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贈り物語り――モンテスキューに憧れて――  作者: 王道楽土
1章 『愚か者は、まじめさを盾にする』
2/22

  A-SIDE-2

「すいません。私こうゆう者です」


突然話かけられたそれは、宗教がらみの勧誘であると察知した。

なぜなら服装からして宗教関係者を漂わす格好であった。

奇抜というか、前衛的というか近未来悪魔召喚でも執り行っているかのような衣装。

真夏だというのに、白いローブを着用していて、その上からたすきがけしているのは襷ではなく、LEDを埋め込んだベルトのようなもの。

LEDからは僕には解読できない古代文字らしき羅列が移動しながら色鮮やかに輝いている。

正午をすぎた晴天の下では、綺麗に点灯している感じではない。

そもそもこんな怪しい服装を、夜空の下で発見したとしても、僕は振り向かずお金を探すように地面へ視線を送るだろう。


例え相手が美人であろうと関わりたくない。

だがそんな心配は瞬時に消えた。

中年女性――おばさんであった。

腰が悪いのか少し前かがみで、化粧がやたら濃い。

頭には襷かけしているものと似ているLEDのバンドをしている。

パンフレットを無理やり手渡そうとするが、僕はそれを峻拒しゅんきょする。


変わりたい願望はあれど、こういった道へ進む気はない。


「いや、いいですそうゆうの」


「そうおっしゃらずに話だけでも聞いて下さい」


「興味ないので」


「お仕事お探しなのでしょう?」


なんだろうこの不自然な切り返しは。

会話が得意ではない僕でも違和感を与える。

眉を顰める僕を即座に感知したおばさんは笑顔で言った。


「お仕事見つけるの大変でしょう。私達はお仕事も斡旋あっせんしているのです。もし宜しければなんですけど。ここに連絡して頂ければお仕事見つかるかもしれませんよ。職歴や学歴などは気にせず斡旋しますので」


急に饒舌になったおばさんは、名刺を差し出し僕の手に押し込んできた。

だけども『斡旋』という言葉に何故か不安な感情を抱く。

悪い事ではないのだろうけど、気が進まない。

言い慣れていそうなおばさんの口調も怪しい。


「おいこらおばはん。あっち行け。こんな青年にまで手だすなボケナス」


ガラの悪い関西弁が聞こえる方へ顔をやると、如何にもヤクザという顔つきの中年男性が威嚇するように立っていた。


一体全体この展開はなんだ。

呆然としている僕の肩を掴んだ関西弁の男性。


「よし。あっちいこ兄ちゃん。ほななおばはん」


意気揚々と片手を挙げ挨拶する男性を、怪訝な表情を送るおばさん。

僕は男性に半ば無理やり――強引に――職業安定所から遠ざけられてしまった。

怪しいおばさんから離れたのはいいけど、今度は怪しいおっさんに変わっただけであり、問題は解決していない。

寧ろ厄介になっているのかもしれない。


「ちょ、ちょっと。何なんですか……」


人目が多いので自分にしては強めの語気で言った。


「お。おう、悪い悪い。いつまでも肩抱いてたらホモかと思われるわな」


そんな意味で言ったのではないけど、それもあながち間違いではない。

怪しい宗教勧誘から僕を助けたつもりなのだろうか。

さっきのおばさんといい、このおっさんといい今日は何なんだ。


「兄ちゃんええか。さっきみたいに声掛けられても立ち止まったらあかん。立ち止まったら話を聞いてくれるというサインや。今もそうやって止まってくれてるのは俺の話を聞こうとしている証拠やないか?」


確かにそうだけど、そんな当たり前の論理を自慢するように聞かされると何と返事をすればいいのか。

そうですねとか、なるほどでいいのだろうか。

相手が傷付かない言い方を模索するも浮かばない。

それにしてもこの男性はやたらと僕を見つめてくる。

普段目線を合わさない僕だが、値踏みするような目つきに吸い込まれるように男性の顔を見返す。


年齢は40歳前後くらい。

ごついホームベースみたいな輪郭。

生まれて初めて見るパンチパーマ。

目はつぶらだが鋭く、眉がない。

鼻っ柱が通っていて、唇の肉厚は薄い。

そしてこれも初めてみるちょび髭。

紫のスーツパンツに黒の半そでYシャツの首元には金のネックレス。

偽物かもしれないけど。

関東地方で関西弁を話すこの男性は普通の職種ではなさそうという僕の勝手な印象だった。


「なに黙りくさってるん? なんや関西弁がわからへんのけ?」


「あ、分かります。なんて言うか、何故僕に話しかけたのかなと……」


語尾の『け』ってなんだろうとは思ったが疑問は呑みこんだ。


「立ち止まったてたからや。あんな胡散臭い勧誘にのったらあかん。あいつら新興宗教やのうて、既成宗教やと謳ってる危ないやつらや。そんな奴らの話を聞くなら俺の話しを聞いてくれへんけ?」


