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贈り物語り――モンテスキューに憧れて――  作者: 王道楽土
1章 『愚か者は、まじめさを盾にする』
8/22

  A-SIDE-2

 

僕は猛省する。


朝日を浴びながら猛省する。


「なにやってんだ僕は……」


迂闊だった。

僕は深夜の河川敷で寝てしまっていたのだ。

目覚めると太陽は昇っていて、ジョギングをしている人が目に入った。

誰にするかわからない言い訳をすれば、精神的に参ってしまい思考をシャットアウトしたらいつの間にか寝ていたみたいだ。

それに加え、引きこもり生活の悪い癖である――眠たい時に寝るという悪習慣が拍車を掛けたみたいだ。


でも鞄を盗まれていなくて本当によかった。


土手にある階段に座り込み、足元には茶色の鞄を足の間に――挟むように――置いて居眠りというより、がっつりと睡眠。

普段であれば寝起きで頭が働かないけど、今日は違う。

鞄の中身が頭の中へ鮮明に映しだされ、どうするべきか選択を突きつけられる。


決まりきっていた。


警察に行く。


もっと早くにそうするべきだった。

今田さんが待ち合わせ場所に現れなかった時点で、警察に相談すべきであり、鞄の中身を確認した時には警察に行くべきだった。

そもそも今田さんの頼みごとなど無視すればよかった。

いや、斡旋のおばさんを無視すべきだった。

こうやって過去の行動に対して後悔ばかりする僕は、中学一年の引きこもりを始めた頃となんら変わらないじゃないか。

退化とも言える。


卑下するついでに吐露すると、この河川敷も今田さんとの待ち合わせ場所であり、あの二人が僕を探している場所でもあった。

待ち合わせの場所からかなり離れてるとはいえ、ここに来た行動が一番迂闊であり、馬鹿に付ける薬はないとはこの事だ。


携帯電話で時刻を確認すると、9時32分。

携帯電話を片手にそのまま警察に電話を掛けようとすると――繋がらない。

電波マークを確認すると、見たことのないマークになっている。

どうやらこれは携帯電話を止められているようだ。

支払い請求が何度もきていたが、インターネットと電気の料金に回していたのがここにきてつけが回ったのか。


「……自業自得か」


仕方なく警察署に直接赴こうと立ち上がると後方から、若い男性の声が聞こえた。

それは不良と呼ばれる類の者だろう。

やたらでかい声で威勢がいい。


「まじか! そいつ殺してえ!」


「ぎゃはははっ! いいねえ! 殺しちゃおうか!」


殺すという言葉を連呼する者。

今の僕には非常に不愉快で不快だ。

目をやると二人の若い男。

声の主を確認するためでなく、土手を下りる方向だった。

二人共だぼついたズボンに、タンクトップという同じ格好。

腕には本物か偽物か唐草模様のようなタトゥー。

区別するわかりやすい方法は金髪と茶髪か。

顔も違うがこんなやつらの顔の特徴などどうでもいい。


ガラの悪い二人は表情が瞬時に変わり僕を睨みだした。


「おいこら。何見てんだ」


「なんだオメー? やんのかコラ?」


感情が若干麻痺している僕はくだらない物を見る目でもしていたのだろう。

現に心で馬鹿にしていた。

殺すを連呼するこいつらに、鞄の中身を見せてやろうか。

こんな出来事がなければ平謝りしながら逃げていただろう。


「別に」


感情を逆なでるように言ったつもりはないが、その言葉に二人は反応した。

勿論、悪い方へ。

物凄い勢いで僕に駆け寄り、胸ぐらを掴んできた。

僕の意識は二人ではなく、右手で強く握っている鞄である。


「おい舐めてるのかお前。調子乗るなよ? 俺ら働きすぎでイラついてんだ」


「こいつしめちゃおう。それと有り金全部貰っちゃおうぜ。その汚い鞄がブツだったりして。ぎゃはははっ!」


ブツだと?


確かに金髪ツンツンヘアーの男はブツと言った。


それに下品な笑い方が待ち合わせに来た、招かざる二人の一人に似ている。

流石に声質までは記憶していないし、見極められる才能なんてない。

でも似ている気がしてならない。


そんな偶然あるのか? 

しかし、茶髪で目にピアスをしているこいつが「働きすぎて」と言っていた。

それはブツを探していてという意味なのか?


