったからね~。これ、あげようね~」


 よっしゃー、幼女の心、ゲットだぜ!


 俺が百円ライターを渡すと幼女は目を輝かせた。


 そういやクリアカラーのプラスチックで出来ているのもポイントになっているかもしれない。


 こっちじゃガラスだって珍しいからな。


「それじゃ、お兄ちゃんは行くからね~。バイバイね~」


 あどけない笑顔の幼女を残し、俺はその場から駆け出した。


 よし、うまくいった。


 盗んだのだってたかが葉っぱ一枚だ。


 村のやつらが気付くことはないだろうし、気付いたとしても、さっさと義姉さんにこいつを飲ませてしまえば証拠は残らない。


 完全犯罪のできあがりだ。


 だが、


「泥棒ぉぉぉおおおっ!」


 甲高い叫び声が、俺の背中を襲った。


「泥棒! 泥棒! お父ちゃん、あいつ泥棒だよ! 薬草とったの見たよ!」


 声をあげたのは百円ライターを握り締めたあの幼女だった。


「あ、あんのくそガキぃぃぃいいいっ!」


 もらうもんもらったらあとは用済みってか?


 性格最悪じゃねぇか!


 俺は脱兎の如く逃げ出した。


 やばい。やばいやばいやばいやばい。


 周りからどんどん人が集まってくる。


 どいつもこいつも刀や槍や薙刀で武装している。


 完全にあの夜の再現だ。


「くっそぉぉぉおおお! なんなんだよ、この村! どいつもこいつも!」


 掛け値なしに必死で走った。


 だってそうだろ、捕まったら間違いなく死罪なんだから。


 でもというかやはりというか、走っているコースにすごく見覚えがあった。


「おいおい、なんか覚えあるぞ、この展開!」


 言ってる(そば)から眼前に崖がせまる。


――ザッ!


 と土煙をあげながら急停止したときには、すでに村人による包囲は完成してしまっていた。


「これはこれは、どなたかと思ったら倉田様じゃござんせんか」


 聞き覚えのある声に振り返ると、上黒駒村の名主、小池勝蔵がニヤケ面で立っていた。


 大きな身体に紋付の黒い羽織(はおり)、腰には脇差(わきざし)、左手には白鞘の太刀をにぎっている。


「しかし御使い様ともあろう御方が落ちたもんですなぁ。こんだぁ、なんです? 盗人ですかい?」


 勝蔵の言いように、さすがの俺も腹が立った。


 今度はなんですだって?