新興の反対語である既成――すでにできあがっている、という意味だったと思う。

できあがっている宗教がLEDを取り入れる衣装。

その神は最先端が好きなのか、懐が広いのだろうかと馬鹿なことを考えてしまった。


この男性も先程の女性と同様、僕からすればいぶかしい。

しかし、助けてくれた事実に変わりはない。

たとえ関西弁の変わったおっさんであろうとも。


「話はいま聞いてますけど?」


「ちゃうちゃう。言い方悪かったかな。俺の頼みを訊いてくれへんかってこと」


「頼み?」


なにやら不穏な流れになってきた。

お金なら数千円しか持っていないし、僕が人身売買にかけられるなんてあり得ない。

あり得ないよね……。


「ああ、その前に俺は今田いまだって名前や。よろしくさん」


今田と名乗る男は勝手によろしくしているが、僕は警戒した。

偽名でなく本名を返していいものなのだろうか。

と、思ったが一秒もしないで答えはでた。

別にかまわないじゃないか。

本名を言ったところで僕には何もない。

お金も職業も。


「僕は佐伯勇さえきゆうと言います」


フルネームじゃなくてよかったのにと後で思った。

自己紹介する機会など無かったから自然と言ってしまったのだ。

不慣れとは言え、浅はかだったかな。


「そうかよろしくな佐伯君。んとな、佐伯君にお願いがあるんや」


今田さんは辺りを警戒するかのように見渡す。

駅前近くであるこの場所は、疎らではあるけど人はいる。

それでも駅前ではないので話を聞かれる心配はない。

やけに念入りな用心を済ました今田さんは口を開いた。


「このロッカーの鍵を数時間だけ持っといて欲しい。えー今は午後2時やからそうやな……あと7時間預かって欲しいんや。勿論、お礼はする。先に半分払う。な? 簡単やろ?」


ああ、なんていう事だ。

厄介な出来事に巻き込まれた気分だ。

母が残した本にはこんな展開が山ほどあった。

こんな誘いの「簡単だろ?」という台詞は、災難が降りかかると相場は決まっている。

安直な頼みごとほど罠が多いのはよくあることだけど、現実にはどうなのだろう。

すんなり簡単に終わってハッピーエンドというのもありそうだけど。


駄目だお金が無いとは言え、少し手伝う気持ちに偏っている。

お礼といっても饅頭なんて落ちもある。

あるかそんな落ち? ひとりでつっこんでる場合ではない。


「訊きたい事がいくつかあるんですけど、いいですか今田さん?」


「答えれる事はちゃんと答える」


「ロッカーの中身は何ですか?」


「鞄」


「鞄の中身は?」


「言えん」


「たった7時間なら自分で管理した方が安全では?」


「今日の朝に関西から出張でこっちまで来たんや。こっちには信用できる仲間は俺にはおらへん。連盟とは言え裏切られたらブツを奪われる。俺が殺されるだけならかまわへんねん。ブツを奪われたら意味がない。それはまったく意味をなさへん。まあこれは佐伯君には全然関係ないし、手は絶対及ばんから安心しい」


無言で首肯するしかなった。

真剣な表情で語る今田さんの額から汗が大量に流れている。

それは気温の暑さなのか、心情からくる熱い思いなのか。

分かった事柄は今田さんはヤクザであり、やばい物を持っているという事だ。

9割方当っていると思う。絶対に関わりたくない。


だけどほんのミリ単位。

僕に無かった顔を覗かせる。

好奇心というのだろうか、心がスキップするような感覚。

それを押さえようと常識やモラルを差し出すと、そのピエロみたいな顔のやつは言う。


『お前に何があるの? 失うものがあるの?』


悪魔の囁きかもしれないが、一先ずその顔を隠しつつ今田さんへ質問する。


「その鍵の受け渡し方法は?」


「午後9時にこの先にある河川敷で貰い受ける」


「河川敷? なんで河川敷なんですか?」


「見渡しがいいからな。人混みやとつけられてたら逆に厄介なんや。佐伯君も念のため誰かつけてないか確かめながら来てほしい。場所は後でメモにでも書いて渡すわ」


理屈は理解できたけど、何か府に落ちない。

何だろうこの感じは。

今田さんはまだ続けた。


「そうそう、相手さんは今日誰が来るかまだ知らんのや。だから現段階で俺と佐伯君がつけられるとかはないから安心しい。俺が着いたと連絡してからが気を張らなあかんけど、それは俺の問題や。佐伯君は7時間をゲーセンやパチンコでもして潰してくれてたらいい。組の詳しい話は勘弁な」


