1 A-SIDE-1
店を出ると彼女は座り込みながら、キョロキョロと辺りを見渡している。
連中の警戒をしているにしては全然関係のない、商店街の屋根の方向を見遣ったり、過ぎ行く人を目で追いかけたりしていた。
「お待たせ。かなり待たせちゃったね。後で何か奢るね」
勿論、紅茶納豆である。
「ううん。わたしが勝手について来てるだけだもん」
彼女は店の隅で座り込んで、僕を見上げるように言った。
僕は彼女を見下ろす視線になるのは当然である。
その結果、彼女の胸元がチラリではなく、大胆に谷間というやつを目撃してしまった。
薄着すぎる彼女が悪くもあり、良くもあった。
彼女の瞳に目線を合わせ、僕は自然と手を差し伸べた。
「さあ、香川県に行こうか」
キョトンとした彼女は思考停止しているようであった。
先ほどまで別れようと言っていた男が、百円均一ショップに入って数十分後に出てきたら香川県に行こうと言えば誰でもそうなるのかもしれない。
「事情が変わった。お詫びとして香川県へ連れて行くよ」
それでも尚、彼女は事情が飲み込めず固まっていた。
だらりと下がった彼女の手をとり、引っ張り上げて無理やり立たせた。
「いきたいんでしょ香川県?」
「うん。行きたい」
「じゃあ一緒に行こう」
「うん。行く」
「多分、車になるけどいいよね?」
「うん。車でいい。…………え? 車!? 勇君免許と車持ってるの?」
「免許は持ってるけど取得してから一回も運転してない。車はどうにかなるんじゃないかなー」
「なにそれ……」
なにそれなのは僕の状況なのだけど、事情を彼女に言わなかった。
少なからず疑いの目で彼女と接している部分はある。
しかし信じている気持ちもあり、到底演技に見えない会話も多々あった。
ハーフ&ハーフなのだ。
誰の思惑でこんなくだらないゲームに参加させられているのか知らないが、相手の思惑に嵌る気はさらさらない。
だからと言って早々にリタイアするという事は、本物である一千万円を手放すことになる。
半分ゲームに参加しつつ、半分は裏をかいてやろうという僕の思惑。
今田さんをはじめ、この二日間で出会った人物も半分信じ、半分疑うスタンスで行う。
主導権は僕にあり、舵は僕が決める。
引きこもりは容易に騙せ、臆病者だと思って僕を選んだのだろうが、そうはさせない。
元、引きこもりの底力を見せてやる。
この原動力は勿論、一千万円である。
金は人を変える魔力があるというが、どうやら真実らしい。
パーっと使えばいいのだろうけど、それは流石に躊躇している。
何故なら、ヤクザ絡みのいざこざという線も僅かながら存在しているし、使い込んで捕まったのなら僕が多大な被害を受けるだけだ。
それは、ヤクザの報復かもしれないし、警察の容赦ない取り調べの後にある、法律による罰則なのだろう。
――もうすでに法律違反を犯しているのかもしれないのだけど。
「ねえ、勇君! ねえってば!」
無言で歩きだしいつの間にか商店街を抜けていた。
不信感を抱いたのか彼女は僕のTシャツの首根っこを引っ張る。
「ちょっ! 苦しいじゃない!」
「だってスタスタ無言で歩いて何処に行くかも言わないんだもん」
ほっぺを少し膨らます彼女はまだあどけなさがあった。
容赦無用の上段蹴りとの落差が激しい。
だけど僕の行動も落差が激しいはずだ。
「貰った車で香川県に行こう。車はあの白いセダンだよ」
河川敷沿いにある道路に停めてある車を僕は指差す。
あの兄貴とやらが貰っておけと言った車だ。
――それは予想通りだった。
もしも僕をいち早く捕まえる気があるのなら、この車の付近に怪しい連中がいてもおかしくない。
兄貴と呼ばれた人物自らが、僕に車の話を振っていたのだから憶えていないはずがない。
なのに誰も見張っていない。
この車を使ってくれと言わんばかりじゃないか。
「うわぁ……貰ったってあの車? センス悪っ! こうゆうセンスって遺伝なのかな」
車種など僕にはさっぱりだが、確かにセンスは悪いと思う。
いかにも走り屋といった雰囲気だ。僕に乗りこなせるのだろうか。
それに僕はAT限定免許なので、あの車がMTだったらまず運転できないし、推理がさっそく破綻する。
「ははっ。うん。センス悪いよね。流石に遺伝はないと思うけど、親がやんちゃしてた影響とかはありそうだね」
「嫌だなそんな影響……」
彼女はなんだか少し暗い表情で引きつったように言った。
親の遺伝や影響を気にしているのであろうか。
親?
おや?
あれっ!?
「す、す、す、スズメさん!」
「なによいきなり慌てだして……」
「お、お、親! 両親は!?」
「うちは父親しかいないけどなにか?」
「いやいやいや。なにかじゃなくて、無断で外泊することになるかもしれない」
「ああ。大丈夫。もう家には帰らないから。いや、帰れないかな」
「ああそうかなるほ…………えっ!? それって家出というやつなの!?」
「もう! 大きな声ださないでよ急に……まあそうなるわね」
家出少女を連れ回す僕は犯罪なのだろうか。
18歳といえどまだ高校三年生の学年だ。
学年など関係なく18歳であればどこへ行こうと、関係ないのかどうかもわからない。
よくよく考えれば日帰りで行ける距離ではないだろうし、どこかに宿泊しないといけない。
宿泊。
一緒に同じ屋根の下で眠る。
嬉しくもあるが、ほぼ恐怖でしかない。
他人と一緒に寝るという行為なんて経験がない。(やらしい意味でもないし、幼少期はあったのかもしれないけど)
「あーーーえーーーっと。スズメさん」
「何の心配しているのか知らないけど18歳だから大丈夫よ。それに日帰りが無理ならパーキングエリアかどっかで眠ればいいんじゃないの? 何日もかかるもんじゃないでしょ」
「うんそうだね。じゃあ行こうか」
説得力があるないに関係なく、僕は彼女の後押しにより手頃な納得を選んだ。
年上として情けない――否、男として情けない。