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贈り物語り――モンテスキューに憧れて――  作者: 王道楽土
1章 『愚か者は、まじめさを盾にする』
7/22

3 A-SIDE-1


検視官でなくとも、赤黒い液体は血であり、物体は両手首であると僕は認識した。


「うわああああああ!うっ……」


すぐに袋を手放し、その流れで便器に嘔吐した。

胃酸の気持ち悪さや、不衛生な便所個室というのを忘却させるほど、ショッキングであった。

両手首の持ち主の経緯など到底知ることができないけど、こんな仕打ちは酷い。

両手首の持ち主に対してでなく、僕は嘔吐による涙を流している。

身体と脳は痺れだし、震えが治まらず僕は便器横にへたり込んだ。


黒い袋を開けて数秒後には腐ったような臭いと、トイレのアンモニアが混ざって合成された悪臭により何度吐いたか記憶していない。

今田さんの死、この両手首の持ち主。

それだけがグルグルと頭の中でループしていた。


もう駄目だ。

限界だ。

こんな常軌を逸した経験なんてしたくなかった。

テレビや映画で観賞する立場がいい。


そんな現実逃避を今ここでしてもどうにもならない。


だけどもしかすると――作り物かもしれないじゃないか。

一度確認しただけでは誤認の可能性もある。

造形品であれば僕の嘔吐地獄はなんだったのかと、それはそれで腹立たしいのだけど。


呼吸も嘔吐も次第に落ち着き、僕は恐る恐る、二重になった黒いビニール袋の端と端を持ち上げた。

黒い袋を広げて嫌々覗きこむ。


ドロドロした血液らしき液体が袋底に溜まり、その中に漬けられているように両手首。


やはり両手首にしか見えないが、両手首は異様であった。


血液らしき液体に浸っていた為か、赤黒くなった外観には蛆などの虫は湧いていない。

手首部分が10cmくらい残し切断された両手は、左右の指を交わせるように握

っていた。

キリストに祈るような――恋人同士が手を繋ぐような――そんな状態だった。

今際の際に両手を合わせ、そのまま死後硬直してしまったのだろうか。

だとしたら殺人じゃないのかと脳裏によぎる。


いや、断定はできない。

できないけどもうこれ以上ここでそんな推理探偵のような真似事はごめんだ。

でも本物か偽物か。

それだけは気になる。


視認した感想は本物っぽい。


残った確認方法は触感。


直接触ることなど絶対できないので、袋越しで触ってみる。

これにはかなり勇気がいった。

触るという感触は強烈なほど嫌な記憶に残るだろう。

しかし作り物であれば問題ない……。


ぐにゅっとした僅かな感触と同時に、骨らしき固いものが握力を分散し遮った。


すぐに袋の口を閉じ、鞄に仕舞いこんだ。


姿形といい、腐った感じの臭いといい、感触といい偽物ではない感じだ。


今田さん、僕にどうしろというのですか。

処理って酷いじゃないですか。

なにが贈り物なんですか。


情けないが、僕は母が他界した日以来の涙を流してしまった。

嘔吐した際の――玉葱を切ってでたような――涙と違い、何に対してなのか整理がつかない感情の涙。

今田さんへなのか、両手首の持ち主へなのか、はたまた引きこもり続けて真っ当な生活をしてこなかった自分自身へのものなのか。

僕から出るのは涙や、胃液だけではなかった。

とめどない怒りが僕の右手を支配し、便所の扉を強く叩きつけた。


自分でも吃驚した行動。

普段温厚な性格な僕が物に当るとは……。

個室には衝撃音がドンと鳴ったが、扉はびくともしなかった。


いつまでもここに籠ってられない。

それにこの鞄と中身を置いていくこともできない。

僕は責任を果たさないといけない。


鞄を閉じようとした時に、疑問が浮かぶ。


重さの疑問。


鞄を持った感じでは2キロ以上はあったと思う。

黒い袋に入った両手首でも流石に2キロはない。

せいぜい1キロあるかどうか。


不思議に思った僕は黒い袋をまた取り出し、一旦地面へ仮置きする。


「やっぱり重い……」


鞄だけ持ってみると重さがあり、空の鞄の重さではない。

鞄の口を大きく開け、蛍光灯の光が一番当るところへ移動させた。


――サイドポケットがある。


鞄の両内側にサイドポケットがあり、若干両サイドが膨らんでいる。

サイドポケットに手を突っ込むと、硬いなにかがある。

そのなにかを取り出してみたら、それは新聞紙に包まれていた。


大きさといい、硬さといい、この形状は拳銃ではないのか。

両手首という非日常的なものが入っているなら、拳銃であってもなんら可笑しくない。


