B-SIDE
仕込みから入った長時間バイトが終了した頃には23時になっていた。
長時間の立ち仕事は足裏がジンジンと痛い。
疲労した脚を嫌でも前へだし、24時間営業のスーパーへ立ち寄り、食材と半額弁当を二個。
無意識に二個の弁当を買い物カゴへ入れていた。
戻しに行くのも億劫なのでそのまま会計を済ませた。
仕事中や帰宅途中も気持ちを切り替えようと試みるが、わたしはうじうじと引きずってしまう。
女の特性なのかわたしの性格なのか。
――未熟なのかな。
気持ちと脚を引きずりながら、自宅――築40年近い木造二階建てアパート――前に近づいた時だった。
一階にある郵便受け付近に、大柄な男性らしき姿が視線に入った。
こんなボロアパートにチラシでも投函しているのかと思った。
でも時間帯が遅すぎないかと考えていると、わたしの自宅前に男性らしき者は移動した。
連想というのは過去の経験から導き出されるものなのかな。
わたしが連想したのは借金取り。
保証人も適当な悪質な金貸しの取り立てだと導き出した。
勿論、ただの妄想なのかもしれないけど。
妄想でなければわたしは……。
答え合わせを急かすようにわたしは自宅前に駆け寄った。
わたしの自宅を物色するような者は、体格の良い中年男性であった。
背丈は高く、身なりと顔の整った大人という印象。
わたしの父と年齢は近いと思うがえらい違いだ。
男性はわたしに気付くと律儀に一礼し、足元から舐めるように視線をわたしの顔へ向けた。
わたしは眉を顰め問いただす。
「わたしの家になにか用ですか?」
辺りを見遣った男性は少し困った顔をする。
「ああー、君はここの家の娘さんかな?」
「そうですけど、あなた誰ですか」
「君には関係ない。君のお父さんに用事があるんだ。どうも留守らしいけど何処へ行ったか知らないか?」
関係なくあるもんか。
厄介事に決まっている。
溜め息を出す前に訊かないといけない。
この人物は何者なのか。
つまり職業は何なのか。
より一層眉を顰め、まるで喧嘩を吹っ掛けるようにわたしは言う。
「関係あるかないかはあんたには関係ない。父親が何処へ行ったかなんてわたしは知らない。知っていてもあんたの身柄を言うまでは教えない。あんた誰よ何しに来たのよ」
より一層困った顔の男性は、思考を整理するかのように少し間を置いた。
「金貸しだよ。高利貸し」
自ら高利貸と挑発するこいつを蹴りたかったが我慢する。
だっておかしい。
時刻は日を跨ごうとしている。
そんな時間に取り立てに来て、堂々と金貸しと名乗るものなのだろうか。
「こんな時間に取り立て御苦労さまです。残念ですが父親はいません。これ以上家の前にいるなら警察に来てもらうけど」
「気の強い女だな。少しは相手の話を聞く姿勢くらい――」
「誰かー! 助けて下さーい! 高利貸しがいますー! 高利貸しですー! 身売りされそうですー!」
今日の鬱憤すべてをぶつけるように大声で叫んでやった。
金貸しの男は慌てふためき、「ふざけんな」という台詞だけ吐いて逃げて行く。
「お前がふざけんな!」
すっきりした。
だけどもそれは、金貸しとの会話までの鬱憤が吐きだされただけであった。
また借金をしたんだ。
あの馬鹿親父。
わたしはまだ小学低学年だったので詳しい事情は知らないけど、借金が原因で母親とは離婚したらしい。
知らないのに悪く言うつもりはない。
しかし、今回の借金は酷すぎる。
無一文に近いわたしにはどうする事もできない。
助けてくれる親戚や友人などいない。
どうしてわたしがこんな事を考えないといけないの?
わたしの素行や性格が悪いからこうなるの?
もっと不幸な人なんて星の数ほどいる。
そんなのわたしでも知っている。
だけど目の前にいる現実の不幸を背負った人物に対して、その言葉を吐ける者が星の数ほどはいないはずだ。
残酷な言葉は心で罵り、ありきたりな台詞でその場を慰め、高見の見物気取り。
でも――そんな類の者達でもいいから今だけは助けて欲しい……。
力なく玄関のドアを開け、三和土にへたりこむ。
当然のようにそこには父の靴は無く、何処かへ出掛けていた。
真っ暗な部屋に開放されたドアから若干の光が差し込んでいるけど、部屋の奥は黒い暗闇。
その黒い場所を直視しながら考える。
幸江の提案を考える。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
宜しければ感想や採点してやって下さい。
お待ちしています。