「は、はい……」


組とはっきり言った。

まあ9割方そう思っていたけど、実際そうだと知るとでは違う。


府に落ちない感じは尾行者の存在であった。

だけど今田さんが納得のいく回答をしてくれたので安心した。

そして僕は――この仕事というか、依頼というか短時間のアルバイトと思えばいいのだろうか――それを受けようとしている。


「最後にいいですか? お礼って何ですか?」


「もちのろん金や。お・か・ね。7時間の鍵管理にしてはそれなりの高時給やと思うで。前金10万、後払い10万の合計20万でどうや?」


「え? 20万?」


「なんや不服なんかい?」


不服どころかたった7時間で20万という仕事なんてそうそうない。

しかも僕みたいな役立たずの職歴のない人間からすれば文句のつけようがない超短期超高時給バイトである。

どうやら胸元に光る金のネックレスは本物なのだろう。


「いやいやいや。本望です。あ、いやそれでいいです。はい……」


本望と本音がポロリと出てしまったが、今田さんはにこやかに「よかったよかった」と喜んでくれている。

僕はそこまで信じられる人間ではないような気もするが、それは相手が決める事であって僕がとやかく言う必要はない。


今田さんは、風貌はヤクザそのものなのだけど、話してみると棘が無く物腰が柔軟な感じで話しやすい。

僕ですら話しやすいのだから、それはすごい才能だ。

もう少し色んな会話をしたいくらいであった。


「ほなこれ待ち合わせの場所と時間や。万が一。万が一の話やで。俺がその場所に1分でも遅刻したらこの世におらんと思ってくれ。まあ、それは言いすぎかもせえへんけど兎に角、約束の時刻に遅れたらブツは佐伯君が処理してくれ」


処理? いま処理と言った? どうゆう事だろう。

中身も分からない物を処理するとは。


「処理ってどうゆう事ですか!? やばい物なんじゃないんですか!?」


眼光鋭く僕を見据える。

何だろうこの威圧感は。

まるで命懸けの取引きを強いられているみたいだ。

やっぱりこんな話に乗るべきでは無かったのではと不安がよぎる。


「処理は処理や。捨ててくれたらええ。気に入ったなら持っていけばええ。佐伯君の好きにしたらええ。贈り物やと思ってくれ。後払いの金額の埋め合わせやおもてくれたらええ」


僕が好き勝手にできる贈り物とはなんだろう。

それよりも大きな疑問にぶち当たった。

僕はそれを口に出す。


「その万が一の話ですけど。今田さんが来られなかったらこの鍵で開けるロッカーの場所はどこなんですか?」


うーんと今田さんは腕組みして大きく唸る。

そらそうだ。

場所を言ってしまえば鍵を預ける意味が半減する。

僕が奪って逃走する可能性があるからだ。


「よっしゃ。佐伯君と話してみて悪いやつやないのはよう分かった。他人を100%信じるやつは阿保や。そやけどな、1%も信じへんやつも阿保や。人間としてそんなやつは終わっとる。1%でも信じるから人は繋がってられるんや。疑ってもかまわん。でも他人を信じへんようになるなよ佐伯君。俺は佐伯君を100%信じてない。けどそれでかまわんのや。ほれ、俺が待ち合わせに来なかったらこのメモの場所行け。そんかし、俺が来なかった場合に見ろ。それは守ってくれ。頼む」


今田さんは前金の10万円とメモ用紙を2枚を僕に手渡したが、ロッカー場所のメモは四つに折られていた。

僕はお金とメモ用紙をズボンのポケットにそのまま突っ込んだ。


「約束は守ります。待ち合わせの時間までロッカー場所のメモは見ませんし、今田さんが来なかったら鞄ごと処理します」


「おおきに」


やさしい笑顔で答えてくれた。

その裏の顔はどういった過去の積み重ねで今があるのだろうか。

とてもじゃないが訊けるものではない。


「佐伯君みたいな息子がおったらよかったのになあ」


「え?」


「ああ、気にせんとって。独り言や。独り言。ほな俺はもう行くさかいに段取りようやってくれな。ほなさいなら佐伯君」


背を向け片手を振りながら遠ざかって行く今田さん。

もう会えないのかもと感じさせる別れ方であった。

だってそうじゃないか。

こういったシチュエーションでは最後の別れは突然であり、言いたい事も言えずに……そう母さんのように。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

宜しければ感想や採点してやって下さい。

お待ちしています。

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