新聞紙を数回クルクルと回すと油紙に包まれた拳銃であった。

本当に可笑しくない。

笑えない。


拳銃に知識がなくとも、形状を見ればこれが巷で流行っているグロックというメーカーのものであるとわかった。

数年前までトカレフというのが主流だったみたいだが、最近の暴力団などではグロックが取引されていると、ネットニュースで何度も取り上げられ嫌でも目に入った。

しかし、パーツを似せた偽物が多く流通されているとかなんとか。

僕の手の中にあるこの拳銃が、例えグロックの偽物でも銃は銃でしかない。

人を傷つける為の物だ。

グロックの偽物の偽物――要は本物の偽物であって欲しいが、僕には見極める術はない。


弾倉を抜いて弾丸が装填されているかまでは確かめなかった。

この銃を使用するつもりはないのだから。

新聞紙を元通りに包み直して、元にあったサイドポケットに拳銃を入れた。


反対側のサイドポケットも調べてみると、同じタイプの拳銃が一丁入っていた。


 

合計二丁の拳銃。


「カウボーイかよ……」


こんな緊迫した状況であるにも関わらず、思わず口に出してしまった。

現実の出来事に精神状態が追いついていないのかもしれない。

こんな危険なものなど僕には必要ない。

勿論、両手首も必要ない。


「はぁ……関わるんじゃなかった……」


もう一丁の拳銃をサイドポケットに入れようとした時に、疑問が浮かび上がる。


重さがまだ足りないのでは?


鞄の重さを差し引いても持った感じと釣り合わない。

他にポケットがないか調べようにも、どう見てもない。


「ん?」


よく見ると鞄に底敷き板が敷いてある。

何も考えず底敷き板を持ち上げてみると、またしても黒い袋に包まれた物体が。


半ばやけくそかつ、荒っぽく黒い袋を取り上げる。

もう何が入っていようとも同じのような気持ちに陥ってた。


「うわ!」


現金。


それは一万円札がきっちり百枚の束になっていると推測できる新札。

それが2、4、6……10個。

一千万円。

重さにして約1キロであり、これで鞄の重さが持った感じと一致した。

ひとつの謎が解けた喜びよりも、目の前にある一千万円に動揺しまくる。


偽札かどうか真偽など確かめない。

誘惑しか生まれないこの物体を触りもせず、黒い袋に封印して鞄の底へ綺麗に元に戻す。

そして底敷き板を置き、その上に両手首の黒い袋を投げ込む。

その手際の良さには自分でも感心するほどであった。


落ちつけ、落ちつくんだ。


まずは忘れろ。

僕の得意な現実から逃げて忘れろ。

そしてここから逃げるように移動することになった。


鞄の外観に袋を開けた時の両手首の血痕が付いてないか確認し、扉は開け個室便所をでた。

駅構内に戻ると、ピークをすぎたのか、疎らの人影になっていた。

目線を下に向け歩きだす。

誰とも顔を合わせたくない。


改札を抜け、繁華街を一気に横切り僕は自宅へ一旦戻ることにした。

繁華街から徒歩10分くらいなので、その間は警官に職務質問されないように祈るしかない。

そんな偶然あるかと普通なら思うけど、こんな状況になればなんでも有りな気がしてならない。


まてよ。

自宅に戻るということは、この鞄も持ち込むことになる。

想像しただけで寒気がする。

両手首と共にする生活など無理だ。

やはり思考回路に異常があるのか、冷静に判断できなくなっている。


――両手首と銃と一千万円。両手首と銃と一千万円。両手首と銃と一千万円……。


この三つのキーワードが頭から離れない。

特に一千万円。

金持ちからすれば小金かもしれないけど、僕にしたら大金だ。

だって百万円の束すら生まれて初めて拝見したくらいなのだから。

大卒で一般企業に就職して、10年近く貯蓄した金額くらいなのだろうか。

もっと早くに貯まるのかもしれない。


――兎に角、これは大金だ。


今田さん、これはこれで酷ってものですよ……。


二十歳の小僧にこの三つをどうしろと言うのですか。


僕は踵を返し、繁華街の方面へ戻った。

少し考える時間が欲しい。

どうしたらいいのか考えたいのだ。

人がいない静かな場所は――河川敷か。


警察に直行しないのは一千万円の魔力だと断言できる。


限りなく本物であろう一千万円。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

宜しければ感想や採点してやって下さい。

お待ちしています。

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