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贈り物語り――モンテスキューに憧れて――  作者: 王道楽土
1章 『愚か者は、まじめさを盾にする』
4/22

2 A-SIDE-1

ゲームセンターやパチンコで時間を潰すことなく、僕は自宅に戻ってきた。

真夏の日差しで汗を大量に掻いたので、シャワーを浴びたいのもあった。


少し低めの水温でシャワーを頭部から浴びる。

全身が冷えていくのと同時に、思考回路も冷えていき、急に怖くなってきた。

冷静になればなるほど、ありえない展開だ。


――引きこもっていた時期と大違い。


引きこもり――僕は自分が引きこもりであると自覚している。

人によって引きこもりとニートの境界線は曖昧だと思う。

例えば全治一ヶ月以上の怪我を重傷と呼び、それ以内であれば軽傷と命名される線引き。

しかしそれは医師が判断し、診断書に書き込んだ時点で決定される。

謂わば医師の匙加減ひとつ。

医師ありきの例えであるけど、引きこもりもニートも他人次第ではどちらともとれると言いたかったのだ。

他人の判断ではない――自己命名するなら僕は引きこもりだ。

これは誰になんと言われようと覆ることはない。

結果がどうであれ、自分が正しいと思って引きこもったのだから。

母の言葉を引用して、責任転換するつもりはない。

先に答えを出すのは面白みに欠けるが、引きこもり続けた僕は正しさなど見出せるわけもなかった。

面白くもないので欠けてもいい話だ。


僕が引きこもって自宅でしていたことと言えば、インターネットと読書だ。インターネットは毒素が強く、眼から脳へと浸透していくとなかなか抜けない。

起きてから寝るまでずっとモニターの前で動画や、掲示板を閲覧していた。それらに飽きると、ブラウザゲームに切りかえそしてまた動画へとループする。

そこから得たものはどうでもいい知識とエロ画像ばかりであった。


しかしインターネットは悪い影響だけではなかった。

普段他人と関わらない僕が、無料通話できるスカイプなどで、知らない人と話すという暴挙に出たのだ。

これは自己変革の一環だった。

表情を見ることなく会話できるので、敷居は低い。

老若男女な人達と会話し、そこから得たものは大きかった。

大なり小なり皆、悩みを抱きながら暮らしている。

当たり前なのだけど、そんな当たり前も僕には実感が湧かなかった。

繋がることでリアリティーが増し、少しづつだけど変わっていった。


自分の中で大きな変革といえば、半年ほど前に普通自動車免許を取得したことだろう。

就職活動に活かせるはずと、なけなしのお金を注ぎ込んだ。

誰もが思い、誰もが通る道みたいだけど、免許取得中は最先端で時代の波に乗った行動をしているような気になった。

まったくもって恥ずかしい勘違いをしていた。

普通という人間に近づけた気がして舞い上がったりしていたのだ。


舞い上がりとは違う経験――高揚感を得たような行動もした。

無職の人が用事もないのにオフィス街の中心へスーツ姿で出掛けるような体験。

さもオフィス街の一員になっているような優越感というのか。

株式取引の東証アローズでは予約ぜずとも取引風景を見学できる。

廊下は円状になっていて、上空から見下すようなガラス張り。

インカムをつけた証券マンがパソコンに向かって取引している姿を優越感を持って――僕には損益など無縁ゆえ、高見の――見学する。

スーツを着こみ、鞄片手に東証アローズを見学したのは他でもない僕だ。

その日の帰宅時は虚しさで胸が張り裂けそうであった。

こんな恥ずかしい経験の為にスーツを買ったが、暴露されたり、馬鹿話する友達もいないので心にそっとしまっておく。


団体行動は苦手だけど、個人行動であれば得意ともまで言わずも、苦はなく実行できる。

団体が苦手だから学校という集団から逃げて、個人でどうにかしようとしたのだけど、やった事と言えばくだんの馬鹿げた行動である。

あまり自覚はないのだけど変わっているのだろうか。

母は変わり者で通っていたらしく、その遺伝を受け継いでいるのかもしれない。


その母の遺産でもある読書も僕を変える物だった。

沢山の書物が現在でも部屋にある。

それらはほとんど小説なのだけど、ジャンルはバラバラでオールラウンドであった。

その中でもミステリーが好きで一日中読み耽るという日も多々あった。


その好きなジャンルであるミステリーみたいな展開がまさに今日だ。

ありえない展開。

いや、あり得ているんだけど。

実際ズボンのポケットにロッカーの鍵と10万円がある。

あとメモ用紙二枚に怪しい仕事の斡旋広告。


このまま待ち合わせにもいかず、ロッカーの鍵を窓から投げ捨てれるほどの勇気はない。

それを勇気と言えるのかは別として、今田さんの目は真剣であり、決して遊び半分ではなかった。

金持ちの道楽で遊ばれているにしても、久しぶりに街に出掛けた僕をターゲットにする動機がない。

無差別で選んだとしても、面白さに掛ける気がする。


