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贈り物語り――モンテスキューに憧れて――  作者: 王道楽土
1章 『愚か者は、まじめさを盾にする』
3/22

  B-SIDE

「いいかい。どうせ上手くいかないから動けないと君は言うが、それは言葉のテレコだ。動けないから上手くいかない。動きたくないから上手くいかない。動こうとしないから上手くいかない。つまるところ、原動力が無い。そもそも君は勘違いをしている。上手くなんかしなくていいんだよ。そうだなあ、野球選手のバッター全員がホームランを狙ってるかい? サッカー選手全員がゴールを狙ってるかい? 警察官全員が悪い者を逮捕したいと狙ってるかい? いやあ悪い悪い、稚拙な例えで退屈だったかな。言わんとすることは理解できたはずだ。僕から映る君はそうゆう稚拙な妄想を抱いているように窺える。――役割。人には役割という気休めの言葉がある。上手く立ち回らなくていい、役割をこなせばいい。だけど自分の役割を探すために動いたらいけないよ? そんなの楽しくない。目標や夢がない君には楽しさという原動力が必要さ。まずはそこから見つけないとね。楽しさの原点ってね、意外と幼少期にあったりするものなんだ。まあどれもこれも僕の持論だから。参考にするも、聞き捨てるも君の自由さ。取捨選択して見つければいいよ。捨てる神あれば拾う神ありって言うしね。ははっ、長々と偉そうにすまなかったね。でもこの場合、僕はさしずめ拾う神なのだから許してくれ。――合格だ」


 ◇   ◇


不愉快ないびきを掻く父が不憫でならない。

父はもうすぐ40歳だというのに定職にも就かず、正午の長寿番組であるテレビが始まるまで寝ている。

義母に愛想をつかれ、逃げられたのが一年前。

わたしと義母の仲は決して良くなかったので、それはそれで好都合であったけど。


そんな父がわたしを気に掛けているのは伝わっている。

一人娘が可愛いのだろう。

だけども可愛いだけではご飯は食べられない。

生活ができない水準まで落ちてきている現実をどう思っているのか。

寝ている父のぶよついた腹をわたしは右足を押し当てる。

因みにわたしは足癖が悪いです。


「いい加減起きなよ。もう昼」


「ふわぁー……お腹こそばいからやめて真由香まゆか


「だったら起きろ」


少し強めに足の甲で横っ腹を蹴る。

寝ぼけていても痛いらしく、腹を押さえながら起き上がった。


「わたしもうすぐバイトだから、昼は勝手に食べて」


「わかったよ。気をつけてね。ふわぁー」


二度寝を決め込もうとしている父を横目に、わたしはバイトへ出掛ける支度を終わらす。

不甲斐ない父の昼食代にと財布を取り出した。


無い。


お金が無い。


厳密に言えば前日に給料を下ろしたお札が全部無い。

わたしの大事な12万3千円。

昼食代を引いても12万2千円。


腹の底から頭部まで一気に怒りが湧き起こり、不憫などという感情を砕き怒号を浴びせる。


「うらぁああああ! お前またわたしの金を盗んだだろ!」


男勝りな突然の大声に反応した父は顔面蒼白でもなく、白を切る素振りも見せずに頭皮を掻いた。

ばれたかという大胆不敵な笑みとすらとれる表情。


「ふざけんなよ糞オヤジが! おい! 返せよわたしの働いた金を! 家賃どうすんだよボケナスが!」


立ち上がろうとも、謝罪しようともしない父の身体を蹴りまくる。

怒りと憎しみを込めて蹴りこむ。

それでもわたしの気持ちは落ち着かず、傍にあった木製の椅子を手に取る。

このまま頭をかち割るくらい許されるはずです。

家庭内窃盗が三度目なのだから。

一度目は父が、二度目は義母がわたしのバイト代を全てギャンブルで溶かしたのだから。

しかも父は二度としないと誓った。

二度目は絶対ないと。

もしあったら殺してもいいとさえ。


だからわたしはこの椅子で父の頭をかち割る。

子供が親に罰を与える光景。

他人が見たらどう思うのだろうと憤怒する中に疑問が浮かんだ。


しかしわたしは椅子を大きく振りかぶった。


「うわああああ! ごめんって! もうしないから! そんなので殴ったら死んじゃうよお父さん! ちょっと話を聞いて! 言い訳じゃなくて事情があったんだよ!」


情けない。

わたしは17歳で高校にも行かせてもらえず、毎日アルバイトをして父とわたしの生活を補う日々。

父は働かず娘の金を盗んで夜中に街へ出歩き正午に起きる生活。

なんと情けない父親なんだ。

慌てふためく父の姿がとても醜く写った。

わたしはその子供なんだと思うと血の気が引き、冷静というより冷徹になった。


椅子を自分の足元にゆっくりと置き、わたしは椅子に腰掛け足を組む。


「事情ってなに」


多分、今のわたしは親を見る目じゃない。

悪質な警官が悪質な犯罪者を取り調べするような、クズ人間の目をしているはずです。


「初期投資だったんだ。わかる? 初期投資」


自分の娘が初期投資という言葉の意味さえ分からないと思っているのか。

それともギャンブルする為の初期投資という意味なのか。

どちらにせよわたしがブチ切れてもおかしくない。

だけども今日のわたしは本当に冷徹であった。


「意味は分かる。何の初期投資」


「な、なんか怖いなぁ真由香ちゃん。警察官みたいな目してるよ……」


「うるさい。何の初期投資に使ったのかと訊いている」


淡々と話すわたしの態度と変化。

それを敏感に反応する父。

生活を共にしているからだろう。

父はいつの間にか正座していて、誠意を表わそうとしているようです。


「いやあ、それがその……なんというか……言えない事情もあってだな」


「はぁ? お前の事情なんて知らない。わたしの金の事情を話しているの」


「お父さんにも言えない事情があるんだよ。それにお前ってお父さんに向かってそれは――」


「お前なんか死んでしまえ!!」


父の顔面に思い切り蹴りを入れると、わたしはそのまま家を飛び出した。

どうやら父に対して冷徹に振る舞うのは数分が限度みたい。

あのまま話を訊いていれば本当に殺しかねない。


バイト先に向かいつつ嘆息をもらす。


「家賃どうすんのよ……」


もう三ヶ月も滞納していて、今日大家に手渡しする約束だった。

すぐに強制退去とはいかなくとも、もって一、二ヶ月かな。

わたしは贅沢を一切せず、切り詰めて生活している。

携帯電話なんてとてもじゃないけど手が出ない。

化粧品や生理用品などはすべて無名の安物。

食料も特売日と夜の値引きシール待ち。

趣味に消費するお金はなし。

生活費はほぼわたしの給料から支払われ、こんな生活が三年続いている。


娯楽という娯楽はないに等しい。

自分でも思う――なにこの青春時代。


「あああああクソッ!」


糞みたいな生活をするわたしを、すれ違う女子高生達が「クソ」に反応し顔を背けて笑い合う。

睨みつけると携帯電話を触りだし、キャーキャー喚きだした。

話題はもうクソ女ではなく、最新の携帯電話なのだろう。


わたしもこんな生活でなければ、こんな性格にもならなかったし、ちゃんとした両親だったらキャーキャー喚く立場だったなどとくだらない妄想をしている暇はない。


変わりたい願望を妄想する時間があれば、働かなければ。

妄想に時給は発生しないのです。


バイトの時間が迫っている。


嫌でも働かないといけない。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

宜しければ感想や採点してやって下さい。

お待ちしています。

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