A-SIDE-2
入場券だけを購入し、駅構内へ入った。
3番線のホームへ向かう。
まだ時刻は22時前であり、帰路に就くであろうサラリーマンが多い。
すれ違う雑踏の雑音も意識から離れている。
集中すべきは数メートル先のロッカーにあるからだ。
ホームの端にある貸しロッカー周辺には誰もいない。
貸しロッカーは横殴りの雨や風によって全体的に錆びつき、汚れが目立っている。
ロッカー前で僕は立ち止まり、302のロッカー番号を探す。
すぐに見つかり鍵が閉まっているのは、302の今田さんが使用したロッカーだけであった。
メモの通りで追加料金は発生していない。
ズボンのポケットから鍵を取り出し、無心で鍵穴に差し込み回す。
不思議と緊張感はなく、使命感が上回っていたのかもしれない。
ガコンという金属音が鳴る。
ロッカーを開けると中には茶色のレザーバッグひとつだけ。
よく旅番組とかで使われるベタな鞄がひとつ置いてあった。
大きさは大きくも小さくもない、旅行鞄と想像すれば大体これくらいだろうという大きさ。
片手で取っ手を持ち、片手で底を支えながら引きだした。
ズシっとした重みがある。
重さの感覚に自信はないけど、2キロから4キロの間くらいか。
流石にこの場ですぐに開けるのは軽率すぎる。
ひとまず鞄を地面へ置き、ロッカー内に何か他のものがないか確認したが、ロッカーの中身は空っぽ。
それを確認した僕は片手で鞄を持ち上げ、どこで確かめるか考えながら踵を返しゆっくりと歩く。
右手に握った取っ手にグッと余計な力が入る。
鞄の開放場所を考慮しながら、少し進むと鼻をつく臭いがした。
さっきは気付かなかったが異臭の方向にはトイレがあった。
僕の足はそのままトイレの方へ自然と向かった。
「あそこで調べよう」
早く鞄の中を確認して、処分したいという当然の心理があった。
「うっ、くさいっ……」
男性トイレに入ったのはいいが、蒸し暑くアンモニアの悪臭が酷い。
反射的に鼻を左手で押さえた。
もう少しなんとかできないのだろうか。
田舎駅ならまだわかるけど、そこそこ大きな駅なのに。
しかし、これだけ悪衛生だと利用する人も少く、僕にしたら好都合なのかもしれない。
男性用トイレの中へ入ると誰もおらず、個室は使用していない。
一番奥の個室を開け、息を止めながら鍵を掛ける。
和式便器なんて久しぶりに見た。
こんなご時世に和式で悪臭漂わす便所も珍しい。
あまり電車のトイレを利用したことがない僕は、コンビニにあるトイレとの違いに驚いた。
はぁあと溜め息に似た息を吐き、鼻を使わず口で呼吸するようにする。
トイレの悪臭より問題は鞄の中身。
果たして僕に処理できるものが入っているのだろうか。
今田さんは気に入ったら持っていけとも言っていたが、そんなものがあるのだろうか。
鞄を地べたに置き、ゆっくりと金具のジッパーを開ける。
全開に開けても、まだ鞄は数センチしか開いていない。
中身は見えない状態。
ゆっくりと隙間に両手を入れ、ゆっくりと両手で鞄の口を広げる。
なんだこれは?
第一印象は疑問。
黒いビニール袋?
ゴミ袋? の中は視認できない。
そして紙切れが一枚、目に止った。
先にその紙切れを手に取る。
なにやら文字が書き込んである。今田さんが入れたかどうかは判断できない。
なぜなら手書きでなくワープロで印刷されたものであるから。
『ロッカーを開けた行動は駅構内の監視カメラで録画されている。鞄を持って歩く姿は駅構内の監視カメラで録画されている。ロッカーの鍵と扉には指紋が付いた。鞄には指紋が付いた。この紙にも指紋が付いた。ブツにも指紋が付いた。もう安易な行動はできない。あなたにこれを託す。』
虚を突かれた驚き。
中身より先に意表を突かれ混乱する。
なんだこれ。
意味が解るような解らないような。
文章は明らかに挑発的かつ挑戦的。
不安が僕を襲う。
とてつもない不安。
相手にしてはいけないものに手を出してしまったのだろうか。
これではミステリー小説にありがちな展開じゃないか。
そんなゲームを勝ち抜く自信なんて僕には微塵もない。
ひとつ紙切れの内容と違うのは、ブツに指紋が付いたという文言。
これが今田さんの意図するものなのか、または僕の知らない者から今田さんへ託されたものなのか。
こんな紙切れ一枚では意味がわからない。
黒い袋の中身。
これを確認しないと……。
中身を確認せず処分するのは危険だ。
紙切れの内容にもある、カメラや指紋が僕を投棄させない足枷となっている。
紙切れがなくとも、鞄の中身を確認せずに投棄するなど僕には到底できないけど……。
思い留まればよかった事なんて今まで多々ある。
これもまたそのひとつなのだろうかという思いがよぎる。
ジッパーを閉めてゴミ捨て場に投棄するか、警察に届けるか。
が、やっぱりそのままゴミ捨て場に投棄するなど僕には無理だ。
鞄に手をつけて中身も見ずに警察に行くのも無理だ。
怪文章の紙切れを鞄の中に戻し、意を決した僕は中身を確認する。
黒いビニール袋は端と端を結んであり締められている。
それを簡単に解いて中身を覗く。
二重になっていたらしく、同じ黒いビニール袋は団子結びされている。
それも解き中身を覗く。
光がうまくビニールの中に入りこまず、電灯の下に少しずらした。
それは一つというべきか、二つというべきなのか、目に焼きついたもの。
赤黒い液体に浸った肉塊。
――今田さんの言った贈り物とは両手首であった。
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