下手な言動は危険だけど、すでに遅かった。

不快だが滑稽でもあった。有り金全部貰うって盗賊かよと、馬鹿にした僕の僅かな笑みを逃さない二人。

有無も言わず茶髪の方が僕の腹を膝蹴り。

身構えていない無防備な腹部に痛みが走り、息が止まった。


「かはっ」


「おら立て。こっち来い」


「川の近くで身ぐるみはいちゃおうぜ」


髪の毛を引っ張り上げ、金髪男は僕を無理やり立たせる。

思わず本音がでる。


「ふざけんな」


「ああ!? なんか言ったかこら!」


「ふざけんな。なんでこうなる」


「知るかボケ! さあこっち来い」


「ちゃっちゃと歩けよ!」


茶髪の男に歩けと尻を蹴られた時に僕のこめかみが、プツンと切れるような初めての体験をした。

よくキレるというが、実際に血管が切れたような感覚だった。

血とは違う怒りの異物が噴き出したみたいだった。


「ごらぁっ!! 糞ガキ!!」


それは断じて僕の声ではない。

キレた体験の一秒後に怒声を浴びさせる者が現れた。

そのドスの利いた声は、僕を含め三人の若者を畏縮させ時間を止める魔法のような効果があった。

三人は同期がとれたように一斉に声の主へ目を遣る。

そこには見るからに堅気でない人が四人いた。


声の主らしき男性は20m先くらいで仁王立ちしていたが、残りの三人は猛然とこちらに走ってきていた。


気付いた時には、僕に絡んできた二人は捕まっていて地面に這いつくばっている。

まるで警官が犯人を取り押さえるような手際だった。

首根っこを地面に押しつけられ、片手を背中の上で締め上げる。


「いてえ!! 放せよこら!」


「お前らどこの組の――」


「黙れ糞ガキ。兄貴が話あるから黙ってろ」


這いつくばった二人は取り押さえにきた、武闘派らしき三人を前にぐうの音も出なくなった。

その三人は格闘家のようにごついが、そんな肉体より目の冷酷さが二人を抑えつけたのかもしれない。


状況がのみこめないが、この人達は民間人を守る職業でないのは理解できた。

兄貴と呼ばれる男性が不良二人の傍までゆっくり近づくとしゃがみ込み、低い声で話す。


「お前らちょっと遊びすぎたな。事務所でゆっくりお灸そえてやる。覚悟しとけ。おいこいつら連れてけ」


兄貴と呼ばれる男がそう言うと、残りの三人が金髪茶髪二人を連行していった。

連行というより拉致が正しいのだろうか。

その後の二人を想像する余裕は、今の僕にはない。

とにかくこれは助かったのだろうか。

この出来事と事情が理解できない僕は唖然としていた。


「兄ちゃん。あいつらに絡まれてたみたいだが、関係があるのか?」


今田さんと違い、この筋骨隆々の兄貴は冗談やユーモアを入れて会話する感じではない。

返事次第ではお前も拉致るという印象がした。


「全然ないです。関係ないです。勝手に絡まれただけで……」


「だろうな。俺らはあいつらの車を発見して、降りるまで尾行してたからな。二人しか車から降りていかなかった。顔写真もあの二人と一致した。兄ちゃんは巻き込まれたってことだ」


「はあ……」


もうそう言うしかなかった。

どれだけ巻き込まれるんだ。


「怪我はしなかったのか?」


「あ、はい。ちょっと蹴られたくらいです」


「何発だ?」


「二発だったような……」


「じゃあ兄ちゃんの分も10倍に加算してやる」


なんの加算か敢えて訊かなかった。

あんな強引に連行される姿を見せられては、復讐心など芽生えるわけがない。

そして僕はこんなブラックジョークで笑えるほど肝は座ってない。


なんと返事すればいいのか黙っていると、男性が視線を下げているのに気付いた。

もしかして、この鞄に疑念を抱いているのだろうか。

焦る気持ちとは裏腹に、男性は僕の想像外の話をふってきた。


「兄ちゃんは車好きか?」


「え?」


「車が好きかと訊いている」


「あ、はい」


免許はあるけど、特別車が好きではない。

ただ就職に有意かと思い取ったのだから。

まあ有意もなにもこんな有様なんだけど。


男性は顎で地面を指す。

意味もわからず僕はその地面に視線を落とす。


鍵だ。


嫌な予感がした。

また鍵だ。


「それ、あいつらの車のキーだ。さっきあいつらそこで倒されてたからな。兄ちゃん車好きなら持っていけ。どうせあいつらに車を運転することなんてこの先ないしな。やつらに暴行された慰謝料か贈り物だと思えばいい」


この男は僕にとんでもないことを言う。

ひとつは車を盗めと言う。

もうひとつはあの二人に先がないと言う。

先とは将来のことで、それは命がないという意味にしか受け取れない。

そして鍵も受け取れない。

もう厄介なお金も贈り物もいらない。

しかしここは無下にできない。

偶然とはいえども、厄介事を追い払ってくれたのだから。

鍵を拾っても使用しなければいいだけだ。


「どうもです」


僕は車の鍵を拾い上げポケットにとりあえず入れる。

使いはしない。

形式上だ。


「車はここから微かに見えるあの白いセダンだ。動かすなり燃やすなり兄ちゃんの自由にしたらいい」


男が指差す方へ見遣ると、路肩に停めてある白いセダンが見えた。

動かす事も、燃やす事もしない自由を僕は選ぶ。


「じゃあな」と男は踵を返し去って行く。


鞄の取っ手を握り締めた僕は思う。

さっきの男達の中で、この鞄の中に両手首と銃と一千万円が入っていると想像できただろうか。

恐らく無理だ。

普通でない人達でも思いもしない。


そんな普通でない現状を早く終わらそう。


僕は車を無視して警察署へ向かった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

宜しければ感想や採点してやって下さい。

お待ちしています。

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