B-SIDE
5時間のバイトを難なくこなし、タイムカードを押して店を出た。
わたしは幸江との待ち合わせである店前へ行き唖然とする。
幸江の癖である口半開きをしているのはわたしです。
「おつでぇーす。スズメちん紹介するね。こっちが隆司君でぇ、こっちが則明君でぇす。二人はK大学なんだよぉ。この娘がスズメちんでぇす。じゃ行こっか!」
言いたい事が多すぎて言葉がでない。
「よろしくねースズメちん」
「今夜は楽しもうねスズメちん」
見知らぬ今時の大学生二人がにやついた顔で挨拶してきた。
お前らにスズメちんと呼ばれる筋合いはないし、楽しめるはずがない。
どうしてこうなる。
わたしは二人の大学生を無視し、幸江の腕を乱暴に掴み店の近くまで引っ張る。
「いやん。痛いよスズメちん。青痣になるよぉ。痛いってぇ」
青痣にでも赤痣にでもなってしまえ。
威圧するように睨むと心情を察したのか委縮する幸江。
「どうゆうつもり!? わたしとあんたの二人で泊まる約束でしょ!? なんで大学生の男二人がいるのよ! しかもあの二人も泊めさせる気でしょあんた!」
「ひぃー。怒らないでよぉ……。怖いよスズメちん……特に目が怖い……」
父と似たリアクションに余計腹が立つが、わたしは重圧を解き放ち落ち着いてもう一度訊く。
「あの二人はなに?」
「大学生だよぉ」
「それ聞いたから。なんでいるのかってこと」
「怒らない?」
「わかんないけど言って」
「スズメちんに電話する前に、保険で隆司君を誘ってみたの。でもスズメちん来るから断りの電話したら友達一人連れていくからって。四人の方が絶対楽しいって言うから招待しちゃった」
「幸江が自分の自宅に何人誘おうと自由だけど、わたしは帰る。知りもしない男と一緒に同じ屋根の下でなんか寝たくない。分かった? わたしは帰る」
幸江はわたしの腕を掴み、俯いたまま震えていた。
それは少し怖かった。
何も聞こえないのだけど、怨念めいた呪文の幻聴を聞いた気持ち悪さ。
ぎゅっと両手で掴まれたわたしの腕は血が止まりそうな強さだ。
思わず声が出た。
「い、痛い……」
パッと力は抜けわたしの腕は自由になる。
手形がくっきり残っていた。手形を見ながら思った。
幸江のこの強い思いは何なのだろう。
わたしがいなくても三人で楽しめばいいのに。
それが嫌なら隆司君とやらに二人になるよう仕向けたらいい。
そんなにわたしが必要なの?
「ねえ。なんでそこまでわたしに拘るの。三人で楽しめばいいじゃない」
「スズメちんが楽しんで欲しい。ただそれだけ。友達が楽しんで欲しいって思うのが悪いことなのかな。わたしと二人より他の人が入った方がスズメちんが楽しめるかもしれないじゃん。本当はスズメちんと二人っきりが良いに決まってるじゃん」
やっぱり怖い。
いや、嬉しさ反面というべきなのかも。
悪い気はしないけど、少し病んでいるというか。
こうゆうのをテレビで観たことあるが、その名称を思い出せなかった。
下手に刺激しない方がいいのかな。
「そう。気持ちわ……嬉しいけど、やっぱり帰るね」
危なく気持ち悪いと言いかけた。
思った事を何でも口にだす性格を治さないと。
俯いた頭を上げた幸江の目からポロポロと流れ落ちる液体。
幸江の口は半開きではなく、何かを噛み砕くように閉じられている。
声を殺すように泣く姿を見せつけられて、そのまま立ち去るわたしではない。
なんだろうこの光景。
どこかで……そう、スーパーでお菓子を買ってもらえず、お菓子売り場でぐずっている子供の光景だ。
その子供の親ならその行為は許さず、ほっておくか叱ってやるのだろう。
どうやらわたしは後者の親になるのかな。
「今度から約束はきちんと守ってよ。今回だけだからね」
「あでぃがどう」
幸江は笑顔ではなく、崩れた顔でたどたどしい謝罪を述べた。
わたしは叱るというより、最終的に買ってあげて甘やかす親になるのかもしれない。
「でも泊まりはしないからね。あんたの家で二、三時間過ごしたら帰る。若しくはあの二人が泊まらないのなら泊まる。それが条件だからね。いい?」
首肯する幸江の涙を――トートバックから取り出した――ハンドタオルで拭ってやる。
本当に子供みたいだ。
けっして好意を寄せる娘ではないけど、これでも友達というのだろうか。
親友ができたことがないわたしには分からない。
口が悪く、足癖も悪い。
それが素行の悪さに繋がり、同級生はわたしに近づいてこない。
面白半分で近づく者は悉く蹴った記憶がある。
幸江は蹴っても蹴っても這い上がってくるタイプなのだろうか。
実際に蹴ってはいないけど。
「スズメちん。もう大丈夫だから行こっ」
そんな掛け声で、わたし達四人は幸江の実家に赴いた。
幸江が最初に誘った隆司という男は異変に気付いたみたいで道中は黙っていた。
もう一人の則明というのが空気の読めない男だった。
「今夜は寝かせないからねー!」
いや普通に寝るし。
お前とは寝ないし。
その時はそう思っていた。
――だけど違った。
普通に寝るのではなく――わたしはこの日で永眠してしまう。
17歳という若さでこの世を去る。