そういった妄想をしながら時間を潰すことになった。


妄想疲れし、待ち合わせのメモを開く。

河川敷の場所が示されていた。

その場所とは、河川敷にある電車の高架下であり、徒歩でないと入っていけないようなところ。

人気ひとけはないのであろう。

だからといってそこから得られるヒントなどはない。


気になる点はひとつ。


鞄の中身。


ありきたりだけど麻薬の類、拳銃、偽造パスポート、偽札など色々と悪い物ばかり浮かぶ。

こればかりは想像してもわかりっこない。

それこそ饅頭が入っている落ちかもしれない。

これ以上の推理をしても僕には何もでてこない。


結局妄想だけでは時間は潰れず、インターネットをして過ごした。

ネットの毒素はそう簡単に抜けない。


――でも、もうすぐネット回線も電気もガスも止められる。

なのに今田さんの10万円で支払う気にはなれない。

この件が何事もなく終わるまでは……。


約束の時刻は21時。

現時刻は20時。

時間が近づくにつれ、動悸が徐々に激しくなってくる。

小心者だとつくづく思う。

でも覚悟を決め手ぶらで自宅を後にした。


自宅から河川敷までは、徒歩30分とかからないので歩いて行く。

まだ若いのに自転車をあまり乗っていないという理由もある。

運転はできるけどあまりに乗っていないので、お尻がすぐに痛くなるのだ。


歩くこと15分。

賑やかな繁華街を抜けると、人気は一気に減りラブホテルが建ち並ぶ。

そこを抜けると更に人は減り、ほとんど人はいない状態だ。

車やバイクが時々通過していくだけで、その時のライトが非常に眩しい。


河川敷の土手にある階段を上る。

人気ひとけはないに等しい。

なにせ暗すぎて遠くを見遣っても視認できない。

そしてまた土手の階段を下り、河川の方へ向かう。


約束の時間まであと30分はあるけど、先に待っているかもしれないので待ち合わせ場所まで直行する。

僕は性格上、待ち合わせや集合となるとやたら早く着いてしまう。

そして余った時間を潰すのが苦痛になる。

なのに早く着いてしまうというまったく馬鹿らしい行動。

あまり待ち合わせや集合というシチュエーションに遭遇しないというのもある。

慣れていないのだ。


名前もわからない虫達が鳴き、雑草の上を軍隊の行進のように歩くとバッタらしきものが飛んでいく。

辺りはやたらと薄暗く、待ち合わせ場所を見渡すも人影があるのかないのかさえ判断できない。


心臓が飛び出しそうとは昔の人は上手く表現したものだ。

あまりの緊張で咽元に心臓があるみたいだ。

粘度が高そうな嫌な汗がこめかみを伝っていく。

あと数メートルで目的地。

劇的な落ちなどいらないから、あっさりと事が終わればいいのに。


待ち合わせ場所に到着するも人影も犬や猫もいない。

誰もいない。


携帯電話で時刻を確認するとまだ、約束の時間まで20分はある。

時折この高架上を通る電車の通過音だけが、大きく鳴り響く。


このまま今田さんが現れなければどうしよう、などと思っている間抜けな僕は気付くのが遅かった。


もし、万が一今田さんが来ないとする。

それはトラブルであるはずだ。

話し合いが拗れたにしろ、取引が折り合わなかったにしろ問題が発生して、その先が本当の問題なのではないか。


今田さんが拉致されたり、最悪殺されたり……。


そうなったとする。

例えば――そうなれば、今田さんが持参していたであろうブツの行方に目がいくのではなかろうか。

いや、もしかするとブツ以外には目も向かないかもしれない。

なんとしてでも回収もしくは強奪しろという命令が下されててもなんらおかしくない。

合理的じゃないか。


やっぱりと言うか、なんでこうなってしまったのだろう。


危険なのはいまや僕じゃないか。


狙われているのはブツが入った鞄であり、ロッカーであり、鍵であり僕だ。

僕が鍵なのだ。


こんな待ち合わせ場所で、馬鹿面下げて棒立ちしている場合ではない。

僕はすぐに高架下の死角になる場所まで駆けだした。

それは迅速かつ最短距離で走り、身をすぐに屈めた。

多分ではあるが、さっきまでいた場所には誰もまだいないかった。

最悪の待ち伏せや、鉢合わせといったケースは免れた。


若干の安堵が息として吐き出されようとした時であった。


男性の声らしきものが遠方から聞こえてくる。

僕のいる位置から対面している方向だ。

聞きとりにくかった声は徐々に明瞭なものへと変わっていった。

僕の心臓も明瞭に躍動感溢れる動きに変わっている。

身体の内側から小人が正拳突きをしているみたいだった。


「くっそめんどくせえーーー!!」


「おい! 声でけーぞ。もう少しトーン落とせ馬鹿」


「あーん? 立場が同じなのに命令すんな今田みたいに殺すぞおら!」


「しっ! 声でけえぞ。お前が今田のおっさん殴りすぎたせいだろうが。反省してんのかよ。誰のせいでケツ拭いてると思ってんだボケが! おっさんの手帳でこの待ち合わせ場所わからなかったら俺ら確実に消されてたぞ。さっさとブツ回収しねえとおっさんの次は俺らだぞ!」