 たしかに今回は薬草盗んだ俺が悪いさ。


 それは揺ぎ無い事実だし、言い逃れするつもりもない。


 でもこいつの言う前回は、どう考えたって俺に落ち度はなかっただろう。


 単にこいつと周りの連中が勝手な期待をおしつけて、それでうまく行かなかったから逆ギレしてきた結果じゃないか。


 だが、ここで逆上したっていいことなんか何もない。


 俺は勝蔵の方を向き直ると、両の膝を地面につけた。


「は? なんの真似です、御使い様?」


「頼む! 見逃してくれ!」


 両の手をついて、(こうべ)を垂れる。


 そう、日本人最強の必殺技にして最終奥義、


――DOGEZA☆


 である。


「家族が病気で、どうしても薬が必要なんだ! だから頼む! 金なら後で必ず用意する! それがダメならこれを……」


 そう言って、俺は腰の左に下げた神器・村雨を鞘ぐるみ抜いて、自分の前に置いた。


「四等級神器・村雨だ! こいつを(しち)に入れてもいい! それがダメならこの薬草と交換でもいい! だから頼む! 今回は見逃してくれ!」


 俺の必死の嘆願に、勝蔵と村人たちは、


「……ぷっ……くくく……だはははははっ!」


 爆笑であった。


「神器ですって? そいつはすごいですなぁ、御使い様」


「やっぱりこいつ嘘つきずら!」


「さすが偽者の御使い様ずら! 嘘もどでかいずら!」


 村人たちの反応に俺は慌てた。


 冗談じゃない。こっちは嘘なんか一つもついていないのだ。


 実際、義姉さんの病状は一刻を争うし、この神器だって間違いなく本物だ。


 そうでなかったら、あんな納屋の壁を音もなく斬ることなんかできない。


「嘘じゃない! 本当なんだ! だから頼む!」


「ああ、はいはい。ご家族が病気でそれで薬草が必要なんですな?」


「そ、そうなんだ!」


「で、その神器と薬草が交換でもいいってんですな?」


「あ、ああ! なんならこの場で持っていってくれていい! こっちは薬草が必要なだけなんだ!」


「そうですかい。おい」


 勝蔵がかたわらの村人をうながす。


 つぎはぎだらけの野良着姿のそいつはひょこひょこと近付いてくると、尊大な態度で俺を見下ろした。


「よう、偽もん。そんで、盗った薬草は懐の中ずらか?」


 俺が答える前に、男は無遠慮にも懐に手を突っ込んできた。


 肌身離さず持っていた薬草を奪うと、地面に置いていた村雨もひったくるようにして持ち上げる。


「名主さん、薬草は取り返したずら! あと神器も!」


 俺に背を向け、そそくさと駆け出す村人。


 そいつに対して、勝蔵はよくやったといった態度でうなずいた。


「おし。どうせ偽物だろうが、まあ、それでも金にぁなるだろう」


 要するに、こいつらは俺の申し出なんか端から聞く気がないらしい。


 交渉する必要すらない相手。


 俺のことをそう認識しているのだ。


「まあ、分かってたけどな……」


 俺は薬草と村雨をかっさらった男の奥エリを右の指先にひっかけると、そのまま脚をかけて横にすっ転ばした。


――ぎゃ!


 と男が短い悲鳴をあげる中、そいつが両手に持っていた二つの品を取り返す。


 転んだ男が、血の気の失せた顔で俺を見上げた。


「どうした? 青い顔してるぜ、お前?」


「あ……ああ……」


 口が強張ってうまくしゃべれないらしい。


 仕方ないから代わりに俺がしゃべってやろう。


「一応な、話くらいはしてみなくちゃならないと、そう思ったんだ。だってなんでもかんでも暴力で解決するなんてそんなの野蛮だろ? 話し合いで事が済むならそれに越したことはないじゃないか。人類皆兄弟。命の重さはみんな同じなんだから、相手の気持ちもちゃんと確認しないとダメだろ? でもさ、お前らはそれを蹴ったんだ。最後の最後、こっちの必死の頼みを蹴ったんだよな。だから、悲しいかな、俺はとある決断を下さなきゃならない。本当はこんなこと考えたくなかったし、言いたくなかったけど、でも仕様がないよな? お前たちが自分で選んじゃったんだから……」


 俺は視線を名主の勝蔵に向ける。


「お前たちとあの人の命が平等であるはずがない。あっていいはずがない」


「へ、へへ、なんだってんです、急に?」


 勝蔵の質問に、俺は答えなかった。


 手に持った薬草一枚を懐に仕舞い、腰に差しなおした村雨を鞘から抜き放つ。


「てめえらみたいなのとあの人の価値が同等だなんて、認めるわけにはいかねぇんだ」


 だから、それ故に、


「どっちかを選ばなきゃならないんだとしたら、もうこれしかねぇよな?」


――ヒュンッ!


 と、俺が村雨の刃を振ると、


――ゴトリ。


 と、静かに目の前の村人の首が落ちた。


 その切り口から、真っ赤な血潮が噴水みたいに吹き上がる。


 身体にかかる赤い飛沫をそのままに、俺は村雨を顔の右横に構え、その切っ先を天上へと向けた。


 柳生新陰流の上段、すなわち、(かすみ)ノ太刀と呼ばれる構えである。


「我が最愛なる義姉上の名に誓い、いまここに」


――てめぇらをぶった斬る!


 そして、俺は異世界に来て初めて、本気で剣を奮った。


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