「お前も相当声でけーけどな。ぎゃはははっ!」


「ざけんなクソが……おい。隠れるぞ」


「へいへい」


こっちがふざけるなクソが。


今田さんを殺した?


ブツを回収?


考えるな。

今はこの場を離れることだけに集中しよう。

この二人に見つかってしまっては、事情なんて通らない。

いや、言語すら怪しい。

まともに会話できるタイプではないし、鍵とロッカー場所のメモを強奪され弄り殺されるだけだろう。

できれば二人の顔を確認したかったけど、僕は足音を殺しながら死角を利用してこの場から遠ざかる。


――遊びみたいに「殺した」というやつの顔を見たかった。

今田さんの仇なんて大それた事なんて、僕に出来ないのはわかっている。

ただ許せなかった。

それだけの理由だったけど、それもまた僕が変わっている性格なのだろう。


身体が小刻みに震えている自分がいる。

怒りなどでなく、単なる恐怖心だ。

関わるべきでなかったと後悔しても遅い。

後悔など沢山経験しているけど、この件だけは別件であり、特殊すぎる。

普通に生活していればこんな事件に巻き込まれないですんだ。

そう、これは事件だ。


僕はなるべく足音をださないように、土手を上り下りして、道路側へ飛び出した。

息を整えるより先に、人気の多い場所に行きたい。

なにより一人でいるのは怖い。

その思いで、繁華街まで走り続けた。


人が大勢いる繁華街。

普段なら絶対に近寄らない場所。

今はここが一番落ち着く。

人目を気にしていた僕が、自動販売機を背もたれにして地面に座り込んでいた。

三角座りをし、頭を膝の間へ押しやる。


「なんでこうなった。こんなの引き受けるべきじゃなかった。今田さん……」


ドラマ、映画、漫画、アニメ、小説などで人は大勢死ぬ。

当たり前のように死ぬ。

自分をその場面へ投影させてみていても、やはり現実の残酷さには及ばない。

本当に死んだかどうかなんてわからないが、あのチンピラ二人を信じないのもおかしな話になる。

今田さんも言ってたじゃないか。

1%でも信じられなくなったら終わりだと。

あの二人の話を1%信じて僕は稚拙な推理をしてみる。


――あの二人の話だと、今田さんは殴り殺された。

待ち合わせ場所が看破されたのは手帳のおかげと言っていた。

多分それは筆圧から割り出したのだろう。

だとしたらロッカー場所も!? 

いや、ロッカー場所を記すとき、今田さんは仕舞った手帳を取り出して、手帳からメモ欄を千切って手帳の上で書いていた。

恐らく場所は特定できていないと思う。

あとは……そう、回収と言っていた。

ということは、鞄の中身はあいつらに必要なもので、価値があるということか。


そもそもあいつらってなんなんだ。

組と言っていたから暴力団なのだろうけど、違う可能性もあるかもしれない。

だけど現段階で推測しても意味はなさそうに思える。

やめておこう。

そんな長考できる精神状態でもないし。


今田さんがどんな人物で何をやってきた人か知らなくても、僕に気さくに話しかけてくれて、やさしそうな目をしていた。

1時間も時間を共有していない人だけど、殴り殺されていい理由なんてない。


今田さんの遺言書ではないけど、四つ折りにしたメモ――ロッカー場所が記されたメモ――を開く。

深い思考はなく、ただ今田さんの言われた通りにしてあげた方がいいんだろうという、脳が一部麻痺した判断なのかもしれない。


ここで警察に行けば展開も違うのだろう。

証拠となるのは鍵しかなく、ロッカーの中身を確認しないことには警察に何と言えばいい。

「人が殺されました。証拠はこの鍵です」では筋が通っていない。

やはりロッカー場所に行くのが正しい。


メモを確認する。


『○○電車△駅□方面3番線――□方面にあるロッカー番号302――今日中なら追加料金はいらんでー』


いらんでーという関西弁をもう聞く事はないんだろう。

麻痺した感覚は僕を突き動かした。△駅はこの繁華街付近の駅であり、徒歩5分もすれば着く。

僕は競歩でもしているような早歩きで駅に向かう。


処理する為に。

すべてを終わらす為に。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

宜しければ感想や採点してやって下さい。

お待ちしています。

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